第64部 緊急脱出と……悲哀
1970年6月16日
*)脱出……
「恐れ入ります。私ももっと精進いたしませんと、私に対してもいい患者さんです。」ドクターの言った言葉に父は気づいていなかった。
「大地、お母さんと妹を守って……。」
私は怖い顔で大地に言った。大地は私の本気度を見て急ぎ病室を飛び出していく。
雷神が見付かって校長先生に打診された、雷神が来た、急遽ダービーが開催されて母が攫われた、雷神の出所が判明した、母への処置が済んで母をワザと見つけさせられた、日高の山奥で自衛隊基地に近い、そしてこの病院のドクター、私の採血の多さ、お母さんの注射ダコ、藍のお父さんが居たらしい病院。
こんな事を整理しながらみんなが来るのを待ちわびていたんだ。最初に来たのだカムちゃんなのだがいったいどうやって来たのか疑問に思うよね。でも顔を見て話していたら……もう頭のネジが緩んでしまって疑問なんかは零れていたんだよ。
「亜衣音~生きてるか~!」
「クマ生きていたんだ、良かった~、」
「ケッ! そこの口癖はババァ譲りかよ、桜に良く言われたよ懐かしいな。」
「へ~カムちゃん、お婆ちゃんから苛められていたんだ。カムちゃんはこんなにも力が強いのにね、残念な人だったのかな。」
「言ってろバ~カ!……それでなんだい。」
「カムちゃん……痩せたかな。」
「おうおう随分と嬉しい事を言ってくれるぜ、こんにゃろう~で、何だい。」
カムイコロさんは私の顔を見て逆の事を判断したのだ。実は私が痩せたかな、と尋ねたつもりなのだがな。きっと私を笑わせてくれようと努したのだよね。
「直ぐにでもここを退院したいの。それでカムちゃんは動けるかな、車椅子もまだ早いよね。」
「そうでもないさ。元巫女今も巫女さ。どうしてだろうね、元々がイレギュラーだったからだろうアハハ~。」
「それならば良かった。じゃぁ退院するからね決行は明日、出来るかな。」
それから暫くして大地が戻ってきた。結構走り回ったみたいでお疲れモードだ。
「遅くなった。やっと見つけて来たよ。」
「うん、ありがとう……もう来るよね。」
「大地、お前……人狼だってな。」
「五月蠅い、黙れ、とっくに知っていただろうが。」
「いいや、最初はそうかな~? とは思ったがよ今は顔つきで分るよ。男前だよ!」
「カムちゃん大地に惚れたら怒るからね、手を出さないで。」
「出しはしないよ、胸を出して吸わせたい。」
「大地、いいわよ。」
「バケツが無いよ。」
「うひゃ~クワバラ桑原。」
「あら大地には許可をだしたのよ、意味を違えたようね!」
「え~ホンマかいな! 嬉しいよ!」
「大地、いいわよ。」
「バコ~ン!」
「ウヒャ!」
「おいおい随分と賑やかだな。カムイコロさん沙霧の為にありがとう。」
「それは散々聞いたよ、でも改めてなんだよ。」
「それはそのなんだ。文章になってないからだよ、分かるだろう?」
「なんだファンサービスか。ケッ、つまらない。」
「亜衣音ちゃん何かな、急いでご飯食べてきたよ。」
「麻美お母さん……急がせてごめんなさい朝食だったよね。」
「ここには、あと二十分で朝食が運ばれるかな。」
「そうですね、では先に昨日のお母さんの事を話します。思うにあのドクターは敵です、お母さんの腕からは血液が抜かれています。注射ダコになっていましたので間違いありません。もしかしたらもっと酷い仕打ちさえ……されてはいないかとても心配しています。私の血だってお母さんへは輸血されていません。」
「いや、そんな…はずは……だって俺の目の前で輸血をしていただろうが。」
「お父さん。私を信じて、お願い。」
「もしかしてそれはダミーの輸血だったかも知れないな穣くん。」
「穣さん、ここは亜衣音ちゃんを信じましょうよ、私も巫女の第六感ですよ。」
「だだだ、だうする。夜逃げかよ。」
「お父さん落ち着いて……お願い。お父さんは直ぐに東京へ転院させる先の病院を探して。それから私たちは総員して逃げ出すのよ。」
「穣くん、お父さんの力を借りて警察を動かして貰いましょう、警察ならば病院は手を出せません。」
「明さん良いことを言いますね~流石は私の夫ですわ。」
「急ぎましょうか。昼にはまた亜衣音ちゃんの採血があります。」
「それまでには何とか出来るだろう。」
「お父さん頑張って!」
お父さんは直ぐに祖父へ電話をしてくれて、祖父の大きな第一声は、
「だんだと~!!……。」
「うひゃ!……。」
流石は親子と言う事か話しは直ぐに纏まる。先に警察が来て病院は封鎖されてしまう。それから警察病院から専門医が到着して直ぐに診察を受けるお母さん。薬物反応が出てドクターは逮捕された。たぶん科捜研へ血を送らねば判断は出来ないはずだよね、お爺ちゃん。
お父さんが祖父に電話してから小一時間の出来事だった。次は病院の屋上にドクターヘリが到着して私たちは千歳空港へ向かった。ヘリは二機で対応してくれたのだ。勿論、一機は今にも落ちそうな……機体だったが、
ただ残念な事は真夜中でもあった事で十勝の者を逃していた事だ。恐らくはその道の傭兵なんだろうし、もし捕まえられたとしても繋がりは見つけられずに終わるものだと推測される。ましてや相手に銃があればあの時は逃げるしかない訳で、その後の家宅捜索では何も出ていない。でも今回のドクターの逮捕は収穫だろうか。
相手が見えないこの不気味さに寒気もしてくる。私たちは雨の降る東京へと飛んだ。立川飛行場から救急搬送された病院はいつもの天井の病院だった。今度は内側から鍵が掛けられるのだと車の中で説明されて、ならば安心かな。
だけどもお母さんの意識は戻らない、私と妹たちは目出度く退院が出来たのがその十日後だった。妹二人のお母さんの代理は誰なのよ~。
「い、いいですよ、可愛い……む、娘が二人も、ふ~えて、私、頑張ります。」
明子姉さんは面食らって困惑する。「なに大丈夫よ。」とは桜子お婆さま。祖父は心配だからと隣家を買い上げて年配の警官と婦警さんを押し込め、さらに若い男女の警察官を子供扱いにして押し込めてしまった。それで四人家族の私服警官が出来たし、病院には警察病院からドクターと二人の看護婦さんが派遣された。
お母さんに次いでもの凄~く大変だったのが……お父さん。お父さんはママと妹の為に頑張ったというのに連絡もしなかった、大きな事件に発展した、沙霧の命が危険に曝された等々で家族は勿論のこと、お爺ちゃんや桜子お婆ちゃんからはも~息を吐く暇も与えられずに責められて責められたのだから。
「お父さんもいっぱい痩せたんだよね。」
いやいや自分は安全圏にいたと考えた私は……女の四人からはいっぱいに責められましたわ……。
「亜衣音さん、それで何も連絡しないでどうされたのでしょうか。事情は聞きましたが私らにも詳しく報告をなさい。」
「未来……お願いだから亜衣音ちゃんを許してあげて……この通りお願いします。」
「藍ちゃん、……そこまで言うのでしたらま~考えておきますわ。」
「亜衣音さん、大変な思いをしたのですよね~今度はお母さんだものね。」x2
「うん、みんなには心配かけてごめんなさい。」
「大地、みんなをホールまで送って、」
「いいぜ、早く追い出してくる。」
「わ~酷いですわよ田中くん。」
一通り説明して心配かけた事に謝っておいた。それで皆は帰るのだが一人残った藍がいる。言いたい事が判るから私も藍が言い出すまで黙って付き合った。
「亜衣音さん、……ごめんなさい。私はもうどうしたらいいのか判らないわ、」
「藍ちゃん、気にしなくていいわ。もう終わるから。」
「うん……ごめんなさい。」
私に謝る藍、これでは暫くは学業もバイトも手も付かずに休むしかないだろうかと私は思案する。ある意味で可哀想な藍ちゃんだった。きっとお父さんも許してくれていると思うな。
藍の一人だけで見舞いに来るようになった。未来たちにはバイトで生活費を稼ぐんだ~と言って誤魔化すのだとか。暫くは平行線が続くことも仕方ないのだね。
はて……藍ちゃんはバイトをしていたなんて聞いてないぞ。その意味は直ぐに判明するのだった。最近は私たちの騒動で部活もお休みが続いていたので明るみに出なかっただけだからね。
1970年6月20日
私たち四人の血液検査で全員から何かしらの薬物が検出されたと報告を受けた。これであのドクターが黒だと判断されて、私は食べて寝てなのだから日増しに元気になっていく私の身体。
クラスメイトの女の子の三人がお弁当を持参してくれたのだ、うれぴーだよね。後輩の二人も仲良く見舞いに来てくれるしね。ガールズトーク中は大地は隠れるし、この四人は私に対して過度な要求をしてくるわけで私は閉口した。でもでも女の子は楽しい! 岡田眞澄くんはどうしたのかな、余り話しかけてこないのだった。
何処にでも例外はあるらしいのか、一人の女が一番煩いよね。
「部長! 早く復元して下さい。田中先輩は何処ですか!」
「あ、あのね田中くんはですね、……未来ちゃんこれに説明して~、」
私は恥ずかしいので未来に助けを求めた。未来は直ぐさまに私の左手に反応したからで、もういいんだ……どうにでもなれ~。
「一年E組の山口智子。心して聞け! 亜衣音さまの左手が目に入らぬか!」
「え~部長の手がなんですか、……ふ~ん指輪ですね。いいですね学校では着けられませんものね。」
「இ……。あのね、これと同じ指輪はいったい何処に有るのでしょうか、はい、岡田眞澄さん。」
「もしかして……田中先輩? とか言いませんよね。」
「いや~、」
私は急いで布団を被った。すると、
「え”~!!」x2
「フッフッフ~まさしく相手は田中、いや白川大地くん、その人であ~る!」
「いや~ん、、、、」
「先輩、恨みます。」
「ねぇ部長、もうどこまで行きました!」
「岡田、指輪は何を意味するのかな、はい、未来。」
「もう、赤ちゃん出来たよね……亜衣音ちゃん。」
「うぐぅ~。……まだ、……まだだよ、まだ作れない。」
私は最後まで餌食にされた気分に落とされて、楽しい三人と残念な二人が帰っていった。それから直ぐにどこからともなく現れた大地。
「大地、左手を出して。……やっぱり指輪をしていないんだね。」
「当たり前だろうが、少し待っていろ、」
と、言いながら大地は机の引き出しを開けて奥に手を入れて探っている。
「あったぞ、これは亜衣音が俺に付けてくれるよな。」
「うん勿論だよ、先にしていても良かったのにな!」
「できるかバカ言うなよ。……そんなに見るなよ穴が空く。」
「穴が空いているから指輪だよ、直ぐに着けるね。」
「変なやつ、」
「いいわよ変で、……少し小さいかな。」
「そうなんだよ俺には小さすぎて大きく加工してもらっていた。二日前に札幌から届いていた。」
「あ、そうなんだ、大地ありがとう。愛してる!」
「……。」
「そうだ大地。あの日の夜は温泉じゃないよね、何処よ。」
「雷神を空港へ運んでいた。雷神は俺じゃないと言う事を聞かないからな。次の日には無事に馬事公苑に着いていたよ。」
「ごめんね、何でもかんでも私でも押し付けたね。」
「?……最後は余計だよ、次は何をさせる気だ。」
「うんうん……Hしよう!」
「うんうん……退院してからだよ。本当はなんだよ。」
「うん笑わないでね……もっと沢山食べて早く元気になりたいの。明子姉さんは忙しいから祖母のお婆ちゃん。ね~お願いしてきて、ね~お願い。」
「いいよ、電話して頼んでおくよ。」
「うん、ありがとう。」
「お前、うんうんしか言わないんだな。」
「うんうん、そうだよ、いいよね。」
「இஇஇ……。」
白川のお婆ちゃんに明子さんのお手伝いを頼んだの、でも既に手伝いに来てあった。また桜子お婆ちゃんは娘の余りの仕打ちに頭が過熱気味で使い物にならなかったらしい。
1970年6月28日
私と双子の妹は退院出来た。一応お祝いが開催され亀万のお寿司が食べ放題。ただし大地にだけは別料理で大盛りの海鮮丼。大地は可哀想~ね、大地は悔しいからと三杯も食べてくれたから親は安心していた。親の親がだよね。
亀万のお寿司屋さんは今日は日曜日でお客も多くて忙しかったみたい。それでかな、帰りがけにお土産を私に渡してくれたんだな。「旦那に食べさせろ!」だって、うんうん。うれピー……。
私たちは翌日から登校した。私は指輪を抜いていたが最悪だ……大地の指輪が抜けないのだった。
「消防署へ行けば切って貰えるぞ……。」
と不気味な笑いで教えてくれたお父さん。……もう嫌いよ。
「消防署にはリングカッターがどうしてか備えてあるんだよ、どうだ知らないだろう。」
私は車のドアや家のドアで数回も指を挟んで指輪を潰した事があった。血が流れなくからその為に用意されてあるのだろうと考える。普通の家庭では指輪を元には戻せませんよね。
「今日も雨だから部活は中止よ。」
と休業宣言をして私と大地は馬事公苑に行って雷神へお礼のブラシを掛けるのだが、「ブフッ!」と、クロから催促を受けてしまった。澪お姉さまは今でも私たちに付いていてくれるからありがとうだよ、澪お姉さま。
私はこのような事でようやく心を落ち着かせる事ができた。学校では我を忘れたくて必死になって勉強したのだ。夜は夜で大地の頭を叩きながら勉強した。そのあとは知恵熱が出てしまって……内緒ね。
クロに乗って憂さ晴らしをしたいのだが馬場が荒れるからと許可して貰えない。だから雨の日は嫌いよ。……でも、大地だ~いすきだよ!
それから行方不明になっていたホロお婆ちゃんはね、しれ~っと馬事公苑に戻っていたんだな。厩舎で寝泊まりしていたとか、カムイコロさんが気になる匂いを追っていたらたどり着いたのだな。それで同窓会になって酒を飲むなという事を無視して飲むカムイコロさんだった。
「おいババァ……今まで何をしていたんだ。」
「儂かえ、儂はな~……忘れた。」
「ボケ、誰が信じるか。日高で加齢臭が臭っていたがここでも同じ臭いがするよ。亜衣音に言うが?」
「なに……もう飲めないのかえ~。」
「お腹の継ぎ目から炭酸ガスが漏れ出したぜ。」
胃の手術を受けた方が炭酸飲料を飲めばこうなるんだよね、注意しましょね~。本当の事だからさ。
「焼酎に替えるか。」
「そうだな、それでどうなんだババァ……、」
「ホェ……つまみが切れたかえ。」
終始がこんな感じだったらしくて何時までも仲のいい二人だった。
番外編……
この秋予定の修学旅行は日本万国博覧会に決まっていたのだが、私たちにだけ正式な通達が下りてきた。
私たち馬術部は校長先生の意向で国民体育大会、通称、国体への参加をお願いされて出場した。校長先生は卑怯なり、学費免除をエサに出場を持ちかけるのだから大人は嫌いよ! でもね部員の全員を免除と言って貰い、私と大地は部員からも出場を懇願されたわ。これは挟み撃ちだよね。
先のことだが十月の国体で二人とも苦しい思いで優勝はしたが、これからも幸せな日々が続けばと願っての優勝だった。
「すまんな、こんなに事件が多いから二人は……遠慮してくれないか! 代わりは岩手県で行われる、みちのく国体の馬術に参加して貰いたい。」
「え~何でですか、どうしてですか。」
「高校の一大イベントですよ、女の子たちで寝泊まりして騒いで……それから、」
「先生に怒られたいのだよな、なにワシも参加するからなよろしく頼むよ。すまんなでは教頭先生。」
「アハハすまん。日程が被っていたのに気が付いてだな、ゴメンちゃい!」
「お義父さん、あんまりですよ……。それで優勝させる気なのですね。」
「はい~!」x2
二人の学校管理職が二人の生徒に謝っている。確か前のダービーの時に……国体に出て優勝すれば部員の学費は免除だと説明を受けて喜んでもいたが、今ではスッカリと忘れていた。いやいやそれだけ事件が心に重くのし掛かっていたのだ。
「私、怒りました。学校を潰します。」
「ヒェ~……、」x2
「大地、雷神とクロを学校で走らせて潰してしますよ、いいよね。」
「おう勿論さ、入学前に協定があったのだろう?」
「そうよね、お父さん。」
「ハイ……、」
「う~お手柔らかにお願いします。」
「校長先生すみません。親として不甲斐ないのでクビを差し出しいたします。」
「いや要りませんよ、今後も大いに……後始末をお願いしますよ。」
「ウギャ~。」
「இஇஇ……。」
怒り心頭に発す、だ。私と大地は雨にも負けずに馬術に励んだ。校庭はいいとしてグラウンドには立ち入らなかった。花壇で立ち止まる二頭の馬、ここにも人参とキャベツが植えてあった。
1970年9月7日から10日までがみちのく国体の期間で、同時に修学旅行でもあった。最悪だよね大地。でも私たちの参加で修学旅行がオシャカになれば、これはもう私たちだけの問題では済まなくなるし、中止になったりすれば私たちの居場所もなくなってしまう。蹴るに蹴られないものになってしまった。




