第58部 家族の部活参観が……暗澹に変わる時
重賞レース
それは雷神のデビューを飾る……競馬の目玉となる大きな競走としての、如何に並の競走馬を出し抜いて見物客をも出し抜けるか、という演し物だった。演し物……私と大地に一任されたような今日の競争・競走・共走・興走・強走・狂走・番狂わせ狙いの理事長の演し物なのだ。
私たちはマンマと乗せられてしまった。だってクロの子共というだけで疑う事も考えずにチョロくも乗せられたのだ。どうも私は莫迦みたいに馬が好きらしいと良く理解が出来たかもしれない。勿論、周りの人たちにだよね、自分では当たり前なのだから気が付くなんてあり得ないから。
1969年5月29日
昨日から大地は大きく変って、えへへと言いながら帰宅後に運動を始めたのだった。町内を適当に走るだけだが私も親から言われてランニングを始める。
「亜衣音、居るか~。」
「うひゃ、桜子お姉さま!」
「亜衣音ちゃん。おひさ~!」
「ウォ!……麻美さん。」
「亜衣音ちゃん、いい馬を貰ったそうだね。」
「えへへ明さん。大地だよ。」
「ほう大地くんを選んだのか、そうか。大地くんを貰ったのか!」
「え?……違うよ、大地が雷神をもら……」
「そう熱くならなくてもいいよ、亜衣音ちゃん。」
「うへ!……智治お爺ちゃん。」
北海道からお客様が来たのだな、二十九日の夕方前だった。
*)両親の、みんなの部活参観……家族が集まる日
「アハハ~……。」
と、私は四人のお客様を迎え入れた。
「あれ~大地くんは?」
「大地はまだランニング中だよ、最近になってねトレーニングを始めたの。」
「ふ~ん、そうなんだ。」
「明子姉さんはもうすぐ戻るよ。オムツは替えたからお願い。」
私は双子のお守りから解放されたくて麻美さんに綾香ちゃんと彩香ちゃんを託した。やはりお婆ちゃんだな、直ぐに相好を崩してあやしている。直ぐに取合いになるのが北海道の田舎らしい処か、桜子お婆さまが二人を独占したがるから始末に負えない。
私としては奪い合いになろうが知った事ではない、双子を構う必要がなくなるので大いに助かるものだ。
「うぎゃ~桜子お婆さまは彩香ちゃんに自分の乳を含ませている!!」
綾香ちゃんを抱いて離れて見ている麻美お婆ちゃん、何だか複雑そう~。
「明さん、私も若くなりたい~ったら、なりたい~。」
「もう無理だ。孫に乳はやれないだろう。」
「う~そうだけれどもね、明子を出して損した~……。」
桜子お婆さまは胸を堂々と出していて、そんな授乳させる姿を見せつけられた麻美お母さんは、いくら自分の友人だとは言え胸中は複雑だ。いくら三人の子供を育てたとはいえども自分の娘の双子だし、孫でもあるのだから。
「桜、大概にしておけ。麻美さんが大泣きになるだろうよ。」
「智治がそう言うのなら、ほれ、選手交代。」
「どれどれ……お~よしよし……、」
まだ夕食の宴会を始めるには時間がありすぎるので、私は桜子お婆さまにお風呂を勧めた。
「桜子お姉さま、一緒にお風呂に入りませんか?」
「亜衣音とかえ……そうだね、もう十年にはなるだろうね。」
「はい桜子おお母さん。まだ十四年ですよ。」
「あ……そう言うのかいな、この子はも~憎らしいよね。いいよ入ろうか。」
「はい、」
「ピンポ~ン!」
「は~い……あら~パパラ・・いや、木之本さん……。」
「お邪魔するよ亜衣音ちゃん。初めましてかな、私らは一方的に知ってはいるのだが、いいかな入って。」
「はいはいどうぞ。今しがた桜子お婆さまも到着されました。それに麻美さんもいらしてあります。」
「いや~麻美さんには頭が上がらないからさ、俺らは別室に案内してくれないかな。部屋はあるよね。」
父さんはお寿司を引き取りに行っているし、お母さんはまだ買い物だしここは私が接待するしかないのか。あ~直ぐにお茶だよ、古い八女茶の缶は何処行った。
「あ、ニキータさんは服脱いでこちらに、私の代理でお願いします。」
「ゲッ!……パンツの桜。」
「おやニキータ。お出でよ、背中と胸、洗ってあげるよ。」
「そ、そうね、亜衣音ちゃんの代わりにお風呂、入っちゃおか!」
直ぐにお父さんの祖父母も到着した。
「うぎゃ~もう私一人では何も出来ない~。」
「バカか、亜衣音は。」
「お帰り大地。いま戻ったんだね、だったら爺ちゃんたちのお守りをお願い。」
「風呂入ってからでいいか。」
「うんいいよ、でも後はご自由に……♡」
「ギャ~……、」
「あ~やっぱ、こ~なるよね。」
直ぐに大地の悲鳴があがり、大地は二人に捕まり放しては貰えなかったとか。
「いいの、いいのよ大地。私はやきもちは焼かないでシシャモを焼くね!」
私は全部を真っ黒に焼き上げて「バコ~ン!」と大地からやられた。
明子姉さんも戻り両親も戻ってきた。ホロお婆さまはもうすぐなのだがそれが妙な? お客様を一人連れてきたのだ……校長先生だった。
それからなんだかんだと宴会は進んで……もう終了だな。
「今日は頑張りました自分、明日にそなえてもう休みます。」
「だ~いち!」 「おう、いいぜ……。」 「何日ぶりかな……。」
ドミノ効果で感激……大地と一緒に寝れたのだ。ありがとうございます桜子お婆ちゃん……♡
1969年5月31日
*)馬事公苑……ダービー
馬場にはテント張りの特設会場が設けられていて、五月の日差しは強いがテントの下では涼しい風が通る。
今日は私と大地のお披露目会だそうだが事実は否の当て馬だろうか、雷神が事実上のお披露目会なんだよね~。もう怒ったゾ! こうなれば軒並みに競走馬をぶち抜いてやるのだからね。これでは当て馬の可哀想な高校生夫婦だけれどもね、もっと可哀想なのが部員たちかな、来賓への接待で忙しそうだった。エプロン+女子の制服姿がとても可愛いのだよね、世の男共はこの姿に弱いんだよね、これでは大地の視線の先が気になって仕方がない。
「綾香ちゃんと彩香ちゃんは白鳥の両親に預けられて、へ~明子姉さんもエプロン姿で騎士さまに……さりげないアピールだね。」
「亜衣音、未来の旦那に掴ませる気なのだろうよ。明子姉さんも可哀想だな。」
「大地もそう思うんだ。どんな騎士さんが見つかるかな、ワクワクものだよ。」
「下馬評はよせ人権侵害だ。亜衣音がそう言われたらどうなんだよ。」
「うん大地……ごめんなさい。」
こういう処は若くても女所以いや由縁だろうと大地は考えた。「ブ~!」私は抗議するも、大地も同じだよとは言えなかった私。
学校からは校長先生と他数名の先生方が、馬事公苑からはほぼ全職員の方たち。それから時間と暇が作れた騎士の方たちに農業大学の方もあったようだ。競馬新聞の記者さんもかな~これは一大事なことだとさらに認識させられた。
これらの大勢の来賓を見て驚く部員たちよ、給仕をガンバ!
競走馬の十頭で二回のダービー予選を行い、それぞれ一位と二位の馬だけが本戦にて戦える。だから騎士さんたちは四人が残るから、これに私たちの二人を加えての六人が決勝ダービーを行うルールだ。
「私たちは予選無しだね、シードっていいね!」
「俺がダービーについて行けないからだろ、お前は何度かあるよな。昨日教えて貰ったよ。」
「そうだけれどもね、私は全力で走った事がないのよ。有るのは麻美お母さんとだけよ、それに大地とも。」
「そうか、そうだよな。どうして俺らが騎士と競争なんだよ。ここはぶっちぎりの一番かビリだな。そうでもしないと俺らは走れないだろう。」
「そうだね、どうする?」
「最初は全力で走ってさ、抜かれたらビリに収まろうか。」
「そうだね、そうしようか。じゃぁ行こうか。」
「だな。」
私と大地の計画は出来た。始まるまではクロと雷神の身体を温めておく必要があるので中央付近で適当に走って慣らす。
観客は楽でいい。二つのレースは終わって次は本戦、緊張はするが開始まではまだ二十分の休憩時間がある。競馬で続けて走るのは有りなのだろうか。
「亜衣音。ブラシ掛けながら待とうか。」
「そうだね、心穏やかにしてクロに乗る!」
「バカ、力を使うのか!」
「う~……だって落ち着かないもん。それに誰も何も言わないよね、これって何だか悪意を感じない?」
「三周するのよね、でもさっきの予選は二周だったよ。」
「これは俺らの為のルールだろうさ。二周で感覚を掴ませて、三周目で踏ん切りさせて一気に競争させる気だろう。どうする? 最初から飛ばせば優勝は出来ると思うぜ。なにせあいつらは疲れているだろうしさ。」
「大地、凄~く強気だね、そうしようか。もし抜かれても抜き返せる自信が有れば抜いてみせるよ。」
「そうだな、それもいいか。」
「うん、」
私達はゲートに案内されたて直ぐに六頭の馬が並んだ。「楽な気分で望んで下さい」とは言われたが、私の気分はハイ! 眼の色が赤に変ったよ大地もね。
「変るか、バカ!」
「……。」
私は大地に怒られた……。
ゲートが開かれて二人は出遅れる、これは練習もなにもぶっつけ本番なのだから勝手が判らないのよ。
こんな事ならば練習を積んでおくべきだったかと思う暇はない、全力で半馬身を私は追う。直線はそのままの速度で維持したが大地は……もう三頭は抜いていてってもう二番かよ。う~私はまだビリ。
コーナーでは大きく外に振れた……抜ける! 私はそう感じて一気に速度をクロに要求した。クロは応えて一頭抜いた。直ぐに二頭目が視野に入り、抜いた……私は一度に二頭を抜けたのだ。ここで縦一列に並んだ競争になって直線で更に外に出て三頭目を抜いた。次のコーナーも外に振れて……抜けない、大回り過ぎたようだ。ならば直線でと考えて素早く行動を起し……抜いたのだった。
あ~……もう目の前には二番手の大地の姿が見えている。
「大地、……待ってて!」
一瞬だが大地が振り向いてくれた。これはなに!
「うんありがとう、直ぐに追いつくからね。」
大地が三周目で一番に躍り出て、もう~……あり得ない加速だった。私の目の前から消えてしまい、私も大地に続きたい一心で鐙を蹴った。クロ、お願い……。クロは一瞬だが頭を大きく上げてから首を振ってくれた。
「わ~凄い、凄いよクロ! 前を抜いて頂戴……。」
私は直線で外に振れてコーナー前で一気に内側に入った。……抜けた……抜けたよクロ、凄いよクロ。私は叫んでいた。
「大地~、」
大地はまた振り向いてくれた。と、同時にまたしても速度を上げるのだ。決してクロの速度が落ちたのではない、きっと私を確認するために振り向いたのだ。
「クロ、追えるかな。」
私は再び鐙を蹴った。クロは小さく首を上げてまた先ほどの姿勢に戻ると、確かに速度が上がっている。
「クロ!」
私は大きくクロに叫んだ。数瞬間の後に雷神の後ろに付いた……。でも、これで終わったの、あれ以上は追いつけなかった。
大地が一番、私は二番。十馬身ほどの差を付けて三頭目がゴールした。
私たちは勝った……テントの前に戻ってようやく歓声が聞こえるようになっていたのだ。それまでは自分の心臓の音だけが、自分の激しい息づかいだけが耳に届いていた。
「亜衣音、大丈夫か!」
「大地、余裕ではありませんか! 私は大地に完敗よ。」
「そのようだね、この雷神は凄い。凄く強くて速いよ。俺、騎士になりたい。」
「着いたよ。降りようか大地。」
「そうだな、歓迎が怖いよ、乗っていたい気分。」
「アハハ~それはそうだよね。」
それから大地のレコードが新記録だったというし私はタイだった。部員たちからは大いに囃されて騎士の人達は……うん、いい顔で笑ってお祝いを言ってくれた。
もう最高にいい気分になれた。これも大地のお陰なのだよね、ありがとう。
クロから降りた私は大地に身体を預けて眠ってしまった。本当に全力を出したようでテント内を直ぐに騒がしくして「ごめんなさい。」だ!
私は本当に可愛くて、安らかな寝顔をして大地に抱かれていた。
私は大地からお姫様抱っこされて救護室へ運ばれた。何の事は無かった、ただの宴会場になるホールだった。今は誰も居ないから身体がひんやりとした処に寝かされたのだが、起きたら床……だった。大人たちはお酒だよね、可愛い高校生もいるというのにね。これでもあんたらは教育者か!
「大地。床とかあんまりだよね、噛みつくよ!」
こんな名馬の誕生に校長先生は大いに喜んだが、雷神は大地と私とホロお婆さま以外は全て拒否してくれた。だから競走馬としては失格で校長先生は落胆したそうだ。望みは……大地の卒業と騎士の資格取得に希望が託されたのだ。今度は大地が私を含め全部を蹴ってしまうのはまた次のお話だ。
雷神は四代目だった。だから私は嫌われたのかな大地。
「当たり前だ、サンダーの名前が悪かったのだろう?」
「うぐぅ~。」
私のレース展開は駆け引き無しの力技でしか無かった。でもこれでいいのよね。でも大地はワイルドな性格になって本能的に駆け引きが出来たのだろうな、凄いよ大地。
私と大地だよね今は、家族は挙って『胸がすいたよう』だと言ってくれた。母も喜んでいたと言うのだが私が眼を覚まして母を探すも見付からずに終わった。
今日……この日に誰もが居て沢山の目があったというのに、大好きな母が居なくなってしまったの。全員で帰宅したはずなのに母だけが戻らなくて、どうして……何処へ行ったのお母さん。
お母さんは七月出産予定だよ、お父さん。
私は夜中になっても見つからない母を思って朝まで泣いていた……。父は泣く事は無かったが、それからはいつも疲れた顔になって笑わなくなった。同時にホロお婆さまも行方不明になっている。私は部活の度に母を思い出すから馬事公苑を嫌いになりそうだ。
それから直ぐに杉田家のお二人が同居して頂いたから私は幾分か救われた気分になったし、それに白鳥の夫婦、麻美さんと明さんが月に二度ほど訪問を受けたのもとても嬉しかった。
高校二年生の初夏……、七月はもう直ぐ目の前だ、どうする私。
この夜から私の眼が赤く光りだし、私は大地に溺れて立つ瀬を見失った。




