第50部 綾香と彩香が……攫われた
1969年4月23日
昨晩は祖父の家で家族会議が開かれた。これは私にも大いに関係あるからと、いやお前にはまだ早い関係ない、と家族会議から外されて意味分かんない。それで、
「先に帰っているからね。」
そう言って私だけが歩いて帰宅する。ホロお婆ちゃんは玄関先で、
「儂も直ぐに帰るだて。」
「はい、待ってます。」
と別れて帰って来たのよね。するとどうだろうか、確かにホロお婆ちゃんは宅配されたような速さで帰宅してきた。それで言う事には、
「わたしゃ逃げて来たよ。皆は剣呑ではなくてさ、幸せな顔だったさ。」
「へ~そうなんだ、良かったね。」
そのお婆ちゃんもどことなく幸せな感じが伝わってきたので、結果オーライと考えて私は喜びながら相づちを打って返事した。
なんともまぁ、私の為にとお寿司とビールを携えて来たのには驚いた。だって私に空のコップを向けて来たのだからね。この家に二人しか居ないというのも事実だから、お婆ちゃんの飲み友達が誰もいないのだから自然とそうなるよね。
確かに私の夕食は冴えない、帰宅した時は開けた冷蔵庫にはなにも無かったのだから。
「お母さん……恨みます!」
それもそのはずだ、毎日の買い物はお弁当にお惣菜とお刺身にビールなどが主だから。冷蔵庫で保管される食べ物は少ない、いや無いくらいだ。シシャモだけは長く有ったが。
私の家族にしてみたら綾香ちゃんと彩香ちゃんの行方が心配だよね。この家で纏めて同居になるのか、それとも北海道の札幌に行ってしまうのか。またそれ以上に私の事も心配らしくてね。
私の事は放置でいいのよね、お母さん。
私が眠たそうにしていたら両親と杉田家の二人が帰宅してきた。澪お姉さまは祖父母の家の後片付けを買って出て残っている。
私の意見が通ったと聞かされたから家族が増えていく、どんどんと……。そう、札幌の祖父母がここ東京に越してくると決まったのだ。老と若い夫婦の余生には都会がよく似合う? かな。うんうんと頷く私。
それ以上に私の事も心配らしくてね、これは私が家族会議から離された理由は端的に言えば巫女だから。
それに産まれて来る孫や娘にはまだまだ巫女としての私の力が必要なのだし、綾香ちゃんと彩香ちゃんはこの東京から動かす事が出来ないという理由だ。これは直ぐに事実だと認識される事になった。
*)襲撃……そして攫われる
この寝静まった家にパトカーが二台も来て、お爺ちゃんの家には三台も止まったのだった。時間は午前四時位か。
一応は電話も鳴っていたがお酒の所為もあるから誰も起きない。
けたたましく玄関戸が叩かれて母が起きた。でも、母は穣さんをひっぱたいて起こして玄関に追いやった。若い女が薄着で出たのでは女の値が下がるとは別に、真夜中を過ぎて玄関戸が激しく叩かれたら女としては怖いのひと言だ。
「ここは白川明子さんのご自宅でしょうか………………、」
「はい、白川明子は私の娘で御座いますが、………………、」
「実は…………、」
ややあって父は台所に走る。台所では母が椅子に座っていて、
「沙霧、起きろ。」
「起きています。なんですか穣さん、え……? 何があったのです……か!」
母は恐ろしい形相の父が怖くなって恐る恐る尋ねた。
「くそ~綾香と彩香が攫われたらしい。いったい誰がこんな事をしてくれる。」
「え、そんな……綾香と彩香が、どうしてですか。」
「あ、大きな声を出したが、亜衣音は起きたよな。それに……すみません、起こしましたね。」
「どうしました、」
奥の部屋からは智治お爺ちゃんも起きて来て、父の言葉は途中から祖父へ向けられている。
「何か悪い事が、もしかして明子さんがどうかしましたか。」
「はい驚かないで下さいね、綾香と彩香が攫われたそうです。私達は急ぎ明子の元へ送って頂きますが、お二人はジジイの家に行かれて下さい。向こうには警察も待機いたしますから。」
「ここはどうするのよ穣さん。ここにも何か連絡があったらどうしますか。私は残ってもいいですよ。」
「それはそうなのだが、沙霧も連れて行きたい。」
私は階段で盗み聞きをしていた。事情には驚いたが自分ではどうする事も出来ないのも事実だし、私の身体は綾香ちゃんと彩香ちゃんが産まれたので、今では解放されていて自由がきく。……私は両親の前に出た。
「お父さん。この家は私とお婆ちゃんで守ります、だから直ぐに明子姉さんの元へ急いで下さい。私も行きたいのですが大人しく留守番を致して……家族で分担してしましょうよお父さん。……死ぬほど泣いているよねお姉ちゃんは。」
私は半泣きになって涙目で父を駆り立てる。私の最後の一言が効いたようで両親は直ぐに決心をした。
「穣さんここは亜衣音のいう事が正しいと思いますよ、早く着替えて行きましょう。明子の事もとても心配ですわ、早く労ってあげないと。」
「そうだなそうしようか。お義父さんも早くお願いします。」
「分った直ぐに身支度をする。」
智治お爺ちゃんは酒豪の桜子お婆さまを起こしに行き、私はホロお婆ちゃんを起こしに行った。私は慌てる必要はないのだけれども妙に気が急いだ。
「明子姉さんは無事かな。綾香ちゃんと彩香ちゃんも無事だよね。」
三十分ほどして母から連絡があった、明子姉さんは無事だと……。
「あ、お母さん。どうだった。」
「あまり言いたくはなのだけれどもね、明子さんはそれはもうとても取り乱して今でも大泣きで穣さんに抱きついています。それに明子さんに怪我はありませんでした。三人がしっかりと寝静まった時に攫われていて、そしてこれは営利目的の誘拐のようで……、」
「それでも明子姉さんが無事ならば良かったよね、うん、知らせてくれて、うん、そうする、大丈夫だよ、お婆ちゃんも起きてテレビを見ているよ。」
もう東の空は白んでいる。
「あ~私はどうしよう……。」
「亜衣音、酒飲むかい……?」
「そうですね……用意しましょうか。今日はお仕事はよろしいでしょうか?」
「娘っ子の四人は……そうだね、心配させるといけないね。夕方から馬事公苑に行くよ。」
「お願いします、私は心配事が顔に出るから行けないよね。……お婆ちゃん飲もう!」
「ほぇ~……。」
私はお婆ちゃん相手にどんな会話をしているのだろうね、可笑しいな。だが私は無理に飲まされた。
「ほら亜衣音。お前さんにはまだ仕事があるからここはしっかりと寝てもらうよ。精力をつけてもらって今日の夜は頼んだよ。」
「え、何が、どうして私が何を出来るのよね、お婆ちゃん。」
「ええからええから、押し込むよ!」
「うぎゃ~……コロン!」
「私もまだまだ巫女の力は落ちてはいないよ、これ位は出来るさ。こうすれば私の力を亜衣音に贈れるのだよ。」
泡盛で作った秘伝の梅酒、この効果はイチコロだ。ウミヘビも漬けられているから精力剤だよね。これを知らないから発狂はない。もし、知っていたらホロお婆さまは半殺しだよ。それからお婆ちゃんは私を抱いていたようだった。丸くて大きい梅酒の瓶の底には四角いモノが沈んでいる。その上に皺皺になった杏がある。
ちなみに実がとても柔らかくて食べやすい梅酒の梅が存在する。その秘伝の作り方は簡単だが面倒くさい。青梅の全体を爪楊枝で突いて傷を付けるだけのとてもシンプルな製法だ。来年には試されて貰いたいどういだろうか。また、今年は間に合うから少しだけ。キンモクセイの花をウイスキーに漬け込むと、とても良い香りがする。味は……やはりウイスキーのままだがどうでせうか!
「剣山が早くて便利だよ。」
短い夜は瞬く間に明けて身代金目的の誘拐だと決められた。
確かに「金を出せ!」という紙切れが置いてあればそうだろうが、でもこれでは手も足も出せないよね。連絡先も書かれていないこんな紙切れを誰が信じるのよも~莫迦でしょうが。
狂乱した明子姉さんの事は余りにも可哀想だからお話はしたくないな。
私は目覚めた。
「お婆ちゃん~頭が痛いよ、」
今朝はホロお婆さまが朝食を作ってくれていた。味噌汁、みそしゅる、方言だ。私の……膝が笑う……。同時にお婆ちゃんは私のぎこちない姿を拝んでか、ケラケラと笑うだ。
「なによ、もう~私に何を飲ませたのよ。」
「梅酒さ、亜衣音それが二日酔いさ、痛いかい。……味噌汁だ、飲め!」
「これが、こんな苦痛を受けても父さんはお酒を飲んでいるの!」
「まぁそうだね。でもお前もいずれ大きくなれば分るさ。」
「そうかもしれないね……。」
「巫女は大酒飲みの素質が備わっておるわ、ワハハ……、」
私は昨晩の、いやつい三時間前のホロお婆さまとの会話を忘れていた。私は明子姉さんの病院へ行こうと思っても動けないのだった。これもお婆ちゃんの計画なのだろうか考えたくも無い。まだ頭痛で頭が痛い、とは言わないか。
夕方までに母からの連絡が一度だけあった。内容は「進展なし」だ。
しかしながらお婆ちゃんは少しも心配している様子は見せていない。
遅めの昼食は私が用意した。お婆ちゃんは「作るよ」と言うのだが、ご飯とお味噌汁だけだと言うから私が用意するからと無理に代わった。
「わたしゃ肉を食べたい。」
「え~お婆ちゃん、お肉は無いよ。」
「いいや冷蔵庫で保管されているよ。見てみな。」
「そうだったかな~……そうね入っていたよ。」
「そうだろうさ、生姜焼きでいいよ。」
「……やっぱり生姜が無いよね。しょうが無いな~野菜炒めだね。」
「亜衣音はワシをおちょくるのかい。笑えないよ。」
「え~なんでよ、美味しく作るからさ。」
これがお婆ちゃんのリクエストだ。私は簡単な肉の炒め物を作ったのだが、昨晩の冷蔵庫には入っていなかったはず。ではこの竹の皮で包まれた肉は何処から出てきた。
竹の皮……いったい何時の時代だかね。そう言えば竹の皮が使われなくなって紙が使われるようになったが、その紙の印刷が竹の皮だったかも知れないな。皆さんは知りませんよね~……?
「亜衣音、この肉も食べて力を蓄えるのだよ。」
「え~なんで。私はもう元気だよ。それに今朝からは妙に身体も軽くてさ、クロに乗って走りたい気分だよね。」
「そうかいそうかい、それは上々だよ。夕方からクロに乗りに行くよ。」
「え~留守番はいいの? それに私は直ぐに顔に出ちゃうから友達に知られてしまうからね。だって私は甘えん坊になってしまったから。」
「なに大丈夫さ。ワシがあのお転婆たちを押さえるさ、簡単さ。(追い返す)」
「そうかな~田中くんはどうするのよ。私は手を握られたらもう落ちちゃうからね、絶対に無理。」
「亜衣音は弱いね~パンチラで逆に彼奴を落とせないないのかい。ほら、いつぞやのスカピラだよ。」
「うんもう~お婆ちゃん、冗談はよしてよね~。そのスカピラって何よ、……意味分るけれども……。」
「そうだろうそうだろうさ、それで良いのだよ。連れて行くといいさ。」
「何処によ、まさか……クロを遣って、綾香ちゃんと彩香ちゃんを探す……の?」
「そうだよ、他に手は無いのだよ。それにあの男は亜衣音にぞっこんで秘密も守ってくれそうだ。私が嫁、いいや旦那に欲しいくらいだ。」
「お婆ちゃんには渡しません、田中くんは私のモノだからね。それで、それで、どうするのよ、どうしたらいい、教えて!」
「ホ~ッホッホ~なに簡単さ。外に出ようか、今は~クロは独りで厩舎だよ。暫くは誰もこないさ。」
「うん試してみる。」




