第43部 増築工事と馬姫という名前が……
1968年10月28日 東京都 世田谷
*)田中くんは私の意のまま……?
「おはよう~田中くん。」
「あぁ……ありがとう。」
「良かったかしら。」
「い、いや……。」
(ふ~ん、私の白い足の見える乗馬の写真を沢山見てくれたんだね。)
本当に田中くんは照れているんだ、だから私を見てはくれないだよね。そしていつもの毎日が繰り返されていく。
馬事公苑では私とホロお婆さまが歩いて曳き馬をしていたが、多分落ちないだろうと勝手に解釈をして、今日からは馬二頭にそれぞれに双子を乗せて歩く練習に入った。私はクロの背中に乗って二人に併走しながら注意深く観察していく……落ちるなよ、いや落ちろ!
暫くして選手交代となって喜ぶ田中くん、残念そうに馬から降りた双子の姉妹。この二人は運動神経が意外にも良いらしくて平衡感覚は良かったと思う。だがな~次は乙女という感じの二人だよ。
意外だったのが田中くんで私の一声でクロに乗ってしまった。それから私はクロの鼻緒を持って歩く方が多くなったが、後ろからの田中くんの視線を気にしながらも私は受けて歩いた。
歩くだけならばと、明神さんと藍ちゃんも乗る決心をしてくれた。毎日見ては触ってお馬さんの体温を感じるのだから、それにつぶらな黒い瞳が可愛いと言うまでになってくれた。ま~立花の双子ちゃんの乗馬を見ているだけではつまらいよね、簡単そうに見えるよね。
あ、澪霧さんはそのままこの馬事公苑に勤務する事に決まって、それで朝は父の車で私と澪霧さんが乗るのだが、私は狭い後ろの座席に追いやられた。狭いのには理由があり私の学校の荷物が常時載っているからだ。この点を父から説明を乞う、と言われ続けている。もうごまかしは出来ないのか。でも澪霧さんが助け船を出してくれたのだった。しかし~お父さんは困った顔で閉口しているんだよ、可笑しいったらありゃしない。
「ねぇ、あなた。」
「わぉ、そ、それはよしてくれないか。澪霧さんは沙霧さんとは顔は同じでも妻とは違うのだから。」
「あら残念。でしたら亜衣音さんにも後ろの事情には口出しをやめて頂きたいですわ。」
「あ、あれは私の娘だ。私の教育が……、」
「ダメです。」
「はい……、」
父が言い訳を言い切れないうちに澪霧さんが言葉を重ねていく。しかし娘をあれ呼ばわりとは許せないわ。
「グッジョブ……澪霧さん。」
「亜衣音ちゃん、判っていますよね。」
「はい澪お姉さま、沙霧ママには内緒よね。」
「……。」
とても優しいお父さんは女の二人がかりには全く敵わないようだね、お父さん。沙霧ママに澪お姉さんの言った「あなた」を知ったら、「私の穣さんを取らないで~」と姉妹で喧嘩をするのかな。まさか「いいわよ」なんて言わないよね、だって私に対してもママは敵意を向けて来るくらいだもの。
恋する乙女の心は複雑なのかしら、私に夫が出来たらどうなるのかな。
*)禁句……注意
今は私の家に皆が揃っていて夕食が丁度終わって片付けが済んだ処だ。
さて、家族が増えたから増築の話しが再度持ち上がる。明子姉さんの出産前に増築する予定だったから、計画そのもは来年に入ってからという雰囲気だった。母の問題と同じ問題が声高に叫ばれだした。
両親と祖父母とは和解済みだった母の外国勤務と給与の件だ。私は大人の約束は知らないので、つい口が滑ったと言うには語弊はあるが、あの禁句を口にしてしまった。外堀は埋めておかないからだよ、私は安いから一万で買収できたんだよ?
「ねぇお爺ちゃん。澪霧さんも海外勤務でお給料もあるのよね。」
私の一言は爆弾発言だったらしくて母と祖母は急に台所に立つし、父は、「あ~、」と言いながら外に出て行く。残った祖父の顔を見たら下を向いてなにかブツブツとカニの念仏を唱えていた。それでもって急に顔色が変ったのが澪霧さんだ。
「お爺さま、いいえ元上官。私にお給料が出ていたのでしょうか。」
「わ~お祖父ちゃんごめんなさい。これは言ったらいけなかったのよね、わ~どうしようわ~……。」
「白々しいぞ亜衣音。俺はちょっと出てくる。」
父さんが逃げて行く。都合が悪いと何時もの悪い癖が出るんだから困るよね、だってとっちめる事が出来なくなるから。お爺ちゃんは孤立無援になった模様。
「亜衣音~そうだったな、増築と分家の新築の事は教えなかったよな。」
「うん、これから教えて!」
「そうですよ、私に内緒にするからバレたら困るのでしょうが。これでは沙霧も大変だな~。」
「仕方ない、あれ、穣は逃げたか。」
「多分、ビールを買いに行ってるよ。だって母さんは料理を始めたし、ね。」
私は台所の方に目を向けて言ったのだ。確かにコトコトと包丁の音が聞こえてきたのは、何だ夫婦で逃げているのか。
「まぁ~広く敷地は確保していたからな、明子さんの分は増築でいいだろうし親子になったからな。問題は澪霧さんだな、これから家族が増えるかもしれないだろう? だから直ぐ横に新築しようか、と、決めていたんだよ。ジジババの三人はこの家から出て行かないから俺が死んだらこの家は亜衣音に残すからな。」
ジジババとは祖父母とホロお婆さまの三人だな。
「お爺ちゃん~ありがとう。」
「お爺さま……それで私の給料は何処にあるのですか。もしかして、新築の代金が私の給料とか言いませんよね。」
「あは~お爺ちゃん、澪霧さんはお母さんよりも手強いですよ。ここは虎の子を出した方がよろしいかと孫は進言いたします。」
「亜衣音さん沙霧の件を詳しく教えなさい。さもないと馬事公苑では守ってやりませんよ。」
「え~とねお爺ちゃん、私は自分の保身の為にお爺ちゃんを見放します、いいかな?」
私は母さんが今でも海外勤務で給料が出ている旨を話した。過去の働きに対する恩給のようなものだから、いや、私のお小遣いにも影響するので、この件に付いては異も唱えていない。それは澪霧さんも同じだと説明したが、具体的には今現在のお金が何処に在るのかは知らないと、その事も話した。
「ただいま~、」x3
お父さんはホロお婆さまと明子姉さんと一緒になって帰ってきた。お母さんが玄関まで出迎えるのだった。
「あらあらお婆さままで、今日は遅かったのですね。明子さんありがとうね。」
「いいえ、これ位運動がてらでいいですわ。」
「おやおや家に来いとは言われたが、これはこれは……どうして。」
ホロお婆ちゃんは瞬時に家庭の内容を把握してしまった。この後は又してもボケに専念するのがいつものパターンだな。ホロお婆ちゃんは空気を読ませたら右に出る者はいないよね。
「わたしゃお酒でいいよ。」
「はいはい今準備していますから先にお風呂へどうぞ。」
「そうかえ?……ありがとうよ。」
私はうふふふと笑う。だってホロお婆ちゃんは何時も聞えない振りがとても板に付いていて、都合が悪いと逃げていくのはお爺ちゃんと同じみたいだ。ホロお婆ちゃんは聞えないのに今は会話が成立しているのだものね、ホロお婆さまはきっとこの後の家族会議ではなにも聞こえない振りになるはず。
台所はお母さんが退場して明子姉さんに取って代わられた。と言う事はお母さんは夕飯の準備に取りかかっただけで、もうすぐ明子姉さんが帰宅するのだろ判っていたみたい。ごめんねお母さん。
お母さんとしては手は動かしていてもお爺ちゃんたちの声には耳を傾けていて、澪お姉さんとお爺ちゃんの会話に割って入る。中々に潔よか~。
「そうですか~私達姉妹のお給料が利息も含めてかなりの金額で残っていると、そう言われるのですね。」
「沙霧、あんた、家を建てて貰って黙っていたのですか、あ~この家は亜衣音さんの為でしたわね。でしたら、沙霧も声高に元上官へ『金寄越せ!』と叫ぶ必要がありますわね。」
沙霧ママが嫁いでくるからと家は確かに建てられたが、お父さんの両親と同居はイヤなので入居しなかったらしい。だから4LDKの家は祖父母夫婦の家、いわゆる実家と化している。お母さんは覚えていないのかな、今は新しい家もあって私たち親子の三人が同居出来るからと不問に付していたりして。ここが問題に上がらなかったと言う事は、後者の意味が強いようだ。
妹を怒っているんだよ、子を持つ女は強いよね~。でもドッコイドッコイみたいだわアハ~……。
「ちょっと澪。なにもそんな私は家族の元に戻れただけで幸せですよ。」
「黙らっひゃい!」
「うひゃ、」
産まれたての澪霧さんへお酒の接待が始まった。この難しい人物にお酒を勧める技術はさすが元公務員か、父も祖父も長けている。独り身の僻みと言えばいいのだろうか、我が強い澪お姉さんみたいだね。早くいい人が見付かれば性格も円くなって良いかもしれないな。
「まぁまぁ、お酒はそれ位にして下さいお爺さん。」
「あ、通帳を持ってきたのか婆さんや。」
「婆さんではありません、私は貴方の奥さんですよ。照れていますか。」
夫をお爺さんと呼んでいながら自分は婆さんと呼ばれるのが嫌だという、幾つになっても女心は難しいみたい。
「その通帳を二人に戻しておくれ。しっかりと見せてやれよ。」
「はいはい、では私もめがね、眼鏡と、」
「……これは……凄いわ~。」
「そうね、こんなに沢山の金額が並んでいる。」
「沙霧。この縦の並びよりも最終金額がここの数字よ。毎月の振り込みの金額を合計したものよ。」
「澪。私、初めて預金通帳を見ました。」
「私は馬事公苑の仕事で通帳も見るようになって知ったのですが、あまり得意げに言えたものではありませんがね。」
「ふ~ん、澪、凄~い。」
二つの通帳には全く同じ数字が並んでいた。二人で見て交換してまた見て、
「同じだ~!」x2
「だから言っただろう、まだ手を付けていないと。」
「では父さん。私の家の代金は、」
「穣の退職金で建てた。いまさら騒ぐなよ。」
「沙霧さん、この爺さんを殴ってもいいのか。」
「ダメですよ。お父さんでしょうが。でも結果は同じでしょう、ね?」
そして黙り込んだ父だった。私は父さんを慰めるために、
「わ~お父さん。私の為にありがとう……とても嬉しいよ。」
「そうか、そうだよな。だが、爺は許せん。」
「まぁまぁ、飲め、穣。」
「あ、はい、頂きます。」
一同は、唖然とした。
やはり親子だねお父さん。酒が回れば誰も時間の経過が気にならないのかな、お父さんの退職金は出たのだろうが、家の新築はそれ以前に終わっていたよね。だったらこの家の代金は何処から出たのか?
家族会議で決まったのは、私達家族の全員が先に祖父母の家に下宿して増築を早く終わらせる事。次は家族が家に戻って澪霧さんの家を新築する事になった。増築、新築は同時進行になるはずだ。
肝心の家の費用はやはり心苦しいのか、お母さん達姉妹で負担するという。
これで二軒らくちゃ~く……。二件かな、落成するのが楽しみだ。
この場で母からも爆弾宣言があった。
「私、亜衣音の妹が出来ました。」
「え”~」x6
私達は巫女の家系だから産まれるのは全部女の子に決まっている。
「おいおいおい穣。増築は二倍の広さにしよう。」
「いいえお父さん。三倍にいたします。そして澪霧さんの家は鉄筋コンクリートにしましょう。」
「おお、それがいい。」
「嫌です、小さい家で構いません。」x2
年寄りの三人は目を細めて笑い、父は飲み過ぎて笑うが、明子姉さんは未来の騒がしい家を思ったのか唇を引き締める。明子姉さんの未来は恐怖に思えたのだろうね、私だって魔力タンクにされたら堪らないものね。でもそれ以前に……、
「わ~お母さん……ありがとう。」
私?……私は当然、「アッパカパー」に喜んだよ。
だが二人の妊婦さんに対して四人の子供、これだと私の力が後々になって枯渇していくよね~。
それから少しして澪霧さんに白馬の王子さまが迎えに来た。あれだけの器量良しだよ、交際の申し込みはいっぱいだったよね。その王子さまとは私が部活で曳き馬を始めた時に代わってくれた、あの若い騎士だった。私は利用されたのか、将又当て馬だったのかな?
「澪霧さんは、かなりの姐さん女房だよ、いいのかな~。」
「ブヒヒ~ン!……ブヒ!」
クロが祝福してくれたのだいいのだよね。後は家庭の問題さ。ね、澪霧さん。
もうこうなればやや子の五人や六人……掛って来い! それは六人になった……。どうして双子なのか意味は解らないが、ポル=バジンで消えた若い娘の生れ変わりのように思えた。
それが、デルフィナ、ソフィア、綾香、彩香、ニーナ、クライの六人だとして、ヒグマのカムイコロさんとシビルさんは、母のように何処かで産まれてきているのだと考えた。
祖父の威厳がまだ届くのかな、警視庁方面の交通機動隊騎馬隊の馬術交流会が開催されたからか、馬事公苑での私達への待遇がこの時よりとても良くなった。
私は交通機動隊騎馬隊の馬術交流会で前座を申し遣った。若手騎士の五人と共に馬場をクロと一体になって三周を競争して勝ちそして大きな拍手を受けた。その翌朝には競馬新聞の一面にデカデカと掲載されて一躍有名にもなった。
『最高の馬姫が誕生した!』と。
これで馬姫という私の名前が轟いた。く~誰だ!
「おいおい、あの可愛い娘さんが元警視総監のお孫さんだとよ。」
「おぉ、これはゴマすりごますり……。」
祖父が来賓として呼ばれればこうなるよね。澪霧さんは笑うだけで少しも私を守ってはくれなかった。もしかしたら澪霧さんがチクったのか……翌日は保健室登校になった。同時に私へのいじめが止まったのはとてもいい事だが、これでは犯人が分らない。
私は産まれ来る妹達への力を奪われて乗馬がままならなくなってきた。部活の監督は私に代ってホロお婆さまが行ってくれる。そうね、私は独りになって部室で勉強よ。直ぐに二年生のクラス編成が職員室で協議されるのよね。
変るのよね、五クラスの内の三クラスが進学クラスにされて、より高次の学業を行われるからだ。『田中くんと離ればなれになりたく無ければ勉強せよ、』と父から強く念を押された。父さんの眼が笑うのだからいい成績で一年生の期末試験を乗り越えれば良いのだと先が見えた。
お父さん、勉強するのにも巫女の魔力が無くなれば何も出来なくなるのよ、判る?
だから私の巫女の魔力が吸われだしたら勉強処ではなかったな。




