第33部 札幌からのお客様と新しい家族と不安
1968年9月11日(昭和43年)東京
*)札幌からのお客様
「お父さん。」
「穣さん、」
「おうお帰り、どうした?」
「今日ね、学校の担任の先生は嫌な事を言うから駅の待ち合わせを忘れてって、お父さんはどうして約束を放って帰宅しているのよ。」
「忘れてはいないよ、ほれ、足下を見てみろ、」
「わ! なに、こんなに沢山もの靴。」
「予定よりも早いが、あれらが来ているぞ。」
「亜衣音ちゃん。麻美姉さんが来てるんだ。それに……この靴は……、」
「待て、俺から先に座敷には入る。とてもでは言えないが桜子婆さまも居る。」
「う……うん……、」
と、小さく頷く母。玄関框の前には多数の靴が在った……。私は意を決して母と揃って制服のまま来客の前に立った。私は、声が出なくてスルーされていた。母が先に挨拶をすると、
「こんにちは~……、」
「亜・衣・音。……うわぁ~~~……。」
「……お母さん、違うよ。」
「……、……もしかして……。」
「沙霧だよ、生きていたんだよ、」
「なんだ、泣いて損した。で、なんだいその服は、」
「私、今日は高校に行って授業を受けちゃった、」
「?……あ、ま~た入れ替わりしたんだね、もうこの子は~、」
「うん、とても懐かしい思いが出来た。」
母と娘の過去のやりとりが見られた。それは母が高校生だった頃の……。
「お母さん。こちらが亜衣音だよ、こんなに大きくなってました。」
「……、過去形かぇ、」(ムスッ……。)
「亜衣音です、桜お婆さま、」
さらに桜子お婆さまが号泣しだして、私は意識を保ちながら桜子お婆さまの下へ進む。すぐさま私はガバッと抱きつかれたのだった。
(大きくてとても温かい……)
私の細い身体は一瞬で大きい桜子お婆さまに包まれて、もう倒れるのかと思い必死で足に力を入れて踏ん張るのがやっとだった。
何処かで聞いたような懐かしい声、あ、お母さんと同じ声だと気が付く。私の肩の耳元では大きい泣き声が続いていて私の頬にも涙が流れ出す。
「桜お婆さま……、」
「うん、桜だよ、元気だったかい……、」
「はい、私、こんなに大きくなれました。」
「うんうん、私の為にこんなに細くなって、ま~……。」
「桜子、私が育てたんだよ、」
「黙らっしゃい、亜衣音が先だよ、」
得意げに麻美お母さんが声を掛けるが、逆に怒鳴られていて可笑しいの。あんな野太い声を張り上げて馬の調教をされてあるというのに、それでも桜子お婆ちゃんに敵わないのかと思ったほどだ。
桜子お婆さまは言葉が出ないのか、私の顔を見て涙を流すだけだ。絞り出された言葉は、先ほどまでの雑談の続き……。
「聞いたよ亜衣音。お前は沙霧をお姉ちゃんと呼ぶらしいじゃないか。」
「お父さんが話したのかな、」
「そうだね、だったら私にはさ、…お母さんと呼ぶんだよ、いいね。」
「ヤダ、お婆さまがいい。」
「お母さん。孫に押し付けないで下さい。」
「いいじゃないか、減るわけでもないしさ。」
「亜衣音ちゃん。着替えに行くよ。」
「はい、お姉ちゃん。」
「ばぁろう……う~麻美~。」
「黙らっしゃい、ふん。」
「う……ごめんなさい。亜衣音をこんなに立派に育ててくれて、ありがとう。もう一生頭が上がらないね。」
ここでようやく立場が元に戻ったようだね、麻美お母様。
「そうでしょうとも感謝なさい。で、養育費は頂きますよ。」
「う……麻美~、私、六文銭も無くしたわ、」
「アホ! 冗談よ穣さんから頂きました。それに、これは……私からの恩返しだよ桜子。」
「うん、ありがとう……。」
お座敷とは反対にある母の荷物を仕舞っていたお部屋、朝のまま衣類が散らかっていた。
「私、お母さんの服を着たいの、貸して!」
「いいよ。これだから姉妹は楽しいのよね、亜衣音ちゃん。」
「そうなんだ、ずっと一人っ子だったから、あのね……。」
「なぁに?」
「妹を頂戴、」
「う~少し難しいかな。でも頑張るね!」
「二人でお父さんを攻めるとか?」
「バ~カ、穣さんは渡しません。」
母娘で父の取り合いとか、あり得ないのだが、着替えに三十分とお化粧に二十分もの時間が費やされた。優に小一時間が過ぎても誰も呼びには来ない。それに気が付いたのが、
「沙霧、お帰りなさい。亜衣音、退院おめでとう。」
と、囃し立てられた。
「遅かったじゃないの、待ちくたびれたわよ。」
「うん。麻美姉さん、亜衣音を今までありがとうございました。ご恩は返せませんが、想いだけは忘れません。」
「沙霧ちゃんはハッキリと言うわね。それに引き替え妖怪ババァは酒二本で済ませようとしたんだからね。」
「では私もお酒を四本に致します。」
「そうかぇ、嬉しいね。毎月頼むね。」
「麻美姉さんは酒豪になられた……、のかしら。」
「沙霧、そいつには料理酒でいいよ。あれの小瓶でいいさ。」
「はい、お母さん。」
私は父の右隣の席に座る。父の左隣には桜子お婆さまが鎮座されてあるのだが、母は言葉巧みに追い出して、それからは母が鎮座した。梃子でも動かないらしい。こうなると桜子お婆さまの左の智治お爺ちゃんが弾かれる。
「おうおう、俺はじゃまものかい、」
「お爺ちゃんはお婆ちゃんの前に座ればいいよ。」
「娘みたいに若いんだ、恥ずかしくなるよ。」
「直ぐに昔を思い出すからさ、ね? 智治お爺ちゃん!…もしかして、若い娘はこの私の事かな~、」
私と母は良く似ている。これだと沙霧さんと澪霧さんが揃って座っている? そうだね、お爺ちゃん。そうなるとまだ見ぬ綾香さんと彩香さんを思い出すよね。
「おやおや、沙霧が二人になって出て来たよ。」
「え~ここは亜衣音の二人がいいです、麻美お母さん。」
「亜衣音、お母さんは私ですよ。」
「いいや、俺も母親になったんだよ、邪魔するな。」
麻美お母さんが段々と子供じみてきたのは気のせいと思いたい。対する沙霧ママも子共になったように言い張るのが面白いね。
伏兵がいた、私たち母娘が母の服を着て出て来たからかも知れないが、その服の姿を見れば沙霧ママが二人も居る感じが受けるのだとか。主に麻美お母さんとお父さんがだね。祖父母にはあまり会っていなかったお母さんだったから祖父母にはそこまでは思わなかったらしい。
黙りを決め込んでいた伏兵が……弾けた~~~よ~~~。
「穣、あんた……娘に服を買ってやっていないのかい?」
「あ、……あ~気がつきませんでした。」
「馬鹿が~~~今度の休みには沢山買ってやるんですよ、あ、娘にも最近の流行をお願いね。」
「はい~喜んで~二人に着せてます~から~。」
「桜子お婆ちゃん、お父さんを苛めないで。」
「亜衣音、お前は穣にお強請りも出来なかったのかい?」
「はい、沢山気苦労をお掛けしましたので……その、つい、言い出せませんでした~。」
「麻美……あんたはどうなんだ、穣には言ったのか!」
「いえ、すみません。」
「まぁまぁ桜子さん、落ち着いて下さい。」
「やい、烏のジジババ、二人も同罪かい、あ、あぁ~?」(烏丸の略)
「バァさんや、帰るぞ!」
「はいはい、酔いも覚めたんですね、」
「まだ飲んどらんわな。」
「もう嫌ですよ、外国語では分りませんよ。」
「亜衣音、分るよな。」
「はいお爺ちゃん。お財布をお願いします。」
「違うわい、どうして儂が財布にならねばならぬ。」
こんな駄話の途中で顔が曇る桜子お婆ちゃんだった。今戻れたのはここに居る二人だけだったから。沙霧が居るのならば澪霧も何処かで、こうやって生きているはずだよね、澪……。
*)新しい家族と不安
「お母さん。お父さんはママに譲る。私は、智治お爺ちゃんの横に行くね。」
「ジジイは放置していいのよ、今まで忘れていたはずだから、キッチリと思い出させてやるのだからね。」
「お姉ちゃん……怖い。」
「いいえ、これが娘の愛です。」
「お姉ちゃん……違うよ、まだ見ぬ綾香さんと彩香さんを思い出すのよ。」
「亜衣音ちゃん。直ぐに二人を出して頂戴。」
「え~、出来ません。」
「あ、あぁ~、俺はどいた方がいいかな。」
「ダメです、」x2
午後四時になった頃に出前が届いた。お寿司もどれ位に注文すれば良いのか判断が出来なかったから後で追加注文したと、父が釈明した。ビールも届いた。
え~と、人数は、私と母に父。智治お爺ちゃんと桜子お婆さま。麻美さんに明子さん。それにお爺ちゃんとお婆ちゃん。これだと、九人になるのだが、
「あ~、いつの間にか明子お姉さまが増えていた。」
「なによ、文句あるのかしら。」
「いいえ、御座いません。買い出しをありがとうございます。」
「いいわよ、亜衣音ちゃんが使い物にならないからね。」
「わ~、酷い。でもでも、苫小牧では看病をありがとうございました。この恩はお酒では返しませんから、何がいいかな~。」
「私を全力で看病して下さい。今日から私は白川家の養女になりました。」
「え~、うそ!」
私は嬉しい驚き方をしていた。だって私はとても素直なんだもん。
直ぐに何だか悲しい面持ちになったような麻美さんが、父と母、主に母の方にだが向き直ってから口を開いて、出たのはとても重い内容だった。
「沙霧さん、実はお願いがあるのよ。明子は妊娠しているのよね。」
「えぇ、亜衣音から聞きました。おめでとうございます。」
「亜衣音ちゃんも聞いてね。明子の赤ちゃんは多分巫女だと思うの。まだ私の直感で思うだけなのよね、多分双子と感じたわ、お願い出来るかな。」
母の次は父にだ。
「穣さん、どうかお願いします。明子の出産を沙霧さんに任せたいのです。明子や私では太刀打ちが出来ないと思うの。お願いします。」
私は考え込んだ、勿論両親もだ。麻美さんはとても切羽詰まっている。
「明子さんの旦那さんはどう考えておられるのでしょうか。無論、麻美さんと明子さんは自宅で話し合われた、その結果がこの話しだと理解します。」
明子さんは母の麻美さんを制止して自分から話すという。
「それが私からお話するのも、とてもお恥ずかしいのですが、そのう夫は離婚届に署名捺印をして置いて出て行きました。理由は判りませんが、もしや巫女の事情を知るような立場だったかもと推察いたしました。」
「そんなことがあり得るのでしょうか。」
「はい、私のお腹は妊娠二ヶ月にして、既に四ヶ月位には該当するらしいのです。これを別段不思議は思わずに報告しましたらこの結果になりました。」
「麻美さんはどう思われるのでしょうか。」
「それが私もつい先日までは明子と同じでした。ですが、私が明子のお腹を直に触りましたらそれはもう、とても懐かしい感じが伝わってきて、それで明子とは毎晩遅くまで相談しました。勿論今までの私ら巫女に付いても話しました。」
「沙霧さん。巫女に絡む内容ならば俺は判断が出来ない。ここは亜衣音と相談して決めてくれ。俺は二人の意見を尊重する。」
「東京の産科のある大きな病院に通わせたい、お願いします。」
最後は気丈な麻美さんの気弱い依頼内容になってしまい子を思う親はみな同じだと思う。私は……どうなのだろうか、子が親を思う気持ちはかなり弱いような気がする。そんな事は無いと考えて口を挟んで意見した。
「お母さん。もしかしたらよ、私の何らかの巫女の力が明子さんに影響したとも思えるのよ。丁度妊娠したのが私が郷に帰った時と符号するのよ。それに変だとは思わないで、私には明子さんのお腹を触って、妹が欲しいと感じたわ。だから、私も明子さんの力になりたい。」
「そうなんだ、私や私の母さんがこの世に出てこれたのには亜衣音の何らかの意思が働いたからよね。」
「あぁそうだと俺も思った。多分、クロの死とクロのオリジナルの出現が重なって亜衣音が異世界へ行き、そして倒れた、意味がありそうだな。」
「穣さん、いいかしら。私は娘として引き取ってもいいわ。」
「え!……。」x2
とは、父と私だ。明子さんと麻美さんは父の顔を見て返答待ちのスタイル。眼が光り期待に満ち満ちている……風には見えないから複雑なんだと。
「判った、東京で暮らすといい。部屋は……増築だな。なに沙霧さんのお金がまだ残って…………、」
「ぎゃ~、亜衣音助けて!」
「いいえ助けません、お父さんはお母さんに許しを請いなさい。」
「ありがとう。穣さん、とても助かります。」
「ありがとう。亜衣音ちゃん。」
沙霧ママとお父さんの惚気は極力見ないで、ここはやはり親どうしという事もあって、麻美お母さんは父にお礼を言うし、明子さんは私にお礼を言った。
私に妹どころか姉もできて、きっと春には可愛い妹が二人も出来るのかな! それどころか来年の七月には更に二人の妹が出来るのだが、そこはまだ私には分らない。
「これでは私は、お嫁に行けないよ~。」
「あら、いいじゃん。育児の手伝いね!」
「母と明子さんは同じ二十四歳の姉妹に見える。お父さん、お嫁さんが二人になって良かったね。次はお父さんの職探しだよ、」
「亜衣音、お前は三ヶ月後に家事手伝いが確定しているぞ、良かったな。」
「私、高校生よ、勉強だよね。」
さて、家の増築となると当然にお金が絡んでくるのは分る、分るよね。それが身に降りかかる人物がこの場にいたらどうするのだろうか。策略を巡らせるよね。




