第32部 サプライズから、跳んだ? ハプニングへ
私達の笑い声を聞いて祖母が台所にやってきた。
「あらあら楽しそうじゃない。」
「お婆ちゃんはお茶かな、でもここには飲めないお茶ばかりだよ。」
「いやいや違うよ、もう帰りたいので穣さんは電話を掛けて呼んではくれないかな。ジジイは強制的に連れていくさ。」
「タクシーですね、直ぐ連絡します。」
「お父さん、私が連絡するよ。居間で待っていて!」
「そうか……。」
「みの・る、さん……!」
「可笑しいねぇ、飲み過ぎだろうかね。」
「お母さん。お父さんはどうしたのかな。」
私は買ってきたビールがテーブルに三本が在る事に気が付いた。では一本だけが飲まれたということになる。
「ねぇお婆ちゃん、お父さんはワインを飲んでいたのかな。」
「そうだね、コップで飲んでいたさ。」
「そうなんだ、さっきお母さんと暴れて酔いが急に回ったようだね。ムフフフ……今晩のお母さんはもう私のものに決定だよ?」
「あら!……そうだわね。気苦労でもう起きないだろうね、何時もの事だったよ。」
「やったー、お婆ちゃんを帰して一緒にお風呂入ろ!」
「はいはい、年寄りは明日にまた来ます。」
「うん、お爺ちゃんをちゃんと寝かせてね。」
「もう寝てるさ!」
私達がお座敷に行くと確かに腕枕で二人とも寝てしまっていた。祖母は祖父の横に座って揺さぶりだした。
「お爺さん、起きて下さい。朝ですよ。んもうさっきは起きていたのにね。男はどうして酒を飲むとこうもだらしなくなるのかねぇ~。」
「きっと緊張の糸が切れたからですよ。」
「しょうがないね、三人で道路まで引きずるよ。」
そうこうしていると祖父はブツブツと言いながら起きて玄関へ歩いていく。玄関框で座り込んで、お出でお出での様子。お婆ちゃんは、「はいはい」と言いながら靴を履かせている。
「優しいお婆ちゃんだね。」
「そうだね、お風呂は用意出来ているのかな。」
「ん~、まだ。……二人を見送って火を入れておく。」
「お願いするね、私はまだお客様だもの。」
タクシーが到着すると、あら不思議。お爺ちゃんはオートモードで歩き出した。
「これが宮仕えの悲しい性だよ、お酒で酔っていてもこれから自分がとる行動が判っているんだね。」
「ふ~ん、私、判らないよ。」
「そうだね、亜衣音ちゃんも将来の旦那さん次第だろうさ、ね? 沙霧さん。」
「はい、……(私も知りませんです。)」
鈴虫の合唱が大きく聞えてきて、どうして同じリズムで鳴くのかが不思議だよね。お座敷に戻ると父が居ないんだから、するともう二階で寝てしまっていた。残ったお寿司を私と母で食べてしまった。厚焼きだけだが、飛んだであろう……男共のツバは忘れて食べてしまった。
それから母を誘ってお風呂へ入った。
「亜衣音、いつの間に大きくなったのよ。」
「え~だってお母さんが居ないからでしょうがぁ。」
長い間、お水の音が響いていた。腕は肘の方が大きいというこのガリガリの身体の私に、いったい何処が大きくなったというのだろうか。火照った身体を冷やすべく私は縁側に行ってダウンした。もう疲れてしまって寝込んでいた。
母はとうとう二階へたどり着けなかった私を抱いて、優しく寝かせてくれていた。
翌朝、朝の準備と食卓を囲む時間までが母娘の時間として終わった。が、父のひと言で母娘の時間は長く続いていく。
「亜衣音、まだ学校は無理だろう。本当に行くのかい。」
「うん行きたい。だってクラスの皆が心配しているもの。」
「では親の心配は気にしないのか。」
「う……遅刻して保健室登校!」
「穣さんはどうするのですか。」
「俺は親爺の所に進路相談しに行くよ、あれでもまだ強大な実力派なんだぜ。」
「あ、そうだ。沙霧さんも高校まで一緒に行くとか。どうだい娘の制服姿と学校は見てみたいだろう。」
「そうですね、入学式の写真は見せて貰いましたが行ってみますか。」
「やったー、お姉ちゃんと学校だ! お着替え、お着替えルンルンルン。」
と、私は奥の部屋へ母を追い立てた。
「お姉ちゃん、二階から制服を持ってくるから着替えよう?」
「そうね、そうしようか。帰りは二人でお昼を食べてこようね。」
「そうだね、楽しみ。」
「両親とかよ、今晩も来るだろな。俺はどうする。」
「どうするってお父さん。あ、今晩は麻美さんも来るからね。」
「あ~、そうだよな。まさか、札幌も来たりして!」
「そうだよね、きっと来るね!」
「そうなると、買い出しは俺ってことか!」
「はい、お願いします。」x2
「アハハ……、」x3
多分、私以外の全員が澪霧さんのことを考えているとは思うの、でも憚ってなのか誰も口に出す事は出来なかったみたい。私は……全く思いもしなくて頭にも残っていなかったな。誰が誰を思いやって憚ったのか、判ることはなく時は過ぎる。記憶喪失の行き倒れで病院に入院していただなんて、まだ誰も知らない。
*)替え玉授業
「だったら私も手伝うからさ、十五時に駅で集合とか、どうかな。」
「うっ……沙霧さん。」
「良いわよ、駅の出口で待っていますから。」
「あ~~、お父さんとお母さん。新婚さんの続きがしたいんだ!」
「バカ! 黙れ!」
「うふふ~ん……私が先に待つわよ、あんたは学校へ行きなさい。」
母娘して夫兼父親を取り合いするとか何だか変かな。
「お母さん。私の制服よ、勝手に着ないで、」
「え~いいじゃん、一度着せてよ。」
「ムフフフ~、だったらお姉ちゃんが制服着て登校すれば!」
「やった~、私は高校生だわ! あんたは体操着でいいよね。」
「よくな~い……冬服があるから、私はそれを着る。」
女の着替え……三十分では済まなかったのだ。
三人揃って家を出た。このまま登校すれば十時位になるだろうか、父とは駅前で別れる予定。ここは京王電鉄の千歳烏山駅だ。母は、
「この駅には階段がありません。私は階段を下りてくる穣さんを探すのが好きなのです。」
まるで私鉄沿線……!
「お母さんはそうだったよね。でもね、此処は平地だから電車から降りてくるお父さんを見つけられるから面白いよ、丁度下りだからこの辺りだよ。」
千歳烏山駅のホームは道路から丸見えなのだから、柵はあるが遮蔽物は何もない。私はその一点を指さしている。
「おいおい亜衣音、つまらない事は言わなくていい。」
「ふふん~だ。」
「楽しみだわ!」
「そうは言うが俺は職場復帰は未定だぞ。どうしてこうなったのやら判らん。」
「そう…だったよね、まだ聞いていなかったよね。」
「親爺に仕事を頼んでくる。」
「うん、行ってきま~す。」
「おう、行ってら!」
「それ、何処の言葉なのよ、可笑しい。」
笑いながら父と別れた。下高井戸駅まで二枚の切符を買って私は母の手を引いて上りのホームに立った。電車はいつ来てもいい、電車が入ると逆に私は母から手を引かれるのだった。
「亜衣音ちゃん、大丈夫かしら。」
「うん、でも次で降りたい。」
「分ったわ、座らなくてもいいかしら。」
「立っている方がいいよ、きっと。」
「着いたよ、どうぉ、歩ける?」
「下高井戸駅まで頑張る、後はタクシーで行く。」
「そうだね、高校までは歩くのだろう?」
「うん二十分は歩くから、今日は歩けないな。」
私は下高井戸駅のベンチで休んでから駅前のタクシーに乗った。
「どちらへ、」
「関東農業大学付属高等学校までお願いします。」
「運転手さん、この子は気分が悪いのでゆっくりとお願いします。」
「あいよ、」
タクシーは十分ほどで着いたのだが料金が高い? あの運転手ワザと遠回りしたんだ。
私はタクシーを降りて校門に寄りかかって休む。校門で二人の女生徒を見つけた先生がやって来たのはいいが、数学の授業が終わった杉田先生なのだ、私は怒りたい気分にさせられた。
「おい、白川か!」
「はい、」とお姉ちゃんが返事したから取り違えと発展した。
「それで、その子はうちの学生だが、誰かな。」
「先生、この子を早く保健室へお願いします。」
「おぶられてもいいか!」
「そうですね、お願いします。」
「責任は白川が持てよ。後で何か言われても俺は知らないぞ。」
「まぁ先生ったら可笑しい。」
私は杉田先生におぶられて保健室へ行った。途中で私が誰なのかを訊く先生。
「白川亜衣音ですよ、先生。お尻の感触で判りませんか?」
「尻は知らないぞ、……ならばこっちの生徒が……亜衣音か!」
「はい、そうです。私は姉の沙霧と言います。」
「ねぇ…ちゃんがいたのか。それでこの、しおれた亜衣音は大丈夫なのか。」
「多分、休ませれば大丈夫です。」
「そうか、昼すぎたら顔を出す。」
「それで先生、クラスには、」
「A組には言っておく。」
「A組ですね、」
「次は階下の教室になるから先に寄って知らせる。」
「あ、私が報告しておきます。学級委員はどなたでしょうか。」
「田中という男子だ、頼んでおくぞ。」
「はい、……。」
「お姉ちゃんカバン……ガンバ!」
「持って行くから寝ているのよ。」
「?……うん、上手にね!」
「任せなさい。」
「席は替わっているはずだからね、何処まで騙せるのか、とても楽しみ。」
「うんうん、私は、白川亜衣音です。」
コツは簡単。授業開始後に教室へ入る事。これならば要らぬ会話でバレる心配がない。だって私は双子でしたもの、日常でしたわよ、入れ替わり!
授業が始まれば自ずと亜衣音の席は発見出来る。
(う~んしめしめ。後ろから二番目か! ここは元気よく挨拶だね。)
「白川亜衣音です。本日から登校します。ご心配お掛けしましてすみません。」
「え””””~~!!」x44
……ざわめく教室。沙霧は物怖じしない性格。母の学生時代では教室の入れ替わりは日常なのだからね。声が少しくらい変でも大丈夫、母娘だものきっと判別できないわ。
だってかれこれ……もう五十日は私の声は誰も聞いてはいないし、病欠で声も変っていても不思議ではないよね。
「ここが私の席…かな。」
「そうよ、白川さん、元気に退院出来たんだ。」
「うん、ゴメンね。」
「白川、もう大丈夫か、良かったな。」
「はい、だから今日は指さないで下さい。」
「それは残念だ。……って、どういう意味だ。」
「答えられません。」
「ま、それもそうか……。それとも?」
「ノーコメントです。」
それから隣の女子に科目を聞いたら少しも変に思わずに教えてくれた。だって二学期になって席は変わったとしても先生の変更は無いのだから、いくら病欠で休んだとはいえ、先生の顔を忘れた? なんて言えない。
「ねぇ、今日はなに、」
「現国だよ、教科書は百二十ページになるから。」
「うん、ありがとう。」
「さ、今から級友の観察よ!」
もう私のお母さんは若いのは嬉しいけれども、イタズラがこんなに好きだなんてお父さんが聞いたら笑って済むかな。
授業が終わって……沙霧は質問攻めに遭う。当たり障りの無い返事ばかりでとおした。これさえ出来れば半分の時間は過ぎる。それは、
「私、トイレに行きたい。」
「私も、」
「一緒行こう!」
「ねぇねぇ、白川さん……。」(この子は親友ではない)
「亜衣音ちゃん、もうとても心配したんだからね、家にも行った……」(親友だ)
「もう、ごめ~ん。退院できなくてさ、北海道の田舎からも出れなかったのよ。ホンとゴメンね。」
「うん、いいよ。それでさ、……。」
「え、え、何々……。」
「お~い、席に着け~、」
「起立、礼、着席。」
「おう白川、来ていたか。どうだ、勉強をする気になったのか。」
「先生、病院に入院していました。瀕死でしたのよ。」
「そうか、お見舞いは受け取ってくれたか。」
「先生、恐らく職員室で止まっています。私は頂いておりません。」
「(偽白川なのに、)良く俺の質問をか躱せたな、双子だったか?」
「いいえ、姉が居るだけです。」
「そうか、今日は見学だな。」
「はい、……。」
バレているみたい、きっと先ほどの杉田先生が教えたに違いないよね。それにしても度量が大きい先生だこと。これならば亜衣音を任せても大丈夫よ。
お昼休みになって姉は脱兎の如く教室から脱走していく。
「お弁当がな~い……保健室に行くから~、」
息せき切って母が保健室に飛び込む。私は、
「どぉ、面白かった?」
「亜衣音ちゃん。もう、……無理。時期にお友達が来ます。」
「いいよ楽しみ。お口開けて待ってる。」
級友達が入ってきた。
「亜衣音ちゃん。来たよ、」x?
「うん、会いたかった~、」
「あんた、誰?」
「私が亜衣音よ、こっちは姉の沙霧ちゃん。替え玉よ!」
「え~……うそ~!!」
それからが大変だった。親ツバメと子ツバメが入れ替わったように、私は口を開けて級友達のお弁当を食べて笑った。可笑しい、私は食べる事ができたのだ。
「もうお腹はいっぱいよ、ありがとう。」
「たくさん食べて大きくなるのだぞ。……。」
「うん、そうだね。明日もお弁当を分けて……。」
「だ~め……。」
僅かの時間だったが、私は母より楽しいサプライズを受けたのだ。帰りに、
「白川さん、退院おめでとう~!」
「はい、ありがとう。」
「もうするなよ。」
「はい、杉田先生。姉も高校へ行かせて下さい。」
「え”……?」
杉田先生には上町駅まで車で送って頂いたのだがその車の中で、
「沙霧さんですね、是非ともうちの高校へ来て下さい。出来ればでよろしいのですが、どうでしょうか。」
「先生? 生徒でしょうか、それとも教師でしょうか。」
「そう…ですね、生徒だったら学年が変ります。それを考えると客員教師の方が自由度が増すでしょうか。」
「恐らくですが、お父様もこの高校へ転勤なさいます。」
「なに、この会話は~……。」
「貴方はいったいなんですか、私たち、いいえ、亜衣音で弄ばないでくださいませんか。お断りいたします。何なら亜衣音は北海道へ連れて帰ります。」
「あ、いえ、す、すみません。とんだ事をお話致しました。ですが、北海道は少しきな臭くなっております。もう二度と行かれないようにお願いします。私共は国の依頼で動いておりますので今日の事はどうぞ内密に!」
「杉田先生、少し、いいえ、まだ暫くは亜衣音も体力が戻りませんので休ませます。」
「はい、承知致しました。」
私は会話が終わって母から肩を抱かれた。母は車から降りるときに、
「キー~~~ーキーーー!!」
と、ヒステリックになった。
「亜衣音、転校よ、戦争だわ!」
「クラスの皆と別れるのは辛いけれども、私も転校したい。」
「亜衣音ちゃん、母は守るからね。」
「うん、……傍がいい! 守ってね。」
「……。」
母はキーキー言いながら、私達は家に帰り着いた。
「ただいま~、」
「亜衣音ちゃん。大事なモノを忘れたわ!」
「なに?……え~お父さんか。」
「おうお帰り、どうした?」
「お父さん。」
「穣さん、」
「予定よりも早いが、あれらが来ているぞ。」
玄関框の前には多数の靴が在った。私は母と揃って制服のまま来客の前に立った。
「亜・衣・音。……。うわぁ~~~……。」
「……、……もしかして……。」
桜子お婆さまが号泣しだした。私は意識を保ちながら桜子お婆さまの下へ進む。すぐさま私はガバッと抱きつかれたのだった。
「桜子、お婆さまですね。」
「うん、うん、そうだよ……。亜・衣・音。……。うわぁ~~~……。」




