第30部 母のパジャマ姿と父の驚き、そして三人の涙
1968年9月10日 東京
*)二度目の……お帰りなさい
「沙霧~!」
「お父さん!!」
思わず玄関から居間へと駆けだした父を制止しようとしたが、私のか細い腕ではそれも叶わなかった。私の方が振り回されて玄関で転びそうになって、思わずつんめりになる。父の異常な姿に驚いた私だ、再度叫び声を上げる。
「お父さ~ん。」
もう姿は見えない、私も追随して靴は大きく跳ね飛ばした。本当にお母さんなのだろうか、勿論私は母の声は覚えてもいないのだから、ここは父を信用すべきだ。なのに私は信じきれていない。
そこには私が鏡に映っているかのような容姿の母がいた。
「お母、……さんなのね。」
どうしてかパジャマ姿の母だった。父は母を前にして涙を堪えるよなしかめっ面を作って立っていて、それは母も同じで父の眉間には大きな皺が出来ている。二人とも喜びに満ちたグチャグチャの顔だ。私の顔はどうだろか……。
(うっ、……若い!)と直ぐに思った。私も堪えることが出来ずに涙を流す。
「お母さん……その写真、涙を流してくれていたんだ。」
「亜・衣・音・だね?……いいえごめんなさい。うん亜衣音だ、今まで留守にしていてごめんね、本当~ぅに……ごめんなさい。」
「う……ん、私、会いたかった、とても会いたかったんだよ……。」
私の望みだった……念願の母が帰ってきてくれた、父よりも早く私は母の胸に抱きついた。そして父は私共々母を大きく抱きしめたのだった。父はどうしたら良いのか判らずに立ちすくんでいただけであって、もしかして母の胸は私専用に決めていたのかもしれない。
それからというもの三人の会話はすすり泣きの合唱となった。私は声も出せない程に母の胸に顔を埋める。
「うん、……お母さんの匂いがする、気持ちいい!」
「良かったわ随分と大きくなったわね、貴女の写真を見つけて眺めていたのよ。」
「沙霧、無事で良かった、本当に心配していたんだ。」
「穣さん、今まで亜衣音を押し付けてごめんなさい。」
「沙霧、亜衣音は大きくなっただろう。」
「そうよ、つい先日まで心配していた事がウソのようだわ。」
「亜衣音……こんなに痩せ細らせてしまったのね、母親失格だな。」
「沙霧は昔のままだな、良かった……。」
私は母に黒髪を撫でられている。とても安心できる、居心地のいい母の胸だ。私本来の魔力がダダ漏れになってしまい留める事が出来なかった。
「お母さん、……ママ!」
「なぁに、亜衣音。」
「うん、もっと名前を呼んで、」
「そうね、亜衣音、あいね、あい・ね……、」
「うん、ママ、ママ、……。」
母はまだ私を胸から外す事無く抱いてくれている。私の気持ちが落ち着くにつれて、段々と気恥ずかしい気がしてくるのを感じた。私は母から手を緩めたら母も私の背中から手を放した。(さ、私は120%の笑顔が作れるかな。)顔を上げると、グチャグチャの顔だ~。
「お帰りなさい、お母さん。」
「はい、ただいま戻りました、亜衣音さん、穣さん。」
「うんうん、沙霧……お帰り……、」
「お母さん、椅子に座って! 今お茶の用意をするね。私のお茶は美味しいのよ、お父さんは黙って飲むのが好きなのよね。」
「あらそうなの、顔は変わっても……少しも変らないのですね。」
三者三様に涙を拭き上げる。母の胸には魔力の痕跡……そう私の涙の跡がくっきりと残っていた。父も気になるのか、
「沙霧さんはどうしてパジャマ姿なのだい?」
「私はクロに連れられて来ました。この家が何処なのかは判りませんでしたが、何分、そのう……裸で此処に放られたので、あちこちのタンスを開けてやっとこのパジャマを見つけたのです。……亜衣音の下着、借りちゃった!」
「小さくてゴメンね。」
「それで私のお気に入りの大きい下着は持って帰っていますよね。」
「お母さんごめんなさい、私が北海道の田舎へ持って行っていました。荷物の中に……お父さん、荷物は?」
「あ、亀万に忘れた!」
「ドジ!」
「アハハハ……時期に届くさ、俺は風呂の用意をするから亜衣音はお皿の準備を頼むよ。」
「え~持てないよ、……お父さん。」
「バーカ、それ位は持てるだろうが……ははぁ~ん実は、」
「うん、そうだね、お母さん、お願い。」
「はいはい、適当でいいよね、」
「うん、私はおつまみを焼くからね。」
「それって……亜衣音さん、穣さんは渡さないよ。」
「え”~もう貰ってしまったよ、独り占めだったんだからさ、遅いよ。」
「うん、そうよね、そう……許してあげる。」
「おいおい沙霧さん、娘に対抗意識を向けてどうすんだい、可笑しいぞ。」
「男には判りません、女の敵は娘も同じです。」
「お母さん、一緒にお風呂入ろっか。」
「裸を見て足の確認したいのですか。」
「じゃぁ、お父さんに先に入る権利を譲ります。」
「んまぁ……この子ったら!」
「ピンポーン!」
「私が、主婦が、出ます。」
「おい、それでは俺が犯罪者になってしまうよ、母娘の見た目の歳の差を考えてくれないか。どう見たって五歳ほどしか離れてはいなようだぞ。」
「私が行くよ、お姉ちゃん……。」
(穣の失言は、後ほど問い詰められる事へと発展する。)
「んまぁ~親をからかうのかえ、この娘は~!」
「キャッ、……お待たせしました~……今開けま~す。」
「とても素直な良い子に育っています、穣さん。」
「それは麻美さんに言ってくれないかな、この春まで亜衣音をとても大事に育ててくれていたんだから。」
「麻美……お姉さま……懐かしいわ。」
「沙霧は……身体は大丈夫か!」
穣は沙霧を労りの目で見つめた。
「いま少し体力が足りません、亜衣音をあれ以上寝たきりには出来ませんでしたから、私の意識は……そのう病室で覚醒したようなものですから。」
「だったら沙霧の下着が功を奏したのか!」
「恥ずかしいのですが、亜衣音の感じが異世界まで伝わって来たのです。そこで私は目覚めたのだと思っています。」
「そうか~亜衣音が沙霧をこの世に戻してくれたのか。」
「そうですね、絶対にそうですよ。穣さんがいっぱい亜衣音を愛してくれたからです。」
「よせやい、気恥ずかしいよ。」
「いいえ、私、とても嬉しいし幸せですよ。」
「お父さん、テーブルを片して……運ぶよ。」
大きなお寿司の桶が二つも、それを持って私は二段にして台所へ運んで来た。
「これ!……なんとサービスだって!」
「う……親爺め~謀りやがったな~。……亜衣音、座敷に移動だ。座布団と来客のテーブルを急いで広げろ。俺は外で敵機を迎え打つ!」
「え”~・・・なんで~、」
「お茶も用意しろ~~!!」
良かったよ、両親とも私の力を確認もされなくてね、お皿を持てない私が大きな寿司桶を二段で持てるとか、考えなかったのかしらね、うんうん。
「親父、沙霧が戻ってきた……、」
「ぅぎゃ~……、」
外ではお爺ちゃんの大きな悲鳴に似た叫び声が私に聞えてきた。
お爺ちゃんは私らが黙って帰宅すると予期していたらしく、私の帰宅を知る手立てを講じていたのだと父は解説してくれた。案の定タクシーが家の前に着いて、老夫婦が眼を大きくして玄関戸を打ち破り入ってきた。
「お、お、お~~沙霧さん……、戻ったのか!」
「んまぁ~沙霧ちゃん、お帰り……。」
「はい、ただいま戻りました。お義父さん、お義母さん。……ただいまでした!」
「こらジジイ、よくも謀りやがって、このう!」
「穣さん許してあげてよ。いつもいつも、いつ帰るのか! と私がね、とても煩い爺さんに迷惑していたのよ、ごめんなさいね。」
「だったらこのお寿司は……、」
「はい、ババァの計画ですよ、それに、それに……本当に良かった二重の喜びだわ……、」
お婆ちゃんは大きく泣く羽目になって泣き声は暫く続いた……。
「お義母様……、」
「うん沙霧さん、……早くお着替えなさいよ!」
「え……あ、はい、ただいま。」
亀万さんが父の忘れた荷物を一緒に配達してくれた。これってまさか! 第一に父には悪びれた様子は感じられなかった。
母は私が窓辺に飾っておいたワンピースを着てくれたのだ。それはお父さんが買ってくれたお母さんのお気に入りだよね。
「お母さん、ダンスはしないよね!」
「亜衣音さんが付き合うのならばOKよ! 私、スクエアダンスが得意なの。」
札幌では別な意味で大騒動になっていて、苫小牧では父が麻美さんに電話を掛けた事によりそちらもでも大騒動になったという。翌日の夜には麻美お母さんが来たのは言うまでもない。……超~ビビッたとジェット機の感想を聞く羽目になった。
残念ながら祖父母からの退院の祝辞は頂けなかったよ~、完全にスルーされていた。
「んもう、お爺ちゃん、お婆ちゃん……。」
催促しても、やはりスルーされていた。
私は祖父母の喧噪で頭がクラクラしてきた。多分長時間の移動で疲れたに違いないのだが、母はどうだろうかと見やると……笑顔が返ってきた。
「お父さん、おビールを買って来ます。」
「おう、すまないな。」
「穣さん、私も亜衣音さんと一緒に、……そのう。」
「沙霧、亜衣音はまだ弱ったままだからお願いしたよ。」
「はい、私の希望でした……一緒にお買い物は胸がいっぱいです。」
「うん……私もだよお母さん。」
父は玄関先まで出て私たちを見送ってくれて、気になっていたクロは苫小牧へと帰ったのか消えて居なかった。
母は、
「亜衣音には現世に戻る力を頂いたので帰る事が出来たのよ、ありがとう。」
「うん判っていたよ、ず~っと視線を感じていたもの……。お母さんは窓際で踊っていたでしょう。」
「うん、そうだよ。判ってたんだ。」
「もち、よ。」
私は病室のワンピが揺れていた事を強調した。
私は道を間違えて明後日の方向へ歩いていて、見つからないスーパーに母が疑問を呈したから戻るのに恥ずかしい思いを感じた。
「お姉ちゃん……手を繋ごう……。」
「いいわよ亜衣音ちゃん。」
姉妹になってしまったのかな、
「うん、これはこれできっと楽しい事が待っているわ!」
母が地理を知らない事を良いことにして、私はさらに遠回りしてスーパーに行き、買い物を済ませるとお母さんは目を丸くして私のお財布を覗いていたんだよ。う~ん、お母さんもお小遣いが欲しいとか?
「亜衣音ちゃん、そのキラキラしたお金はオモチャなの。」
「え?……これのこと? 百円玉だけれども。」
「百円札はどうなったの、」
「あ~もうお母さんったら浦島太郎になってるね、玉手箱は貰って来たのかな。」
「見せて……その百円玉。」
「う、うん、どうぞ。」
「ありがとう。」
「……?」
変なお母さんだなとは思わないが百円玉は戻ってこなかったな。それからが大変でね、右手で二本も持つのも時間の経過でとてつもなく重くなっていくし、母も左手に二本を持つのだった。ビールが重い重いと言いながらゆっくりと歩いて帰宅したんだよ、凄く楽しかったな~。
女同士って……最高!
長く長く感じた帰路、二人の女の話に花が咲くのだった。
「ただいま~。」x2
うん、とてもいい響きだ!
こんな幸せな家庭にどうして恐怖する札幌の家庭を思いやる心が存在しようか、同時刻の札幌では智治お爺ちゃんは慌てて逃げ出して大変な目に遭っていた。
「私のお仏壇はありませんね~。」
「ぎゃ~、お化け”~~~だじげで~!!」
「ごらぁ、待たんかい!」
「ぎゃ~……。」
「待たんかい! こら逃げるな、」
「いやだ~ダジゲデ~……、」
「智治さん、只今戻りました……桜子ですよ、もう忘れてしまわれたのでしょうか?」
「え”……本当に桜子さんか?」
「はい、勿論ですわ、づがま”え”だ~智治~~。ブチュ~……。」
「フギャ~・・・、」




