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人狼と少女 垣根の上を翔ぶ女 亜依音  作者: 冬忍 金銀花
第三章 たゆたえ……揺れる心と

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第26部 実現しなかった、母の日記と遺品


 1968年7月21日(昭和43年)苫小牧


*)お土産がホタテになった理由




 私が乗馬するのをお母さんは大人らしくもなく横取りして、先に馬場を走らせた。私は母でもあるし指を咥えることにした。そこに助け船が声を、いや罵声を掛けてくれた人が居た。明さんだ。


 明さんは「困った母ちゃんだ!」と言いながら呆れた顔を作っていた。ここに来る前に対策を講じていたと、その後の言動で理解ができた。呆れた顔が優しい顔に変ると、


「お母さん、すっごく可愛いな~私と同じ歳にはあんな感じでクロに跨がって姉妹で喧嘩して……。」

「亜衣音ちゃん、もう五十年も昔の事だから気にしたらダメだよ。」

「五十年……ですか?」

「あ、いや~それだと麻美は姿形も無いわ、アハハ……。」

「そうなんですか、後で訊いてみます。」


「亜衣音ちゃんゴメンね。あれは昔、姉妹で奪い合って乗馬にいそしんだからさ、許しておくれ。なに、次の周回で落馬させるから見ておきなさい。」


「え~いいですよ。第一お母さんだもの私は後で乗らせて貰います。」

「何を暢気な、あれは放置していたら夜まででもやめないからね。そうするとどうなるか理解出来るよね。」

「う~クロが疲れて可哀想だよね。」


「ほほう、亜衣音ちゃんがそれを言うのか。大凡あれと同類なのだろうが。」

「うん、」

「おいおい、そこは元気に返事するところではないだろう。まるで親子だな。」

「親子だよ、昨日お母さんから了解を頂きました、お父さん。」

「うひゃ~、四人目の子供が出来てしまったよ。」

「ありがとうございます。」


「もう周回はいいだろう、今、降ろしてやる。」


 先ほどの優しい顔がより砕けた優しい顔に見える。それからはイタズラをする子供のような顔に変っていく。


 他称義父? となった明さんが私に背を向けて高々と手を挙げて振り出した。何かの合図なのだろうが私には分らない。大きい声で叫ぶのだが、


「お~い……いいぞ~全員かかれ~!!」


 そうしたら厩舎や家に隠れていた騎士さん達が全員馬場に躍りだした。遠目には見えるはずの麻美お母さんは馬場の中央にクロを向けさせて同時に罵声も、


「あぶね~じゃね~か~! ば~ろ~!」


「あれが私の妻だと思うと情けない。」

「お母さんもまだ若いです。まだまだ元気です。」

「もう一人子供を作るか、いやいやもういいだろが、」

「アハハハ……。」


 今度は照れ笑いの顔に変化する。馬場の周りから人が集まるから自ずとクロも行き場が無くなってくる。照れ笑いの顔が真面目な顔になり、ここからが罵声のアホのような怒鳴りあいとなる。明さんは妻の麻美お母さんをバカ呼ばわりだ。対する麻美お母さんも子供じみた応答で返している。


「バカ麻美~、降りて仕事しろ~!」

「嫌だよ~だ!」


「よ~し全員一列になって、作戦開始~!」

「捕まえる事が出来るなら……捉まえてみろ~だ!」


 麻美お母さんは両足をばたつかせて明さんを明らかに挑発している。だから文字が「捉まえる」なのだ。明さんも顔をにやつかせて、それから声に出して笑い顔に造り変えるのだ。


 あらあら……と、可笑しな光景が広がって場外のギャラリーも大笑いになっている。私は笑うのを忘れるくらいだった。今日の余興にはいいだろうさ、と言う明さんだ。


 確かに明さんが声を出して大笑いが出来るはずで、今ではしたり遣ったりの笑顔なのだな~これが!


「何あれ! クロが人参に釣れられている、どうして!」

「朝飯がまだだろ、クロのお腹にはさすがに麻美でも対抗出来ないよ。目の前に人参があればクロも追ってくるさ、バタつく嫁が可愛いよ!」


 お惚気の明さんの顔だ。お父さんって顔が七変化するのだとは思わなかった、実に面白い。勿論子供じみた麻美お母さんも面白いものだ。


 クロは目の前に人参が見えた途端に麻美お母さんの制止を無視して人参を追い出した。騎手の皆さんがクロの鼻先で人参リレーをするのだからクロは自ずと人参を追いかける。


「クロ、何しているのよ、言う事を聞きなさい、こら、クロ!!」

「ブヒヒ~ン!」

「クロ!」

「ブルルル・・・」


「あら可笑しいの、クロが頭を横に振って嫌がっていわ、アハハハ……。」


 大声で笑い出した私を見て明さんは、


「成功、成功! ウッシッシ……。」


 奇妙な笑い声だ。まるでケンケンだな! 知らない単語が私の口から飛び出す。あり得ない! ケンケン・パー?


「クロ、何しているのよ、言う事を聞きなさい、こら、クロ!!」

「ブヒヒ~ン!」

「クロ!」

「ブルルル・・・」


「あれ~~~!!」


「落ちた、」

「うん、落ちたね。」

「いや~久しぶりの落馬だろう。」

「あんれまー!」


 次々と移動していく人参にとうとう食いつくことが出来ずに苛立ったクロ。この事に理解が出来たのだろうか、後ろ足で大きく垂直に立ち上がり騎手を振り払ってしまった。それも私の目の前まで来てである。


 私はクロを通り越して麻美お母さんに駆け寄った。


「お母さん、面白かったです!」

「フン、なによ。私は負けないわよ!」


 と、また一目散にクロに向かい乗ろうとするも、クロは身体を前後左右に揺すり拒否していた。


「お母さん……可愛い!」


 私は目を擦りながら流れる涙を拭くのだが、笑いが止まらない。


「さ、亜衣音さん。人参が届いたよ、クロに食べさせておやり。」

「ありがとうございます。」

「これで亜衣音さんにしか懐かないだろうて! ウッシッシ……。」


 駄々を捏ねる麻美お母さん、もう馬場の騎手さん達でさえも笑い声に満ちてしまった。場外は勿論だ。


「それと亜衣音さん。お昼のお手伝いをお願いしてもいいかな、麻美はストを起こすに決まったのも同然だからさ。」

「え~麻美お母さんは子供なのですか~、」


 私はまだ目を擦りたりない、はしたなくも人前で大きく口も開いていた。


「はい、勿論です。昨日は何もお手伝いをいたしませんでしたので……。」

「では決まり。クロは没収してご飯タイムにします。亜衣音さんはいいですね。」

「え”……、     はい、今からお手伝いに向かいます。」

「あぁぁぁ、亜衣音さんには先にお願いがありました。クロに乗ってお肉を引き取ってきて欲しいです。」

「はい! 喜んで!」


 往復三キロはあるだろうか、時々買い物に行かされたお肉屋さん。


「あそこの親父を驚かさないでくれよ。」

「はい……。」


 ここの主人もクロが死んだ事を知っているのだと言う。私には聞かされていないのだが、怪我で治療も出来ない馬が引き取られていたらしい。これはこの主人から遠回しに聞かされたからだ。……それって……おじさんウソよね!


「もうお父さんに馬の燻製は与えられないわ!」

「そうよ、今度からはホタテの紐の乾物よ!」


 そういう理由でホタテになったのだ。この時代のホタテの紐は捨てられていたのかもしれないが……。


「老馬でも私にとって馬は、とても大事な友達だからね!」


 私の目の前に父の顔が浮かんだら?


「私のささやかな幸せなのよ、文句言わないで!」




*)心穏やかに


 私はクロと共に買い物に行った。残しておいた乗馬の衣服に着替えた私を見つめる麻美お母さん。以前の母には感じられないオーラが見えたように、夜叉鬼の面を外したような母らしい顔つき。


「いってらっしゃい。」

「はい、いってきます。」


 私を見直してくれたんだ! とても嬉しい。私は東京に出て大きく成長したのだとは思いもしていない。


 本当に久しぶりの母の響きに聞こえて私はとても嬉しい。お買い物の道中も新鮮で見える物は目に入っているが記憶に残らない、光が見える、ただそれだけ。


 私から離れて牧場の車が後を付けていたのだが気づいていない。運転手は誰なのだろうか、明さんから聞いた忠告は何処へやら。私はお肉屋さんの軒の前でクロから降りたら、腰を抜かさんばかりのおじさんが立っていた。あっと思った瞬間、遅かった。


「なんだい、嬢ちゃんかい。驚いたよ。でも良く似ているよな~。」


 しげしげとクロを見つめる肉屋の親爺さん。にやりと嗤う親爺には、ある一計が浮かんだようだ。クロを暫く見つめながらそれを正すのだ。


「はい、そうですね。見つけて来ました。」

「で、何しに来た。」

「お買い物ですが、なにか、」

「あぁ、そうだよな、俺は可笑しな事を言ったな、今準備しているからもう暫くそこで待ってな。」


 おやじさんは口寂しいのか、私に過去の事を話してくれた。その話の内容から悟ったのが上記の内容だ。ウソだったら困るのでもう書かない。


 適当に相づちをうちながら私は聞き入る。これらが本当ならば、馬の燻製は買いたくなくなった。父が好きなのだからと安易に受け入れていた自分が憎らしい。


「そう言えば最近は見かけないが、札幌かえ。」

「いいえ東京です、おじさん。」

「そうかい道理で見かけないはずさ。あ~と誰かも行ったよだな、誰だったかは忘れたか?」

「へ~そうなんだ、誰だろうね。」


「そう言えばさ、二年前に高校を卒業した誰か~名前が分らない女だがよ、その子が結婚するからと噂で聞いたんだ。それでその男の名前は知っているか、と偶々買い物に来た卒業女子に尋ねたら『私、知りません』と言いやがったね、」


「その人は知らなかったんだ、それで誰彼構わずに訊いたとか?」


「いや~それが知っていたさ。それでも白を切っていたさ。」

「へ~そうなんだ。」

「それでよ、後で結婚の案内が来てさ、驚いたよ。」

「アハハハ……。その落ちは、当の本人だった、とか?」

「な? 笑いたくなっただろう。」

「うん、とても田舎らしくて笑える。」


「はい出来たよ。これを買うくらいならさ牛を締めた方が早いだろうに。なんでも解体の上手い人が居るらしいがよ。」


「へ~そうなんだ。私しらな~い……私ではないよ。」

「分っているよ、代金は付けだから早く持って帰りな。」

「は~い、急いで帰り…す。」

「ま抜けだな。」


「藍ちゃん。」

「おうそうだった、東京へ行った子の名前だ。」


「わ~、とても大きな、う……。」

「ま抜けだよ、藍ちゃん。」

「わ!……亜衣音……ちゃん!」


「なんだい、嬢ちゃんも白切っていたのか!」


 私はおじさんに笑顔で謝る。にっこりと!


「私、お昼の当番なのよ。急いで帰るから……乗る?」


「う、う、う、……また今度でお願い。可愛いけれども、怖いわ。」

「暫くは牧場に居るから遊びに来て!」

「うん、きっと遊びに行くから、」

「したっけ。」

「……。」


 動揺していた藍、理由は不明。しかし普通に見る農耕馬の二倍はあるクロの姿にビビッたとかは、いくら何でもないよね!


「あの馬はデカイよな~、締めたら大儲けだろうに!」

「ゴホン!」

「あ、すまね~な、嬢ちゃん。」

「おじさん、牛肉・すき焼きで一キロね!」

「あいよ、……嬢ちゃん達は仲良しかい。」

「追っかけで、仲良くなったわ。」

「じゃぁ、河原の決闘はウソかいな、」

「え”””””~~~、ウソです、そのような事実は無根です。」

「俺、出前の時に見ていたぞい。」

「う……そ!」

「肉は、二キロだったよな、」

「はい、二キロです……。」

「脂はオマケだよ!」


 上手く乗せられた藍ちゃんだった。おじさんが二キロと言ってのに聞いてもいないのよね。後で明さんに聞いたらだよ、忙しい振りをしながら話を振ってくる。それでついつい話し相手をしてしまえば誘導されるように注文した肉の重量が増えているんだとか。それで文句を言おうとしたら相づちを打っていた事を思い出すんだってさ。


 その夜は藍の父親も苫小牧に戻っていて親子四人で食べるには多すぎる牛肉。でも姉妹で食べてしまったと聞いた。



 私は帰宅して麻美お母さんから怒られた。


「亜衣音さん。お肉の量が半端なく多いのですが、どうしてですか!」

「え~、お父さんから頼まれただけですが、どうしてでしょうか。」

「あのおやじと世間話をしたよね、それも長く、」

「はい、今用意しているから待ってくれと、また、解体の方が早いとか。」

「あっちゃ~やられたよ。肉は重かっただろうに。」

「はい、でもクロの背中に載せていましたから。」


「亜衣音さんはお肉を二キロは食べられるよね!」

「いいえ、全然。」

「こんなに買わされて、少しは変だと思わなかった……よね。」


「はい!」


「……十キロだよ……。」

「え?……。」


 それから麻美お母さんは、明さんに文句を言いに行って負けてきたらしい。確かに大人数でのすき焼きは、肉がドンドン鍋から消えていった。十キロのすき焼き肉の代金を考えたら相当の金額だろうか! しかも旨くて高い金額の部位だときたらお幾らか?


 追加の肉を要求する騎士たちだ。今更お肉は有りませんとは言いづらい。ここは主婦としていい顔を作っておく必要がある。それも大きな顔を!


「肝っ玉母さんだ! もっと喰らえ~!」


 とうとう十キロのお肉は無くなってしまった。財布を見ては嘆く麻美さん。宥める言葉を投げる明さんではなかった。追い打ちの事が飛んでいたのだ。


「麻美がすき焼きにするからだろうが……。」

「でしたらこの薄い肉はどうしろと、」

「すき焼きさ!」

「バコ~ン!」


 その夜、明パパはフライパンで殴られた。


「ブヒヒ・・・。」

「クロ、笑ったらダメだよ、」

「ヒヒ~ン!」

「明日はず~っと一緒だよ……。」



 麻美お母さんは明パパをフライパンで黙らせた。



 その夜は年老いた母とやや中年の域に達した娘との相談があっていた。ホロと麻美である。亜衣音に沙霧の日記を渡していいのかどうかと、相談していた。


「お母さん。本当に沙霧の日記を渡していいの?」

「亜衣音はもう立派な大人ださ。もういいだろうて。」

「それは………そうでしょうが、」

「何がそんなに心配なのだい。」


「悪いとは思ったけれども、少し読ませてもらったさ。そしたら、あの桜子とのやりとりが赤裸々に綴れていたよ。あんなに悩んでいたなんて、読んでいてとても悲しくなってね、それで、それでね…………。」

「もう泣くのはおよし。」

「でも、沙霧が不憫でしょうが無いのよ。」(沙霧が可哀想)

「では、亜衣音はどうだい。不憫かえ?」 (亜衣音が可哀想)


「私の方が不憫よ、」(都合が悪い)

「こら、麻美。それを言うのかい。そうだったら私も不憫だよ。」(娘を哀れむ)


(不憫の解説を入れておいた。色々と解釈が出来る単語だ。)


「桜子さんが生きておれたらね~、」

「それでお母さんからは何を亜衣音に渡すのですか?」


「あぁ、これね。私が必死になってあんたらを探しに来たときさ、智治が霧の赤い髪の毛をそ~っと渡してくれたさ。あれはとても悲しかった~、だからぁ、私も同じ事を考えてさ、沙霧の髪の毛さ。」


「そう………なんだ。遺骨も残っていないし、いいのかも知れない。」

「その時は……私は霧の髪を抱いて……大泣きしたさ。」


「お母さん。とても気になるので訊いてもいいかな。」

「えぇさ~、」

「沙霧の髪の毛はどうやって手に入れたのかな。」

「簡単だべさ、沙霧が寝ている時にさ、ハサミでちょんと!」

「わ~、沙霧が不憫だわ~。」(可哀想)

「分らないように、後頭部から切ったさ~!」


「お母さん、私は骨を残すから髪は切らないで!」


「さて、どちらが長生きかね~。」

「お母さん。縁を切ってもいいですか!」

「切れないだべさ、」


「お母さん。明日は二人で亜衣音に打ち勝ちましょうね!」

「(酒飲んで)臨むところさ!」



「私は手強いわよ!」by亜衣音


 私はとある事象に引き込まれて母の形見処ではなくなった、これもクロによるものだったみたい。


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