第25部 クロの死と……こころ揺れる亜衣音
只今改装中であります。新規オープンまでお待ち下さいませ。書いた人間が判らない、いや内容が分らない。
クロと乗馬を楽しんだ後、私は地震で圧死した三代目のクロのお墓に手を合わせるのだった。
私はクロのお墓を見つけたら思わず駆け寄っていて、暫くはただ呆然と立ちつくしていた。この墓石がクロのお墓だとは思いたくは無いのだけれども、私自身に言い聞かせるのに時間が掛った。もし、私が居たときに厩舎が壊れてその時にクロが死に、私がクロの変わり果てた姿を見たらきっと発狂していただろう。過去のクロを思い出して涙を流した。そして生前のクロへのお礼を、と思ったら墓前に添える物はなにも無い事に改めて気づいた。思いは巡る……。
「お父さん、お父さんは私の暴走を止めてくれたんだ。」
私が牧場へ直ぐに帰りたいと言って駄々をこねたのに、父は許してくれずに逆に諭してくれた。また、夏休みには直ぐに帰らせるからと約束までしてくれた。それは一日だけれども前倒しまでしてもらうのだった。
「だから、お父さんありがとう。心穏やかに此処の地に立つことが出来ました。」
父には申し訳なく思う一方で、苫小牧の白鳥家は今でも私の実家だという認識なのだ。私は夏休み前の数日前に父やお爺ちゃんに無理を言って、北海道の田舎に里帰りを許可して頂いた。色々な制約や父の思いやりに包まれて私は嫌な飛行機に乗って帰ってきた。
千歳空港では己の心に勝てずに突風を吹かせたようだ。智治お爺ちゃんにロビーで名前を呼ばれた時には、本当にドキッと心が音を立てた様に思えた。それにも増して、智治お爺ちゃんをドキッとさせたのも私だ。私は母の洋服を着て周りの人達を驚かせていたのだ。そういう自覚はないのだがなどうしてだろね。変な私。
私は智治お爺ちゃんの真っ赤なローレルの助手席に乗せられて、ルンルンでもうあり得ない程の幸せを味わった。それがどうしてだかが理解出来なかったし、ただの躁の状態だけでは説明は出来ない。上手に智治お爺ちゃんが私に話しかけたからかもしれない……多分、そうだと思ったのが、母の服を着ていたから智治お爺ちゃんが娘を思う言葉遣いに満たされていたのかもしれない。
きっとそうに違いない。
智治お爺ちゃんの赤い車は速く走れた。それには秘密があった。私の風が追い風だったということだ。智治お爺ちゃんの車だろうと考えるのだが、私は心を揺らすので強い風が起きていたと思う。だけれども車の中に居ては実感は無い。だから車の窓を開けたら強い風が入るはずなのに、そよ風程度だった。智治お爺ちゃんの車は田舎道を高速なみに走っていたと、スピードメーターを見て思ったものだ。
ごめんなさいそれは間違いです。久しぶりに会えた智治お爺ちゃんに癒やされて風は起きなかったのかもしれない。晴天だったから風は弱いはずならば、これは自身に言い聞かせる言葉の羅列だね。
実家に着いたら直ぐに近くにいた騎手さんにクロのお墓を訊いたんだ。そして教えて貰ったらもう居ても立っても居られなくなり、私の身体は風を背に受けて走っていたんだ。そうね、汗も掻いてはいないの、でもね目に涙が溜まってしまって見えなくなり、このままクロのお墓に行けば大泣きするのだからと自分に言い聞かせて立ち止まり、そうして目を擦りながら家族の元に歩いて行った。
でも今日は、今は違うよクロのお墓の前に立っているんだよ、私のクロ。
「クロ、遅くなってゴメンね。会いに来たよ。」
牧場の東側には少し高い丘があって、ここの一番高い所に塚を建てられてクロは埋葬されていたな。麻美お母さんの心が見えるような小高い丘の上。背の高い白樺の木々が伸びているのは勿論、北風からの突風除けの植林だよね。そのまた東には良く伸びたポプラ並木も沢山あるから、春になるとポプラの白い綿毛が辺り一面に広がって雪化粧のようだったね。
「クロ、長くて短い付き合いだったね。お前も東京へ連れて行けば良かったな。」
西へ行った時は大きな湖が綺麗だったし、東へ行けば、そうそう、コロポックルの噂まで作ってしまった。
「クロ、思い出は尽きないのだけれどもね、時間は……尽きるんだね。」
私はクロのお墓の前に立ち牧場を見渡した。木々に囲まれた穏やかな牧場が見える。
(クロ!……近くに居たらいいのに……居るの?)私の目と足は四方へと向いた。
牧場へ向かう道ばたには大きな蕗の葉が広がっている。こんな地面も見えない処を歩くクロの姿を思い浮かべながら近くを散策する。
「あれ~? こんな処に小径があったんだ、知らなかったよ。」
きっと背の低い私の視点と、クロに跨がった視点の違いで気づかなかっただけだろうか。小径には雑草は少ないのでそれなりの誰かが通っているようだ。
小さい時には来ていた丘の上、ただ単に覚えていないだけだろうか。暫く来なかったので松の木や白樺が大きくなって風景が変って見えているだけだろう。
「うわ~、頭の上まで枝葉が伸びてる。」
小径の途中で見上げた空、緑の葉っぱで覆われていた。まるで緑のトンネルを歩いているようだ。青い空に揺れる梢、鳥の声も聞こえて涼しい風が感じられた時、
「この先は行き止まりだったかしら。もう戻ろう……うわ~もうダメ~…………、」
私はとうとう目頭のダムを解放してしまって小径が見えない。ぼんやりとする道すじにクロの墓を目指した。流れる、流れて止まらないのだ。
やっとの思い出到着したかのように長い時間が過ぎていた。
「クロ、明日もまた来るからね。」
私はクロのお墓を背にして牧場を眺める。
「私の涙が止まって乾くまで此処を動かない。」
暫く立ち尽くしていたら、強い風が右から左から、前からも吹いて来た。
「きゃ~! んもう~クロのイタズラだよね。」
そして後ろから……突風が吹いて私は前に押し出された。母のワンピースが大いに揺れた……私の心も同じなんだよ。
「クロ、いっぱいお話が出来たね、帰る時間を教えてくれるんだ。うん、帰るから また明日。」
来た小径を私は下りていく。
私だけの時間が終わった……。
「お嬢さん、皆さんは母家へ集まってありますよ。」
「え! どなたかしら。」
「ただの騎士見習いです。」
「お知らせをありがとうございます。」
「どうでしたか、クロのお墓参りは。」
「はい、とても寂しかったです。ついこの前まで一緒に駈けていたのですから。もう、ポッケに入れて東京へ持って行きたかったような? 気になりました。はは、私、なに言っているんだろね可笑しい。」
「そんな事は御座いませんよ。これはクロの鬣です。こちらは尻尾ですがお持ち帰りになりますか?」
「えぇ?……いいえ、この故郷の大地に眠らせてあげたいです。この北海道の田舎で産まれて育ったのですから。短い付き合いでしたが……、」
「そうですね、」
「私、走ります。」
「え?……。」
「お父様に託しておきますから……。お嬢様!」
このクロの鬣には意味があったのだろうか。




