第24部 異変が起きた……。
1968年7月19日(昭和43年)苫小牧
*)クロの夢……
騒がしく新築祝いは終わってしまう。騎士さんたちが多く泊まるのだから、私は心配になって麻美お義母さんに尋ねた。
「お母さん。私の泊まれるお部屋はあるのかしら!」
「あるだべさ、新築出来たから空き部屋がたくさん!」
「ほぇ~……。」
「お母さん、亜衣音ちゃんが可哀想ですよ。」
長女の明子さんが意味を解説してくれたのは、騎士の方達で泊まれる部屋は残っていない、だから冗談で厩舎が空いていると言ったのだと。厩舎にはまだお馬さんは一頭も入れてはいないのだから臭くはないよ、だそうだ。
「そうですね、私にはお似合いかも知れない。」
冗談でもいない本気で言ったのだ。それに慌てたのが麻美お母さんならば良かっただろうが、生憎と明子お姉さまだった。
「冗談だべさ、明来の部屋で一緒に寝るさ。」
「私、体操着持って来ています、だから厩舎がいいです。」
「良くありません。」
「はい、でもクロが寝泊まりするはずの厩舎が良いです。」
「お母さん。亜衣音さんを止めて下さいこのままでは厩舎で寝てしまいますよ。ねぇ~お母さん。」
「分った!」
「そう、良かったわ。」
「私も厩舎で寝るだべさ。」
「んもう~……お母さん~……。」
麻美お義母様は何処まで本気だったかは不明。酔っ払う麻美お義母さまは時期に男どもの間で寝てしまったのだ。明子さんは実の娘としては呆れてしまった事だろうか。明来お姉さんは動ける男どもを動かし、そして私用のVIPルームを作ってくれたのだ。
リンゴの木箱を集めて作られたベッド、それに藁を薄く敷き布団を敷く。周りにはカーテンの代わりに紅白の横断幕が使われた。紅白のルーツは源平合戦だそうで運動会もそれをなぞっているんだよ、謎って?
「おひな様だね。」
「じゃぁお父様を据えて、お内裏様!」
「いやだ~!」
「アハハハ……。」x2
「暗い照明だけれども点けておくね。」
「はい、お願いします。」
女一人を厩舎に残す男は居ないくて三人ほどの騎手の方が近くで寝るという。騎手としてもさほど不思議な事ではないのかもしれないが、多分この方たちも寝る部屋は無いのかもしれなや。お酒臭いお座敷で雑魚寝よりはいいのだと思われたのかもしれない。きっと下戸よね。
★上戸は上流階級で下戸は下級の身分から来た説がある。上級国民はたらふくお酒が飲めて貧乏庶民はお酒が飲めない下戸だとか、言えてるわ~。これってもしかしなくても差別用語だよね、下戸と呼んだらヘイトだよね、ごめんなさいもう二度と私は使いませんから今回は蘊蓄の為に使用いたします。
「あっは~私、最高!」
感嘆に浸っていたら地に落とされた。
「亜衣音さ~ん……お風呂。」
「はいお姉さま、お風呂頂きます。」
「今はお父様が入っておられますので、その後でね。」
「ハぁイ。」
きっと明子さんは夜遅くまで洗い物をして休まれるのだろうか。それに引き替え私は元家族なのにお客様気分なのだ、これで良いのかな~?
近所の奥さんと思われた女性の方々は全てが騎士の奥様方だったからか、出るわ出るわ……子供がワンサかと出てきた。今まで何処に押し込められていたのだろうか。謎だわ。
綺麗なタイル張りのお風呂場(、、、)だった。だが……しか~し、
私はお風呂に入った……お湯が少なすぎる……。これでは洗面器一杯のお湯しか使えないだろうか。そんな時に明子さんが風呂場を覗いて悲鳴を上げる。
「わ~ゴメンさい。」・・・「お湯が無~い!」
なが抜けている、それで慌てて外に出て薪を燃やし始めたのだった。
「亜衣音さん、少しずつお水を入れて湯温を調整して下さいね。」
五右衛門風呂か! 所詮、普通に入るのは老夫婦の二人だけなのだからそれでもいいのだ。あ、ホロお婆ちゃんもかな。このお風呂場には小窓が作られていて理由が覗き穴では無くて、お風呂場と竈のお互いが意思疎通出来るように空けられたものだ。
「は~い、分りました。」
「風呂釜の蓋は小さいのですね。」
「それはお風呂に入れて沈めて使うのよ、そうね~鍋底の様な物ですよ。それを使わないと足が熱くなって入れませんわ。」
「明子さん、私の時はタイル張りでしたがどうして今が五右衛門なんでしょうか。」
「お爺ちゃんの趣味ですよ、言い方を変えれば支笏湖温泉にうち捨てられたお釜を頂戴したらしいのよね、もう恥ずかしくて支笏湖温泉には行けなくなりましたわ。」
「あハ~私も酷く同意いたします。」
「廃品回収……ですね。」
「わ~酷いです、孫の私としては……そこまでは言えませんもの。」
言い方を変えてもハッキリと言わない明子さんだったから、私が勝手に補足しておいたらどうも正解らしい。五右衛門風呂は釜も熱くなるから半分以上の水を先に入れてしまい、身体が温まるのに時間が掛ってしまった。支笏湖の湖畔に置いて水を満たし薪を焚いて沸かしていた、大自然派の人が居たのだろうね。熊も入っていたとか……十分にありそう。
「おバカな空想して伸びないで下さいよ、裸で介抱されてみなさいよ目から火が出るから。」
「あ~……そうですね、裸を親に見られてしまったらもうお嫁に行けませんわ。」
「アハハ……面白い事を言いますね。私はこれで家に戻ります。」
「はい、何からなにまでありがとうございました。」
私が出て行った四ヶ月の間に瀬戸家のお風呂も改築されていて、それが五右衛門風呂だとは恐れ入る。白鳥家のお風呂は全面のタイル張りなのはいいが、浴槽もタイル張りだととても熱効率は悪いのよ。でも大きいのよね旅館には劣るだろうが、大人の三人は余裕で入れそうだった。翌日にお世話になったのだが、今晩は生憎とこちらのお風呂は芋の子を洗うようなものだったらしい、主にガキ共と母親だとか。子共のお風呂ならば仕方ないよね。
私は、ほんのりとして眠りに就いた。北海道は東京とは違い夜は冷える感じがして十分に温まった身体だったが、掛け布団を引き上げた。
*)亜依音の覚醒の再現
夢にクロが出てきた。私は喜ぶも……情景は真冬の嵐の夜だった。時はあの日の夜だった。1955年12月19日(昭和30年)北海道・苫小牧。
私はクロに導かれるように眠った。最初は小さい私とクロが遊んでいる場面が出てきて私はクロに跨がり乗馬をしているようだ。
「クロ! 楽しいね、今日も遠くへ来たんだね、帰ろうか。」
「……。」
クロは鳴いているようだが声は聞こえない。小さな沢のようで大きなワランブキの大きな葉っぱが私の足をくすぐる。大人の背丈を超えて伸びるワランブキだからまだ小さいのかもしれない。クロのお腹辺りで葉を広げている。
「クロ、ここでかくれんぼしようか。」
「……。」
「いいからしようよ。」
「……。」
私は勢いよく飛び降りたのだ。
「きゃ~冷たい!」
私は沢に落ちたようだが、でも違っていて辺りは白一色の冬景色だった。一人で練習した沢でのスケート、あの時のように氷を割ってお尻を水に浸けているような気がした。
「クロ、助けて!」
「……。」
私はクロに咥えられて水の中から引き上げられた。その時だ、私の身体は自室の部屋の中に飛んでいた。そこに見えるのは必死になっている麻美お母さんだった。
「あ、お母さん。……どうしたんだろ、私の名を呼んでいる。」
「あれ? お母さんは泣いているのかな、何度も呼ばなくても聞こえているよ。」
「お母さん……何しているの?」
「私はどうしたのかな、身体が浮いているのかな。」
「今度はホロお婆ちゃんが来た。どうしたのかな、悲しい顔だな。」
「お母さん、聞こえているから叫ばないでいいのだよ。」
「あ!……私が、小さい時の私が部屋で浮いている。これは夢なのよね、これはなんだろう。」
「お部屋、風が吹いているのね。変だわ、窓や障子は閉まっているのに。」
「クロ、クロが鳴いている。私を呼んでいるのかな。クロ、今行くよ。」
私は自分の姿にすがるお母さんとホロお婆さんを見ながら、壁を抜けるように厩舎に飛んだ。
「クロお待たせ。どうしたの? 吹雪で寒いのかな。」
「……。」
「え、なに? どうしたの、何を言っているの!」
「……。」
「わ~クロはお空も飛べるんだ! わ~凄いな。これならお空のお母さんの処まで行けるのかな。」
「……。」
「なんだ、行けないのか。……あれ? クロの言葉が分ったのかな。」
「……。」
「うん、やっぱり聞こえない。クロ、何処に行くのかな。それって落ちる!!」
「いや~落ちるよ~クロ、しっかり飛んでお願い~、」
「キャ~~~!!」
私は悲鳴と共に地上に落ちて目が覚めた。私は木箱のベッドから見事に落ちていたのだが、
「キャ~~~!!」
私は二度目の悲鳴を上げていて、そこには私を見つめる大きな顔と黒い瞳に驚いたのだ。厩舎で寝ている騎手の方達も驚いて私の部屋? の横断幕をめくると、そこには大きな馬が居たのでさらに驚いたという。
「ブヒヒ~ン!」 「ブルル・・・。」
「クロなの?……クロなのね。会いたかったわ~、わ~クロ、クロ……。」
騎手の一人が母家へ走り聞きつけた家族や騎手の人達がやって来て驚く、全員が驚いている。
「ねぇお母さん。クロは生きていますよ、死んだなんて嘘だったんですね。」
「亜衣音さん、それは……、」
「麻美さん、この馬は何処から来たのでしょうか。」
「私にも理解出来ません、私に訊かないで下さい。」
「明さんはどうですか、これはクロなのでしょうか。」
「えぇ似ていますが、暗くてまだ判別が出来ません。」
「お父さん、これはクロです、間違いありません。」
「あぁ、そうだといいね!」
それからの私はクロにベッタリとくっついたままで離れなかった。
「穣さん、この部屋は何だか寒くありませんかね。」
「そうですね、このベッドには……雪でしょうか。」
「そんな、まさか……冷たいですね雪です。」
麻美お母さんはその場でへたり込んでしまった。
「亜衣音さん、貴女って運命もねじ曲げる力を持っているのですね……。」
遅れて来た明子さんは座り込んだ母を労って、父はそんな麻美お母さんに声を掛けていた。
「麻美さん、理解は出来ますか。この馬は安全でしょうか。」
「えぇ、クロだと思われます。ですが、確かに潰れた厩舎の下敷きで死んで……そうして埋葬もいたしましたわ。」
「そうなんですね……。」
父も母もどうして良いのやら理解出来なかった。それから暫くしてホロお婆さまが来た。
「あらまぁ本当にクロが蘇ったようだね、間違いなくクロだよ。それもオリジナルの方だね、これは。」
「お母さん。ウソ言わないで下さい、クロの母親は……?」
「ほら見た事か、麻美はクロの親がどうなったか知らない、いや思い出せないのだろう?」
「は……い、思い出せません。」
「と、言う事は本当に未来へ飛んで来たのさ。お前の命の恩人だろうが、さ、麻美もクロを抱いておやり。」
麻美お母さんは恐る恐る馬に近づくも、気が引けるのだった。
「ブヒヒ~ン!」 「ブルル・・・。」
「キャッ、そこを噛んだら痛いでしょうが、……あ!……。クロだね、そうだ、ここを噛む癖はクロだけだから……お帰りクロ!」
「ブヒヒ~ン!」 「ブルル・・・。」
「麻美お母さん、クロのようだけれども、本当にクロのお母さんなの?」
「そうだよ、亜衣音さんに会いに来たんだね。」
「うん、嬉しい!」
「亜衣音さん、私もこの部屋で休んでもいいかい?」
「はい、嬉しいです!」
「おやおやもう、これは私も泊まるとするかね。」
「ホロお婆さまも、」
「懐かしいね、ホロだよ覚えているかい?」
「ブヒヒ~ン!」 「ブルル・・・。」
「そうかいそうかい、わたしゃ嬉しいよ。」
父は声を上げた。
「さぁ皆さん、審議は朝になってから行いましょう、もう寝ましょうよ。」
「あ、お父さんの本音が出た!」
「悪かったな、明日は頭が痛いだろうな。」
「ですね、穣さん、……。」
皆がこの部屋から出て行くと、私は麻美お母さんとホロお婆さまに尋ねた。
「お母さん、訊きたいのですが、私は二歳の時くらいにお部屋で浮いていた事実があるのではないでしょうか。」
「あぁ~あったわね、お母さん。」
「あの猛吹雪の夜だったかえ、そうだね。」
「ふ~ん、やっぱりそうなんですね。良かったらおはな……。あぁ、もうダメだわ。二人とも寝てしまったわ。」
「クロ、横たわって頂戴。二人を温めて頂戴ね。」
「ブルル・・・。」
翌日になるとお母さんは私を差し置いてクロに跨がってしまうのだ。もう大人げない母親だわ。
クロは麻美と老母を守る様にして雪の中を蹲っていたと聞いた事があった。麻美お義母様が見つかった当時のように、クロはお腹に二人を抱いて首を回していた。この時、麻美お義母様さんは、両親とクロと妹が一緒に暮らしていた時の夢を見たと翌日に話してくれた。ホロお婆さまにも尋ねたが目を細めて笑うだけだった。
クロは本物だった。私が乗馬するのをお母さんは横取りして先に馬場を走らせたのだった。次、乗馬を交代して私が気持ち良く乗ると……、
「わ~妹の霧を思い出しちゃった~!」
私が乗馬する姿を見て泣き出したのだ、ホロお婆さまも大泣きに崩れてしまっている。こんな私の乗馬を見ている二人の男。
「お父さん。学校に馬場と馬術部を作らねばなりませんね。」
「あぁ、そうだろうね~、」
「輸送はいいとしても、」
「お金がね~……。」x2
馬の維持管理には莫大な予算が必要なのだが、こと都会だからなおさらだろうか。
「どこかの公園を接収しますか。」
「それしかないだろう、」
「あ~頭が痛い。」x2
「あら、二日酔いでしょうか。」
「婆さん、どないしょ。」
「さぁ、孫の泣き顔は見たくはありませんね。」
「あぁ~、」x3
いつの間にか一人増えていた。
「麻美さ~ん、」
「どうにか致しますから。」
本当に出来るのだろうか東京に大きな馬場が……、
私は……どこ吹く風だ。馬場の柵越えを何ら問題無くこなしていた。
『垣根の上を翔ぶ女 亜依音』 が誕生した瞬間だ。
「私に良い考えがあります、任せて下さい。」
「明さん、頼りにしています。」x3




