第23部 私は沙霧ママにそっくりなの?
*)驚いた麻美お義母様は……
「わ~速い、速い……。千歳空港からワープしたみたいだ!」
白鳥の牧場に着いた。今日は厩舎の完成式だったらしく、私は近くに居た騎士の人にクロのお墓を尋ねてひた走りしていた。だから麻美お義母さんにも挨拶はしていない。
「そこの立ち木が少ない処がありますよね、そこを上れば直ぐに分ります。」
「ありがとうございます。」
「お嬢さん、十分で戻って来て下さいよ。」
「は~い、了解しました~。」
「きっと泣いてしまうだろうな……。」
勢いよく駆け出したのはいいが急に行くのを取り止めにした。私の心は泣くに決まっている。もう既に薄らと涙は滲んでいて小径さえも判別出来ないでいたのだった。
詐らざる心、泣けば数刻は動かなくなるからと……ならばと潔く引き返したのだった。それは正解だった。
祖父母の方は、
「まぁ、暑い中大変でしたね。」
「麻美さん、今日は何だか忙しい日に来てしまったね。」
「なんのなんの、白川さんには大変お世話になりましたからいち早く完成にこぎ着けたのですから。」
「いや、あれくらい問題ありませんわ。」
「お陰様で今日は厩舎の完成式なのですよ。まだ馬は戻しておりませんが、さ、家にどうぞ。冷たいお水が用意されていると思います。」
きっとヘリコプターで飛んで来られたら大いに迷惑するからと、競走馬だけは戻されていないのだろうね。
そう言いながら麻美お母さんは、初老の域に達していない人も含めて母家へ案内した。近所の奥様だろうか忙しく立ち働いていた。しかし……どの女性もとても若いのだった。大学生になった兄姉も帰ってきて手伝いをしていた。
明子さんだ。
「こんにちは。叔父様、叔母様、よくいらっしゃいました。」
「大変だったね、お手伝いにも来なくてね。」
「そうですよ~でも過分なご支援を頂いております。それで~あんな援助を受けて……良かったのでしょうか。」
「なに、国の金品が動いただけさ。気にしないでいい。」
何でも白川のお爺ちゃんは、機動隊の人員と重機を復旧に差し向けていたという事実を聞かされて、私は尊敬のまなざしを向ける事になったのだがこれは夜の事。ウソみたいな話だわ。
お礼を言ったのは長女の明子さんで、数日の休暇を取って貰ってご主人も手伝いに来ている。
「明子、バカな事は言わないで!」
「あ、娘さん……。」
「はい、長女の明子です。」
「いや~、気が付きませんですみません。」
「母娘が似てなくてすみませんね、」
「いやいやとても綺麗な娘さんだわ~。」
「そうでしょう……さ、さ、家に案内いたしますわ。」
麻美お義母様の地の嫌みが炸裂しているよ、あれでは明子さんも大変だろうね。明子さんはクスリと笑って目を細めている、可愛いお母さんだと考えたらしいのよね。
お爺ちゃんはひたすら謝っていた。挨拶の時の言葉で理解が出来たであろうに、きっと若い娘に気を取られていたんだわ。私は明子さんが何を言って麻美お義母さまに怒られたのかが分らないが、「あんな援助を受けて……良かったのでしょうか。」恐らくはこれだろうね。
あ~それから私も二人の姉には大きな借りがあるからお礼を述べなくてはならないのよね。だってさ、高校にはどうもTOPで入学は出来たみたいだし……でも現状報告は出来ないよね。
広いお座敷にはテーブルと多数の座布団が並んでいた。こんな広い部屋は知らないから地震で傷んだ処を改造していたのかと推測してみた。だって牧場には多くの人たちが出入りするのだから、それで宴会も偶には必要なんだと。
テーブルには各人の小皿やお箸が綺麗に並べられていた。床の間には大きな花瓶に立派な花=カサブランカが五本ほど生けられていて、対照的にやや小さくて白い紙には『祝 新築祝い 白川』と書いてある。他にも札幌競馬場だったり、あ~札幌の両教授の連名で小さな花束が飾られていて阿部、三浦と書いてある。
私にはこのような事は一言も聞いてはいなかった。私は少し恥ずかしかった。悪く言えば『よくぞこの場に居合わせていなくて良かった、』と。
私がこの母家に着いた時はもうビール瓶が傾けられていたのだから。傍目から見て白川のお爺ちゃんが歓待されるのは当然だと考えられた。それは無理もない事だと理解したんだが、それでお爺ちゃんは行くか残るかとウジウジしていたんだと考えた。今更ですがお爺ちゃん……見直したわ!
私だって泣いた跡を消すのに大変だったんだからね、直ぐに母家に行きたくても行けなかったんだからさ。
麻美お義母さんは台所だった。
私は父が居ないのでお爺ちゃんの横に座った。それを見越してか、恐らく祖母は座布団一枚分を空けて座っていたのだから。
「お爺ちゃんは、こうなると分っていたから、あまり来たくはなかったんだ。」
お爺ちゃんにそう言った瞬間に大きな音がした。振り向いたら麻美お義母さんがお盆を取り落としたからだった。
「貴女、……沙霧さんに……ソックリ、なのね。」
いつもお爺ちゃんの横に座っていた沙霧が、話し相手をしながらお酌をしていた雰囲気がそっくりだと聞かされた。しかも同じ服を着て同じ髪型だったらこれはもう同一人物だと考えるのが人間なのだろう。
お母さんが不意にそんな孫と爺さんの姿をを見れば、遠い過去が一瞬にしてフラッシュバックしても不思議ではない。それにお爺ちゃんは老けてはいても、昔と遜色ない顔が今でもそこに元気な笑顔があるのだからね。
母が亡くなって翌年だったか、久しぶりに家族が法事で集まった日があって俺は不意に母の姿がない事に気がついた。いつも電気ポットの番をしていて、お茶を飲む姿がそこには無かったのだから。母の定位置だった炬燵の角……空席だったのだ。思わず涙が出そうになったものだ。(これが素材です)
長女の明子さんは急ぎ母の元に駆け寄り布巾で畳を拭き上げだしていた。それ位に麻美お義母さまが立ち止まったままの時間が過ぎ去っていた。私を見つめる麻美お母さんの顔は、驚きの顔から徐々に涙目に変遷していった。
「お母さま! 亜衣音ですよ……、」
「うん、亜衣音だね、ごめんなさい。うん、ごめんなさいね。」
麻美お義母さんはユックリと私の前に進み出て、さらにゆっくりと腰を落として座り込む。お母さまは両手で私の顔を包み込むと、私は一気にお母さんの胸に引き寄せられたのだ。心臓の鼓動が聞こえた、それは速く脈動を打つ心臓の音だった。
「こんな優しい母は知らない、……。私は知らないよ、お母さん。」
母は肩を揺すりながら泣いていて、私は嗚咽混じりに泣き出していた。だから母の声は……一切聞こえない、もう周りの声も聞こえなくなっていた。
辺りは静まりかえって……いた。約五ヶ月が過ぎた位で女が豹変するとかない、私としても全く分らないのだし、つい先日に考えた「お母さんが私に封印されている」これは本当かもしれないな。
いやいやママのお古を着てきたからだよね、きっとそうなんだと思いたい。それとも私の体型がママと同じだと仮定してね、私が麻美お義母さまの元を離れていたから、麻美ママが私の事を忘れたのかもしれないな。
「亜衣音さん、私は貴女の教育を間違っていました、本当にごめんなさい。早くから穣さんの元で暮らすべきだったのですね、ごめんなさい。」
それからの母は泣いて、泣いて、泣いていた。私は母の両手を握りしめて向き合って涙を流していた。
そんな時に買い物から帰って来た祖母が声を掛けたのだった。
「麻美?……」
祖母が母を見つめるまなざしはとても優しいもので、それから直ぐに喧噪は湧きあがる。それはホロお婆さまだった、久しぶりに大きく変った私を見て大声を上げたのだった。
「沙霧!」
「え”……。」
私は母の名前が呼ばれてハッとして顔を上げた。そこには背を伸ばして大きく両目を見開くホロお婆さまが立っていて、こんな大きな声は聞いた事は無いのだから私ですら面食らって驚くものだ。
「ただいま、お婆ちゃん……。」
「あぁ、お帰り、亜衣音……。」
「とても懐かしい姿を見たようでね、つい大声を出してしまったね、ごめんよ。」
「ううん、私は、そんなにお母さんに似ているのですね。」
「そうだよ、もうそっくりだべさ。」
今度は私がホロお婆さまの前まで赴いて抱きついた。智治お爺さまは私たちを別室に連れて行って、麻美お義母さんは私を見て立ち上がり、涙を拭いて下がっていく。私も付いていく。
「明子、」
「はい、……。」
「暫く頼んだよ。」
「はいお母さま。」
そんな私たちには誰も声も掛けはしなかった。
お座敷では静かに宴会が進められていた……。
いつもの喧噪が戻り開け放たれたお座敷の外にまでお酒の匂いは流れてきた。場を和ませるのが非常に上手なお爺ちゃん、横で采配するのはお婆ちゃんだがこの二人は中々に気の利くコンビだったらしい。
この後騎士の方や建築に携わった人達が母家へ集まった。父からの電報も披露された。元教授の二人の連名でもお祝いの電報が披露されたのだ。
白鳥のお爺ちゃんの言葉で宴会が開かれた。
*)三代の母娘が会する
私たち三人は白鳥家の仏間のあるお座敷に来ている。仏壇に手を合わせるホロお婆さま、続いて麻美お義母さんが手を合わせた。そこには母の沙霧の慰霊は無いが先祖から続くお仏壇だ。そして麻美お義母さんは、
「亜衣音さん、今日はお酒が入るから無理だが明日には沙霧さんの遺品を渡します。ホロお婆さまもでしょう?」
「あぁ、私も大事に持っていた物があるよ、一緒に渡すだべさ。」
私が同居していた時は麻美お母さんは私を呼び捨てで呼んでいた。でも今日はさんを付けてくれた。その意味が説明される。
「亜衣音さん、もう私は貴女のお母さんではありません。もう私からは立派に巣立ちましたよ、これからは女同士のお付き合いになります。良くここまで立派に大きく育ってくれて、ありがとう……。」
「お母さん。私、……立派に大きくなれたのでしょうか。今まで育ててくれてありがとうございます。」
「なにを水くさい。親子水入らずの方が私も嬉しい。でも、私は貴女を穣さんにお帰ししましたからもう他人です。」
「あらあら麻美。お前はまた間違った教育をするんだね。」
「お母さん。それはどういう意味でしょうか、分りません。」
「良いじゃないか、永遠の母娘でさ。」
「お母さん、本当にそれでもよろしいでしょうか。私には、そのう……。」
「お前には三人も育てたさ。それに亜衣音も入れておやり。」
「お母さん。私はこのまま貴女の娘として生きていきたいです。」
「嫌だよ、面倒事は、」
「それはもうお父さんの役目ですよ、お母さん。」
「そ、そうですね、穣さんが居ますね。もう着く頃でしょうか。」
「え、うそ!」
私はまだ涙が止まらないので苦労している。私のママ……助けてくれないよね?
馬場にヘリが到着したのはもう暫くして、そう、涙が乾いた頃になった。明日に来るものと思っていた父が到着したのだった。
異様に燥ぐ麻美お母さまとホロお婆さまの姿と、静かな父の姿が対照的だった。父はそんな二人を別室に連れて行く、何だか重そうな顔をしながらの父だった。
「穣さん、明日の予定だったさ。」
「はい、急に出て来てすみません。実は亜衣音に変わった事は起きませんでしたか?」
「いいや、千歳空港で飛行機が風で大変だったと聞きましたが、」
「そうですか、親の私には何か起きそうな気がしてきたものですから、急遽出て参りました。」
「いいえ、取り越し苦労だと思います。」
「なら良いのですが……。」
三人のお話は終わってその三人も宴会に加わるのだった。私はお父さんを出迎えに行く、遅れたけれども関係ないよね。
「お父さん、どうしたのよ。急に出て来てさ。」
「いや何でもないが、休みが取れたから出て来たよ。」
「なんだ、またお爺ちゃんかな。」
「だろうね、上司に呼ばれたら機嫌が良くてな、休み明けも暫くは休めるんだ。」
「わ~良かった嬉しいな、はいビール。」
「あぁ、ヘリコプターが怖くて酔ってしまった。だからお酒は飲めないな~。」
「な~んだ、そうだったんだ。」
「亜衣音、お前は何かしたんだな。」
「ん~分んない。自分では風を起こしたのか理解出来ていないもん。」
あ、いつの間にか祖母の席を私は占拠していた。だって私の席はお父さんに座らせたからね。今では祖母が根無し草として瀬戸のお爺ちゃんの横に座っている。だったら瀬戸のお婆ちゃんはどこさ。
私は方々から声が掛るのはきっとクロとの競争が今でも語られているからで、騎士さんたちが珍しそうに話しかけてくるのだから。騎士の皆さんは後ろ向きになって私と対談しているんだよ。
その晩に異変が起きた……。
これから前半の山場に入っていきます。




