第22部 祖母の思い出話
只今改装中であります。新規オープンまでお待ち下さいませ。書いた人間が判らない、いや内容が分らない。
1968年7月20日(昭和43年)東京都
*)飛行機の中で
私の視線に気が付いた祖父は、
「亜衣音、好きに座っていいぞ。これが特権だ。」
「お爺ちゃんの特権はお酒なんだ。」
「ワインを出せ、それと~白いものがあるだろうが俺の好物の。」
お爺ちゃんは搭乗員の男性からワインと白い物、お爺ちゃんの好きな物とは多分チーズだと思うが早く渡せと催促していた。
「まだ水平運行になっておりません。離陸もまだです。」
「まだかい、遅い飛行機だのう。」
「……。」
「うぷ!」
祖母は初めて見る祖父の行動に思わず笑っていた。私は祖母を誘ってママたちが好んで座ったという座席に行って並んで座る。座って気がついた、あ~ここはお爺ちゃんから見られない場所だった。
直ぐに私が笑う羽目になる。飛行機が離陸したからで、轟音と共に窓の景色が恐ろしい程の速さで遠のいていく。
「わ~速い速い……。」
「もう私は、何度乗ってもお尻がむず痒いのだから~。」
「お前、初めてだろうが。亜衣音にカッコ付けるんじゃ無い。何度も乗れば尻は軽くなる。」
「元長官殿、特等席へ移動して下さい。」
「アハハハ……もう可笑しいの!」
お爺ちゃんに聞けば離陸時にお尻が一瞬だがむず痒くなるそうだ。何度も乗れば全く感じなくなるという。だとしたら祖母は初めてのフライトという事だ。お尻が軽くなる、とはどういう意味だろうか。上空高く昇れば体重は確かに数十グラムは軽くなるだろうが……それとも数キログラムかしら。
今更だけれどもお爺ちゃんは私たちの後ろに座席移動していたんだな、サビちゃんだよね。
「私、東京で産まれたんだよね。」
「そうだね、沙霧さんはお腹を大きくして家事に精を出していたさ。それでね、休憩だと言いながらお庭のベンチによく座っていたね。」
「あ、それは父から聞きました。よく母はベンチに座って父の帰りを待ってたと。」
「私が一緒に居たのは~そうだね五月は暑い日が続いていた時でね、その水色のワンピースをよく着ていたよ。」
「ふ~ん、似合っていたのかな。」
「さ~、それは穣に訊くしかないよ。だってそうだろう?」
「はい、さようです、お婆さま。」
「それから教えた筑前煮だけれども温め直すものだから何時も焦がしてさ。お弁当にはお焦げばかりだと、穣は愚痴をこぼしていたよ。」
「え、そう……なんだ。私もこの前に思いっきり焦がしました。」
「そうだったかい、穣はきっと『美味しそうな匂いだ、』とかなんか言っただろう?」
「はいその通りですお婆ちゃん。それから何がありましたか。」
「そうかいそうかい、今でもあの味は忘れてはいないんだね。」
「どうして?」
「昨日のタクシーの移動中に話してくれたよ。『久しぶりに筑前煮のお焦げの匂いを嗅いだ』とね。」
「お焦げは私のお弁当に入れたんだ、まずったわ。」
「いいや匂いは残るんだよ。穣はきっと涙を流しただろうね明日にでも訊いてみなさいよ。」
「はい、そういたします。いやいや、また筑前煮のお焦げを作ります。」
「そうかえ……。」
祖母は眠たそうに目をしょぼしょぼとしていたので私は戸棚から毛布を下ろした。背伸びをした瞬間に足を痛めたと初めて気が付いた。私の可愛いお尻の打撲は当然だが。
「階段で落ちたのよね。あまり痛くはなかったのは母のご加護かな。」
そう思いながら祖母に毛布を掛ける。どうしてなのか擦り傷はもう治っていたのよね、お話相手が眠ると急に機内が騒がしく感じられた……鼾だ。しかし……なんと言えばいいのか、プロペラ機の轟音よりも鼾が煩いだなんてもうどんだけよね。プロペラ機の轟音はあれは酷いものだわ。
「なんだ、やっぱり似た者夫婦なのだね……易き眠りを!」
私も初老の夫婦に続いた。昨晩はあまり寝てはいないのだから。そうなんだ、私と同じで祖父母もあまり寝てはいなかったんだと考えた。
私は少し眠った処で祖母に起こされて、んん~と目を擦りながら目を覚ます。
「亜衣音さん、眠ってしまってごめんなさい。続きよ、」
「ハイ!!」
と、喜んで大声で返事をした。
目を細めて母の事を小さな事まで含めて話してくれる祖母。言葉と言葉の間隔が長くなりだしたのはきっと祖母も母の事を思い出しているに違いない。口から出る思い出話しと、祖母の頭の中に巡る思い出はきっと違っていただろう。私は桜子お婆ちゃんの名前を出した事で……そう、別な意味で……。
母は生卵を割る練習が不器用だから中々に上達しなかったとか、大根を切る時の手の形が悪いとも言われた。そんな小話を聞いていたら気になる事が出てきた。
「ねぇお婆ちゃん。桜子お婆ちゃんは忙しくてお母さんはお料理も教えられなかったのかな。」
「え?……きっとそうだろよ。」
「智治お爺ちゃんに訊くしかないのか。」
それから祖母は無口になった。苫小牧はもう目の前になっていて懐かしい綺麗な風景が快晴の下に広がりだした。それは千歳空港が南北に延びているからであって、今日の着陸は南……苫小牧の上空を通過して着陸するからだ。飛行機の離発着は風向きを考慮されて南か北かが決められる。
私は直ぐに牧場に着くからと、着いたら真っ先にクロのお墓に行きたいからと、心に行動予定を思い描いていたんだよ。
「クロ、もうすぐ着くからね。」
郷里の牧場がハッキリと見えたら、とたんに飛行機も大きく揺れたのだ。
『これがお尻が軽くなる、』という意味だろうか。一瞬だが身体が宙に浮いたのだった。プロペラ機の古い飛行機だから時には大きく揺れると降りてから聞かされた。
「もう身体が浮いて怖かったのよ、初めから教えて貰いたいものだわ。」
「そんなのは常識だろうが、」
私は民間機が良かったと苦情を述べ、祖母はもう絶対に乗りませんと言う。
私は心ウキウキで着陸と同時にも心が揺れていた。搭乗員さんは快晴だから突風は吹かないと説明していたが、それに反して大いに苦情を言う祖父には謝っていた。
「すると私が突風を吹かせたのかしら?」
次に着陸する飛行機は着陸をやり直しているらしかった。空港がとても騒がしく緊張していたのを感じとった。自衛隊機と民間機が共用する千歳空港、当然に離発着の回数は多いらしい。
「お爺ちゃん、早く農場へ向かおうよ、」
「そうだな、次はヘリで行くぞ。」
「ダメ、怖いからタクシーだよ。」
「そうか、分ったよ。」
「私もだよ、飛行機はもう乗りませんよ。」
私が千歳空港に居る限り突風は吹いているものと思うからよ。ここは小型中型機が離発着する飛行場だ。直ぐ横には札幌の街が広がっていて軍の飛行機も多く駐機している。
父は私たちが帰省する事は白鳥家に伝えているから、私としても今空港に着いた事を知らせようとロビーの公衆電話機に十円玉を入れた。
私の心は益々逸るのだった。早く抑えたい私の気持ち……事故が起きたら敵わないから……。
私は麻美お母さんへ電話を掛けるも出なくて、次に札幌の智治お爺ちゃんの家にも電話したが出なかった……当然か智治お爺ちゃんも仕事行ってるよね。
あ~ぁ残念とがっかりする私に声を掛けられたのだ。
「亜衣音か!」
「え?……。ただいま! お父さん。」
私は声のする方へ振り向いた。そこにはとても懐かしい姿が……立っていて、とても懐かしいと感じたのはなぜだろうか。別れてから二ヶ月と少しなのに、牧場に居た時はいつもの事だったのに。
「うっ……とても驚いたぞ。」
「そぉ? どぉかしら、この姿は……。」
私はまたしても変な返事をしてしまったにも拘わらずに、智治お爺さまは驚いただろうが努めて平静を装っている。
「穣くんから連絡を受けていたから迎えに来たぞ。」
「うん、ありがとう……。」
私は涙を流しながら智治お爺ちゃんへ抱きついた。
「おいおいどうした、別れたのはつい先日だぞ。それにな~、」
「恥ずかしいんだ、私は構わないのに……照れ屋さん!」
「ハハハ……ジジイに抱きついてどうするよ。」
「いいもん、」
「離れろ、」
「うん、」
「おうおう智治君、もしかして迎えに来てくれたのかい。」
「近くですから当然ですよ。」
「今日は仕事だろうにすまないね。」
「はい仕事ですよ、車は社用車ですもの。あ、荷物は持ちます。」
そう言って手を伸ばした先が、私ではなくて祖母にだった。
「あ~残念。……もしかしてトラックとか?」
「なんだ亜衣音。今では違うぞ、見て驚け!」
「期待していいのかな~、」
「せんでもいい……どうした亜衣音。」
「うぅん、べ~つに!」
「亜衣音の荷物も持ってやるよ。」
「うん、……軽い方なの?」
「俺は年寄りだ、重い物は持てない。」
「納得!」
「亜衣音……俺は気が気ではなかったぞ、良かった無事で。」
「下から見てたんだ。」
それは千歳空港が、飛行機が、だという意味か! 平常に戻っているようで今は搭乗案内の放送が開始されている。
沙霧が帰って来た、智治はそう思えたのだから……。生前の沙霧と澪霧の姿の変化を思い出した、いや、今更ながらに気が付いた。
沙霧は髪を短くしていたのは私と同じで、澪霧は長いままだったという事を。父が沙霧ママと澪霧お姉さんと間違わないように髪を短く切っていただなんて、今の私には想像も出来ていなかった。二人は本当にそっくりだったと聞いてはいる。
智治お爺ちゃんは先頭を速く歩いていたのはきっと涙を見られないようにと。そこへ追い打ちの鉄槌が智治お爺ちゃんの後頭部に当たる。……当った~。
「お父さん。また寝癖で出かけたのですね。」
「沙……違う……亜衣音、どうしてそれを知っている。」
「え、アホ毛が出ていましたから、そう思っただけで……。」
「沙霧の口癖だったさ、……。」
「そう……なんだ、ごめんなさい。」
広くは無い駐車場に迷いながら少しばかり遠回りをして、智治お爺ちゃん自慢の社用車に着いた。遠くに見えた赤い車、それが今は目の前だ。
「うっ……。」
「おお!!!」
「まぁ……。」
「どうだ、声も出ないだろう……、」
そこにはペンキも乾いていない真っ赤な「日産・ローレル」が止まっていた。これってまさか……地震で農機具が壊れてね、智治お爺ちゃんの会社が大いに潤ったとか……ありそうじゃんか。
真っ赤な日産・ローレル……特注品だったらしい、双子ママが好きな赤に塗らせたそうだ。こんな高級車に赤はないだろう。でもマニアには居たらしい、今でも二百万ほどの値が付いているとか。
「お父さん、ここに鳥の糞が!」
「ギャッ!」
「これもペンキかな。」
「……。」
「私、助手席がいい!」
私は亜衣音、智治はお爺ちゃん。でも私が智治お爺ちゃんに「お父さん」と呼んだのはどうしてだろうか、若しかしたら私の中に沙霧ママが封印されていて今にも封印が解ける前だったりしているのかな。
苫小牧の家は地震でも潰れてはいない、それに厩舎は無事に新築出来て完成したとも聞いている。それにね私たち四人が押しかけても大丈夫だと了解も受けているよ。でも一つ……聞いていませんでしたが……お父さん。
今日はなんと、厩舎の完成式だそうでおめでたいよ。これは何かの作為が見え隠れしたような?
「明日には文句が言えるんだ、お父さんも今日はお休みを取れば良かったのにな。」




