第216部 サントリーニ島……ホテルへ
1971年10月22日 ギリシア
誰も居ない待合室、私はワンピースの肩紐を解いて床に落とした。白い肌に赤い下着が良く似合う。
そうよ、新婚旅行なのだから今日も勝負下着なの!
「この女、恥も外聞もないのかよ、これではババァと一緒じゃないか。」
私の行いを見て呆れてしまうマイケル。マイケルは気が気では無いらしくてね、辺りをキョロキョロとしていたな。そんな仕草が私を想ってくれているのだと思うし可愛いとも感じてしまう。
フェリーた次の目的地へ向けて出て行ったし観光客の全員が陸に上がってホテルに向かえば、港やお店の前にも人っ子一人として見る事が出来ない、もう無人島のような街の雰囲気に包まれる。次のフェリーは三日後なのかなと、何でも自分の尺度に当てはめてしまうのが女としては普通かな。
前回にこの島に荷物を運んできたであろうトラックが数台、頭を並べて駐車場に停めてある。これらが次の本土行きに載せられるのか、狭い街には停めておけないのかと考えてみた。運転手はその間は有給休暇扱いだろうね、いいな~……。
運転手はトラックで寝泊まりしているようで、こっそりと身を起こしては私の綺麗な身体を見ていたんだよ、この~眼福者よ。でも私が咎めるのも変だし気がつかない振りをしてあげるわ。
「人もいなくて随分と淋しくなったわね、次はマイケルね。」
「そうだな、俺もここでいっか。」
着替えたマイケル、直ぐにバイクのエンジンを掛けて吹かして調子を確認する。真面目そうな顔がいたって新鮮に見えたりしてね。こんなマイケルの顔は好きだな。
「ここ、潮水で錆びてるじゃんか!」
前言撤回、現実はやはり美化出来ないらしい、子供じみているわよ?
遠くで蠢く赤と黒……目立つからか、一人の女性が私たちに視線を注ぎ出す。
「見つけた! んも~何十日も待たせてくれたわね。」
「あんた、今日も……暇だね~。それで待ち人は来たかね、閉店時間だよテーブル席は人止めの柵代わりにするから、並べるのを手伝いな。」
「そうね、それがお約束だから直ぐにお手伝いいたします。でもこれが最後ですから今までありがとう。」
「おや残念。またお出で。」
「はい、ママありがとうございます。」
テーブル席には一枚の日焼けした写真が、若いカップルの写真が置かれていた。これに眼を落とした女将さんは、
「ところであんたの母親はどうしたんだい。」
「私の母はもうこの世にはいません、でもここに来て待っていれば必ず父が来るからと、言い聞かせられていました。」
「ほぇ~、それがあの男かえ、」
「はい、写真の同じ男ですわ。楽しみ~。」
若い娘が独りで旅をしているのか、容姿としては随分と背伸びの恰好だが、これは道中の身の安全を考えてのスタイル。流石にハイウェイマンは騙されてはくれないだろうがね。父を探す旅だとか。しかし写真の一枚が父親の証明にはならないのだが、まだ何かの隠し球があるとでもいうのか。
ハイウェイマンとはヨーロッパが語源の発生元。古くは日本の街道でも出ているから世界共通とも言える……いわゆる追い剥ぎだ!
さそくさと……もとい、そそくさとテーブル席を所定の位置に並べてから道路の中央に立って私たちを待ち構えていた女……カッコイイ!!
「マイケル、誰か道に立っているわよ。それに私を睨んでいるみたいだね。」
「あ、あれな、誰だろうね。掴まっていろよ、加速するからな。」
「うん、ヨロピク!」
マイケルは大きく左によけて女を避けようとする。島でもヨーロッパなのだから右側通行だ。それだからあの女は私たちの前方右側に立っている。
「バモス~(行け~)……。」
と叫んだ私の声に反応した女は、有ろう事か椅子を右車線に置いてから自分は左へと進み出たのだ。トラックも離合できる大きな通り、一人の女と椅子だけでは通りを塞ぐ事は出来なかった。さらに大きく左に膨れてバイクは疾走していく。女の子の大きな叫び声はヘルメットとバイクの轟音により聞こえはしない。
「フフ~んだ!」
九十九折りの登坂道、マイケルは久しぶりのバイクの感触を楽しんでいるのか、大きく車体を倒しながらカーブを曲がっていった。カーブと同じくマイケルの性格も大きく曲がっているのだろう。
「マイケル。荷物入れが道路に当ってる、当ってるよ!」
「なに、大丈夫だ掴まっていろよ。」
私たちを取り逃がした女は地団駄を踏んで悔しがっているだろうか。しかしだ、私たちは通りをウロウロしていたにも関わらずに、何時ものように呆けて宙に視線を漂わせて見つける事が出来なかった女が悪い。それにさ、待ち構える場所が広かったのも選択ミスだね。
「マイケル。あの女は誰なのよ、知っている様子よね?」
「あ、あれな、誰だったかな~顔も忘れたよ。」
女の勘に誤魔化す事は出来ないのだと、この私と知り合ってから思い知ったらしい? それで誤魔化そうとはしているが、しらを切れる程に人格は出来ていないマイケルだよね。嘘は吐けない純粋なお馬鹿さん。
「そうなんだ、マイケルの娘なんだね。」
「ギャイ~ン!」
これはマイケルの悲鳴ではない、いやそうかもしれないがバイクのギアを二速に入れた事によるバイクの悲鳴だ。一番の難所であるヘアピンカーブに差し掛かったのだった。
「ギャイ~ン!」
私は急激に大きく倒されたバイクに、そのスピードについて行けずに大きな悲鳴をあげていた。
「そんなに嬉しいか!」
「バカ~……、」
私はマイケルのヘルメットをぶっ叩いてやりたかったが、怖くて手も外せないだから……チビッタ!
う~……と私は唸りながらマイケルにの背中に顔を埋めていたよ。だって怖いんだもの。
「ここでいいか!」
と言ってマイケルはバイクを止めてくれた。九十九折りの登坂道を登り切った一番高い位置、見晴らしが利く場所にバイクを停めてくれたのだ。
膝が笑う……これこそが今の私の表現にピッタリだよ、膝がガクガクしていてとてもではないが降りて立てそうもなかった。
「マイケル、抱っこ!」
「なんだい降りられないのかよ、子供だな~。」
「うん、暫くは立てないよ。こんなに怖かった事がないわ、意地悪!」
「ギャハ~……そうか、怖かったのか~ギャハハ~……。」
「んも~馬鹿にして~。」
あの一番細い曲がり角、正面の崖が一瞬にして左に流れて更に左に崖が流れて海が見えたのには驚いた。崖から海に飛び出したように見えたからだ。あれは流石の私も参ってしまって、恐怖……チビルのだ。う~……大事な私の革ジャンが~。
「ギャイ~ン!」
それから、それからだよ、マイケルは崖に向かって走り出して勢いで私を崖から投げ捨てる振りをしてくれたのよね。もう失神ものだったわよ、みっともなく大きな悲鳴を上げて私は眼を瞑って必死になってマイケルの首に掴まったのよね。
「ゥエ~ン、マイケルの意地悪~怖いからもう止めて~~ゥエ~ン……。」
「あ、すまない、これ程怖がるとは思わなかったよ、ゴメンチャイ。」
「バカ馬鹿ばか……死んじまえ!」
私はポカポカとマイケルの顔を叩いていた。次の瞬間、私は、
「ギャイ~ン!」
落とされて、またしても大きな悲鳴を上げていた。崖から放られるなんて心が壊れたかもしれないよ。これも一瞬の事だったので私には理解が出来なかった、お尻が痛いと感じたのがね落とされて一秒後だったかしら。
マイケルは何処……?
「あれ~……、」
そう叫びながらマイケルは崖を真っ逆さまに下りていく。
「キャ~マイケル~……【エアー・ドライヴ!】。」
「ウッキョ~……助かったよ。」
馬鹿なマイケルを私は巫女の最大魔法で空中に舞い上がらせて、それからゆっくりと降ろしてやったんだよ。後一秒遅れていたらきっとマイケルは天国に舞い上がっていたかも。
「馬鹿、何やってんのよ。もう死ぬとこだったわよ。」
「あぁ……怖かった。」
そう言って私に抱きついたマイケルの背中には、少しだが革ジャンに斜めに切れた跡が手の感触から分かった。途中で岩に当ったのだろうか。
ここは火山島で火山灰に混じって黒い溶岩が散見される。鹿児島県の火山灰土はシラス台地と呼ばれていて、甲子園の土はこの火山灰土を持って来て水はけを良くしているのだ。でも溶岩は混じってはいない。
柔らかい火山灰土に突き出た黒い溶岩は収まりが悪いせいで、マイケルがぶつかった時に崖から外れて下の道路に転がり落ちていた。このサントリーニ島に日本のような雨が降らないから維持が出来ている大地。どこもかしこも剥き出しのままで管理されてあるようだ。柔らかい土だからと横穴を造って家の一部とかしているのよね。
そんな土地だが観光以外に何か産業はあるのだろうか。
マイケルは崖下を覗き込んで……急に股間を押えだしていた。こいつ、案外怖がりかもしれないな。
「マズいよ、あの石はどかさないいけないよね。」
「何時もの事だろう、放置だな。」
「う~ん仕方なか、【エアー・インパクト】。」
私は左腕を前に向けて叫んだ。突風の攻撃であの黒い溶岩に目がけて巫女の魔法を放って粉々に砕いて、更に下の崖に落としておいた。これでいいはずと思いきや、
「ありす、それはマズいよ、あの下に在る石に当って大きく崩れるだろう。」
「ウキョ~……。」
大きな土煙を上げて溶岩が……黒い溶岩が多数転げ落ちていくではないか。
「マイケル、ホテルに行こう。下着を替えなくちゃならないわ。」
「そうだね、トイレに行きたいよ。」
土煙を上げる崖、その下は大型トラックの駐機場で仲良く家族写真を収める二人の男女がいた。その後、事故に遭って死亡したというニュースは聞いていない。グーグルの定点写真に私が起こした土煙が見て取れるのは……ウソ!?
本当に土煙のようなモノが写っているから確かめて欲しい。あれは何だろうね。でも車の通行が無い時間帯で良かったかも。
崖上を整地していたブルドーザーがズルをして、土を崖下に落としていたらしいと翌日になって知り得た。だってブルも土と一緒になって落ちたとか。
ここを整地してホテルやレストランを建てるのだろうか、港も一望できるとても見晴らしがいい場所なんだよ。
予定よりも三日も遅れてホテルに着いた。そう言えば私、途中で降りて三日は遅れるのだという連絡はしていなかった。対してマイケルは堂々としてね、
「おう、ジョウナンと言うが、今日から一週間を予約していた者だ。」
「ハイハイ、ジョウダンさまご夫婦ですね……残り四日になります。」
「何を言うか貴様~俺は今日から一週間を予約していたんだ。お前は名前も間違えておいて四日間しか泊めないとはどう言う意味だ、支配人を呼べ、いいや社長を呼べ!」
「とんでもございません。間違い無く三日前から宿泊されるご予約を頂いておりまして、お客様が遅れられましてもですね~こちらにも都合が~……。」
マイケルの気迫に圧された受付の男性は、尻切れトンボになってしまう。トホトホ? ホトホト困り果てたのか、受付常備のお客の宿泊予定表に眼を落として、
「は~い、今日から一週間……確かにご予約を頂いておりました。間違えまして申し訳ありません。」
「あぁそれでいい、これは女房からだ。貰っておけ。」
「は、はい、どうぞ良い旅を!」
宿泊初日に送り出すような挨拶を返しているあたり、この人はよっぽどマイケルが怖かったのか、変な事を言っていたよね。
ホテルとしては三日も穴を空けられたのだ、損害はどうだろうか。三日に一便が着くような島だ、飛び込みも何もないはずよ。勝手な私の言い分だけどもね。
部屋の鍵を預かって私たちは脱兎の如くお部屋に急いだのだ。
「私、シャワーよ、譲れないわ!」
「俺はトイレだ、俺こそ譲れないね~!」
シャワーを浴びるには服を脱がなくてはならないから、その二分ほどの時間でマイケルに遅れをとった。
「ふ~……、」
ようやく用を足せたマイケルは実にふやけた顔をしていた。そんなマイケルの前をスッポンポンな私が歩いてバスタブに、しかしだ、マイケルはこんな私に視線すら送らないのよ、だから洗面器を頭に被せておいた。
お酒の飲み過ぎで近くなっていたのかと、馬鹿なマイケルを労る。
シャワーのお湯の音に混じって、
「マイケル、今日はご苦労様でした。無事に着けて良かったわ。」
「ブッ!」
「お尻で返事は良くないと思うな。」
「あぁすまない、安心したらケツの穴が緩んでしまったらしい。どれ、背中を流してやるが?」
「う~ん、また今度でいいや。冷蔵庫のビールでも飲んでいたら?」
二人とも部屋へ一目散に雪崩れ込んだのだから、お部屋の確認なんて出来ていないよ。冷蔵庫だって在るのかどうか。
「うわ~綺麗な部屋だよね、それにエーゲ海も見えているし、眺め……いいね!」
「そうだよな、ここに来られて良かったぜ。」
「へ~一度は来た事があるんだね。」
「いや、な、ないぞ。一度もないからな。」
「ふ~ん、何だか怪しい、誰と来たのか言いなさいよ、怒ったりしないわ。」
「ふん、馬鹿言え間違い無く怒るだろう。目に見えているよ。」
「ほ~ら白状したわ、誰かしら?」
「だ~から来た事はないよ、神に誓って!」
マイケルは敬虔なキリスト教の信者とは言えない、タダの無神論者のはず。だからこうも簡単に神に誓えるのだね。
誰かな……?




