第212部 赤と黒
1971年10月2日 ギリシア
*)赤と黒のデビュー
マイケルはこの革ジャンとお金がほぼ空になったスポーツバックの二つを広げてず~っと眺めている。時々私の顔も。
私は居た堪れずにお風呂場に逃げて赤の革ジャンに着替え、マイケルの前に立つ。果たして鬼が出るか仏が出るか、蛇? はたまた悪魔が出たらどうしよう。私は長いニョロニョロはとても嫌いだ、どうか蛇だけは出ませんよう……に。
マイケルは吐息と共に私を許してくれた。理由がなんなのかは最後まで教えてはくれなかった。
「俺の金が……。」
「何とかなるわよ、私だってマイケルの仕事を手伝うからさ、ね?」
「そうだねありす、マフィアたちからのカツアゲを手伝って貰おうか。」
「え……、」
サラリと恐ろしい事を言うマイケル。私は少しばかり身が震えた、胸も震えた。
マイケルの頭の中は……、
(胸に目が眩んだとは絶対に言えない。)
女房の胸が大きく見えるのはいいが、これでは他人に女房の半生チチは絶対に見せる事は出来ないという事に繋がる。
本田のバイクに跨がりアテネの街を颯爽と走る黒と赤。バイクのマフラーにマイケルは小細工を施して爆音が出るように改造していた。
バイクを走らせる間だけは、私の胸はマイケルの背中に当っているのだから他人に見られる事がない、とマイケルに説明したがそれで納得したのかは定かではない。でも立ち寄る事が多いレストランではどうだろう、私の白い半生チチは赤い革ジャンからはみ出している。
「女は度胸なのよ、マイケルは判るかしら?」
「お、おう。女はそういう生き物なのか。床の間に飾るものかと考えていた。」
「マイケル……スケベ!」
「バ、バカ言え、寝床とは違うぞ。」
「うっふ~ん、同じよ。」
と、バイクを路駐させて降りる時の猥談だ。どちらかと言ったら私の方が卑猥な言葉を言ってマイケルをからかっていた。……うん、これはとても楽しい。
レストランでは確かに注目を集めていたが、それは私の胸ではなくて二人の赤黒の革ジャン衣装だった。身の丈に合わない私は若気の至りでうぬぼれていた。
私の顔を見て話しているマイケルの視線がチラチラとやや下向きになるのが判る。それだけで私は嬉しいのだから、今も保冷剤が入っているとは言えないのが楽しい。白状したくても……秘密にするんだよ。
女にはね、男の視線が女体の何処を見ているのか、手に取るように丸わかりなのよね、だから注意しなさいよね。
このレストラン、私たちが着席するとボーイさんが赤いバラを一輪挿しの花瓶に挿して持って来てくれる。口では「ご主人さまからでございます。」とは言うが、本当はお店からのプレゼントだったりして。いや……逆かな?
「わ~ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「それはよろしゅうございました。」
「マイケル……ありがとう。」
「お、おう。俺もさ!」
マイケルはお口の白い歯をキラリとさせて言うのだから、私はついホロリとなってしまう。花瓶を置いて一礼して振り向いて戻るボーイさんも、白い歯を見せているのが判らない私だ。
でも私としたらどちらでもいいのよ、とっても嬉しい事には違いないのだから。その分、食事の料金が高くなっている事には目を瞑りますわ。
ボーイさんから絆されて勧められるままに沢山のオーダーを出すマイケルは、
「今日はカモの料理がお勧めでございます。鳥料理にはこちらの白ワインが良く合いますのでいかがでしょうか?」
「おう、頂こう。」
自分もカモだとは考えないのかしらね、このタコは……もう。
「私にもお願いね。それとサーモンのムニエルをお願い。」
「はい、どちらもお二人分をご用意いたします。」
ギリシア料理は典型的な地中海地方の料理であるから、近隣の国の料理が合さっていて見るだけでも楽しめるし、私の好きなトマトも出てくる。オリーブオイルを主に使用するから身体にも良いのよね。チーズやヨーグルトだってあるんだから。ただ、お魚の刺身が出ないのは寂しいかな、亀万のお寿司が食べたい……よ~。
二人とも大食らいなのが端から見られて笑われるのかと思っていたら全然だった。お皿を重ねるマイケルに私はその都度に注意をする。お皿は料理を載せるもので、ましてや器を載せるものではないのだから。美しくはないよマイケル。
お皿を重ねるのは……回転寿司だけでいいのよ。
その回転寿司は高くなるからもう行かれないのが残念だわ。プリンを先に注文してね、マイケルにはうどんを食わせて相対的に金額を抑える戦法を考えているのよね。
「このお皿、引いて下さるかしら。」
「はい畏まりました。」
「おい、まだ残っているぞ、俺が~……。」
「……、」
「いいですよ、片付けて頂戴。」
「はい……、」
「それからギロビタをお願いね。」
「あ、俺にもくれ。」
「はい、ありがとうございます。」
ボーイさんは自ずと白い歯を見せているのだった。
何時ものように飲酒運転でホテルに帰るマイケルは至って普通に見える。お酒を飲んだ方が運転も調子がいいとは恐れ入る。私は……怖いな!
夕闇に紛れればどちらも黒に見えるのが、なんと言うか……ミステリアスだよ。
マイケルはギリシアの街中をあてもなく彷徨っていたと思っていたら違うのだ。何でもマフィアたちを見つける為と、マフィアに食い物にされているお店を見つけていたのだとか。被害がありそうだと目星を付けて入るレストランには長居をして様子を見ているのだとか。
「ありす、それ位は判れよ……な。」
と、私の質問に回答して言う最後のひと言にムッ! とする私だ。
「えぇ、私はバカです、それ位も判りません。」
「アハハ……そうだよな、バカだよなアハハ……、」
お店に三本のバラの花を届けられて百ドル札……(ドラクマ、今ではユーロだが便宜上ドルの通貨で書かせて頂く。)を支払っているオーナーがいた。
「あれが……みかじめ料か、やはり高いな。」
「ねぇ、あれが毎日なの?」
「そうだろうな。花は違うだろうがほぼ毎日だろう、可愛そうにな。」
「あ、それならば何時ものレストランのバラ一輪はどうなのよ。」
「いつも萎れたバラではないからな、でも少し違うかな。」
「何処がどう違うのかしらね、私にも判るように説明なさい。」
「同じさ。あれはありすの為にバラを注文しているのさ、喜べよ。」
「え~聞いたからには嬉しくない。今度からはマイケルが届けてよ。」
「お! いいのか、俺ならば二百ドルにするな。」
「バッコ~ン……!」
「グワ、イテ!」
「バッカじゃないの、代金のお金は強請らないでよね。話して損したわよ。」
ギリシアでは判らないが、イタリアではマフィアたちへのみかじめ料が月の平均で六万円ほどが出費されていた。儲かる店にはそれなりの高額請求があるようだ。絵画のレンタル料だったりもして。
以前の日本で、高額な壺を売り込むのはマフィアたちとは違うよな~。
複数の右翼団体が企業を訪問して金銭を貰って帰るのだ。コーヒー豆を持ってくる人がいが黒の革のズボンを愛用していたな。他は幕末の坂本さんの白黒写真のコピーだったりした。これは著作権違法商品だよね。いつも上司が相手をしていて都度にね一万とか二万を払っていたのを思い出す。それが、その役が私に回ってきたのだ。
勿論……
……全て手ぶらでお帰り頂いた。
それ以来は金銭は動いていない。
やーさん関係の人には決してお茶を出してはいけないのだとか、と、上司が言っていたのは自慢話にもならない。他にもお茶を出してはいけない人物も居る、
……税務調査に来る人だ。
手弁当に水筒持参だった。勿論お茶を出しては断られていた……約一週間も私が相手をさせられていたよ。上司は逃げるのよね、上司は……。
マイケルはそんな被害者を捜してはマフィアたちの収益金額を計算していたと言うから恐ろしい男だよ。
マイケルがマフィアたちにみかじめ料を払うよう、喧嘩をふっかける。気が気ではない私をホテルに放置するから心配でならないのだった。とある車上荒らしに私は黒のベンツを選んだ。ごまんと在った百ドル札を私は頂いた。これがそもそもの事の始まりだと言うから笑えない。ここは前世でも同じだったか。
ドロボーがバレて数台の車から追跡を受けた私たち二人組。私が盛大な巫女の魔法を使って車を吹き飛ばすから、これには流石のマイケルも感心したようで、それからはマイケルの後ろには私がへばりつくようになった。
特徴のある二人乗りのバイクは直ぐに発見されて追跡を受けるが、マイケルは細い路地でしかも両方に路駐をしてる道を選んでは逃げて行く。最後は郊外に逃げてから私の魔法で全てをオシャカにするから追跡されたのは数回しかないのだった。
もうマフィアたちは車が惜しいし追跡が出来る車がないのだ。その代わりがね、警察のパトカーとは笑えないよ。そのパトカーも私がオシャカにするからね、それでそこの警察署の署長がマフィアに通じていたとバレて首になっていく。
街の人からは大いに賞賛を受ける二人のバイク野郎、段々と人気も増えて応援してくれるお店のオーナーたち。こうなると警察も見て見ぬ振りに転じてしまった。
でもね、それを観察している男がいたとは気がつきもしなかったんだ。
で、最後の方になるとマイケルはマフィアたちの事務所を訪れては金銭を要求して帰ってくるのだ。喧嘩は最初だけで以後はニコニコしながらスポーツバックを大事に抱えて帰ってくる。私は……行きたかったがマイケルはとうとう最後まで私の同行は許さなかったな。
マフィアのボスは床に正座してマイケルを見上げる。マイケルは大柄の男だ、多分見上げるボスはさぞかし首が痛いだろう。
「見上げた根性じゃないか。もうあんたたちには手を出さね~から許してくれ。勿論奪われた金は表現を変えようじゃないか。」
「お~そうかい、寄付に改めて頂こうか。で、お前らは俺が行くレストランにもな、みかじめ料を徴収しているが……勿論知っているよな!」
「はい、バラ一輪ですが……あれは店長が望んでいるのであって、決して俺らの意向ではゴジャラン!」
「おうそうだったのか、で、金額は幾らだ、幾ら領収していたんだ。」
「はい、……おい幾らだ。」
「へい、五十ドルですが……ボス!」
「へ~五十ドルね~……。その金を俺は黙って肩代わりしてやったんだ。今度から俺には日に五十ドルを払え。出来ないのならばお前らはエーゲ海のマグロの肉に変えてやる。」
「と、とんでもない、そんな大金を毎日とは……流石に出来ません。」
「俺がそんなに長生きすると? 俺を案じて想っていてくれるとは、ありがて~。で、どうなんだ。」
「はい、仰せのままに……。」
毎日に五十ドルを払ってもマフィアたちには大した負担にはならない。年間で円に換算しても六百万程度だ。だがマイケルは解釈が違っていた。マフィアの各支店にもそのノルマを課したのだった。大凡、マイケルがアテネ及びその近郊都市を調査して大小で二十あまりの根城を調べあげていた。
「支店……二十はあるよな、これを全部、一律にだな……五十ドルだ!」
「ウヒャ~……。」
「ボス、……ボスしっかりして下さい。」
五十ドルx三百六十五日x二年=三万六千五百ドル=一億程度。三百二十円での計算だ。勿論マイケルとしては二年で終わらせるつもりはないらしい。
マイケルは月単位での集金をさせろ、とボスに約束をさせてきたのだとか。マイケルはその集金を任せるチンピラでも雇っているのだろう。大ボスのマイケルが居なくてもチンピラを使って集金させるなんて凄いと思う。だってマイケルがアテネの街から居なくなっても永遠に金が入ってくるのだからね。
でもマイケルを消しさえすれば……と、当然にマフィアたちは考えるはず。
「マイケル、これだけ在れば家が買えるね。」
「それでもいいが家が在ると分れば焼き討ちに遭うだろ、今暫くはホテル住まいで過ごすよ。」
「え~子供が産まれたら家は欲しいよ。」
「そ、そうか……産まれるのか。」
「あ、いえ、それは・・・ものの例えで……ごめんなさい、まだです。」
「……なんだガッカリさせるなよな。で、何時なんだ。」
「まだです、この前はホームランだと思ったんだけどね、まだ私の身体が癒えていないのよね、体力が戻っていないのよ。」
「それで体力が戻ればいいのだな?」
「……はい、さようで……。」
「身体が強くなれば、【数千本 蚯蚓を洗ふ 弓削の母】 だな!」
「な、なな、なにょ……それ!?!?」
「なんだ、自分でも判ってるじゃんかよ。」
「バカ……オタンチン!」
私は男女の双子を産むはず、ならば私一人では育児は出来ない。だってマイケルは育児には協力しないのは知っているから。前世だって私と子供たちがせがまないとね何もしてくれなかったからだ。
ミミズ千匹とは……マイケルが江戸時代の昔から私を探していたのだと感じ入る。で、何処で何をしながら探していたのかを訊きたい……。
「そうだ、ソフィアを探し出そう……。」




