第209部 チョロい私はマイケルの……プロポーズ
*)ナマズの皮……
周りは暗いとはいってもまだ十九時前だ、宵のうちである。冷えた身体をお湯を張った湯船に沈める。こびりついた血も耳の後ろから出て来た。これならば髪はより丁寧に洗う必要があるよね。次から次へと血糊が見付かる。
気分が落ち着いてきたので洗い場に据え付けてある鏡で全身を見てみた。確かに十七歳の身体つきをしているのが判った。
「時間が遡っているの? でも前に経験した事と大きく違うわね。これは新しく人生をやり直しが出来るという事かしら。」
後で考えようと思い直して身体を丁寧に洗うのだった。鏡に写した左の腰の銃創は在る、前の時は消えていて他の傷が出ていたと思い出す。
お風呂から上がってバスタオルを巻いて部屋に出たら……、
「ひゃ!」
「お前、長かったな~、」
「な、な、な~んでここにいるのよ。鍵は掛けていたよね。」
「なに、合鍵さ。簡単に貸してくれたぜ、あの兄ちゃんは。」
「あ~思い出したわ、あのクソボーイね、明日には明後日の方向に飛ばしてやるのだから。あんたも飛ばされて出て行くといいわ、窓は……これで開放……?」
「バカだなお前。ホテルの窓は開けても開かない脱落防止に決まっているだろう。」
そうホテルの窓は在っても十~二十センチほどしか開かない。時々お客が誤って落ちるという事が続いてたのだ。偶にベッドでピョンコピョンコした子供が、弾みで窓から飛び出してしまったという死亡記事を読んだ覚えが甦る。
「あんたみたいなコソドロが逃げないようにでしょう? 水着の札は何を表しているとお考えでしょうか? 最低でもお店の人は会計の前にはタグを外して……会計してそれから渡してくれるよね?」
「あ……? タグ付きだったんだ、安かったぜ。」
「当たり前でしょう、お金払っておきなさいよ。そうしないとこれは着られませんからね。……クシャン!」
「早く髪を乾かせよ。ここで待っているから。」
「なんで待つ必要があるのよ、私一人で大丈夫ですから出て行きなさい。」
水着をワンピースの服の代金だけで済ませた、万引き野郎だった。だからあの時急いで車を出したのだ。
窓を見ても追い出せないからと、今度はドアを開けてマイケルを追い出そうとしたら、
「お、ねーちゃん、俺を誘っているのか!」
「キャッ!」
小さく悲鳴を上げて慌てながらにドアを閉めた。廊下を歩くお兄ちゃんに運悪く出くわしたのだった。もうドアを開ける度胸はなくなった。
「いいわ、着替えてくる。」
「あぁ、」
私はワンピースの服と水着を持ってバスルームに戻るのだった。ここで服を着てバスルームから出る。ドライヤーを使ってセミロングの綺麗な髪を乾かすのだが、何だか恥ずかしい気がしてきた。そう言えば海斗からは髪を乾かして貰った記憶が甦ってきた。
「いつの時だったかな、アメリカだったわね。何だか懐かしい。」
「俺も準備は出来た、髪の手入れを手伝うがどうする。」
「あ、感傷にしたっていただけだよ、気にしないで。」
「尋ねてもいいか、その感傷には関心はないのだが、したってとはなんだ。」
「したる……? あ、浸るの間違いね、ありがとう。」
「そうだったか、てっきり俺の知らない言葉だと、」
「揚げ足を取らないで、もう、私も日本語は久しぶりな気分なのよね。で、姿を見せてもいいわよ。」
入り口のドアから室内に通る通路からマイケルの声がしていた。一応は私に気を使って見えない処で待っていたのだろう。
「この服でいいか、イヤと言われてもこれしか持ってなくてよ。」
「……あら、美男子、見直したわ。だったら私は釣り合わないかな。独りで行きますからね。」
「夕食に誘うんだこれ位は当然さ。それにそのドレスは一応は高かったんだぜ。」
「え……そうなの! ナンパも大変ね、私は間違っても靡く事はありません。」
「ウキョ~……言ってくれるね~。最大限でお持てなし致します、マイロード。」
「言っておきますが私、夫も子供も居ましてよ。浮気は致しません。」
「……?」
「本当よ、娘の名前は理沙、男の子が夕陽と名付けたわ。」
「う……そ!」
「ナンパされません事よ、さ、夕食を食べに行きますから案内をして頂戴。」
「はいはい・・・奥さま。」
「貴方が先よ、……このホテルでは地下になるのかしら?」
「いや玄関が二階なだけだから一階になる。奥の部屋を貸し切ったから安心して
乱れてもいいぞ!」
「もう、あんな醜態は晒しません。でも貸し切ってくれてありがとう。」
私はすっかりと以前の自分に戻っていると思うが、このマイケル相手ではどうも調子が出ない。こいつと五年もの長い間、夫婦としていた記憶が何だか間違いだと思いたい、そんな気分だ。だけども安心して甘えられるという気持ちは、間違いなく私の脳裏に焼き付いたままだ。
(う~今宵は私、陥落される~。)そういう気分がわんさかと湧いてくる。あんな非常を味わった後だ、高ぶった気持ちを抑える事が出来ないかもしれない。
マイケルとは運命なのかとさえ思えてきた。ヤバッ!
「お待ちしておりました、マイケルさま、それに奥さま。今晩はごゆるとお過ごし下さいませ。……痛っ!」
「あら、ごめんなさい。足を踏んだようですわ。」
「いえ、構いません、奥さま!」
「おいおい、そんなに苛めないでくれないか。」
「あ、はい、これはお世話になる印ですわ。」
「ありがとうございます。奥さま……痛いです、ヒーッ!」
涙を流して引き攣った笑顔で返すボーイさん。私の握力はとても強いはずよ。マイケルが持って来たハンバーガーのお肉はきっと、狂牛病の肉に違いない。異常なまでに力が出せたのだから。凄いパワーだわ!
百ドル札を一枚握らせた。ついでに掌も強く痛がる程に握りしめてやったわよ。明日になれば明後日の方角へ飛ばしてやるのだから。
「貴方はもしかして、明日はお休みとか、違いますか?」
「はい明日は非番でございますが、何か御用でしょうか。」
「いえ、いいわ。」
「……?」x2
もうこの後の展開が前世と同じだったら堪らない。お酒は自粛したいと強く心に念じておいた。だが美味しいワインを勧められては断れない。
同じ轍を踏むのか、私!
「虎尾を履む、人を咬まず。」これはマイケルに捧げたい故事ことわざだ。私を甘く見たバツは恐ろしいわよ! 私がマイケルを食べてしまうかも知れないな。
ワインからブランデーに至るまで私からマイケルにたくさん飲ませておいたわ。お部屋に帰る通路でね、べろんべろんになったマイケルを巫女の魔法で宙返りをさせてやったわよ。一瞬の出来事にマイケルは廊下で暫くは動けなかったようだ。
様~見ろってんだ。床がタイル貼りでなくて残念だよ。フカフカの絨毯だったと後で悔しがる。
「マイケル。大丈夫かしら。」
「俺は酔って転んだ事は一度もないぞい。」
「最初は誰にでもある事よ、気にしたらダメだよ。」
「そ、そっか、誰にでもあることだよな、酔っているし転んでも不思議では、」
「ないよ、ほら、起きて。貴方のお部屋は何処かしら。」
「302号室だ。」
「あ……此処ね、この玄関ドアの前がマイケルのお部屋だね。」
「俺も中に入れろや、相部屋しかなくてな……アハハ……、」
「エアー・ドライヴ!」
「ウッキョ~~~……、目が回る~~~・・・、」
私は悪いとは思ったがドアに鍵を掛けてしまった。もう入れない筈。だってまだ部屋の鍵とマスターキーは私が持っていますのよ……バ~カ!
こうやって初日は何とかやり過ごす事が出来た。
翌朝目が覚めたら私はスッポンポン……。横にはマイケルが寝ていた。私は服を自分で脱いで寝たのだろうか? でもマイケルはいったいどうやって部屋に入ったというのだろうか。彼からナマズの皮のように剥がされていたというのか。
「なに、予備の合鍵さ!」
通常鍵はな、お客用と予備の鍵にマスターキーがあるようだ。私は三つの内の二個を持っていたに過ぎないと説明を受けた。泥酔したマイケルに知能があるとは思えない。と言う事は……ボーイさんか!
ボーイさんなんかはホテル客の色恋沙汰はそれなりに経験しているものと思える。このホテルはなんなのよ、も~~~!
マイケルはシーツで包んで芋虫にしておいた。朝食は自分一人でいいのよ、独りでね。
ひかるの為につまらない人生を送るのは嫌だ、これからはマイケルと一緒に……。そうよ私は大地を失ってマイケルを得ることが出来たのだ、兎に角死なないようにして生き抜いて家族の元に帰りたい。
「おはようございます、奥さま!」
「連れが起きてくるまで待っていますから。」
「はいかしこまりました。では熱いコーヒーをご用意させて頂きます。」
「うん、お願い。……あの、」
「はいモーニングコールですね、かしこまりました。」
暫く待つ間の私は久しぶりのコーヒーの香りで癒やされて小さく呟くのだった。また自分の名前を教えていなかった事を思い出し、意地悪を言いたくなっていた。そう、前世で私に名前をつけてくれた「あいす」という名前を使うと決めた。
「早く来て頂戴マイケル。」
私は優しい顔をしてマイケルを待っていたが、余りにも遅いので堪忍袋が破裂した。
「早く来いって言ってるだろうが、ボケが!」
「待たせたな……、」
「ありす!」
「ふぁぃ、……?」
「ありす、私の名前はありすよ。よろしくね!」
「……? ウッ…ソ!」
目の前で戸惑うマイケルの顔がとても面白かった。ニコリと微笑んでダメ押しにもう一度名乗る。
「ありす・城南です!」
「ま、参ったぜ!」(今の俺には……指輪が無い!)
「少し待っててくれないか、部屋に忘れ物をしてきた。」
「いいわよ、夜まででも待ちましてよ?」
私の醜いこの顔はマイケルにとって小悪魔の微笑みに見えていたらしい。
「これは……、」
「ご主人様からでございます。」
「まぁ~綺麗な薔薇!」
「それととこれもご主人様からのご注文でして……どうぞお召し上がり下さい。」
「これは……。」
「はい、イチゴのショートケーキでございますが、何か。」
「いえ、お安いんでよね……私は。」
「決してそのような事はございません。これでも飛行機で輸入されました逸品でございますが、お安くはございません。」
「あ、ごめんなさい。独り言ですからイチゴの値段ではありません。」
「……さようでございますか、ではごゆるりとお召し上がり下さい。」
前世と言っていいのかは判らないが、ホテルでイチゴケーキを食べた事を思いだした。あの時マイケルは私に「なんだ、五百円か!」と言われたかな。
「う~ん、もしもマイケルにも私と同じ、前世の記憶があるとしたらどうなんだろうか。これがその証拠だとしたら……由々しき、いや忌々しき問題だわ。」
暫くはイチゴのショートケーキを見つめて逡巡していた。
「これ、マイケルに残しておくわ。直ぐに食いつくはずよね。」
んも~一輪の赤い薔薇をボーイさんに持たせてどうすんのよ~……。
*)マイケルと……プロポーズ
朝食のテーブル席に戻ってきたマイケルは……?
「寝癖……直しに戻ったんだ。」
「少し違うが、ま、そういう事にしておこうか。」
「薔薇の花束……ありがとう。」
俯いて小声で言ったからマイケルに聞こえたかが判らないが、顔を上げてみたらマイケルは笑っていた。奥歯の虫歯は見えなかったことにする。
「アハハ……そ、そうか、それは良かった。」
「今晩、沢山のお花を期待しておりますが、可能でしょうか?」
「う~~ん、無理だと思う。だがこの指輪は君に貰って欲しい。」
「これってまさか……。」
「結婚して欲しい。これは前の妻の指輪で申し訳ないが、いいかな。」
「はい。私を貰って頂けるなんて嬉しいです。」
「இஇஇ……。」
「夫と子供の二人はどうする、俺は引き取るぞ!」
マイケルは明らかに動揺しているよ、二人の子供を引き取るのは分るが、夫まで引き取ると言うのだからちゃんちゃか可笑しいよ。
「あ!……あれは過去に置いてきました。子供はマイケルと作ります。」
「そうか、それは嬉しい事を言ってくれるね、ありがとうよ。」
「それから子供は双子の二組の四人で、名前は夕陽と理沙、次が陽葵と凜です。私……男の子を産むのですよ、良かったねミカエル。」
「……? ウッ…ソ! お前は誰だい、どうしてこうも次から次へと俺を驚かす事が出来るのだ!」
「う~ん、内緒。私だってミステリーウーマンですものね。でもね私、マイケルのように長生きが出来るとは思えないんだ。その時は泣いて見送ってね、約束よ。」
「俺が君、ありすを見送るのかよ。俺だって見送って貰いたいが、あ~いやいや死ぬ話は無しだ、悲しくなる。」
「あ、そうだよね……ごめんなさい。」
ケーキのクリームを口の周りに付けて言う事ではないだろうに、まるで前世のマイケルと性格が変わっていないよ。デリカシーの欠片も無いのも同じか、少しは私をうっとりとさせる言葉(delicate)をかける事は出来ないのかしらね。
……デリカシーが無いのは私も同じか、それが夕食時に判明してしまった。
今日の夕食は幾分かの体力が戻ったせいか、食欲もあって沢山食べてしまったな。ワインも三杯は頂いたかもしれない。飲みかけがあるのは途中で気分が悪くなったからだよ、マイケル。
マイケルは自分の食事も中断させて、私の食いしん坊振りを見て驚いていて声も出ないようだ。逆に呆れているのかもしれないね。
「இஇஇ……。」
「肉、肉肉・・・もっと肉を下さい。血が足りません。」
「あ、あぁ、俺のを食ってくれ。追加のお代わりを直ぐに頼んでくるから。」
ここは離れのような別室で他には客なんかいない。んでボーイさんも居ない。用があればベルを鳴らせばいいのだが、マイケルは優しいのかな、いちいち注文の為に席を立つのだった。
「あ~……判ったわ! マイケルは照れているので恥ずかしいのね。」
今はマイケル、お肉の注文に出向いているから独り言だね。よくも恥ずかしいというような事が言えるのはマイケルが居ないからだよ。居たら言えないよね。
「俺がどうしたと言うのかな。」
「ギャピ!」
「三人前を頼んできた。他はなんとかムニエルを勧められたからこれも注文しておいたが良かったか?」
「はい、お魚も大好きです。随分とお魚も食べていませんから楽しみです。」
「それは良かった。」
歯が浮きそうな美辞麗句は女の常套手段であるが……マイケルには判らないようだ。これは日本人特有の女の習性かもしれない。外国人は物を言うのがストレートなのだから、外国人だと思えるマイケルにもハッキリと言わないと通じないよね。
「クツゾコのムニエルでしたら歓迎します。薬漬けのサーモンは嫌いです。」
こんな西洋の離れ小島にクツゾコなんていう魚は居ない。良くてマグロだと思うが、マグロのムニエルなんてあるのかな?
クツゾコというのがマイケルには通じない。ヒラメの別名だと言ったら理解したようだ。出て来たのは鯖だったのには驚いた。
「今朝、ノルウェーから届いたばかりですので美味しいですよ。」
と、ボーイさんが説明しなが配膳していく。何の事は無い、きっと売れないのでねまる前に料理して出しておきたいのだろうね?
この後もたわいの無い会話が続いて、最後はね、ベッドでの上でマイケルが私をナマズ料理にして夜は朝に変わった。服を勢いよく剥がされたんだよ。
「クシャン!……ズルズル。」
朝の冷え込みで風邪を引いた訳では無い裸だったからだ。私はマイケルをお尻で追い出して毛布を奪い身体に巻いてまた寝る。
朝食の案内でモーニングコールは鳴ったと思うが、今ではお日様が高い位置に鎮座されて窓から眺めていらっしゃるよ。どうりで暑いと思った訳だ。
私を楽しませてくれた物も……鎮座している。
「ま~ハシタナイ!」
パンツを被せておいたが私の水着が良かったかもしれないな。今日は私の衣装を買いに行く約束をしていて、私はルンルンと気持ち良くシャワーを浴びていた。
「マイケル、ねぇマイケル起きてよ、……起きて頂戴。」
「あ~もう少し……五……ん。」
「五……? いいわよ五年でも寝ていなさい。私は実家で暮らします。」
「はい~……おはよう、ありす。」
「んも~バカ! 今日は私の衣装を揃えるのでしょうが、まだ寝ている気なの?」
「あ~そうだった、直ぐにシャワーして出かけようか。」
「うん、下でコーヒー飲んでいます。」
独りラウンジに着いて席に座る。
「おはようございます、……奥さま?」
「連れが起きてくるまで待っていますから。」
「はいかしこまりました。では熱いコーヒーをご用意させて頂きます。」
「うん、お願い。……あの、」
「はい、なんでしょうか。」
「特別苦いコーヒーにして下さるかしら。」
「承知しました、オリエンタルコーヒーをご用意いたします。」
とても苦いコーヒーが届いた。通常の三倍はあろうかというコーヒーだ。私は一口飲んで味を確かめておいて、そのままテーブルに置いておくのだ。
やや時間が過ぎてマイケルがテーブル席に着くなり、
「お、コーヒー飲まないのなら頂くよ。」
「え、飲んで頂戴な。」
「இஇஇ……。」
マイケルの眼が白黒して面白い。人の物を横取りする性格も同じだから、こうされてしまうのよね。記憶の中のマイケルと同じで安心したのだった。
「ひで~コーヒーだぜ、文句言ってくる。俺の女に許せない。」
「わ、わ、違うわ、私が飲みたくて注文しただけだよ。」
「ふん、どうだかな。」
怒ったマイケルを私は慌ててなだめる。意地悪作戦は失敗だった。眼が笑うから怒った振りをしていたのだと気がついたよ、でもね私は何も言わない。
会計の伝票を見て文句を言うから結果は同じかな、とても高かったよね。何で高額になったのか理由は分らないが、手間賃が跳ね上がったのかな?
まさか、ダンデライオンの根っこだったりしたらそうなのかもしれない。私の身体の水が良く循環するようにとの配慮だった。同時に身体の毒素も出してくれて健康体に近づけてくれるとか。その証拠にマイケルの二日酔いが醒めている。
私は会計を済ませて戻ったマイケルに謝る。
「私が塩鯖の目をしていたかだね、ごめんなさい。」
「そうだったよ、オリエンタルコーヒーって言っていたんだな、あれは漢方薬に準じた製法で作ったと説明されたね。お陰で俺の気分が晴れたからいいか。」
ロビーを歩きながら会話を続けていたらホテルの玄関にはオンボロなトラックが駐めてあった。マイケルの遅れた理由がこの、車を回したからだと考えたら優しいな~と、ついホロっとなってしまう。
「マイケルの短気が晴れて良かった。ね、早く。」
「このオンボロトラックでは気が乗らないかな。」
「いいわよこれで。気にしないし……荷台は広いよね~マイケル。」
「お手柔らかにお願いします。」
オリエンタルコーヒーで覚醒したマイケルは、私の冗談が理解出来た様子。何も荷台いっぱいも買い物はしないよ。……でも沢山欲しい。
「タグ付きは要らないからね、あ! そうだ、私が見張っているよ。」
「お、店員を引きつけてくれるだけでいいからな。」
私がドロボウをしないようにマイケルを見張ると言ったんだよね、分んないのかな~。店員を引きつけて……って、泥棒の片棒は担ぎませんよ。
結婚初日から私とマイケルの波長は大きくズレていた。マイケルって……泥棒さんなんだね、笑える~。
数軒のスーパーマーケットを巡ったがその殆どが生鮮食料品のお店なので、
「ありす、此処を発って本土のラフィーネに行こうか。向こうは大きな街だしきっと似合う服が買えるぞ。」
「うん、そうする。帰りに寄ってもらいたいホテルがあるんだ、いいかな。」
「両親が滞在しているホテルだね?」
「あ、ごめんなさい両親は日本に居ます。こちらには叔母や友人たちと来ていまして……今はどうなっているのか知りたいです。」
滞在していたホテルは中々見付からない。広い土地にはまばらに立つホテルは私の記憶だけでは見つける事が出来なくて、しらみつぶしに探して回る。
「あの~……ここに日本人客が宿泊していましたが、今も?」
「数日前に発たれてあります。詳しい日付をお調べしますか?」
「いえ、居ないのでしたらそれで構いません。ありがとう。」
人から見えないようにして二枚の紙を握らせる。別にどういう事でもないが私にしてみれば気が引けるという理由だけだ。予想はしていたが少し悲しくなった。今後の行動は前世の? 夢の続きを追うのかと考えてみた。
「私、きっと何処かで死んで転生したのかもしれないな。どうしたんだろね、私。」
俯く私の肩を優しく抱いてくれるマイケル、やはり嬉しく思う。また惚れ直してしまいそう……。
ホテルに戻った。買い物はマイケルお酒のみの不発に終わる。
「ねぇマイケル、島を発つときはダットラは処分するのかな。」
「そうだな~、旅費も必要だから置いていくか。車のフェリー運賃はバカ高いからね。それとも何か使いたいとかあるのかい?」
「いえ、ただ聞いてみただけだよ。マイケルに一任です。」
「明日は俺が行きたいとこあるんだが、行ってもいいか。」
「うん、お別れはちゃんとしなくてはね。私も同行してもいいよね。それに私もちゃんと報告して挨拶したいんだよ。」
「இஇஇ……。」
「ねぇ……いいでしょう?」
「ありす、お前……何処まで俺の事を調べていたんだ。もう判っているんだね、前の妻のお墓だよ。」
「うん、知ってたよ。だから私も行きたいの、ねぇいいでしょう?」
「それは是非とも俺からもお願いしたい。最初に俺を見た処だから気にはなっている。ありすを襲った連中が近所にいたら問題かな。」
「ううん大丈夫。私には天使さまがついていますのよ、頼もしいミカエルさまがね、うんうん頼りにしています。」
「命狙われたら俺は先に逃げるからな、いいかのい?」
「いいわよそれ位は、でも屍は拾ってよね。」
「任せろ!」
「では決定。私も行きます。」
マイケル……MICHAEL……ミカエル、とんだ天使さまだよね。そういう名前だからしょうが無いか、馬鹿マイケル。
「他にも俺の事を知っていそうだが、教えろ!」
「え~ダメだよ。私の企業秘密なんだからね。」
「そうかありすも頑固ものか。でもこれは知らないだろう。俺は仙人なんだぜ。」
「知ってる。それでもまだ長生きしたいんだね、私を放置してでも死ねるとは考えないでよね。」
「お、おう、その時は俺も一緒に棺桶に入ってやるよ。」
「その逆は嫌だからね、まだまだ私は長生きしたいモン。死ねるか!」
「アハハ……、それはそうだ。笑わせてくれるな~アハハ……、」
「バ~カ、」
私たちの今後の事を考えたら女の子の服なんて買い揃えるべきでは無いのだと、フェリーに乗って思いついたくらいだ。
「ねぇマイケル、私ってお調子者なのかな。」
「それがどうした、JKだったら普通の事だろうが、違うか。」
「違わない、ねぇ……服買ってもいいかな。」
「それは全く構わないが、いったいどうしたんだい。」
「だって船の人たちはとても綺麗だからね、私も着たら綺麗になるかなと思ってついつい……。」
「いいさ、それ位はね。」
朝一にマイケルの前の奥さまのお墓にお参りして、昼のフェリーに乗った処だ。もうすぐ奥さまの名前と同じラフィーナの街に着く。鈍感な私は同じだとマイケルに話したら違うと言われた。
「だって同じラフィーネでしょうが。」
「いいや違うね、次の街はな、ラフィーナと言うんだ、どうだ違うだろう。」
「えぇ……同じに聞こえるよ。ラフィーナ、ラフィーネ、そうか、最後が違う。な~んだ判ったよ。」
ラフィーネのお墓の前で跪くマイケルを見ていたら、この私が後釜に座っていいものだろうかと、ついつい考えてしまった。だからラフィーネのお墓にはいっぱいいっぱいお詫びをして、それから昨日外しておいた結婚指輪をね、改めて指に嵌めて貰ったんだよ、マイケルにね。キスもしたんだ、ラフィーネさんは泣いて悔しがる事はないよね。
ただね、お墓の石には名前は書かれていなくてね、四角の記号で六個と丸で六個の記号が並んで刻まれていたんだよ。これを不思議に思って尋ねたら、名前だと聞かされた。それ以上は教えてくれないし、此処には二人が眠っているのかとも考えたら、「ありす」という名前の意味が閃いた。娘さんの名前だったんだろう。
私が愛する大地をひかるに託した時は涙は流さなかった。でも、好きな人には幸せでいて貰いたいと心で思った。それはラフィーネさんも私と同じ気持ちだと思うのは勝手なのだろうか。
「でも、後になって泣いたよね。」
「あぁ? なにがだ。」
「関係な~い、だって私の過去だもの。マイケルは未来の旦那さまだよ。」
マイケルがラフィーネさんの為に用意した花束の中から、私は二輪の花を頂いておいて、今この花をフェリーの上から海に投げ入れた。綺麗なエーゲ海の海に浮かぶ二輪の花が、船が作る波で大きく揺れている。まるで私のようだね。
「私の流れ着く湊は在るのだろうか。マイケルが湊であったならばいいかな。」
「あぁ俺はありすをこれからも守ってやるよ。あ、そうだ! ラフィーネの好きなありすの森に連れて行ってやるよ。」
「わ~嬉しいです。可愛い公園ですよね?」
「知らん!」
「んも~可笑しなマイケルだこと。」
私はフェリーに乗って暫くは良かったが、今では胃の辺りから段々とむかついてきて、ゲロゲロとガマガエル状態に陥る。体調がすこぶる悪かったのか、いやまだ回復はしていなかったのだと認識させられた。
余りの酷さに同乗の女の子から笑われてしまった。六歳位かな、私の子供が一番可愛い時と同じかな、今は生きているのか分らないや。夕陽、理沙、陽葵と凜。
まだまだ暑いギリシアの海、エーゲ海。とても澄み切っているから私が汚すのが気になって仕方なかったよ、ゲロゲロ……。
「マイケル……水、」
「ほれ、これを飲んでおけ。」
ワインだった。私は急に天国へ召された気分で倒れて医務室へと運ばれた。余計な事をしてくれる夫が馬鹿なだけだ。
背負われてフェリーから降りていると、ま~た笑われてしまった。私は魔法でこの醜い女の子を海に落としたいと殺気を覚えるのだった。
「このやろう~……あ、コケた! 新しい巫女の力が見付かったわ。」
タクシーに乗ってマイケルの隠れ家的なホテルへと私は運ばれた。




