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人狼と少女 垣根の上を翔ぶ女 亜依音  作者: 冬忍 金銀花
第十三章 リフレイン……可逆の籠絆(ろうはん)

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第208部 人狼の巫(かんなぎ)……運命の出会い

 少し内容が重複いたします。


 1971年9月15日 ギリシア ミコノス島


*)ミコノス島の戦い


四方からの銃撃で洞窟から大きな音が響いていた。拳銃の発射音に加えて銃弾が岩に当って破裂する音や岩が弾かれる音も混じっていた。男たちがとある女性への罵倒する声も聞こえるし、「死ね!」という単語も常に聞こえていた。


 それから暫くして、今度は男たちの悲鳴と傷を受けて唸る言葉へと変わっていく。




「撃って、もっと撃つのよ、早く。撃って~……。」

「パンパンパン……、」

「フン、馬鹿者が。【エアー・スプラッシュ!】」

「ゥギャ~……、」

「我の命を狙うとは……無駄な事を!」


 幾つもの男の声に混じって教会がある洞穴の中に、ランカンスロープのどす黒い声音こわねが響く……。


「無駄だと言っておるわ!」

「パンパンパン……、」

「ウガァ~……。」

「やったわ……後はお願いよ、お父さん。」

「おいおい、一体誰を苛めているんだい。……ふむ~俺が守ってやるか!」


 一人の男が立ち去り、この場の全員が死んだり負傷して倒れてしまった。ようやく島本来の静けさが戻り、ヒューヒューと涼しい海風が吹いてくるのだった。


 この後ミコノス島の湊でも一人の男が、黒服らと呆けたジジィを退散させていた。呆けたジジィが親玉らしくて、


「よぐも~俺の邪魔をしおってからに。」

「ごらぁ、明後日来やがれ!」

「判った、また出てくる。」

「あ~……一昨日と間違えたわ!」


 ミコノス島の湊は観光地でもあるから小さなコテージも建っている。要は人目があるという事で派手な立ち居振る舞いが出来ない男だった。




*)人狼のかんなぎ……運命の出会い


 金気の異様な臭気で目が覚めた私は冷たい岩の上に寝ていた。今まで眠っていたような夢心地がしているが、どうして此処にいるのかは思い出せない。



 それは長い夢で家族全員が幸せに暮らしていて、家族も自分も無事に歳を重ねるという夢だった。子供は双子の二組で、可笑しいと思うがお母さんと澪お姉さんも同じ双子が二組の家庭を築いていたのだ。頭が徐々に回り始めると同時に見ていた夢の記憶が遠ざかる。


 目が覚めても夢の続きを見る手段が私にはある。でもそれを行いたいだけの夢は見ないから随分と実行してはいなかった。夢の続きを見る手段とは、


 それは身体が目覚める前に急いで行うのだ。眼球を激しく左右に動かす事だけの至極簡単な事なのだ。でも夢うつつの時に思考して行うことは、普通に出来るとは出来ない人ばかりだと思う。人が夢を見ている状態を意識して行うだけだがね。



 思いを巡らせていたら誰かが私を見ている感じがしたので起き上がる。


 上半身を起こしたら唐突に悲惨な光景が目に入った。


「ヒッ~!……、」


 思わず恐怖し、刹那悲鳴をあげた。そこには黒服が数人仰向けになり白目を剥き横たわっていて、服にはどす黒い血がこびりついているようだ。冷たい岩の上には鮮血が死体の周りに今でも流れ続けている。


「キャ~~~~~~~……イヤ~~~~~~…………………………、」


 恐怖して顔を引き攣り慌てて口を塞いだ右手には、ドロドロとした液体が付いていてそれが口にヌルヌルとした感触を与えた。


「この血はなによ、これはなんなよ、それに何処なの?」


 ……逡巡した。


 気を取り直して四方に目をやれば、少し離れた処にも幾人かの死体が伏せていた。その内の一人が女の人と判る衣装で横たわっている。酷く破れた衣装からは肌が露出していて、尚且つ赤い血の跡も見て取れる。


「イヤ、……なに、なんなのよ。これはどうしたというの……。」


 この状況を認識するにはまだ情報が足りない。上半身を起こしただけでは周りが見えないから膝をガクガクと笑わせながら立ち上がる。立ち上がると同時に視野も広がり今まで見えていなかった後方に振り向いた。


「あっ!……。」


 一人の男が私の方に右手を伸ばして這いずっている。わなわなと震える右手には拳銃らしき物を手にしているが、べったりとした血糊で拳銃が覆われているのだ。


「ヒッ!」

「お、おま…え~……よくも~……殺してくれたな~、」


 その男は私を必死になって睨んでいるが、眼にはもう生きているような感じは受けなくて、今にも息絶えるように見えた。


「イヤ……!」

「ば、バケモノが~……、よくもあの人を殺したな~、」

「あんたたちはなんなのよ、これは私がしたと言う……の、」

「くそ~こんなバケモノでは殺せるはずが……な……い、」


 右手を動かしているのは多分拳銃を撃つ仕草のように見える。だが何も起きないから弾切れなのだろう。最後の力を使ったように顔を突っ伏して息が切れた。


 暫く周りに視線を送り見てみたが、六人ほどの男と一人の女を視認できた。両腕を少し上げておもむろに自分の掌に視線を落とした。破れた袖にも真っ赤な鮮血が付いているのだが、四肢には怪我をしたような傷と痛みは無かった。


「うそ、この血はなんなのよ、私の血でなければ全部あの男のものだというの。」


 両腕から目を離し今度はお腹や脚をみた。大きく破けたスカートの裾に素足が見える。お腹にも真っ赤な血が付いているのだ。


 想像するに私はとんでもない姿をしているのだと考えた。此処がどこなのか、少しだが記憶が戻ってきた。薄暗い洞窟のようで岩をくり抜いて造られた祭壇らしきものが在る。確か……ミコノス島から百メートル位沖にある小島に来て入った教会だっただろうか。


 まだ記憶はぼんやりとして思い出せないが、どうしてか家族と過ごした数年間の事が甦る。


 私は怖いと思う心を押し殺して女の人に近寄った。多分見覚えのある服だと思う。誰かと言えば……、


「この人は、……ひかるちゃん?」


 この女性の傷は大きい。それに幾つもの切れた跡が見えるワンピースの服、確かにひかるが着ていた服に違いない。


「ひかるちゃんを……私が殺したというの、う~……まだ思い出せない。」


 怖い心を押し殺しているからまだ正気を保っていられた。恐る恐るひかるの肩に手を伸ばして揺すってみた。


「ひかる、……、ひかるちゃん?」


 ひかるの身体はまだ温かくて肩を揺すると腰も両脚もゆれ動いた。これは死んで直ぐだと思う。勇気を持ってひかるを抱き上げる。


「ひかる……、」


 頭はぐったりとして垂れ下がる。私はその場に正座してひかるの頭を膝の上に置いて、数回頬を平手打ちしてみたが反応は無いのだった。やはり死んでいるようだとしか思えない。


「ひかる……、」


 私がひかるを巫女の力で殺したのだと判断された。その痕跡がひかるの身体に沢山の証拠を残しているからだ。そう思えば男たちも服が切り刻まれていて、脚や腕、顔にも鋭い切り傷が見えていた。


「まるで刀創のようだわ。」


 巫女の魔法で使う、エアー・スプラッシュが正にこのような跡を残す。そう考えたらひかるを殺したのは私に違いなかった。もう女の子という感情なのか、大きな声で泣き出すしかない。


「ひかる~……わ~ごめんなさい、ごめんなさい、私が貴女を殺したんだ……わ~ごめんなさい……、」



 ひかるの顔に涙を垂れ流す程に泣いた、大声で泣いた。ひかるは大地にちょっかいを出してはいたが嫌いではなかったと思い出したからだ。大きな身体で恋をしているような素振りがいかにもウブだと思えたからだ。


 泣いて泣いて、泣いたら、もう心は放心状態に陥り思考することもままならなくなったようで、教会の入り口から差す光に吸い寄せられるようにしてこの場を後にした。これがまさしく無意識下でも生存本能で人は動けるという事か。


 また、右手には切れた肩紐を握り締めてバックも引きずっていて、中身が無事である事さえ確認はしていなかった。小物類や財布ともう一つとても大事な物を落としていたのだった。


 熱くはないが強い日差しに目が眩む。それは泣いた為に瞳孔が大きく開いていた所為だろう。グシャリとした泣き顔で眼を細めて辺りを見渡すのだった。ヒクヒクと泣き声は遠慮なしに出している。


「まだ頭はぼんやりしているのかな、あれっ?」


 この離れ小島は大きな島ではなくて三百メートル位の細長い島なのだ。端から端まで見渡せる事ができる。その向こうに陸地が見えるのだが、その海岸に一人の男が見て取れた。


「誰だろう……あの人が此処にくれば、私はあの人たちを殺した事がバレる。」


 そう思ってみても泣き止む事が出来なくてその場にうずくまって、まるで小さな子供が母親に許しを乞うように泣きじゃくる、そんな格好をして泣くのだった。涙はあまり出てはいないと思うが、しきりに腕で、手の甲で眼を涙を拭うのだった。


 男は私を見つけることは容易いものだ。直ぐに私に向かって歩き出すだろう。


「お前……どうした、ひで~格好だな、レイプされたか!」

「ぅわ~……・・・、」

「おいおい、泣くことはないだろう、何もしないよ。どうしたんだい。」

「ぅわ~……私、私がひかるを殺した~、ぅわ~・・・え~~~ん、」


「こりゃ~どうした……、」


 私は大声で泣いているからこの男の声が聞こえていない。長いこと目の前で言われてたのは判るだけだ。いや、泣いて許しを乞うていたのだと思う。


「ぅわ~ひかるちゃんを殺したのよ~許して~……、」

「おいおい判ったからもう泣き止め、それにその血も乾く前に海で洗ってこい。ほら立て……、」


「ヒク……ヒク……ぅわ~……、」


「立てって言っているだろうが、立てよ、」


 とうとう男は私にしびれを切らしたのか、大声で私を叱る。これが私に動く強要を与えてくれるから立つ事ができた。所謂、恐怖の観念ということなのだろう。


 人は脅迫されると嫌でも従うのもで、これと同じなのだろうが私としては妙に心が揺れ動いて心地良く響いたのだった。


「ヒク、うん、海まで連れて行って下さい。」

「ようやく返事が出来たな、まだ泣くなら怒るぞ!」

「は……ぃ、もう泣きません、ヒク、ヒク……。」

「手を出せ、ほら歩くぞ。」

「はい、」


 私は男に手を引かれて島で唯一の砂浜に連れていかれた。ここはミコノス島からの船着き場として利用されている。人が十人も集まれば狭く感じる位の砂浜だ。


「ほら着いたぜ、ここで身体を洗っていろ。俺は教会を見てくる。」

「いや、ダメ、行かないで……お願いよ……、」

「おいおいどうした、少し待っていろ直ぐに戻ってくるからさ、な?」

「イヤ、だめ。あそこには死体が沢山あるからダメ!」

「判った、ここにいるよ。服は脱いで洗えよな。」

「うん、」

「見ていてもいいのだな。」

「あ!……後ろを向いていて、見ないで欲しい。」


 私の身体は銃創や切られた跡が多数あるのだから少しも見られたくはなかった。私は男の人に視線を送る勇気はない、だって恥ずかしいという乙女の心は気が動転していても、全く別な感情なのだろう。脅迫される訳ではないのだから男の前で脱ぐことは出来ない。


「見ないでよ!」

「あぁ判ってる。」


 私は服を脱いで全裸となった。脱いだ服を海水に浸けて洗う為に膝辺りまで海に入ったが、とても綺麗な海だというのに、水面には私の身体が写って見えることはなかった。


「きっと酷い顔をしているよね。」


 顔を洗ってみると少しこびりついた物が掌で感じ取れたのだった。丁寧に髪も洗って、それから服を洗うが綺麗に血は落ちないのだった。痛んだ髪の毛に指が通る事がなかった。


 少し髪と奮闘したせいか、気分も何時しか穏やかになっていった。


「あ~スッキリしたかも! あ……ヤバイ、裸で海から上がるのはマズいかも!」


 そう思って後ろを振り向いた。男は居ない……きっと教会を見に行ったに違いないのだ。


「うわ~人殺しだとバレてしまうわ。どうしよう……。」


 思い悩んでいたら別段気にした風でもなく、機嫌も悪くもなく歩いてくる男。すかさず身を隠す場所として岩陰を選んだ。恥ずかしいよりも前に殺人をした事が気になる私だった。すっかり頭も冷えていたのだろうか。


 この男……確かに見覚えがある、あるのだ。さっきまで夢見ていた家族に混じっていたからだ、そう……夫のマイケルだ。


「お、上がったか、服は絞って岩に広げておけ。直ぐに乾く。」

「うん、そうします……見ないで下さい。」

「見ね~よ、悲愴な顔をされていたら俺も悲惨に思うからな。で、お前、レイプされたか!」

「されていません、」

「あれな、少し此処で待つならば直ぐに処分してきてもいいが、どうするよ。証拠隠滅は人が渡って来る前に済ませないとな。」

「ひかるちゃんはお友達ですが、お願いします。」

「あいよ、小一時間ほで戻るからな。」


 マイケルは直ぐに引き返していく。船からロープを持ち出すあたり何だか違和感もあるが、そんな気は直ぐに消えて無くなる。


 早く下着を穿きたい一心で温かい岩に干して、それから直ぐに裏返す。これを何度も何度も行っていた。気が短いのだと思うが今は非常事態なのだから。


 お日様が赤くなり日が陰ってきたのだ。綺麗に澄んだ海は北海道でクロと散歩した苫小牧の海以来だろうか。でも此処に来た時も見ているはずだが覚えていない。


 着れば直ぐに乾くだろうからと、少し気持ち悪いが生乾きの下着を穿いてブラも着ける。服はまだ乾かないがこれも彼奴が戻る前に着ておく事に決めた。



 一方のマイケルは職業柄か他人の財布を集めていた。


「こいつらの懐から財布は頂いておくよ。お前らの弔い費用で頂く。この女の財布は残しておくか。すると先ほど拾った財布は嬢ちゃんの持ち物か。それにこれは旅券だよな……白川あ、あ、あいね? と読むのか。分らないように戻しておくかな。男たちの中身が寒いこと、街で飲んで散財したのだろな。」


「こいつらは財布と拳銃しか持っていないとは、やはりプロという事だな。それに何処の組織か分らないな~。」

「男たちの致命傷が切り傷だとしたら……嬢ちゃんは魔法使いかよ。これは刃物では絶対に作れない切れ口だぜ。」


 マイケルは私に関する事はこと細かに観察していた。岩に残る擦過痕もそうだ、幾筋にも残る不思議な跡は、拳銃以外は何も無いのだから、どう考えてこの場の物以外で出来たとしか考えられない。


「よっこらせ、とんだ仕事を引き受けてしまったぜ。全くあの女をどうしてやろうか、帰りに考えるか。」


 丁寧に胸と腹には幾つもの刺し傷を作って、尚且つ男らの上着やズボンのポケットには石を詰め込み、全員を海に投げ捨てたマイケルだった。これで暫くは浮いてはこない。腐敗した死体は腹にガスが溜まって浮いてくるから、この絶対条件をなくせばいいわけだから。


 マイケルは私に何も話してくれなかった。いや話す事ではないと判断していた。



 マイケルがこんな残酷な作業をしていたなんて考えも出来ない私は、


「いや、あれ~~袖が取れた~。」


 と、馬鹿な事を口走る。袖に腕を通すと水に濡れている所為で腕が引っかかり、短気なせいなのか袖自体を破いてしまうのだった。


 海水の重みでだらりとワンピースの裾が垂れて、大きな切れ目が白い脚を露わにしてくれる。


「やだ~……後ろが破れていないだけでも良かったと思わなきゃ。」


 スカートの破れは前だけだから手で握っておけば幾らかはマシになるというものだ。流石に後ろだと隠せるものではなかったかもしれない。


 男が、マイケルが戻ってきた。もう頭も冷えたから怖くもないかな?


「よう!」

「早かったわね、後始末、ありがとう。」

「いいぜ……あんなのは容易いものだ。殺すよりも楽だからさ。」

「あ~んたも人殺しをするのかしら。」

「あぁ偶にな。でも気にするなよ、それよりも服は乾いてはいないだろうに。」

「えぇお構いなく。まだ此処からは出られませんが、もう帰られていいですよ。それと今日の事は忘れて下さい。下さらないと貴方も殺してしまいます。」

「おいおい、随分と物騒な物の言い方だよな、生憎と俺は死なない身体をしているからね、無駄な事はするな。」

「忘れて下さる?」

「あぁもちろんさ、ついでにお前さんの事も忘れてやるが、金……持ってないだろうからほれ、これをやるよ。」


 そう言って男は、前世の記憶の中のマイケルは黒い財布を放って投げてきた。確かに男物の皺だらけの長い財布だが何処かしら日本製の趣がある。


「これ、貴方の?」

「そうだが、君の財布はこれかな、落ちていたよ。」


 手渡された財布は血が付いて汚れてはいるが、間違い無く私のお財布だった。


「中身が少ないわ、」

「俺は抜いていないからね。それに俺の金の方が多いだろう。」

「はい、昨日のタクシー代が高かったのよね、思い出しました。」

「いいぜ、早く財布をバッグに仕舞っておけよ。この後はどうするよ、ミコノス島には俺が船に乗せてやるがな。」

「はい、泳いで渡ってきたのですが、泳いで……?」


 この島に泳いで渡ってきた事が遠い記憶のように思い出された。


「どうした、考え事か!」

「あ、はい、お願いします。それと服も買える処を教えて下さい。」

「少し行った先の街にスーパーマーケットが在る。そこまで送るが……それだけでいい訳はないよな?」

「うっ、そ、そうですね。服が、この服では即御用になるでしょうか。」

「いいや、ならないとは思うが、いい方法を教えてやるよ。レイプされたと言えばいいだろう。」

「それは流石に無理があります。レイプされたと泣いてもいいのでしょうが間違いなく警察のお世話になりますから、面倒ごとになるとしたら嘘はつけません。」

「あ、なるほど。だったら俺が買ってやるから付き合え。」

「仕方ありませんが、……あんたがレイプしない保証がありません。」

「アハハ……ナマズの皮を剥ぐような事はしないよ。俺はお人好しだ、なに大丈夫だぜ。少しの間世話になっていろ。」


 記憶の中のマイケルは巫女を見つけては軟派するナンパ野郎だった。前の私は見事に軟派されて落ちて仕舞ったが、一人ではどうする事も出来ないのも事実だ。


 女の子独りでは生きて日本には帰れない。


「少しだけです、その~着られるワンピースの服を買って来て下さい。」

「あいよ、任せな。それよりもさ、財布の銭の勘定をしておけよ。」

「はい、そういたします。寄付ありがとうございました。」

「なに、まだ不足ならばやるよ。どうするね。」

「いえ、ホテルに戻れば家族も居ますし、今晩は家族がいるホテルに連絡しまして明日に帰ります。」

「そっか、そうだよな。スーパーマーケットの後でホテルまで送るよ。」

「それでお願いします。」


 船に揺られて三分でミコノス島に着いた。今では観光地だから木材を組んで器用に船着き場が造られていた。そこで船を降りてマイケルの車……日本製のトラックに乗り換える。


 スーパーマーケットが在る街には五分と掛からないが、この男の所為で更に十分もの時間が掛かったのだ。


「もしかして私を何処かに連れていくのですか?」


 丁寧に質問してみたら、


「いいや、ガキは好みではないがな、その、スーパーマーケットの場所がな、もう暗くて判らない。」

「一番明るい建物だと思いますが、何処かに見えませんか?」

「あ、な~るほど、在ったな、あそこかい!」


 この男、何処かで見たらしいようで直ぐに右に曲がって行くあたり、場所は判るのだろう。


「ばかマイケル、直ぐに着くじゃないの……あ!」

「着いたな、しかしだ、もう降ろす事は出来ないかな、俺の名前、何故知っていたのだ、話せ。」


 私は記憶の中のマイケルは優しい。だからつい油断したのだ。眼を踊らせて言訳を考える。今日会って名前を聞いた覚えはなかったかな、考えろ私!


「ほらほらどうした、」

「あんたこそ私を忘れたのかしら、昨日の昼に私をナンパして車に乗せようとしたのをもう忘れたの?」


 昨日と言ったが、実際は昨日や一昨日ではないはず。多分だが島に渡って三日は過ぎているのだと考えた。だってお腹の空きようが物語っているのよね。


「あ、昨日の女だったか、容姿が違って見えるが気のせいか!」

「そうよ今日の私は顔つきだって乱れているからね、判らないのよね。そのナンパの時に名前を言っていたわ。」

「あっ……そうだったかな~……忘れたわ。」

「あんたがなりふり構わずに女をナンパするから収拾ができないのよね、もう止めなさ……無理よね。」


 私の言葉を信じたとは思えないが、特段、気にするふうでもないようだ。要は私を手放す気はないから、私が名前を言った事などどうでもいいのだろう。


 そう言えばマイケル、真の巫女を探すまでナンパし続けていたと言っていたのを思い出す。これ以上迂闊には話し続けてはおられないよね。

 

「俺はとある女を捜し歩いてきた。その女を見つけるまではナンパは辞める事は出来ないさ。」

「あ、なるほど、お金は渡すわ。幾らかな。」

「いいよ俺が出しておくよ、気にするな。」

「ありがとうございます。お願いします。」


 おう、任せろと言うマイケルは酒瓶だけを紙の袋に入れて戻ってきた。私は眼と口を大きく開けて、


「それ、違うよね、」

「すまない、服は無くてよ、俺の物だけ買ってきた。」

「さいですか、次に行ってくださいな。」


 大きなジーンズを穿いたマイケルは冴えない。尻のお肉が余っているのだろね。次のスーパーマーケットはやや離れた処で見付かった。途中には小さなコンビニが在ったのだが、マイケルは見ないで通過するのだった。きっと判っていたのだと推測した。


 う、この男、ワザと私を市中引き回しの計にしているのだと、初めて思った。そうよね、こんな簡単な事さえ思いつかないのだから、私の方が騙されて連れ回される……。逃げなくてはならない。


「あの~まだでしょうか。」

「もう着いているだろうが、このomosでいいだろ。ここには水着が売ってあるからな。」

「水着は要りません。早くお願い。」


 この男は、服を売っているお店を最初から知っていたではないか。これに対して怒るのもなんだか白ける気がする。


 この男と別れるには先ずは服が必要だ。ワンピースの服だったらこの男の前ででも着替える事が出来るのだからね、そう頭から被ればいいのよね。


「まぁまぁ慌てるな。」

「慌てます、終わりが、閉店間近ですが!」

「あ、いっけね~、そうだな。」


 それからのマイケルは行動が早かった。直ぐに戻っては車を発進させていた。少し車を走らせて私に紙の袋を渡してきた。別な意味で行動が早かったのだ。


「ほらよ、花柄だ、お前のパンツにお似合いだろう。」

「いや、見ていたのね、スケベ!」

「当たり前だろう、見逃す方が罪だろうが違うかな。」

「いえ、違いません。男としての甲斐性でしょうから。」

「素直でよろしい。着替える場所はこの路地でいいかな。」

「いえ、この中で行います。」

「それはいい!」


 そう言って袋からワンピースの服を取り出した。うわっ、小さい。これもこの男の計略だったようだ。しかしだ、三日も食事をしていない私の体型を見て判断したなんてあり得ない、もう天才級の選別眼でも備えているのかしら!


 いやいやそれは……。あ、今までが女の子をナンパし続けたスキルのようなものなのかもしれないかな。



「これ、小さすぎますわ。交換して下さい。」

「もう無理だ、先に着ている服を脱げばピッタリのはずだがな。」

「え、そんな~。もう交換はいいです、破いた服は先に脱ぎますわ。」

「それでもピッタリだと考えて買ってきたんだぞ。」


 そう言われて服を軽く身体に当ててみる。随分と痩せたと思うとこれ位がベストなのだと思った。


 兎に角この男の右手が私の太ももを触るのは癪が触る、癇に障る。癪に障る私は見ているマイケルの横で破れたワンピースの服を脱いだ。


 簡単な事だ。怒りにまかせて服を破いたのだから、袖は無いし裾も破けているから、擦れた布きれだからそれはとても簡単だった。


「ビリビリ・・・、ふん、何さ、見るな。」

「男の何とかだ、無理言うなよ。可愛いパンツとブラだぜ。」

「バッコ~ン……、」


 とても懐かしい掌の感触が伝わる。


「意地悪言わないでよ、もう……。」


 それは記憶の中の優しいマイケルを思い出すので、怒りはスーッと引いてしまう。


 いくら暗がりの路地とはいえ、私の白い肌は見えてしまうのだ。花柄とのコントラストで余計に白い肌が目立つ。最後にお尻を持ち上げて服を脱ぐ。


「おう、綺麗だな。」

「当たり前でしょう、二十二歳の肌はまだ綺麗なのよね。」


 そう言えば文化祭で受けた脇腹に銃創があるが運悪く左の腰の上だ、マイケルから見えてしまったかと観念した。見えていたはずだが何も言わないマイケル。


「もう服を着るのか、綺麗なのにな~。」

「バカ言わないで、……着られないわよ、胸が支えて着られない。」

「ほほう……嘘も吐けるようになったのか、外に出て服を下ろせよ。」

「そ、そうね、仕方ないな。」


 私は周りを気にする事無く車から降りた。花柄のパンツを惜しげも無く披露するのだから、胸の支えは嘘だとばれていた。


 私が車を降りた時に、私のバックに旅券が戻されていた事を私は知らない。



「感謝しなさいよね、これが見納めだよ。」

「あぁ何だか得した気分だぜ、しかし……お前はまだ子供だろう? どうして二十二歳だと嘘を吐く。」

「え?……二十二歳よね、もしかして十七歳に見えているの?」

「そうだな、日本人ならばそれ位だろうさ、東洋人だろう?」


「そ、そうね、あたりだよ。何とか着れたわ、ありがとう。」

「いいよ、次はホテルまで送るが、何処かな家族は。」

「え、いいのですか? 大きな港が見える丘の上に在るホテルですが、判ります?」

「チェ、ホテルの名前を覚えていないのか。行けば判るだろうが、独りで帰ってもいいのかい? あの女の子の事は何と話す。」

「あっ、そうだわ、私が殺したのか判らないの。記憶がまだ戻らないのよ。」

「だったらそう言えばって、無理か。言える訳ないよな~。」


 私を茶化すような物言いのマイケル。これってナンパだとは直ぐに判らなかったのだ。そう言えば前の私もナンパされて何時しかマイケルに恋落ちになったっけ。これがその履行だと、この時は思いもしなかった。


 百戦錬磨の強者か! 案外私が巫女だと思われているに違いないのかな。だったらもう逃げられないのかもしれない。そんなこんな事を思い巡らして会話を続けていたのだから、もう~私は最低だわ。


「あんた、マイケル。口が上手いのね。私をナンパしているのね。」


 ようやくナンパされつつあるのだと認識された。


「そうかもしれないが、ガキはゴメンだ。送るのをやめるか?」

「そうして下さい。どこかこの近くのホテルまでお願いします。」

「お前……追われているのだよな。だったら俺の隠れたホテルに連れて行くが、どうするね。」

「そこは絶対に見付かりませんよね。そこでいいです、ですが別々の部屋ですからね。」


「わ~ってるって、ほんじゃま、行きますか!」

「ふふふ……アハハ……ナマズの皮は勘弁よ!」


 と、変な日本語を言ったマイケルだった。私も笑って日本語で返したのだ。


 マイケルからは追加で水着を頂いた、下着の替わりだと言う。ホテルに着いて渡したのも意味があるのだろう、そう、私はマイケルに大いに感謝したのだからマイケルの術に堕ちたに違いない。夜のワインで撃墜されたようだ、薬入れたの?


 それからはマイケルのヘタな日本語に付き合う事になった。私としても異国で母国語でお話が出来るのは嬉しいものだ。特に寂しい時はなおさらに……。


「この部屋だ、俺は外で待っているかな。」


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