第202部 ピンクとイエローの……取り違え
1975年4月26日 東京
*)ピンクとイエローの……取り違え
家族が来るのが遅かった、陽葵と凛が攫われてしまった。私は三階の窓で通用口から二人が消え去るのを見送る事しか出来ずに、私は狂乱してしまう。
私は髪も服も気も取り乱して病室を巫女の魔法でめちゃくちゃにしていた。最初に飛び込んできたマイケルにも巫女の魔法を食らわせてしまい、マイケルは廊下に転がって気を失ってしまう。マイケルが抱いていた夕陽には私の巫女力は及ばないのか、宙に浮いて難を逃れていた。
マイケルは直ぐに正気に戻って私を見つめるのだった。私は泣きじゃくり、
「馬鹿マイケル、なんで居なかったのよ、二人が二人が攫われたのよ。」
「え”……そんな、まさか……、」
マイケルに続いて藍ちゃんやソフィア、それから智子と眞澄が入ってきて驚く。
「亜衣音ちゃんどうしたのよ、気でも違ったのかしら。」
「藍~陽葵と凜が攫われたのよ~、私、私はどうする事も出来なくて、藍~私、私はもう死にたいよ~、わ~……、」
と、私を抱き寄せる藍に縋って大声で泣きだしたのだ。それから得意そうな顔をしたカムイコロさんが部屋に入ってきて唖然とする。私は、
「カムイコロ! どうして直ぐに家族に連絡していなかったのよ、二人が大地によって攫われたのよ、子供たちを返して!」
「え”大地が、大地が来たの?……そんな、亜衣音……すまない。直ぐに探しに行く。」
それから嬉しそうにして両親やホロお婆さま、それに智治お爺ちゃんらが病室の入口で唖然となる。乱れた私の容姿と大きく破損した病室に驚いた事だろう。ただ佇むだけのマイケルや藍たち。
大声で泣いているカムイコロさんを見てソフィアが床に土下座して泣きだした。
「わ~ごめんなさい、私が、私が悪いのです。脅されて誘拐の手引きをしてしまいました、亜衣音さん、ごめんなさい。」
「え”……、」x7
ソフィアは大声で泣きながら説明しているが、私やマイケルそれに家族に許しを乞うソフィアに説明の意味がイマイチ伝わらないのだった。
私はやっとの思いでベッドから立ち上がり、ソフィアの前に立ってソフィアを殴りだしたのだ。これに驚いたマイケルは直ぐに取り乱した私を取り押さえる。
「マイケル、離して……離しなさい。ソフィアを殺してやるのだから、ソフィア、あんたがした事は、私の赤ちゃんを殺した事と同じなのよ、判る~?」
「はい、ごめんなさい。許してとは言いません、殺して貰っていいのです。」
こんな乱れた空間を目にする家族たち。今すぐナースステーションに駆け込むなんていう気は誰もが思いつきもしないのだろう。やや時間があって二人の看護婦さんが二人を抱いてやってきた。
この時は既に二人の赤ちゃんが誘拐されている。この事実が私に飛び火しないようにとの配慮で、努めて冷静になって陽葵と凜を抱いて来たのだ。そう授乳させるためにだ。
この場の全員が意表を突かれた。
「亜衣音さん、お乳の時間ですが……なんですか、この部屋の乱れようは!」
「あ……、その子供は、」
「はい、亜衣音さんの赤ちゃんに決まっていますよ。」
「え”本当ですか! 二人は攫われてしまったは……ず、」
「いいえ違います。でも保育室の二人が攫われたというのは事実ですが、どうしてご存じなのでしょうか。これが亜衣音さんに知られないようにと、注意されたばかりだというのにですね。」
「おい看護婦、直ぐに二人を亜衣音に渡せ、」
「は、はい、ほら亜衣音さん、」
「え、えぇ……う~……陽葵と凜に間違いありません、陽葵~……良かったよ、凜~無事で良かったよ~マイゲル~・・・、」
「あぁ良かったな亜衣音。いや良くはないが二人の赤ちゃんが攫われたというのは事実。直ぐに警察に、」
「もう報告しております。」
それはそうだろう。朝になり授乳の時間がくればお母さんの元に連れて行かれてお乳をあげるのだから。その時に二つのベッドが空いていたら、そりゃ~慌てる事だろう。
さっきまで泣きそうな顔をしていたお母さんが私の元に来て、
「亜衣音、兎に角良かったね。ほら、二人を抱かせて頂戴。」
「はい、お母さん。抱いてあげて下さい。」
「ありがとう。」
母はそう言って陽葵から抱き上げて意外な行動に出た。私はそれで我に返ったようだ。母はなんと泣きじゃくるソフィアの前に行き、おもむろに陽葵をソフィアに差し出すのだ。
「ソフィアちゃん、今少し理由が分らないけどね、亜衣音の子供は無事だったの。もう泣かなくていいわよ……ほら、抱いてあげて……。」
「お母さん。私、私は抱ける資格はありません。」
「そんな事はないわよ、抱いてあげて……亜衣音も喜んでいるのよ。貴女、産着を着せる色を間違って言ったのよね?」
「それが、間違いなくイエローの産着を着せて下さいと言った覚えがあります。」
「まぁ、それでは看護婦さんが間違えてピンクを着せたのですね?」
「たぶん、そうだと思います。お母さん、許して下さい、わ~・・・・、」
ソフィアは居たたまれなくなって大声で泣き出す。私は複雑な感じになって凜に乳房を含ませる、これで私の心が落ち着けばいいのだから。可愛い我が子を眺めているだけで幸せになれるのだから……。
*)事の顛末……
ソフィアは捜査中の警察官に自首して、私が誘拐の手引きをさせられたのだと言った。私らの事件で大いに迷惑を受ける警察署、いい顔はしない。今回も祖父が裏で手を回す事だろう。
ソフィアは会議室で、私は新しい病室で尋問を受ける。カムイコロさんも何らかの手伝いをさせられた? という嫌疑を掛けられていてカムイコロさんをも取り調べを受けるのだった。
家族には大地が来て二人を攫っていったと報告した。勿論、ひかるも一緒だと説明している。あれから五時間は過ぎたにも関わらず私の心は落ち着かない、動揺したままだ。大地に会って驚き、それから攫われた二人が殺されるのかと恐れて泣いて、どうして心が落ち着くものか。
一応の事情聴取……それは取調べと言う。終わればマイケルがニコニコしながら夕陽と理沙を私に寄越した。私の心が落ち着くようにという事だね。
今回の誘拐の発端は、埼玉県での事業家令嬢の誘拐事件から始まっていた。
ソフィアが営業で度々訪問しているブティック経営の令嬢が攫われて、それがソフィアの脅迫に使われたのだとか。理由は私の子供にレモンイエローの産着を着せておくようにという事だった。それが出来なければ攫った娘を殺すというのが大地らの要求のなだ。
今ではソフィアに対して怒る事はない。関係ないがソフィアは大地とは初対面なのだ。それに人質を殺すと言われて、はいそうですか! と言って警察に報告なんか出来るはずもない。
この産婦人科医院にも自腹で産着を押し込んで、私の子供にはレモンイエローの産着を着せる様に頼んでいたのだ。でも、産まれて直ぐにソフィア自身が産着をピンクに着せ替える予定を立てていたという。でも私が中々産まないものだから、それに急に産気づいて夜中に産んだので、このソフィアの計画は実行に移せないで終わる。
ある意味、私だって悪いのかもしれないのだからね。逆に大地らが優秀だったと言えようか。
ソフィアが何を営業していたのかさえ大地たちは掴んでいたのだ。それが利用されただけとはいえ穏やかではない。ここでお父さんが警察に提案した事は、
「直ぐに誘拐事件を実名で公表したらいいでしょう。間違えて攫われた赤ちゃんは戻されるはずですよ。」
一見、真面そうな意見なのだが刑事はウンとは言わない。その理由は、
「確かに相手は人違いで攫ったのだから、理由が何にせよ意味が無いのは判る。判るが、では最初に攫われた娘さんが無事に戻る保証は何処にある。二人の赤ちゃんもそうだ。」
お父さんはそう言われてぐうの音も出ない。所詮は素人考えなのだから。
警察は埼玉県警との合同捜査に切り替えられた。ソフィアは残念ながら暫くは帰れなくなってしまう。多分だがギリシアから来た十八歳の娘だし、人質もあるから無罪放免になるだろう、お爺ちゃんも動くだろうしね。
夜には実名付きでテレビニュースに流れていたのだと、翌日に報告を受けた。
それとね、とても残念な事があるのだ。
攫われた二人の赤ちゃんの両親に謝りに行った母が、コンコンと嫌みを言われていた、それも両方の両親からだ。当たり前だろう、白川の孫と間違われて攫われたこちらは大いに迷惑だし、産まれたてだから命の心配も尽きないのだから。
それでも素直に白状して謝る母に対して、両家とも頭では怒るのは筋違いだと理解できている。出来ているが感情では絶対に許せないのだと。こちらから素直に言わなくても良かったのだから、警察だって人違いでお宅の赤ちゃんが攫われていましたとは言わないと思うよね。
「亜衣音、それはそうなのよね。でも自分が逆の立場で後日になってこのような事実を知ったとしたらどうかしらね。」
「……そうね、カンカンになって怒って怒鳴り込むかしら。そうなったら嫌だよね。お母さん、敢て嫌な事に気を使って頂きありがとうございます。」
「いいわよ親だからね。亜衣音は子供の為にも早く元気になりなさい。事件はおじ、警察に任せておけばいいのよ。」
「は~い、そういたします。」
お爺ちゃん……後は任せたよ! クシェン!
数日が過ぎた。今では自分も随分と落ち着いてきたのが実感できている。だってさ、四六時中もマイケルと上の二人と病室で一緒だもん。授乳の時間になれば二人も戻されて家族全員の六人が揃うのよ、上二人が産まれたてに対する行動が面白くてついつい咲ってしまうのよね。
「はいはいお惚気はいいからさ、で、いつ退院するのかな。」
「藍ちゃん、ご迷惑をおかけしております。現在は警察と鋭意打ち合わせ中でして、もう返事が返ってくるかと考えております。」
「それって、何もしていないのと同じじゃないかしら?」
「……そうとも言います。……マイケル~、」
「俺に振るんじゃね~よ。て言うか、他の女はどうした。」
長引く退院にしびれを切らす藍。それもそうだろうか、シアハウスのお掃除全般までもが藍の細腕に掛かっているのだから。
「それがね~羽を伸ばして飛んで行ったわよ。熊さんが連れて行ったようなんだ。」
これはカムイコロさんが攫われた子供たちを探しに出たという事だろう。それに我が眷属たちも引き連れてね、ありがとうございますだよね。藍には意味が通じていないものだと判断した。
カムイコロさんが実家に家族を起こしに行っていたのは、家の事情でもあるしね。それは電話を掛けても誰もが起きなくて、とうとうしびれを切らす事に繋がったのかなとそう考えているのよ。家族に訊いたら「いや電話は鳴っていないぞ。」と真顔で言われたら信じるしかないよね。寝ていれば電話が鳴っても気がつかないバカ家族。
もう一つ考えられる事がある、それはカムイコロさんがうっかりミスでダイヤルを間違えたのか? だよね。私が怖い顔していたから気が動転して……って、あの臥薪嘗胆の持ち主が動じる訳がない。少し意味が違ったかな。
水掛け論の推測ほど無駄な事はないわよ。
「コンコンコン。」
「は~い!」
「ちょっといいかしら。」
「はい、どうぞ……あら婦警さん。いつも警備をありがとうございます。」
「藍ちゃん、婦警さんなのかしら。」
「ソフィアちゃんが来たわよ、あんたが呼んだのでしょう?」
いや~藍の機嫌が悪いよ、私に対してあんた呼ばわりだものね。女という生き物は実に恐ろしいものよね、私は最凶だけれども。
「亜衣音さん……、」
「うん、ごめんね呼び出したりしてさ。」
「いいですよ、これ位はまだ償いにもなりませんから。」
「ソフィア、もう私は怒っていません。どうかしら、そ・こ・の・婦警さんの対応は酷い事されないかな。」
「私は酷い婦警ではありませんよ、なんですか、そのふてぶてしい態度は。もう警護は取り止めにしますよ!」
あら~私、婦警さんを怒らせてしまったよ~。私はそ~っとマイケルに視線を送った。秋波ではない別な電波でだ。
「ままま婦警さん。いつもありがとうございます。夫のマイケルです。」
「知ってます、口説くおつもりでしょうか。」
「あ、いや、そのなんですな、アハハ……、」
全く役に立たないマイケルだよ、だって飛び抜けての美人だし、それもトゲが痛そうな飽きた美人だからマイケルも弱いのかも。ま、私の方が若いだけマシだとは思う。
「はい、お茶です、どうぞ。」
「あら、貴女だけはマシなようですわね。お腹も空きましたわ。」
「こちら、お茶請けでございます。」
「ま~ご丁寧にありがとう。」
「椅子に掛けてお待ち下さいませ。」
「そうね、早くなさい!」
強い口調は私に向けて発せられている。マイケルに対しては「スカン!」という態度みたいだね、マイケル。本題に入らせて貰う。
「ソフィアに訊きたい事があるんだ、普通に考えてから答えて頂戴。私の事を考えなくてもいのよ、逆かな……考えないで欲しいのよ。」
「はい判りました。それで何をお話すればよろしいでしょうか。」
「そう緊張しなくていいのよ、本当に私は怒っていないからね。」
ソフィアは大きく深呼吸して肩を揺らしている。これで気を落ち着かせるつもり
なのだろうか。今まで見た事も無い仕草に私の方が緊張してきたよ。
「どうぞ、」
「えぇとね、お産の前に藍ちゃんと一緒に来たときよね。ピンクの産着を出して見せてくれたわよね、あれってどういう意味があったのかって考えたのよ。」
「……あれは……多分あの色しか持ってきていなかったのかなと思います。」
「そう……なんだ。それで部屋に置いていったのはどうしてかな。」
「……これを着て貰えれば攫われる事はないかなと考えたかもしれません。ですが今では思い出せません。」
「そ、そうよね、覚えていないよね。だってあんなに楽しそうにしていたからね。でも心の中では葛藤していたんだと思うのよ、で、どうなの?」
「それは~そうだと思います。いつもどうしようかと、どうしたらいいのか常に考えていましたから。ごめんなさい。」
「謝らなくていいのよ、あの時の行動が恐らくだけど、看護婦さんがこのピンクの産着を着せるものだと思い込んだのよ、きっとそうよね、マイケル。」
「あ、そうだぜソフィア、なんも心配は要らないよ。」
「うわ~・・・ごめんなさい、もういたしません、ごめんなさい。・・・、」
又してもソフィアは大声で泣き出してしまう。これを静かに聞いている婦警さんは、色んなソフィアの言動を頭に詰め込んでいるのだろう。
私はただソフィアを見つめて残念な思いを巡らせていた。この子は独りで寂しかったのかと。私がソフィアに対して冷たくしていたという自覚は無いのだけれども、心の何処かで使用人扱いをしていたのではないかと。私の心の在処が残念なのだと考えられた。
「ソフィア、顔をあげて頂戴。私が悪かったところがあるのよ。謝らせて頂くわ。私の方こそ……ごめんなさい。」
「いえ亜衣音さんにはお世話になっているばかりで心苦しいのです。良くして貰っておきながら裏切りました。ごめんなさい。わ~・・・・、」
ソフィアはまだ十八歳と異国で暮らすには若すぎる年齢だ。これからソフィアに対してどう接したらいいのか、ゆっくりと考える必要があるわ。
「婦警さん。この子は何時になれば保釈されますか?」
「もう此処に置いて帰ります。好きにどうぞ!」
「あ、ありがとうございます。良かったねソフィア。」
「はい、」
「今までお世話をありがとうございました。」
「いいわよ私の警護が楽になりますからね、ではこれで帰ります。」
「はい、お気を付けて。」
ソフィアは未成年だし人質を取られて脅迫されていた、これでは人としても真面な思考は出来ないよね。私だってどうしたものか予想も出来ないよ。
「マイケル、家に帰ろうか。もう事件も解決したのよ。」
「え? そうなのか、でも何も言ってはこんぞ。」
「来るわけないでしょうが、考えてもみなさいよ。」
「それもそうか、帰るか。」
「あんたたちさ、少しはソフィアの事を考えてやりなさいよ。思いやりの欠片も無いのかしらね~亜・衣・音・ちゃん・は!」
「はい反省します。」
「よろしい。ソフィア、あんたも悪いのよ。もっと自分に自信を持ちなさい。ほら、セールスもダントツで一位なんだよ、知らないのかしら?」
「し、知りません。いつもは『もっともっと売り込んでお出で!』と言っているではありませんか。」
「そ、それは~……ごめんなさい。ついつい発破を掛ける意味で使いますから気にしないで!」
藍ちゃんは私に攻撃をしてきてソフィアを弁護していたにも拘わらず、今度は藍自身へと問題が降りかかっていて慌てているようだ。社長ならば「デ~ン!」と構えていていいのよ、私みたいにさ。
「社長、営業は私一人ですか?」
「いいえ違います。その私だって営業していますよ、その~成績は大学の評点と同じって……何言わせているのよ。」
漫才みたいになった藍ちゃんは可愛いと思う。私はマイケルに電話を頼む。
「ねぇマイケル、実家に電話をお願い。今から自主退院するからとね。」
「分った、で、亀万にも電話するとか?」
「いいえ、お母さんに頼むわよ。何も言わなくても今晩はおご馳走でしょう!」
「亀万には……、」
「亜衣音ちゃん、なんで私の方を見て言うのかな。そうねソフィアの帰還をお祝いするのかしら?」
「勿論よ、お願~い……します!」
私はとぼけた顔を作って藍にお願いした。気前のいい女社長だから木にも登る。後は、祖母にも声を掛けて帰ろうかしら。内助の功を引き立てる意味でね。だって私の味方は多い方がいいものね!
「私……チョロかったりするのかな。」
「社長はそれでいいのよ、ね~ソフィアちゃん。」
「はい、亜衣音さん。私もそう思います。いつもカツ丼ばかりが出されてウンザリしてましたから今晩は楽しみです。」
「どうしてソフィアまでもが私を見るのかな~。」
「私の入院食よりもいいじゃんか!」
「あんたは太りすぎ、お野菜中心の料理でいいのよ。ヒジキも栄養が高いから今後も入院食と同じメニューにいたします。逆襲よ!」
「え~そんな~、だってお肉を食べたいよ~。」
「バカ言わないの。豆腐とおからもいいわね、うん明日の献立が決まったわ。」




