第19部 お父さん、私は認めたくない
実家のお爺ちゃんは無事に生きているから安心してね。でも冷蔵庫の中身は全部頂いて……お小遣いもタンマリと頂いてきたんだ、んでパパに話したら、
「亜衣音、買収されたのか!」
だってさ。いいんだ、両親が幸せに暮らしていたと聞いたからもう怒っていないよ。
「お爺さん、台風が無事に去ってくれました良かったですね。」
「あぁ……沙霧と同居の為にと建てたんだが、そうだったよな随分と無理させてしまっていたのか。」
「そうですよ、孫に建ててあげたのです、これでチャラにしましょう。」
「そうだな。」
「お爺さん、退職金の前借りなんて……ひと言も聞いてはいませんが? 説明して頂けますね! この家はどうやって建てたのでしょうか?」
「勿論、退職金だよ。」
「でしたら穣に家はどうしましたか?」
「勿論、退職金だよ。」
「あ~そうでしたか、ウフフ……で、誰の退職金なんでしょうか?」
「あ~それはな~……秘密だ。」
「お小遣い程度で騙されるものですか、また来ますよあの子はね。」
「う~……。」
*)怒った私
ここ最近は友達にも冷たくなっていたようで、未来に注意されてようやく気づいたくらいだ。この感覚、とっくに頭で忘れて心からも捨てる事が出来たと思っていたのにどうしてだろう。
だった。過去の事になるが小学校では毎日顔を合わせる同級生、いつも突っかかるから正直ウザいと思っていた。そうだ、その感情が戻ってきたんだ。
どうしてだろう、私は思い悩んだ。
私は毎朝手を合わせるのが段々と苦痛に満ちてきたことに気がついた。仏壇が届いて十数日が過ぎた頃に私は父に反抗した。我が儘とも言うが、父にも気がつかないうちに向けていたようだ。父は優しいので少し荒れた私の事を温かく見守ってくれたのだと思うと余計に腹が立つ。
「お父さんの馬鹿、娘を叱ってくれてもいいのに。」
それでこれが原因だと思うようになってさらに数日が過ぎさった。私は思いきってこの感情を父にぶつけた。それもね六秒間を待たずに父にぶつけてしまった。
「お父さん。こんなのはイヤ、絶対に認めたくはない。お母さんは死んでない、死んではいないのよ。きっと何処かで生きています。」
「亜衣音……これは現実なのだよ。そりゃ~亡骸は出て来なかったが、でも沢山捜索はしてもらったんだ。俺だって沙霧が死んだとは思いたくはないよ。」
「お父さん。やはりこの仏壇のお母さんを見ていたらやっぱり違うと思う。仏壇は返してきて。」
「そうか、どうしても受け入れられないとしたら、お寺で預かって貰うか。」
「お願いお父さん。位牌にはお母さんを感じられないのよ。」
「そうだよな、でもな位牌は大事なものだから……、」
「位牌がなによ、所詮五百円の価値しかないものよ。私はもう見たくない。」
きっと父は驚いたことだろう。私は父と同居が出来て憧れの高校生になって、大人しく過ごしていたから父は面食らっている。反抗期だと思われてもいい絶対に私の思いは譲れないわ。
父は暫く思い悩んでいた。私を見てくれない、目を逸らしてくるようになっている。私はそんな父を見るのはイヤだ、こうなると私さえも目を逸らしたくなる。でも、これも違うと感じた日から父を睨むように見つめだした。きっと怖い顔をしているだろう、可愛い母の笑顔にはほど遠い顔を作っているはず。
私は父とお話がしたかったから先ずは自分の事から話を進めた。最初から父を責めるような口火の切り方をすればきっと父は逃げると考えたからだ。城を攻めるには裏門から……という意味の熟語があったよような気もする。相手の注意を払っていない手薄な所……そうだ搦め手よ! 公務員とは常に自己弁護の考えに長けている者ばかりだものね、それを私自身を出汁に使って搦め手で攻めるのよ。
「お父さん。私、お母さんの顔してるかな。毎日鏡に映る自分の顔が見れないのよ。ねぇ、どうかな。」
「そうだよ、母さんにそっくりだよ。」
「うそ!」
「どうしてだい?」
「だってお父さんは私を見てくれないじゃないの、もう目を合わせてくれなくなってだいぶん過ぎたと思う。私はお父さんを見ているからハッキリと判るの。」
「この仏壇は亜衣音に相談もしないで父さんが勝手に決めたことだから、亜衣音には文句も言えない。これはきっと父さんは自分自身へ言い聞かせたかったんだと思う。」
ほら……私の搦め手に引っかかったわね、ムッフッフ~……いやこんなゲスの考えは違うわ。
ここ数日に亘って父は考えてくれていて、お仕事中にだって時には手を休めて考えたと思っている。お父さん、お仕事の邪魔をしてごめんなさい。
日曜日の朝になって父は仏壇に手を合わせた後だと思う、私に話しかけてきたんだよ。
「亜衣音、お仏壇の事だがね、いっぱい考えたよ。」
「ううん、自分勝手なことばかり言ってごめんなさい。もしお父さんにもお母さんが生きていて欲しいという願望があるなら、どうか私の思いを酌んで欲しい。」
「分ったよ、亜衣音の顔を見たいからこの仏壇はやはりお寺に返してくるよ。これは一人で行くから亜衣音は留守番していてくれ。」
「はい、お父さんありがとう。」
「お父さん。一つ尋ねたい事があるの。」
「ん? なんだい。」
父は優しい笑顔で私を見てくれる。
「うん、お父さんはどうしてこの新しい家に住まわなかったのかしら。」
「どうしてだろね、」
「思い上がりかもしれないのだけれども、新築は私の為にだよね。」
「勿論さ、そうさな~強いて言えば亜衣音と一緒に暮らしたくてさ、だから独り入居は怖かったんだよ。」
「ものあり物件だったのね、ひどい、私を幽霊退治にさせたかったんだ。」
「ご冗談を! こんな広い家では何が、いや、もの静かなものだから寂しくて入居も亜衣音を待つ事に決めていただけさ。」
「お父さんありがとう、愛してる。」
「そぉかぁ~、でへ、」
「バカ! 嫌い。」
「おいおい、どっちだよ。嫌われたら俺は出て行くぞ。」
「その時は私も付いていくからね、博多もいいな!」
「あんなクソ熱い人情の街はもう懲り懲りだよ。」
「じゃぁ、涼しい北海道の田舎ならいいんだ。熊も出るよ。」
「札幌には行ったからもう無いだろう。あるとしたら後は、爺さんを狂わせたあの長崎が最有力候補だろうな。」
お爺ちゃんは長崎の何に狂ったのだろうか、からすみに関する事は釣り以外はないよ。漬物? 違う気がする。
「何処ででもいい、必ず付いていく。」
「あぁ……、」
怒った時は最初の六秒間を我慢すれば怒りは頭から抜けるらしいが、一白水星の星に生まれた私は怒れば怒りをダムに満々と湛えていき、ダムが決壊するやいなや溜められた怒りはそれこそ怒濤の如く相手に押し寄せて飲み込むのだという。
「あ~言えてるな~……私の性格そのもよね。」
あぁ良かった私の蟠りが段々と消えるような気がしてきたんだ。心に余裕が出たのかな日頃の優しさが戻ってきたよね。牧場に居た時と同じ様に毎日クロに乗れたらこんな怒りは溜まらないで済ませる事ができただろうね、いや今回だけは無理だったかもしれない。
「反省……しなくちゃ。明日からは六秒間、六秒間だよ。」
その晩、私は久しぶりにクロの夢を見た、本当に久しぶりだった。私は父との新しい生活に胸を膨らませていたから、母の思い出の詰まった遺品に触れられて感無量だったのかもしれない。こんな中身の詰まった毎日を過ごしていたらクロが夢に出てこれる訳がない。クロごめんなさい。
「クロ……久しぶり。どうしたの?!」
*)ターニャ・智子・黒川
父と仏壇の件でぶつかる前にぶつかったのが、このターニャ・智子・黒川先生。
入学式で紹介された英語の先生だが、初日そうそうから授業に出ていなかったらしい。もともと私の英語の受け持ちではないのだから感心なんかは無かった。ソフィアさんにはまがいモノ講師? と勝手に酷いあだ名を付けたが当の本人も初日から以降は見てもいない。それで迷惑こいたのが杉田先生だ。
そのターニャ・智子・黒川先生が教鞭を、英語でマシンガントークをぶっぱす日が来たという。受け持ちは三年生なのだが、早口で英語を話すものだから生徒全員が閉口するというのだった。
英語のマシンガントークが不評を買い校長先生は直々に諭したというらしい。母の仏壇の件でふて腐れていた時に廊下でぶつかりそうになった。私が怖い顔をしていたのだろうか先生が真っ先に謝った。
いや先生の柔らかい胸に顔をぶつけておけばよかったかもね。ターニャ・智子・黒川先生はロシア国籍もあると言うロシアっ子で背も高い。
「きゃ!」
「わ!」
「ごめんなさ、私ったらぼーっとして歩いていました。」
「あ、いいえ、私こそ前を見ていませんでした、申し訳ありません。」
「ノー、ノー。気概十分、他者を押しのけて~歩いていま~す。」
気概十分ってなによ、私は大型ダンプカーではないからね。
私はこのターニャ・智子・黒川さんも、まがいモノ講師だと考えたのだ。急に半和製英語の片言のような響きの発音、最初に出たすらりとした日本語が本当の言葉だと思えた。
「私。この次は噛みつくかもしれません、先生?」
「ん~、学年が違いま~す、それは出来ませんです。」
「それは良かったです先生。」
「亜衣音さん、前を見て歩きなさい。」
(名前? だったら私の状態を確認してぶつかって来たのね。)
「どうかしなしたか?」
「先生のお国はどちらでしょうか、言葉が少し変です。」
「ロシアで~す。今は東京で~す。どうしたのですか?」
「先生も変です。失礼いたします。」
「……。」
まがいモノ講師は私の後ろ姿を見送っているように感じた。予定も無かった階段の方へ曲がりそして降りていった。心持ち急いでその場を離れたかったのだ。その日はそれで終わって以降は無視あるのみ。直ぐに居なくなったようで取り立てて理由は詮索していなかった。
1968年5月16日(昭和43年)東京都
十勝沖地震発生が発生したのだ、北海道の郷の厩舎が壊れて馬は驚き霧散したという知らせが届いた。麻美お義母様から連絡がきて、やむにやまれずのどうも困った事が起きたらしくて詳しくは電報の文字数からはくみ取れない。
普通、遠くにいる娘に家の事情を連絡することはないのだが、逆に娘から心配されても『何も無いよ』と言うに決まっている。
お父さんは電話をしていたのだが電話線が切れているらしいと諦めていて、最悪でも明さんが連絡を寄越すだろうからと二人とも軽く考えていた。
ようやく十勝沖地震もこと詳細に語られるようになってきていた頃だが私が見てた今の番組は、奇異ハンターだった。
そもそもが地方で起きた事件や事故はこの東京で放送に上る事は少ないのだ。東京で起きた事件は小さな事でも全国放送になるのにね、逆は少ない。
そうそう、番組開始の頃のことで『俺は博多でさ、主演のx*真一には会った事がある。』のだと言った。私が一言『この俳優さんはいいね!』と言ったから。それから地元だとも聞いた。それでこの番組を見るようになったんだ。カッコイイ俳優さんで私も好きだったから。
*)クロの死
地震から二日後に電話連絡が入って自宅の電話線も切れていたとも聞いた。驚いた事は、厩舎が壊れて驚いた馬を集めて回っていたという事だ。町役場の公衆電話の利用出来る順番が回って来たのだろうか。でも麻美母さんは亜衣音を心配させまいと、嘘をついていたのだ。それから数日考えて答えを出した。
麻美お義母様は私が心配しないよう、上手に話し方を組んで連絡してきた。馬が逃げて集めるのに苦労したのは本当だろうが、馬が牧場から遠くまで逃げる事はないのだとかなり後になって気がついた。この時は「あ~そうなんだ、馬が逃げて大変なんだ」位に捉えていた私も馬鹿だった。
麻美お義母様から二通目の電報が届いたのは地震から五日目だった。
二十一時半頃だろうか、
「白川さん~電報ですよ~。」
「は~い今行きま~す、」
私は深く考えもしないで夜間配達の電報を受け取った。
「シラカワ…アイネさんですね!」
「はい、私です。」
「トマコマイからです。」
「えぇ、ありがとうございます。」
私宛の麻美お義母様からで急ぎ封を切った。其処には……、
「アイネ、ゴメン。クロガシンダ。」
「え!……そんな、クロが…死んだなんて、……うそだ!」
父は居間でテレビを見ていて私はいきなり父の背中に抱きついて泣き出した。
「お父さん。クロが、クロが……死んだ~お父さ~ん、どうしよ……、」
「それ、本当か。」
「うん、これ麻美ママから届いた電報よ。」
父は黙って電報を手にしていて暫く無言が続いる。それでも私はシクシクと泣き続けていた。
「お父さん……。」
「あぁ、これはとても悲しいな亜衣音。」
「うん、つい先日はクロが夢に出てきたのよ、それで、それでとても嬉しくて嬉しくてね……。」
後は言葉に詰まりまたシクシクと泣き出した。麻美お義母様はきっと電話で伝えるのをやめたのだろうか。
「亜衣音、行きたいか。」
「うん、明日の朝一番ででも行きたい。」
「だがな学校も大事だ、夏休みまで待ってはくれないか。多分だがクロはもう葬儀も終えて埋葬されているだろうし、地震からはだいぶ経っている。」
「うん、でも……行きたい。夏休みはまだ二ヶ月も先なんだよ。」
「なに夏休みはすぐに来るさ、それに休みになれば一人ででもお送り出してやるよ。そうだ、爺さんも付けてやれるぞ。」
「お父さん。もう……べ~だ!」
「空元気が出たか!」
それから私は泣きたいのを我慢して電報を握りしめた。自室へ戻って着替えを持ってお風呂へ入ったのは涙を流したかったからで、その夜は二回目の母のネグリジェを着て泣いて寝ていたとか。
数日後に父が話してくれたのだ、世にも奇妙な物語としてである。それは私が泣きながら眠っていたのだという。父が声を掛けても私は返事をしなかった。だから私の肩を揺らして起こそうとしたが、頑なに起きなかったというのだった。父は笑って言うのだが私は、
「笑えないよ、……もう、お父さんのバカ!」
と言ったが、私は既に笑顔が出来るようになっていたために、再度父から笑われることに繋がった。父の件はこれで良いのだが、事クラスとなると私は終始無言か小声で泣いているかの二択だったという。暫くの間の昼食は菓子パンを二個しか持ってきてはいなかった、それは御弁当なんて作れるはずがないのだから。朝夕の食事は簡単で夜はスーパーの御弁当だったし、朝は食パンとインスタントのスープで済ませていたんだ。
そりゃ~親友たちも大変な面持ちだと後で考えたら、財布からお小遣いを出す羽目に陥っていた。
「うんうん亜衣音ちゃんの泣きたいのは分る、分るが腹も泣いている。」
「え~やだ!」
「亜衣音さん、こうやってお慰めいたしております。今日も喫茶店で駄弁りますわよ。」
「もう勘弁してよ~、私はお小遣いを持たせて貰えないのだからね。」
「では亜衣音さんのお財布のお札はなによ、私なんかいつも十円玉だけだから!」
「これは主婦のお金。生活費なのよ、だから使い込み禁止ね!?」
「上手い逃げ口上だ事!」
「アハハハ……。バレた!」
大口で笑う私を見て教室に入って来た杉田先生は、
「おう、元気になったな白川。昼の弁当もその口では一飲みだろう!」
「ぎゃ先生!……きり~つ、礼、着せ~き。」
「では教科書の問題から始める……。」
私の成績は仏壇の件とクロの死によって急降下してしまった。私の一学期の通知表見た父はきっと後悔したに違いない。
え~~ウソ! そうなの? 私の成績は予想していただなんて……なんてずるいお父さんなのかいら!




