第188部 帰宅が……出来ない?
*)混乱する私は……
人狼はお酒に強いらしい。これ程実感出来た日は無いくらいに酔い潰れる。飲み干したビンをテーブルに転がして受話器に向かう。
「ごめんなさい。もう一つお願いよ。マイケルが飲み過ぎるのよね。」
そこには居ない夫のマイケルの名前を出してブランデーの追加を頼む。一人でひとビンを空けるのは流石に飲み過ぎだろうが、気分は身体は更にアルコールを要求していた。
酔ったようには分らないように、注意しながらひと言ひと言を電話に向かって発音した、聞く方はないがしろにして。だから届いたルームサービスは同じ昼食が運ばれてきて、これに対して文句は言えない。
「コンコンコン。」
「はい、そこに置いていいわよ。今ね、下着姿だから出られないわ。」
「?……はい、ではここで失礼させて頂きます。」
ここは焦らずにゆっくりとドアを開けて廊下を見渡す。それから誰も居ないのを確認して、ブラパン姿でワゴンを取り込んだ。
身体はアルコールで火照るので、いつしか服は脱ぎ捨てていた。気が荒む……そんな感じかな。
私が、大地とひかるの子が死んだからって同情する必要はないのよ、でもねどうしてかしら、私の気持ちが落ち着かないでソワソワしているのよね。
「大地……きっと泣いているわよね。私には大地を慰めることすら出来ないなんて、なんというバツを神様は私に負わせるのよね。」
一方のラウンジでは、
「マイケル様、可笑しいですよ、戻りましょうよ。」
「いや、もう少し待とうか。」
「もうそればっかし、私は直ぐにでも戻るべきだと箴言いたします。」
この二人の押し問答に応えるようにして泣き出す子供たちった。
「うんぎゃ~うんぎゃ~おんぎゃ~おんぎゃ~……。」
「ほら、マイケル様、催促ですよ。」
「うんぎゃ~うんぎゃ~おんぎゃ~おんぎゃ~……。」
「これは大変な事になっている予感がしてきたよ、どうしよう。」
「どうしようって、ご主人様がもたもたしているのが悪いのですよ。ほら急いで戻りますわよ。」
「うんぎゃ~うんぎゃ~おんぎゃ~おんぎゃ~……。」
「うんぎゃ~うんぎゃ~おんぎゃ~おんぎゃ~……。」
「ビェ~……、」
「お父さんが泣いてどうしますか! ウェ~ン……。」
「ソフィアだって、泣くなよ。」
「うんぎゃ~うんぎゃ~おんぎゃ~おんぎゃ~……。」
「うんぎゃ~うんぎゃ~おんぎゃ~おんぎゃ~……。」
四人とも泣きながら戻って来た時は、私なんかはもう顔はグチャグチャにして目は真っ赤、ブラの上にはお酒や食べ物のシミを沢山付けて泣いていた。
酔い潰れた処に四人が帰ってきて驚く。当たり前だよ批難されても何も言えないよ。
「ゥワォ~……ありす、どうした!」
「マイゲル~……ウェ~ン……、」
「おう、も俺が帰ってきたからさ、もう泣きやめ。二人も心配して泣きやまない
よな。どうだ、一緒にシャワーを浴びないか!」
「グスン、ソフィア……一緒に来て、そうするわ。」
「おいおい、俺が……、」
「男は嫌い、ソフィア、お願い。」
「はい奥さま、これ程泣かれたのは初めてですね。」
「バカ言いなさいよ、初めて泣くのですよ。」
「え~そうでしたかね~……いつぞやは旦那さまが帰らないからと、ベッドで泣いてあったのは、つい最近でしたよね。」
「う~るさい、黙れ、へっぽこメイドのスタンコナス!」
「うっへ~、さ、下着を脱いで、旦那さま、回れ右!」
「はい~、」
「私も脱ぐのですからね、見てはダメでしょう。」
「マイケルさま、お二人もお風呂に入れます。だから連れて来て下さい。そうすれば奥さまは泣き止まれますよ。」
「お、いいのか!」
「後で三発! 覚悟して下さい。」
「いいぜよ五発でも。」
「さ、亜衣音さま、お風呂に入りましょうか。」
マイケルは目隠しをされてお風呂場に立たされる。それも二人を抱いたままであった。二人を預かるソフィア……顔が紅いわね。
「マイケル、さぁ出て行きなさいよね。」
「う~残念。目隠しは卑怯なり!」
「パコ~ン!」
マイケルは洗面器で叩かれてやんの、ちょっと私の男になにしているのよ、ソフィアさん!
泥酔にお風呂は良くない。でも、ここはソフィアに任せることにした私。ソフィアがバスタブに入って子供たちを洗ってくれている。で、私は洗い場でシャワーを浴びるだけだった。
「こら~私のオッパイで遊ばないのよ、気が散るから止めて頂戴。」
ソフィアが二人に乳房を揉まれている。ただ単に押しているのだけれども、 これつて暗にお乳の催促だよね。何時もはソフィアが乳を含ませても泣くのだと言う報告だったよね、ソフィアさん。
「え、あ、これって、私、お二人に認知された、こと、ではないでしょうか。」
辿々しい発音のソフィア、嬉しいのだろうか。
「あ~い、う、きゃ、きゃ・・。」x2
「そうらしいわね、もう私のお乳は要らないのかしらね。」
「違いますよ、今は奥さまが飲み過ぎてあるからですよ。」
「ソフィア……あんた、お乳が出るの?」
「はい、どうしてでしょうか。最近は出るようになりました。この前、
揉まれ~~~てからですね。」
「誰が相手でしたのかしら、いい男でしたか?」
「はい、それはも~沢山お金を頂きまして、何処かの社長さんだったかと。」
「んもう~この子は。日本に着いて直ぐに日本文化を学習していたとは、驚きですね。」
「あれって……そうなんですか、何でもパパ活だと言われました。」
「இஇஇ……。」
「あ~い、う、きゃ、きゃ・・。」x2
バスタブで赤ん坊の二人を洗えるはずはありませんわ、奥さま!!
ま、それもそうだよね、一番悪いのはこの私だから、お風呂なんて序でだものね。お風呂からは私がスッポンポンになって、ディスマスとリサをマイケルに渡した。それから温まった身体がアルコールを脳天にぶち込んでくれて、そのまま私はベッドに倒れ込んだ。
「う~子供を二人抱いているから、据え膳かよ~!!」
「はいはい、今交代いたしますね、ですが奥さまに手を出したらダメです!」
「シュン!」
「良かったですね、奥さまがお休みになられまして。」
「そうだな、一時は何事かと心配してって、いったい何が原因だったのかい?」
「さぁ……私にも分りませんが、いかがいたしましょうか。」
「明日だね、こいつの為に夜食を用意してくれないだろうか。起きるのは夜中を回ったくらいだろうな。」
「はい、軽食、住職、天職……どれに致しますか。」
「非常食でいい。缶詰だな。」
「う~むごすぎではありませんか、それでよろしければ用意いたします。」
その晩、私は缶詰を前にして缶切りが無いので苛立って、マイケルのお尻を蹴飛ばす。
「ケッ、こいつは起きないつもりかい、コンニャロめ!」
何の事は無かった。缶詰の裏側には手で開けられる……パッカン!! この年代には無かったと思うが、どうだろうか。ひとえに缶詰の消費が落ちてきた苦肉のアイデアであっただろうに、その後も消費は落ちていく。
私の行くスーパーにはサバ缶が極僅かに在庫されていた。買うのは俺くらいか”という程だが、とある事でサバ缶がブレイクした。その後は大量に並んでいるが、昔に比べて小さい、骨が硬い、美味くない、肉も硬い、サバは小さい、まだ書いても許されるならば……もう買わなくてもいいかな。
残したブランデーはマイケルが空けたようだ、空である。自分が二本目を全部飲んだ覚えはないし。
「お酒、飲みたいな。夜中で悪いけれどもルームサービスを頼むかな。」
と、受話器に手を伸ばしたら紙切れが一枚、ソフィアの字であった。
「ソフィア……ありがとう。冷蔵庫にたんまりと食べ物が在るあるアル? いや既に遅しとはこのことか、この~マイケルめ~私の食い物も食らいやがって後で見ていろ、いや、今に見ていろ、直ぐに見ろ!」
「ボッカ~ン……!」
「ウヒャ……?」
「あ、起こしたわね、ごめんなさい。」
「俺の尻を蹴飛ばして……腹減ったんだね。今出してやるから。」
「うん、お願いよ、お酒も飲むから付き合って。」
「いいぜ、」
と言いながらマイケルは納戸を開ける。そこにはお酒と乾物と燻製やらが大量に貯蔵されていた。だったらソフィアもそう書けばいいのに……?
「ありす、ソフィアのメモは読まなかったのかな。」
「読んだわよ、でも冷蔵庫には何も無かったわよ。」
「それな~乾物は冷蔵すると固くなるから納戸に仕舞っていると、書いてある だろうが、あは~ん、さては読みもしなかったな?」
「よ、読んだわよ、それでマイケルを起こしたまでよ、飲むでしょう?」
とても苦しいいい訳になったがマイケルは優しいので無視してくれた。と言うか、眠たくて無視していただけでブランデーの一口で寝てしまったな。
「フン、なにさ、バ~カ!」
私は窓辺に椅子を持っていき夜景を見ながら、これからどうしようかと思いを馳せる。見えている処には自宅は無いのだけれども、そこに在るような気がしてならなかった。もうイライラとした感情は出ては来ないのだが、大地や両親、それにホロお婆さまやカムイコロさんを思い出す。それから、澪お姉さんや明子さんに桜子お婆さま、一番は妹たちの事かな。
「う~……早く会いたい。今からタクシー飛ばして行ってみたいな。」
「ありす、眠れないだろう……お出で!」
「うん、マイケル。眠らせてくれるかな。」
「いいよ、優しくな!」
「うん、マイケル。嬉しい……。」
今宵は新月、人狼にとっては一番精神力が弱まる日に当る。気分が萎える夜だった。私の気持ちが落ち込んでいたのも、きっと新月の所為だわ。
1972年9月8日 東京
*)自宅訪問……でも……
すっかりと甘ちゃんになってしまった私、昨日までのツンとして尖った私とはおさらばしたよ。ホテルのカウンターの人には鍵の受け渡しをしても皮肉さえも口に出てはこなくなった。
「少し外出するわね。」
「……はい、鍵はお預かりいたします。ごゆるりと、行ってらっしゃいませ。」
「ありがとう、」
これだけである。あのぼったくりボーイさんは戦々恐々としているのが良く見えていたが、私として気にも留めなかった。何時ものようにマイケルには長男のディスマスを抱かせて私はリサを抱いている。と言うことは、ソフィアはまた荷物持ちだよね。
「あ~い、う、きゃ、きゃ・・。」
「どうぞ、ご安全に!」
「あ~い、う、きゃ、きゃ・・。」x2
この子らはボーイさんに何と言いたかったのだろうか。愛想良く笑っていたな。
「マイケル。」
「いいよ、タクシ-で近所に行くだけでいいのだよな?」
「うん、怖いからそれだけでいいわ。でも家の前を通るのもありかな。」
「分った、で、住所は何と言うんだい。」
「え~~~~と、何だっけかな。」
「おい~……、」
「今思い出すわよ、烏丸通りの……違った。烏山三丁目だったわ。」
「よし、覚えた。俺が指示を出すよ。」
「うん、寺町通りを真っ直ぐかしら。」
そう言ったら私の脳裏に裏山の公園とか近所の情景が浮かんでは消えた。そう思いだそうとしたら必ず大地の顔も思い出すのだから、頭を振って邪念を追い出したかった。もう大地の事はとっくに振り切ったと思っていたのにな、今更思いだすなんてやはり未練が残っているのかしら、大地……。
タクシーに乗りマイケルが行き先を告げた。それに私が補足というか希望をも付け加える。
「あの~世田谷の馬事公苑経由で、千歳烏山駅も経由でお願いします。」
「はい、承知致しました。」
随分と遠回りのはずだけれども、少しだけ昔を思い出したかったんだよ。それにクロと雷神にもひと目会いたいと考えたが、きっと地方遠征に行っているよね。
「クロ、会いたいな。」
「何なら寄ってもいいのだよ、急ぐ事も無いだろうし。」
「うん、クロ、居なかったら寂しいからいいわよ。今日は我慢します。」
刻一刻と自宅に近づいているのだと思うと、心はざわめき落ち着かない。この私の気持ちがリサに通じるらしくて、ぐぜりだすのだった。むずがると言うのか。
北海道生まれの道産子が、ぐぜるとは言わないよね、可笑しいな。
「あ~ぁ、はんかくさい!」
西に向かう道路を走るタクシー、私が辛気くさい顔をしている所為か運転手さんは話しかけてこないようだ。訳ありの家族に見えているだろうか。
「おんぎゃ~うんぎゃ~うんぎゃ~おんぎゃ~……。」x2
「あ~ごめんなさい、そんなつもりではないのよ、泣かないでくれたらお母さんは嬉しいのだけれども、リサ、それにディスマスも。」
「うんぎゃ~おんぎゃ~うんぎゃ~おんぎゃ~……。」x2
「運転手さん、この子を泣かせてすみません。」
「いいですよ、赤ん坊は泣いて運動しているのですからね。」
「あ、そうですね、いつもは手足をばたつかせる事しか出来ませんよね。」
マイケルも私と同じようにディスマスをあやすのだが、思いっきりディスマスの頭をタクシーの天井にぶつけていて、私からはマイケルがぶたれるという始末。これを笑うソフィアの声で二人の機嫌が直ったようだ。
「マイケル。赤ん坊の旋毛はまだ柔らかいから、ぶつけたり、団扇で煽ったりしたらいけないんだよ。」
「ディスマス、痛かったか、すまん。」
夏、赤ん坊が暑いだろうと考えて扇風機を当てたりすると死んでしまうらしいのよね。頭頂部が固まればいいのだけれども、それまでは大切にしなくてはならいと聞いた。あの杉田先生から聞いたのだったかな。あのへっぽこ創先生は生きているかな、私の事を覚えているのかな。
「奥さん、私の運転が悪かったんですよ、旦那さんの所為ではありません、ご子息に大変失礼いたしました。」
「なんだ、あんたの所為か、注意しろよ!」
「バッコ~ン!」
「いて~な、なんで叩く。」
「マイケル。運転手さんはあんたを庇ってくれたのよ、少しは気を遣いなさい、ドジのマイケル。」
「あ、そうなんか、日本には長く居なかったから分らん。」
タクシーの運転手さんもピンキリで、頭脳優秀なのになんでタクシーに乗るのか理解出来ない人もいる。ま~自分のことを顧みたら他人の事は言えないよね。
「お里帰りなのでしょうか?」
「え、ま、そういう処ですが、家を飛び出してきたんで、家に帰れる度胸が出なくて、それにコブが三つもついたら追い出されてしまうのかなと、少し怖いのですよ。」
「なに、親なんてバカですから孫の顔を見たら泣いて喜びますよ。私が保証してもいいです。」
「ぜひ補償をお願いします。」
保証が補償に変化している。
「お客さん……言葉のあやですよ。」
「ウフフフ……すみません、理解していますから、ご心配無く。」
下町育ちっぽい男の運転手さん、何だか親しみが湧いてきた。それから私の辛気くさい顔が治るように、面白く話して貰った。
「馬事公苑から農大通りに行って下さい。」
「はい、この辺りは学校が在りますから、昔と少しも変わりませんよ。」
農大の鉄格子が左手に見えていて確かに代わり映えはない。直ぐに私が通っていた第一高校のグラウンドが見えてきた。農大のグラウンドも横並びであるからここだけは開けた感じがする。
気を利かせてくれる運転手さん、ゆっくりと車を進めてくれている。
「うん、とても懐かしい……。」
「良かったですね、奥さま。」
「うん、ありがとう、ソフィア。」
懐かしい風景に想い出を重ねる。この道を馬術部の部員と横に並んで歩いて車の往来を邪魔していたんだな、と。私の横にはいつも大地と藍ちゃんが居てくれて、あの時分がとても幸せだったのだと、改めて思い出された。
「どうした、ありす。」
「うん……思い出したわよ。」
「そうか、俺は邪魔したかな。」
「うん、……降りて!」
「ウキョ~……おい、それは無いだろう。」
「奥さま、少し歩かれたらいかがでしょうか? 私がディスマスくんを抱いてお付き合いしますから。」
「お、ソフィア……良いこと言うね~。どうだい、ありす。」
「うん、そうしたい。マイケルは自宅の前を通って家を確認してきてくれるかな。なんなら降りて偵察をお願い。」
「そうだね、昨日の麻美さんだったか、見付からないように遠くからでいいかな。」
「うん、いいわよ。裏山が公園になっているからそこからでも見えるよ。」
「お客さん……烏山三丁目の公園ですかね。」
「あ、そうです、そこまで行ってこの人をお願いします。」
「はい、ではここでよろしいでしょうか?」
ソフィアが最初に降りてディスマスをマイケルから抱き上げる。大きな図体のマイケルはディスマスを抱いたまま降りる事は無理かもしれない。良く気が利くソフィアだった。私はリサを抱いたままで、お尻を左にずらしながら座席を移動して道路に降り立つ。スマートだから大丈夫なんだよ?
「マイケル。お願いしました。」
マイケルは笑って目で合図してタクシーに乗って行ってしまった。




