第182部 予期せぬ早めの出産
1972年8月9日 ラフィーナ
*)予期せぬ早めの出産
次の満月はあと二週間という処で私に陣痛が襲ってきた。悪阻だってなんて事なくやり過ごして来たのに、この陣痛はなんなのよ、二人で先を争っている場合じゃないわよ……う~~痛い!
ちょっと、予定日が間違ってました、なんて言わないわよね。問い詰めたい処だがそんな余裕はない。
それは……お腹の子の反乱から起きたこと。
お昼を食べてからお腹を蹴られるのは久しぶりだった。何度も蹴るから吐き気が酷いのよ。その度にマイケルが声を掛けてくれて背中をさすってくれる。こんな優しさだけではこの苦しみは無くならない。
「う~マイケル。子供が私を苛めるのよ~どうかして!」
「どうにか出来るのならば、ようし……言ってやろうじゃんか。」
「言う事を聞くとは思わないわよ、バカだな~。」
「我、親父が命じる。お前ら……母を大事に労れ!」
「うん、ありがとう……。」
「ほらな、静かになっただろう?」
「うぇ~~……っ!」
「ありす、しっかりしろ、俺が付いている。」
「うぎゃ~…うぇ~~…うぎゃ~……、もうダメ、呼んで来て。」
「お、おう我慢しておけ~、」
「桶~~~、」
「ここにも予備で置いておく。」
「O~K~……、」
魔力を子らに吸われて体力も落ちていたが、度重なる看護婦さんに沢山食事を押し込まれたから、幾分かは持ち直していた。あと半月と私も油断していたから悪いのだが、これが……もしかしたら……陣痛なの? 体力は持つだろうか。
「おい連れて来たが、婆さんを押しつけられた。」
「あたしゃ、産婆さんだよ、産を付けておくれ。」
「すまん、知らないから早く教えて貰いたかったとよ。」
「マイケル。何を言って……おぇ~~~、」
「どれどれ見てみようかの……お主は出て行け、嫁の***は見らんでいい。」
「え? あ、はいはい。済んだら呼んでくれ。」
「もう入って来るな!」
「そんな~……。」
マイケルは部屋から追い出されて、それから直ぐに看護婦さんが洗面器を持ってやってきた。
「遅い!」
「ひゃい、すみません、遅くなりました。」
「痛がっておるだろうが、早く手を消毒して産道を触ってみるか。……、……、……まだじゃな。」
「お婆ちゃん、まだって、何時になれば開くのですか。」
「ま~あと……五~六時間後じゃろ。旦那を入れてやろうかの。」
「はい、腰揉みさせたいです。」
「お母さん、夫は呼びに行かせました。まだ余裕で間に合いますよね。」
「あぁ勿論じゃて。晩飯は用意しておけよ。」
「はい、力の付くマムシ料理とかですね。」
「うぎゃ~私は食べられません。」
「お主ではない、この俺さまの分じゃ。今宵は長~~~~~~くなろうて。」
「うぇ~……長いのは蛇だけで充分です。うげぇ~~~。」
「ほれ、外の男を入れてやれ。」
「はい、ただいま、」
喜んで入ってきたマイケル。この産婆さんの正体は医院長のお母様だというから驚きだ。ならばお爺さまは? と訊きたい気もするがやめておこうか。
「なんだ、産まれていないのか!」
「犬猫じゃないわい、直ぐに産まれたらおかしいじゃろ。」
「はい、すみません。」
「う~……マイケル。腰を揉んで下さい、胸ではないからね。」
「おうおう、腰でも足でも揉んでやるよ、胸も大きくて疲れるだろう。」
「蹴飛ばすわよ、いいかしら!」
「ぎゅわ~……。」
そう言われてみると乳輪も大きくなって、お乳も出てくるようになっている。麻美お義母さんもだけど、私も妊娠してなくてもお乳が出ていたな。これは貴重な子孫を残す為の神様のいたずらかしら。巫女が将来に亘って産む子供は一人と決まっている。これでは巫女の人口は増えない。だから希に二人の姉妹が産まれるのだと聞いている。私もマイケルの子を二人も産める幸せをかみしめる。
「おいありす、痛いか、涙が流れているぞ。」
「うん、ありがとう、嬉しい。」
「?……。」
「今がお昼を過ぎた位だから、あと五時間だったら夕方になるのですね。」
「まぁそうだろうな、だがよ、そうは問屋が卸すわけがない。夜に産まれる事が多いからにゃ、わ~はっは……。」
この部屋は東西に窓が造られている。エーゲ海からの眩しい朝日に、小高い山に沈む夕陽も綺麗なんだよ。特に樹木に隠れる時の夕陽が好き! 木々がざわめいている時は幾筋もの夕陽が線となってこの部屋を照らしてくれる。これも堕天使さまの思し召しだろうか。
「マイケル、二人目の名前を決めたわ、リサ……どうかしら。」
「うん、ステキだよ。ありす、とリサか。ありすはカタカナに出来ないかな。」
「う~ん、紙に書いてよ。カタカナでだよ。」
「あいよ、……アリス……リサ……、少し似ているな。」
「そうね、私の妹たちもよく似た名前なんだよ。問題は、」
「そうだね……アリスを長女がいいかな。名前を考えた順でいいだろう。」
「うん……うげぇ~~~。」
「O~K~だよ……、」
「うげぇ~~~うげぇ~~~。」
エーゲ海からの朝日がとても綺麗だったから、真珠の意味のリサと決めた。夕陽だったらディスマスだけれども、これは男の子の名前だから却下。
ここまで来たら、何処が痛いのか吐き気がするのか、いっちょん分らん! お腹では相変わらずにどちらが先にでるのか、姉妹で喧嘩しているようだわ。兎に角足蹴りが痛い。それに肘でも使っているのか、中腹でも痛みが出て来た。
「おい、産婆さん……。」
「仕方ない、ほれ出て行け。」
「よろしくな。」
「この道五十年、まかせんしゃい。」
「う~マイケル……。」
「また後でな、」
「うん、」
私はマイケルが名前を書いてくれた紙切れを握り締めて陣痛に耐える、耐える耐える……。
「ほれ、まだまだ先じゃのう~。ほんのちょびっと開いてきおったわい。」
「そうですか~……看護婦さん、そこの黒いカバンを持って来て下さい。」
「はい、これ……ですね。」
「そうです、チャックを開けて下さいな。……うん、ありがとう。」
そうして私は双子の妹たちの写真を取り出した。一枚は確か誰かに渡したから私の妹たちと澪お姉さまの双子ちゃんだけになっている。取り出して眺める。そう言えばマイケルにも見せていなかったのを思い出した。盗み見する性格ではないから、あとで見せてあげよう。
「うん、とても可愛いいな。この子たちも私みたいにしてお腹から出て来たんだよね、可愛いいな~。」
「ほほう……双子とは珍しいわな。」
「私だって双子ですよ。珍しくはありません。」
「もしかして、双子の家系なのかいな。」
「いえ、お婆さまの時からですね。それまでは一人とか二人の姉妹だったそうですが、急に双子とかおかしいですか。」
「じゃろな、天変地異でも起きなければよいが。」
「そう言えばここギリシアでも地震が多いのですよね。」
「そうじゃの、多いのう。だがお前さんほどは無いな。」
「私、地震のナマズではありません。」
「どれ、お腹のマッサージをしてやろうか。子らも気持ち良くなるじゃろ。」
「はい、お願いします。」
「おうおうおう……これは痛いだろう。どれ俺が大人しくさせてやろうか。」
「出来るのですか?」
「いや、無理じゃな、ワッハッハ~、」
「べ~だ!」
家族全員の写真をこれ程見たいと思ったことは無かった。家に帰りたい、帰ってお母さんに甘えたい……そんな気分になっていた。
「これがホームシックなんだな。何時になれば帰れるのかな。」
「なに、子育ては忙しいから直ぐに時間は過ぎるよ。俺の時は姉妹で大変だったのは予想が付くじゃろ?」
「はい、医院長さんに婦長さん。共に我がとても強そうですから。」
「小娘……良く言うよな。」
「すみませんです。」
「ここは俺の家じゃったが娘婿が勝手に改造しおった。それがこれじゃよ。アングラの為に造ったらしいが、とんだ金の亡者じゃよ。俺を追い出した報いがその内訪れるじゃろ。」
「それで表の警備ですか、なんだ、私の為じゃなかったんだね。」
「そうだろとは思うが、お主もそんな費用をせびられて大変じゃの~。」
「え~そんな、損です。払った代金は返してもらいたいですよ。」
「俺は金なんか無いぞ。殆どが酒代に消えておるわい。」
「うそ……。」
「フン、小娘が、」
「はい、何も言いませんが、ここは壊れる予感がいたしますよ。」
この産婆さん、私のお腹だけではなくて、脇腹やお尻、腰までも触っている。これがどういう意味なのかが分らないが、揉んでくれているのは気持ちが良くて心も安まる。本当に凄い産婆さんだったりするのかな。身体の緊張や張りをほぐしているのかな。
「あんた……こんなに沢山の傷……さぞや辛かったであろう。見ていて悲しくなってしもた。」
「はい、何度も入退院を繰り返してきました。今度はいい意味での入院ですので不安は大きいのですが、夫が出来ましたので安心しています。」
「俺もお主を守ってやるよ、安心して産んでくれ。」
「腹切れとは言わないのですか?」
「これ以上身体に傷を入れてどうする。」
「はい、もう嫌です、切開はいたしませんが、どうしてもという診断が出たら従います。」
「この俺がさせんからな、安心して産めよ。」
「切り裂きジャックとか、異名はないですよね。帝王切開、」
「フン、バカがする邪道じゃわい。だから息子は好かん!」
「ウフフフ……可笑しいです。」
お腹をせわしなく摩って頂いて子供も嬉しいのか、本当に大人しくなっていた。
「お婆ちゃん、子供が静かになりました。」
「そうじゃろ……そうじゃの、順番が決まったのかの。」
「そうだったら嬉しいです。産まれる前から喧嘩とか洒落になりません。」
「う……ワッハッハ~、それは言えて妙じゃの~ワッハッハ~、」
「おいありす……、」
「はい、何でもありませんよ、マイケル。」
「そ、そうか、良かったぞ。」
「お母さん、そろそろ移動しませんか?」
「じゃの、ほれ、抱えて運べ。」
「あ、はい、俺だよな。」
「他に誰が居る、女には無理じゃろて。」
「はい、喜んで~~!」
いよいよ私の出産が近づいてきた。どうなるかな、生きているかな。「分娩室。」という意味は? 正期産だったらいいな。(早産に対して正期産)
お産が重いとは、主に人間を差した言葉だが犬猫のような安産ではない。有無の苦しみという言葉が物語っている。
「アリス、リサ、無事に産まれてきてね。」
「あぁ勿論さ、俺も付いている。」
「役立たず……さんはお酒飲んで待ってなさい。」
「そんな事が出来るものか。無事に終わるまで横に居るよ。」
「え”……そんなことが出来るの?」
「ここは日本ではないよ、ヨーロッパでは夫が横にいて一緒に陣痛を分け合うのだよ。」
「嬉しい、それならば私、安心して失神できちゃう。」
「おいおい、寝たら産めないよ。器用だな~。」
「そうね、」
「こら! むさ苦しい男は外じゃ、いいな。」
「婆さん、俺も横に付かせてくれよ、なぁ~。」
「フン、俺は嫌いじゃ。運んだらさっさと出て行け!」
「医院長に頼んでもダメでしょうか。」
「そうじゃの~、ドアを少し開けておくからそこから覗いておけ、充分じゃ。」
「俺は出歯亀ではないぞ。」
「出しゃばりで、出っ歯で、それにまだ言うて貰いたいか。」
「いや、もういい。生憎と俺には亀という名前は付いていない。」
「亀みたいに首を伸ばしておけば、立派な出歯亀じゃよ。」
「ひで~な~、」
「クスクス……可笑しい。思わず笑っちゃったよ。」
「お、元気じゃな、良かった良かったぞい。」
「マイケル、一つ心配なことがあるの。聞いてくれるかな。」
「いいよ、なんだい。」
「この建物……幾らくらいかな。」
「そりゃ~家はボロだから安いだろうが、設備は普通……高いかな。」
「弁償出来るかな、お腹の子が出て来て壊してしまったどうしよ~ね~マイケル幾ら持っているのよ。」
「そりゃ~家の代金で使ったからあまり無いよ。稼いでいる途中さ。」
「マイケル、あのね私の計画を聞いてくれないかな。」
「いいぜ、名案かい?」
「それはね………………………………・・・だよ。」
「分った、直ぐに行動に移す。」
「うん、お願い。もう近いと思う。」
「そうだね、十分間隔くらいか。」
「もう破水だから安心していいよ。」
「二時間で戻ってくる。」
「いってらっしゃい。」
マイケルは嬉しそうにして出て行く。これが所謂子供みたいな表情なんだよ。今から騒いでいたずらしちゃうぞ、という表情よね、可愛いのだから。
「あ、また妹たちの写真を見せるのを忘れたわ。」
いよいよ私の、女の戦いが始まる。相手は二人……う~ん、苦しいだろうな。努責……それは努力と責任? 分らないよ。
「お母さん、また妊婦に魔法を使いましたね?」
「なんじゃい、ただのお手伝いじゃて文句あっか!」
「いえ、ございません。短期集中が出来て助かります。もう夫も着きます。」




