第179部 夫婦で愚痴……?
1972年7月17日 ラフィーナ
*)ノルウェーの塩鯖
一月からあっと言う間にもう七月になった。これってどうなのよ。
「おい亜衣音……大丈夫か!」
「はい、大丈夫よ、驚かせてごめんなさい。マイケル、今晩は注意を聞いて帰ってもいいのよ、また明日来てよね。」
「チューしてから帰る。」
「うん、いいわ。」
「あぁナースステーションで色々と聞いて帰る。お休み私のありす。」
「明日は早く来て頂戴よ、独りは寂しいのよ。」
「はい、喜んで~……。早く腹切っちまえ!」
「ヤダ!」
真夜中になった。
「コンコン……あら、やっぱり起きていたわね。」
その後マイケルは色々と説教もされたらしい。だって夜の回診で看護婦さんが面白そうにそんな事を話してくれたんだよ、ドジマイケルのアホ丸出しだとか。婦長さんから尻を叩かれていたとか、想像しただけで面白いマイケルの顔が浮かぶのはなぜかしら。
「私、三つ子とかないですよね。」
「冗談ですよ医院長の顔が悪いだけです。体温良好お夜食は食べましたよね。」
「はい、旦那が食べていました。俺の晩飯が~と言いながら。」
「あらあら、それは困りましたわね。あれを食べないと眠れませんわよ。」
「マイケルが眠れるのならば、それでいいのです。あれは図体がでかいのですが、至って真面目で小心者ですから。」
「そのようですね、だって貴女のパンツまで心配していましたよ?」
「う……ウソです、あり得ません。」
「あら残念。ちょっと鎌を掛けるつもりだったのですが、やはり奥様は偉大です。」
「持って来させる物を書いておきます。」
「もう真夜中ですから寝ましょうね?」
「はい、この部屋は寂しいのでカーテンに飾り物をしてもよろしいでしょうか。これで私の母を元気にさせたことがあるのもですから。」
母の入院の時はおパンツを沢山縫い付けて飾っていたのを思い出す。あの時はそうよ帝王切開だったのよね。
「ねぇ、私も帝王切開するのでしょうか。」
「楽でいいらしいです。産む苦しみからは解放されますから。」
「でも親になる苦しみが味わえません、やはり自然分娩でないと実感も湧きませんと、母が言っていました。」
「あらお母様も帝王切開でしたか、それは私には理解が及びません。」
看護婦さんは優しく私のおでこに手を当てて体温を確認している。体温計だけではいけないのかしら。
「う~ん、身体だけは熱いようですね。二人で運動会しているかしらね。」
「いえ、今は穏やかに寝ています。いつもこれだと嬉しいです。」
「ダメよ、子供は動いていませんと不安になりますよ?」
「あ、そうですね、死産とか嫌ですから、もう痛いと言うだけに致します。」
「そうですよ、動くから実感が出るものですよ。明かりはどうしますか?」
「そのままでお願いします。」
「は~い、お休みなさい。」
「うん、」
また私の魔力を吸って大きくなっていくのかな、と思いを巡らす。母親の時と自分の出産では魔力を吸われるのが半端なく大きいとは考えてもいなくて、現状自分の身体の事など思い至っていなかった。
だったらマイケルが教えてくれても良さそうだと考えたら、あいつの鈍感さが良く理解できた。いつも顔を合わせていたら気づかないとも言うのよね。
民宿のご主人が癌で亡くなった。その後に宿泊した時がまさにこのケースなのよね。亡くなる前に調理をされるご主人は、痩せていて精細さが無かった。それに肩が凝るのか、しきりに肩を上げたり首を振ったりしてあり、何かの病気だと判断出来た。それが次の宿泊では亡くなられていて、奥様が言うには、
「主人は元気だったのに、食道癌で急に死んでしまいました。」
あれ程痩せて顔も悪かったというのに、この奥様は気づいていなかった……。マイケルもなのよね、良いわよ許してあげるのだからね。
「マイケルはちゃんと寝ているかしらね。……あれ?」
少ししてこの部屋の明かりが妙に不自然だと気がついた。バスルームのドアの隙間が光っている。シャワーを浴びて照明を消していなかったらしい。
「ちぇ、気になるから消しておくか!」
私はおもむろに起き上がろうとするが、横向きにならないと起き上がれない。偶々、仰向けで寝ていただけだが仰向けだとお腹の重みで内臓が苦しくなる。
羊水と双子の重みとは、いったいどれだけあるのだろう。
「あたこらせ~の、よっこらせ。あ~しんど!」
「こんな時にマイケルが居たらいいのにな、」
バスルームの扉に手を掛けて開ける。そこには部屋の照明は点ってはいなくて鏡が光っているのよ、驚きだよね。
「あの妖精さんのイタズラだよね、随分と見ないと思っていたらここに居たんだ。」
「お母さん、初めまして。」
「あら青い光の子じゃないわね、白く光っているもの。」
「うん、僕は鏡の妖精だよ。」
「鏡ね~。それで私に会いに来たとか言わないわよね。」
「もちろんさ、お腹の子に挨拶に来ただけさ。それとね、」
「うん、ごめんなさい。ビスケットは暫くは出せなくなった。明日はマイケルに頼んで持ってきて貰うからね。」
「うん、ありがとう。」
「どういたしまして、で、鏡からは出られないのかな。」
「お母さんが入ってお出でよ、俺は出られないんだからね。」
「私だって大きな身体では入れないからね、無理を言わないで欲しいな。」
「鏡はね、身長の半分もあれば人の全身は映せるものだからね。でもここの鏡はもっと小さいから、う~んと離れないと全身の身体は映らないよね。」
「だったら今度にしましょうか。この鏡を外して病室に飾るのよ、これならばいいでしょう。」
「そうだね、足が映らないと足も鏡の中には入れない。」
「う~やだ、右脚を無くした事を思い出したじゃないのよ。鏡の件は今度またお話をしましょうか。」
「じゃ~ね~……ミラージュ・オン!」
「……? 何も変化が無いけど?」
「あ、間違えた、ミラージュ・オフ!」
オンとオフを間違える妖精さん。何処の鏡にも移動出来るのかを聞いておけば良かったと後悔してみる。もしも出来るのならば実家の母の姿見に移動してみたいな。
「寝室にも半分の大きさの鏡台があるが、さすがにそこでは拙いかしら!」
マイケルとの数々のHを思い出しては顔を紅くした。さっさと寝るに限る。明日のマイケルの顔を考えて目を閉じた。
さてBパートの題目は何がいいかしらね、お休みなさい。
「おはよう……Bパートの開始よ!」
「おはよう……もう朝食の時間ですか、まだ眠たい。」
「遅くまで起きているからですよ、食べてから寝なさい。昼にはまた食事の前に起こしに来ますから。」
「うっ……こんなに沢山、」
「寝ながらでも食べて頂きます。」
「……食べれません。」
「食べられるわよ、……どうかしら、この「ら」付きの言葉は!」
「はい、ら抜きは自分が言う言葉で、らが付いたら人が言う言葉だと判断が出来ますね。可能性を持たせた言い方でしょうか。」
「そうね、ま、そんな感じかしら。日本語は進歩しないのが難点ですよね。」
「はい、新しい漢字も出来ませんから不思議だと思います。」
「頑張って食べて頂戴よ、私の評価に触るからお願いするわ。」
「はい、」
この看護婦さんはニコリと笑って出て行く。この後の私の行動予測が出来ているからと言わんばかりだ。だったら許されたのも同じよね。
「マイケルの為に朝ご飯、朝ご飯……と、ね!」
私はパンを手に取り惣菜を載せてパンで挟む。これで簡単サンドが出来上がる。早くマイケルの喜ぶ顔が見たい。
「ミルク……これは鼻を摘まんで一気飲みしかないわ!」
中学のクラスメイトがそうやって飲んでいたのを思い出した。で、自分はと言うとね、飲まない者たちが持ってくるのよね、牛乳瓶を。それで冬の寒い時期というのに……五本も飲んでいたの、ねぇ可笑しいでしょう?
「妊娠しちゃうと、色んな臭いがきつくて堪りませんわ。」
「え~俺の臭いじゃないよな、どうだいありす。」
「うわっ……どこから入ってくるのよ。」
「普通にドアだが、何か変か! 目に入ったとか言うなよ。」
「そう、それよ。急に目に入ったから驚いたのよね、このバカ!」
「俺、ドアのノックは三回叩いたぞ、聞こえないありすが悪いのだよ。」
「丁度良かったわ朝がまだでしょう、これを食べなさい。」
「いや、実は俺の分は作ってきた。ほれ、トンソクとソーセージ入りのハンバーガーだぜ、絶品? いや絶品だよ。」
「何を考えたのよ、あ~きっと絶えたモノとでも思ったのかしら?」
「絶版モノ! ならば絶品と書いたら意味が変わるのか!」
「そのようね、これぞ日本語の七不思議かしら。このサンドは食べていいわよ。」
「お~ありがて~や、このトンソクは固くて食えない。で、ありすはもう食べてしまったのか。」
「そうね、残りはマイケル、貴方が食べなさい。」
「この飯の量はありすの健康を考えられて作られたもの、ありすが食べろよな。」
「う~……もう無理。マイケルに差し上げます。」
この朝食の量ときたら半端なく多すぎる。最初からマイケルの分も考慮されていたとしたらどうよ。
この後からは私の料理の失敗談へと発展した、ギャボ!
第一位はお焦げの料理かと思えば違った。私の最悪の料理……それは、
「あ、あ~なんだ、塩鯖の煮付けだな。あれ程塩辛くて食えないものは無かったぞな。」
……ぞな。とはマイケルが悦に入った時の口癖だよ、これが出ると言う事は……もう桜子お婆さまと同じくマシンガンが登場する、マシンガントークという。ノルウェーの塩鯖を見つけて、つい懐かしくて買ったものだ。これを母の手料理のものまねで煮付けにしてみた。「う~ん、美味しく出来た。」と、菜箸の先っぽを舐めてお味を確認したのだ。
「だいたいな、料理の味見を箸の先だけで確認するなんて、愚の骨頂と言うんだ。それになお前の味音痴は方向音痴と同じで・・・・・・・、」
滔々と語り出す。「こいつ、よっぽど会話に飢えていたんだ、可愛い!”」と心で思ってみる。頭で考えたらうるさくて敵わないという認識にきっと囚われることだろうか。BGMに丁度良くて寝てしまう。
「こいつ、俺の怒りを子守歌にしやがって……、」
それがね、マイケルの声を聞いていると落ち着くんだな~!
憮然とするマイケルの顔を見たかったが、それは出来ない相談だ、だって私、寝てしまったからね。これはマイケルの声……所謂、イビキというのを聞き慣れてしまったためだろうか。夜中の歯ぎしりほど気持ち悪いモノはないが、マイケルは歯ぎしりはないようだな。タオルを何時でも詰め込めるように準備していたんだよね、本当は。
もうこれは私とマイケルの愚痴の応酬になるから、このBパートはお終いよ!
「だったら、次はなんだい。」
「もち、赤ちゃん用品の買出しよ!」
と言う事で、「ガラガラ……、」と、看護婦さんはドアを開けて入ってきた。
「あら、私も混じっていいかしら!」
蘊蓄という訳ではないのだが、北海の鯖は管理されているから捕りすぎて無くなる心配はないのだとか。そもそもが北海は日本近海とちがい魚種が少ないのでそれで漁業資源としては鯖だけらしいのだ。日本みたいに混獲という事は無いので漁獲高さえ確認しておけばいいのであって、日本のように鯖が回遊するも方々の漁協が勝手に捕ってしまう事がないからだ。
例えば、日本海には鯖しかいなければ管理も楽に出来るだろう、そういう事です。




