第176部 私の決断……女の決断
1972年1月2日 アテネ
*)ミカエル……お願いが出来たの……
「私、ここでミカエルの子供を産みたい!」
「ごぇ?……なんだい、嬉しいがよ亜衣音としての今後の行動を放棄するとでも言うのか、実家へ帰る希望はどうした。」
「うん、先にね、女としての大事業を済ませたい。マイケルの子供をどうかこの地で産ませてください、お願いします。」
「う~……たっての望みならば叶える必要がある。こんな寒くて何も無い街でいいのか?」
そう言うすっきょんとんなマイケルの顔が優しく微笑んでいる。マイケルとしてはここが一番に落ち着く土地なんだろうと勝手に考えてみた。私は、私の目的がねほんの少し変わっただけなんだよ、マイケルの赤ちゃんを産むのが今は一番の、いいえ、最大の目的に変わっただけなんだよ。
「ううん、何も無い街ではありませんよ、夢があります、小さな島と行き来する事だってできます。あのミコノス島にも行けるんですよね?」
ミコノス島への訪問に巫女としての、どのような意味があったのかは理解出来ないのだが、大きな転換点=ターニングポイントになったのは紛れもない事実だよ。だって、私が男に狂ってしまったんだからね。でも今は落ち着いているし、マイケルの顔を見ているだけで心は落ち着くのよね。ありがとうございますミカエルさま。
「夢があると言われても俺は現実派でロマンチストにはなれない。」
「いいえ、ここに前のありすさんが眠っています。ここに訪れて立ち去ると後ろ髪を引かれる思いがするような、そんな気がするの。」
私はこの教会を訪れて一発で気に入ってしまい、ここに住みたいと考え出した。ここはまるで異国のお伽の国、そのものに感じられたからだ。それ以前に人狼の巫女としての身体が勝手に反応しただけなのかもしれないの。
「この前のような古いレンガ造りの家でもいいから買ってさ、ここに住もうよ。私も働くからさ。」
「俺……戦闘バカだから他は何も出来ないんだぜ? 働くと言われても何処でどうやって働けばいいの分らん、いっちょん分らん!」
「そのうちに向こうから飛び込んでくるわよ、ニートさん。」
「う~……無理だ、俺が働くなんて考えられない。」
「私、憧れのウェイトレスをやりたい。お隣にレストランが在るわよ。」
「だったら俺はバーテンダーか!」
「マイケルはテンダーだから出来るよ。」
「俺は飲むのが専門なんだ、無理を言うなよ。」
「マイケル。」
「ハイー……!」
「バイクで付近の探索よ、貸家や売り物件を探すわよ、これは私の戦いの前哨戦でもあるんだからね。」
ここいらは海が近いせいか、樹木の多くが松ということらしい。家庭の樹木は何故かシトラス、柑橘系が必ず一本は植えられているようだ。こちらの料理は揚げ物が多いからだろう。いや、ここいら辺の住人が海洋生物でビタミンCをただ欲しているだけだな、うん、きっとそうだよね?
(わ~ごめんなさい、決して悪口ではありません。)
「今日はもう暗くなった。以前のホテルに行くぞ。」
「いや、また教会へ戻って頂戴、今晩はあそこで眠りたいの。」
「風邪を引いて死んだらどうする、ホテルへ連れて行く。」
そう言われてみれば寒い一月なのだから、風邪を引くのもたやすい。温かお風呂で身体を温めないとお腹の赤ちゃんに悪いわね。そいうマイケルの暖か~いお言葉なのでした。
「う~……はい、もう我が儘は言いません。」
「だろう? もう一人ではないんだ俺たちは三人家族になったんだから。」
「そうね、そうよね。もう私たちは三人だよね。」
マイケルは黙ってバイクをホテルに向けている。私はもっとここに居たかったと残念がる。ホテルには直ぐに着いた、ほんの数キロなの。
「今晩も世話になりたいが、できるか!」
「お帰りなさいませ旦那様、それに奥様。はい、いつものお部屋が準備は出来ております。キーでございます、夕食はいかがされますか?」
「ありす……、」
「はい、いつものテーブル席でお願いします。」
「個室は……、」
「要りません!!」
要りませんを声高に言った。もうあんな破廉恥な事は出来ないよ。このボーイさんは異常よ、私たち、が……正常なのよ。
んなことはあるか! と、ニコリと微笑むボーイさんはキモい、いやらしく思えてきた。部屋から眺める港には沢山の灯りが点されて綺麗に見える。多くの船が停泊しているのは偶々の偶然らしい。もしかして今日は金曜日なのかしら? 暫く見ていたらボーイさんの顔すら浮かばなくなっていた、良いことだろう。(馬面を港に沈めてやったからね!)
今後は胎教の為に感情を高ぶるような行動は出来ない。私の心のざわめきが、私のお腹の子にそのまま通じてしまうからね。妊娠中に「エイリアン。」という映画を観るなんてあり得ないわよ。あれは心臓に悪いわ、本当に悪いわよ。
「もちろん酒も飲まないよな?」
「も~マイケルの意地悪。飲むに決まっています、ビールの一杯はいいかも。」
「それ位はな、でも我慢が出来るのかい?」
「母親は強いのです。飲みませんし人前だって授乳はいたします。」
「ほほ~う……素晴らしい妻を娶れたよ。」
「そ、良かったね。」
「……?」
私なんだか機嫌が悪いみたいだ。お酒の禁断症状が……。大金を握ってこのかた酒量が増えたのも事実。新居の為にも、
「明日から禁酒よ!」
翌日にも言わなければいいのよ、それが出来るかな~。永遠に続く誓いの言葉なだけだよ。
翌朝、私は枕を濡らして目を覚ました。
「起きろ、ありす、どうした。おい起きろ!」x?
「おはよう~、」
「どうしたんだい、こんなに泣いたりして!」
「え? 私泣いていました?……あれ、どうしただろう涙が流れています。」
「そうか、寂しくなって母ちゃんの夢を見たんだな。」
「う~……はい、そうかもしれません。でも、何の夢だったかは内緒!」
「バカ言え! 覚えていないのが夢というものだろうが。朝飯に行くぞ。」
「もうそんな時間なんだね、私、悪阻でキツいからパス!」
「アホ抜かせ、腹ぺこで泣いてもしらんからな。」
「はい、行きます、直ぐにお化粧して行きます。」
「ありすは化粧が長いからな~、昼飯には間に合うだろうさ。」
「わ~酷いです。前のありすさんとは違いますからね。」
「どうしてそれを?」
「え? あ、偶々頭に浮かんだだけですよ。ありすさんって、お化粧を念入りにされてあったんですね。う~ん、いい旦那さん想いですこと!」
「ば~ろうが、ちげ~よ。長いのは事実だったがな。」
「私なんかガーゼのマスクを付ければそれで終わりだから、便利なんだ!」
「お安いことで何より。顔洗ってこいよ、待ってるから。」
「うん、はい直ぐに!」
夕べはマイケルに抱きついて寝た。Hは……していません。何時もはマイケルに嫌われるほどにせがんでいたというのに、ここに来て心にブレーキが出来るようになったみたいだ。禁断症状が……でない。
昨夜はそんな私を優しく抱いてくれたマイケルは、私の髪を何度も何度も撫でてくれた。気持ちが良すぎて直ぐに寝てしまった。前のありすさんと同じ髪の色なのかな、よし、訊いてやるわよ。
「お待たせマイケル。」
「本当にマスクだけなんだな。」
「うん、コロナで必ず着用しなさいって書いてありますからね。」
「これでは美人が台無しだな、男はさぞや残念だろう。」
「マスク、取りました。今日も美人ですよ嬉しいよね?」
「あぁ大満足さ、自慢が出来て嬉しいよ。」
「あのボーイさんは嫌いですから、担当替えを希望いたします。メイドさんがいいですね。」
「そう頼んでみるか。しかしだよ、ありすがチップを多く渡したのが原因だろう。自分で刈り取れよ。」
「エアードライブ……、」
ホテルのテラスに突風が舞い、ボーイさんは高く舞い上がるも怪我の一つも無いという奇跡だった。身体はそうなのだが心の傷はどうだろうか。
「今日は早退させていただきま~~~す!」
「あ、逃げた!」
「おい、トラウマを植付けてどうするよ。」
「いいもん、暫くは休んで貰いたいですよ。」
「お昼は教会の横のレストランへ行く。腹半分にしておけ。」
「え~……やった! もう食べなくていいから直ぐに行こうよ。」
「俺が食いたい、邪魔するな。」
「だったら履歴書を書いて準備しておく。ねぇ履歴書の書き方を教えなさい。」
「う、・・・……、」
「ねぇ?……、」
「無理、俺には学が無い。だから書けないよ。」
「いいわよ、メイドさんがいますから頼んでみます。」
「話……盛るなよ。地が出た時に困るだろう。」
「マイケルも履歴書を書くのです、いいですか?」
「いや、俺はミステリアスな男だ、書ける訳がない。文書詐称罪になる。」
「歳とか?」
「いや、住所が無い。」
「あ……そうだね、先に家の確保だよね。」
「分ったら少しは食べておけ。二人分とは言わないがな。」
「そうね、まだ三センチくらいかな。」
「?……。」
それから、ランチ以外はオートバイに乗って家を探して回った。売り家が無い。何処にも売り家の看板がなかった。ここは有名な住宅地だそうだ。となると空き地を探して、石を探して自分で積み上げるしかないのかな。
「俺に任せろ、度突いて追い出してやるからさ。」
「マフィアと同じだよ、ここは札束でひっぱたいて……、」
「それがマフィアたちの常套手段というものだ。市価の半分も出しはしない金額だとよ。ところで、いつからマフィアになったんだ。」
「ウソよね、ホントなの?」
「テーブルに札束を並べて脅しかけると、直ぐに了承するらしい。」
「あ、その方法はお爺ちゃんがしていたよ。お隣の家が欲しいからとね。」
「で、どうなった。」
「翌日には越して行きました、どうしてかな。」
「俺がしるか。では……何処がいいかな?」
日本でいう処の海岸ベタには松林が多い。これらの土地を切り開いて住宅を建てたという家ばかりだ。雨が少ないから基本道路はでこぼことしていないよ。日本にでこぼこが出来るのは雨の所為だからね。道は細くて未舗装はいいとしても、道の中央に松の木が一本在るのはどうよ。福岡県には在りますよ~中央に松の木が三本ほど立っています。でももう無いみたいだ。
「あ、フェンスに白い看板! とまって止まって!」
「どっちだい、」
「右に曲がってよ!」
「こっちだな、」
「違うよ右だよ、反対。」
「ユーターンしたんだ、左になるだろうが、アホか!」
「う~……酷いよ~そんなに強く言わなくてもいいのにな。」
「泣くな、着いたよ。どれどれ……、」
「早く読んで、」
「フン、工事現場だとよ、残念だったな。直ぐに見付かったら面白くない。」
「え~つまんない。」
「だったら行動範囲を広げて南の住宅街へ行く。」
「うん、でも静かな土地がいい。人付き合いが大変だよ。」
「そんな事はね~よ、皆親切にしてくれるさ。」
「言葉……通じない。」
「あ、……そうだったな。巫女の力でなんとかしろ、学校へ行くか?」
「それがいいかも、中等部でもいいよ。」
「初等部から勉強だろう。何を言っても分らん奴だからな。」
「わ~酷い。北に向かってよ、北。」
「ホテルに帰りたくなったか。」
「うん、マイケル、ちょっと止まって! この家は空き家みたいだよね。留守の間に占拠して住もうよ。」
「んなこと出来るか、アホタン!」
「ビェ~……、」
「でも待てよ、何だか解体されそうな感じだな。一度聞いてみるか。」
「うん、いいかも!」
細い路地裏を通っていて偶然にも目にとまっただけの空き家、曰く付き? で、早速そこで作業している男に訊いてみる。
「あぁここか? 税金の滞納で差し押さえされていたんだが、夜逃げされて今では買い手も無くて取り壊して更地にするそうだ。なんだ、ここを買いたいのか? 随分と物好きなんだな。」
そう言って黄色い歯を見せて笑う男、顔は白人系で大きくて不細工だ。
「はい、直ぐに役所に行きます!」
「ありす、どうしてこの男の言う事が分った。」
「う~成り行きです。会話は必要です。」
「すまんだ昼飯でも買って食べてくれないか。直ぐに直訴に行ってくるからさ。」
役所に直訴ってなによ、マイケル。
「あいよ、俺は金さえ貰えればいいだけさ。」
「はい休憩分の賃金ね百ドル札、そこの大型の十二輪車でピザを買に行って頂戴。」
「いいのかい……こんなにさ。」
「いいのよ、これ位は、」
「家にはあと四人は居るんだが?」
「ギャビ……はい残りの三枚。」
「……一枚足りない、」
「却下!」
と言う事で手付金の四百ドルを払って無事に工事は中断? でも、屋内は……飛散・悲惨だった。既に取り壊された家具が散乱していたのだから。
「ありす、俺がぶっ飛ばして行ってくる。こいつらを見張る必要があるから残れ。」
「そ、そうね、それがいいわ。早く帰ってきてね。」
「おう、任せろ。」
で工事の人たちはというと昼から宴会、お酒を飲み出している。聞いたらロシアからの出稼ぎだという。私、ロシア語は出来るのよね。
(それはもしかして……ウォ~ッカ!)
「嬢ちゃんも飲むかい、ウォッカ、」
「はい頂きます、いえいえ頂きません。禁酒しておりますから。そう言えばロシアでは禁酒令が出されたとか聞きました。」
「ブレジネフがな、出してしまったよ。なんでも禁酒令を出してでもロシアを 再建したいらしいのよ。」
いくら国民が飲んだくれて働かないという理由で禁酒させる事は出来ないよ。だってさ、その所為で戦車の不凍液さえも飲んで壊すんだからね。でも今は小麦類の凶作で苦しいんだとか。ならば国民には出稼ぎに行かせろ、とは北の国と同じ。
「貴方たちは出稼ぎなのかしら?」
「そうさな、ソ連に食い物が無くなって追い出された。嬢ちゃんが俺らをここから追い出すなんて事なったら、」
「なったら?」
「給料が貰えない、だから嬢ちゃんが払えよ!」
「あら~どうしましょ!」
ブルンブルン……、
「あ、帰って来ました。どうなったかしらね。」
「ありす、大人しくしていたか。襲われたら大変だろうと心配していたよ。」
「うん大丈夫だよ。それでどうなったの?」
「もちろん、金を払ってきた。とても安かったよ。」
「そう良かった。でもね家の片付けに家具の買い物……とても大変そうよ。一番はこの人たちから脅迫を受けた事かしら。」
「まさかだとは思うが、殺していないよな、生きているよな。」
「そんなことはいたしませんよ、まだね!?」
「なんだ、まだだったか。荒仕事は男に任せておけ。トラックごと海に沈めてやるよ。」
「うんお願いね。でも少しはお金も握らせてやってよね。」
「同情は要らない、直ぐにでも追い出す。後は役所とこいつらの問題さ。」
「そうだね、直ぐに庭のゴミを海に放り込むね!」
「おい止めろ、まだ貴重品が残っていたらどうするよ。」
「そうね、だったらこの人たちから先に、」
「それも却下だ。殺してどうするよ。」
「え~だってもう居ないもん。逃げたようだね。」
私たち夫婦の会話が殺すだの、殺すなだのと言うから恐れて逃げ出したらしい。他に考えようがないのよね。でもね、この人たちの家の壊し方が変なのよ、何処がどうというのでは無いのだが、重機を持参しても手で壊すなんてあり得ないわ。この点についてはマイケルは考えも及ばないのよね。だからお宝発見で頂きよ!
「マイケル。早く来て!」
「なに、どうした、何処だ?」
「三階よ三階。お宝を見つけたわ、早く。」
「あいよ今行く、」
「ほら……どうよ。」
「う~これは最高の眺望だぞ、これは掘り出し物だぜ、やったな!」
「うん、そうだね。」
高台で北を向いて立つ建物。三階建てと高いので眺望が素晴らしくいいのだ。これがお安いのだいうマイケル。海も街もその向こうにはラフィーナの港も船も見える。ようやく見つけた我が家、写真に収めて実家に送りたい気分になった。
「今度、家に電話してみようかな! 久しぶりにお母さんの声を聞きたいな。」
この夜も私はマイケルの服を涙で濡らしていた。思い出せないが感情は悲しい……そう、とても悲しい夢だとは思い出した。
*)新居再生
翌日からはマイケルが大忙しで働きだした。まずは庭の物を片付ける事から始めて不要品を分別する。その要らない物を私が巫女の魔法で遠くへ吹き飛ばす。表の道路脇にうずたかく積まれた物ものモノ、いよいよ私の番かなと思っていたら前回の作業員がトラックで乗り付けてきた。廃品回収だそうだ。あれからもう一週間も過ぎていたとは。
マイケルも今ではバイクを置いて小型トラックを使っているし、仕事でも使っている。私が眠った夜なんかは大忙しだとか、何だか怪しい。それとこの男たちとの繋がりも怪しいのだから私としてはどう反応したらいいやら。
「お嬢さん、電話を受けてきました。表の廃品は全部積んで帰ります。」
実に丁寧な言葉使いに私の方が恐縮したくらいだった。
「はい、お願いします。」
無口で働く男たち、どことなくよそよそしいのは仕方ないとしても、時々私を盗み見している意味が分らないのである。ならば鎌を掛けてみるかな!
「ねぇ貴方たち、私はお嬢様でありませんよ、ボスの妻でございます。」
「へ~ボスの奥様でしたか、俺らはてっきり娘さんとばかり思っておりました。」
「いえ、何も聞かされていなかったのですね。よろしくお願いします。」
「私がお手伝いしてあげますよ。」
「いえ、そんな滅相も無い、」
最近になって覚えた魔法になる、あのホテルのボーイさんを飛ばした魔法だな。
「エアー・ドライヴ!」
直ぐに廃品の山にグルグルと風が渦巻く。普通に見えないのが難点だろうか。
「……バージョンセカンド!」
今度はそのうずたかく積まれた山が上の方から順次トラックの荷台目がけて飛んで行くのだった。自分でやっておいて驚いてもいるのよね。
「姐さん……、」
(よし、掛かった! これでこいつらはマイケルの子分だと分ったわね。)
「どうかしら、直ぐに終わるからね。」
「へい、凄いでやんす。」
「ほ~ら、もう済みましたよ。次回もお願いね。」
「へい、ありがとうございます。」
「今度のお仕事も……頑張って下さい。」
「はい、明日の夜は旦那さんを早くお帰しいたします。」
「はい、よろしくね!?」
トラックのエンジンを掛けて今は紐やシートで固定している。どうしてエンジンを掛けるの? と訊いたら、
「はい、エンジンの振動で荷物を締めるのですよ。こうやって紐を掛けておりましたらね、途中で荷崩れを起こさないのですよ。」
「まぁ、なんて素晴らしいですね。」
日本みたいな悪路は何も無いヨーロッパの道路事情、だって雨が降らないのならば水たまりも出来ないんだよ、ならば穴もホゲナイのよね。(方言です、)ならばこんなにも手数を増やして荷造りする必要はないよね。
そんなこんなで相手を褒めておけば気持ち良く帰っていけるものだ。だから此処で鎌を掛けられた? なんて考えもしないわね。勿論、手土産も掴ませておいた。だから、当然トラックの中で男たちの会話とか想像もできなかった。
「おい、今日の積み込みは楽だったがよ、あんな雑な積み方をされたら俺らが困るとは考えないのかね~。」
「仕方ないっすよ、まだ見たところガキのようですしね。」
「ま、しっかりと固定は出来たと思いますが?」
「もう帰りですのでその分早く飲めますよ、金も頂きましたしね。」
「ぱ~っと飲んで憂さ晴らし、しようや!」
「ボスが言うように、あの魔女……怖い!」
相手を呼んで怒って怒鳴っても、最後に何かしらを褒めて帰す。これ、仕事としての常識なんだからね。
「私なんか麻美ママに叱られて怒鳴られていたんだけど、最後は必ず何かを褒めて頂いたのを思い出す~。……だから直ぐに怒られた意味を忘れてのほほんとしていたな、あれでは怒られた意味なんて無いのと同じよ。」
つまらない自己の経験談であ~る。怒る相手を選ぶのも大事だと始めて気づく。
「バカとチョンは褒めて伸ばすのよね。あ、ミミズだけは引っ張って伸ばすのこれも常識よね!?」
チョンというのはどうも虫の事らしい。江戸時代には使われていたのが、途中から朝鮮の人に対する蔑称として用いられた。虫と書いてチョンと発音したと思うんだが。当時としてはヘイトなんて無かった。チョンガー……もそういう意味では独身者と言う、これも普通に会話に出ていた。帰化した韓国人もそれだけ多かったという事よね。
「あ~ぁ、私も同類だったと思い出したわね、つまらない女です。」
早く新居を作らないと今後に響いてくる。お仕事が出来なくなってしまうから何とかひと月で完成させたい。
「早くメイド服着てウェイトレスの仕事をしたいのよ。若い時の特権が活かせる年代だからね。」
お皿を落として割っても許されるという、誤った認識の元に考えたものだが、ニコリと可愛く笑えば許されるのよね、うんうん。
それからひと月と数日が過ぎた。
早くも新居が完成した、マイケルのお陰である。器用で貧乏なのがマイケル。貴陽で豊かなのが私なのだ。まだヘソクリは九十パーセントは残っているのよ。貴陽で豊かな……とはマイケルが言ったのよね、褒め言葉だと思っていたらなんと桃尻女だと近所の奥様から説明して頂いたのよ、やはり近所付き合いは大切よ。
マフィアから頂いた札束はすっかり家具や部屋の内装に変わって、今では不足したからとマイケルは夜な夜な働きに出ている。昼は勿論家事全般で働いていますよ、感心する程にね。朝起きてトラックの荷台を確認するのが日課なのよ。
「今日は、シマノの自転車だわ。何に使うのかしら、私の高校時代を思い出したじゃないのよ。」
これは私の通勤兼買い物の足だとか、ちゃっかりしていますね旦那様は。これでMini marketへ行けと言う。距離としては四キロメートル、お隣の街にしかスーパーは無いのよ。お腹が大きくなったらどうするのよ、も~~~!
私の事を思ってだろうマイケルは飲酒の量を減らしてくれた。夜中の仕事に差し
支えるのだと言われたら、私の方が飲みたくなったわよ、マイケルのバカ。
私の手料理を食べてくれるマイケル。美味しそうに食べてくれるマイケル。好きよ!
「なぁありす。大概でサラダ抜きでお願いできないかな。これでは力が出せないから困るよ。」
「だって……料理は出来ないんですのも。日本では藍ちゃんが作ってくれたし、家庭では大地が作ってくれていたからね、練習も出来なかったんだよ?」
「疑問形で言うな、だったら練習しろよ。綺麗なフライパンに油が乗らないのはどうしてかいな。」
「気分が乗らないのです~。」
「もう……この子は~……、」
「もう子供ができたし~離縁は出来ません。」
どうも野菜や果物を買ってきて、洗って切って出すだけではダメらしい。最初は喜んでいたくせに、フンなによ、べ~だ。
「野菜サラダではお酒は飲めないよ……。」
く~・・・クソが……!
*)胎動……女の幸せ
新居が完成してお祝いを行った。呼ぶ人間といえば二人しかいない、とても残念なのだ。ソフィアとその母、名前が~……?
胎動を初めて感じたら妊娠五カ月ごろだとか、これも近所の奥様から聞いた情報なのだから間違いはないのだと思う。この私が妊娠五ヶ月……感慨深いわ。
それでぴょこぴょこと動くお腹に触らせては喜ぶ私と、マイケルは触って喜んでいる。今日は私のお腹を第三者に始めて触らせる。
「わ~動いた、動いたわ、お母さん。」
「そりゃ~動くだろうよ。ソフィアは騒ぎ過ぎだよ。」
「いいわよお母さん。」
「だから儂はお母さんではない。ないが、産まれるまでは代理を務めてやろうか? なぁマイク。」
「いや、でも、申し訳ないですよ。」
「ありす、病院には行っているよな?」
「え?……なんで病院へ行くのですか、元気ですからいいのですよ。」
「ごら~マイク、どうして病院へ行かせないのだ。金は在るだろうが。」
「いや~出産費用がバカ高いらしいので、蓄えている処ですよ、お義母さん。」
「儂は義母かいな、それでもえぇがの。早く行きなさいよありす。」
「はい、明日に行きます、ですが……。」
「あ~はいはい、病院ね、ソフィアに案内させるよ。」
そんなこんなで多くの串焼きが食べられた。久しぶりの肉料理が食えたとはマイケル、言わなかったよ。愛してますマイケルさま!
この夜、私はマイケルの腕の中で泣いていたと言う。どうしてだろうか、私に何の変化が起きているのだろうか。
「ミカエル……ごめんなさい、ごめんなさい。」
何度も何度も言っていたと。私には悲しい夢だとしか覚えていなかった。前の奥様の名前は同じ「ありす」と言うのだろけど、「ラフィーネ」とは多分前の奥様の愛称で未だに教えて貰えない。ラフィーネとは高貴という意味があるのだと、これも近所の奥様からの情報なの。
「う~ん、謎が増えただけだよね、マイケル。」
「ん?……なんか言ったか?」
「ううん、何も言っていませんよ。」
私のお腹には前の奥様の生まれ変わりだとしたら、ギャボ! 私、要らない人になってしまうわ。
この日の夜、私は久しぶりに実家の夢を見た。そこには明るく笑う家族がいて私も居た。
「みんな、元気そうで良かったわ!」
でも、とてもリアルな夢で怖い感じを受けたのよ。まるでそこに自分が居て居ないような、不思議な感じの夢だった……私はひかるなの? ひかるがいるの?
「そう言えば前にも自宅の台所に立っていたような? 夢を見たのを思い出したな。 それに懐かしいお母さんの声と、またまた大声で泣く妹たちの声も聞いたような気がする。」
やはり近い内に電話しろ、という神様のお達しだろうか。堕天使のミカエル様が帰って来たら相談しよう。神様だもんね。




