第173部 星降りの言い伝え……
1972年1月1日 アテネ
*)星降りの言い伝え゜
酷い二日酔いで起きるのも午後になってからというマイケルは、どんだけホテルに迷惑を掛ければ気が済むのか。夫の所業が恥ずかしいと思う妻の立場、少しは理解してくれてもいいのにな。
それでもって退屈する新妻を放置し、午睡へと突入しそうな夫。私の気が収まらないのは確実で、さてさてどうしたものか。掃除婦のバケツを借りて夫の耳元で棒きれで叩いてみる。
「ガチョンガチョン!」x6
「この人、強者だわ。起きやしないわね。」
「お、おやめ下さい奥さま。激しく叩かれましては私のお給金から、バケツ代が差し引かれてしまいますのでもうこれ以上はご容赦下さい。」
「ではどうしろと!」
「直に叩かれることをお勧めいたします。」
「それもそうよね、お尻を叩いてみますか。」
「はい、それがよろしゅうござました。」
この掃除婦さんは自分の過去もそうだったのか、ご主人への仕打ちが成功したかのような返事が返ってきた。
「でもね、この人は……とても強いのよね。他に方法はないかしら。」
「ローソクをお持ちいたしましょうか?」
「もしよろしければ貴女、裸になって夫に迫って下さらないかしら。」
「め、滅相もございません。お客様にご迷惑をお掛けしましたら即クビでございます。」
「なんだ残念。ほらマイケル聞いていたでしょう? 起きなさい。さもないと本当のこの人がホテルをクビになるのですよ。」
改めて夕食の請求明細を詳しく読んでみた。
「へ~ワインが十本にビールが十五杯。それから……水?」
「それはロシアのウオッカです。水と同じスペルでございます。」
「これを……なんと二十三杯も!」
「こんなに飲まれましたら、もう天国へ行かれたのも同じでございます。」
「分りました、引きずって部屋に戻ります。」
「私にお任せ下さい。お呼びするまで部屋の外でお待ちくださいませ。」
この掃除婦はそう言って私にバケツを渡した。それからあらん限りの大声で、
「ごら~起きんかい、嫁御は屁こいて逃げたぞえ! 逃げたぞよ!」
「え”……一大事、直ぐに追い・か・・け……?」
「おはようございます、お客様。奥さまはとっくにおさらばされました。」
「おい、ソフィア、どうした、こんな大声を出して……?」
「支配人さま。今、お客様を起こしていた処でございますが、大声を出しまして申し訳ございません。」
「あ、そう、そういう事ね、いつも大変な役をありがとう。」
「いえ、もう起きられましたので、このまま掃除に移らせて頂きますが?」
「そうして下さい。許可いたします。」
「お客様、午後になりましたのでこのお部屋の追加料金のご説明に移らせて……」
「いや、妻を探しに直ぐに出て行く。料金は乗せておいてくれ。」
「はい、毎度あり~……。」
私は待ち伏せをしている。右手にはバケツを左手には棒を持って。レストランから出て来たマイケルにバケツを被せて思いっきり叩いてみる。
「ガンガンガン!!」
「フガ~~!!!!」
「起きたわね、据え膳が待っていますのよ、直ぐにお部屋へ行きますわよ。」
「据え膳……?」
「はい、据え膳……。」
「日本語でもう一度!」
「バッコ~ン……!」
「まぁお昼からお盛んなことですわ~羨まし……い。」
それからマイケルの尻を押して部屋に戻った。
「据え膳、据え膳……と、」
「あ、マイケル。落ち着いて、あ、あ、お、お願いよ!」
と、逃げ回る子羊と追うオオカミ。
「問答無用……、」
「ア・キァ~~~あれ~~~……。」
合体が夕刻まで続く、続いた。
私はマイケルの尻に乗せられてアテネへと連れて来られた。ここは夜景が綺麗な古代ローマ帝国の遺跡であった。所謂大昔の劇場だよ。寒いのにバイクで移動とは本当に寒かった。
こんなに身体が冷えてしまえば燃え上がる恋すらも凍えてしまうだろう。お空の冷房が効きすぎよ、早く私を燃えがらせてマイケル。でも襲われた後だからもう無理かな。もうすっかり夜に変わっている。
そう言えばマイケル、出がけにボーイさんへ何か言っていたような?
「ねぇマイケル。」
「なんだい、ありす。」
「この後はどうするのよ。」
「ホテルの夕食は断った。何処かで飯食って帰るが、いいかい?」
「それは別に構わないわよ。でも寒すぎよ。」
「もう少しだ、待っておけ。時期に、な?」
「あ、知っていますよ、しぶんぎ座流星群でしょう。」
「なんだ知っていたのか。」
「そうだよ、私だって日本で鑑賞していました。もう流れ出したわね。」
「そうか、知らないだろうと思っていた。残念だよ。」
「ううん、嬉しいわよマイケル。」
「もういいか。……ありす、いや亜衣音。俺と結婚してくれ!」
「へ?……もう結婚もしましたし初夜も済ませましたよ?」
「いや、プロポーズがまだだ。俺の妻になってくれ。」
「マイケル。……はい、喜んで私はマイケルの妻になりました。」
二人で見上げる夜空に、一つ二つと流れ星が通り過ぎる。ロマンチックな夜をありがとう……マイケル。
「……ありがとう……。」
「いいのよ、私がせがんだのでマイケルのプロポーズが遅れただけだよ。」
「ありがとう……。」
返事が遅く返ってきた。もの思うマイケルの考えている事は生前の奥さまの事だと考える。意地悪したくなった私は、
「マイケル、訊きたい事があるんだ、いいかな。」
「なにを?」
「ねぇガイアクォーツとねラフィーネさんよね、聞きたい。」
「う……それを聞きたいのか、そのうちでもいいか。」
「話したくは無いのならば早いがいいわよ?」
「う~無理。いずれ話す。」
「もうひとつあるんだ、いいかな。」
「答える事ができたらな。」
「私の素性は知っているのよね、だから魔法を使ってても驚かなかったし、何処まで知っているのかな。私、人狼に巫女だよ? 呪われた人種なのよ?」
「すまない知っていた。ウソついたようで心苦しい。でもありすを好きなのは間違いない。信じて欲しい。」
「随分と弱気だね、もっと強いマイケルでいて欲しいな、」
「あ、あぁ、あ~、ありす。お前を欲しい。俺のものになれ。」
「はい、喜んで。」
「隠していてなんだが、実は俺も人狼なのだ。驚く事ではないだろうが前々の妻の時に人狼にされてしまった。今は死んだ二番目の妻の墓参りに来ていた。」
「それで一目惚れしたんだ、二番目さんに申し訳ないと思わなかったの?」
「いや、うり二つだったから、ありす、お前はラフィーネの生まれ変わりだ。な、そうだろう?」
「違います、生前の記憶は持ち合わせておりません。それに私は日本人でこのギリシアには初めて来ました。」
「ありす……どうしてラフィーネの事を持ち出すんだい、俺が困るよ。」
「え~どうしてって、だってマイケルが言い間違えを二度もしたからだよ。マイケルが自爆しただけ。もっと困りなさい。」
「う~……、」
「いいわよ今度でね。」
「そうして欲しい。以上終わり。」
「バイクを暖めてくる。」
「うん……。」
星の降る夜にプロポーズをすると、この愛は永遠に続くという言い伝えがある。私、幸せになれるのかな、もう私は殺されたりはしないかな……ミカエル。
マイケル=ミカエル、私の天使さまだよ。明日からはミカエルと呼んでみようかな。でもマイケルは職業柄でミカエルと呼ばれたくはないかな。だったらマイクとかがいいかもね。
私、気になりました、マイケルの本当の仕事は何だったのかと。恐らくだが人狼になれば長生きになるから一カ所の会社では勤め上げられないのではないかと、ふと思った。第一にホロお婆さまは、幾つかは分らない位に生きている。それでいてとても元気なのだから。
遠くでバイクを噴かすエンジンの音が聞こえてくる。もしかしたらラフィーネさんという人はマイケルが人狼だと知りながら結婚したとして、マイケルが何時まででも若い時のままだったら気持ち悪くなって縊死したのではないだろうか。
「う~……いかんいかん。これは間違った思考だわ。」
私は悪い想像をしてしまったので、急いで邪念を振り落とすように大きく頭を振っていた。そのせいか、思わず知らずにだよ、
「ありす、帰ろうか。」
「はい、ミカエル!」
「え”……なんでその名前で呼ぶ?」
「……? あ、今私はなんと言ったのかな。」
「ミカエルと言った、どうしてだ。」
私はマイケルの地雷を知らずに踏んで、マイケルはそれを打ち消しにかかる。不躾に私はマイケルを傷つけてしまった事に後で気づいて後悔をする。
「だってマイケルはミカエルと同じ文字なんですよね?」
「そうだったかな。でもその呼び名は……いや、よそう。飯に行くよ。」
「そうだね、ねぇ、アテネで宿泊することはできるのかな。」
「マフィアのいないホテルを探すのが大変だよ。会わなきゃいいだけだがな。」
マイケルの大きなバイク。これでアテネ市街を爆走したらどうぞ見つけて下さい、と言うに等しいのだとマイケルは話してくれた。
「また私は盾役だね。死んじゃうよ。」
「そうか、だったらラフィーナに帰るか。」
「うん、そうしようよ。」
帰り道は絶唱……だった。
「ウキャ~~怖い~~ウキャ~~!」
私は必死になってマイケルの背中に抱きついている。だってマイケルは直線道路を時速二百キロも出して走るのよね。マイケルはさっきの私の言葉で傷ついて今はその感情を振り払いたいのだろうか。
「ごめんなさいマイケル。」
小さく言ったから聞こえるはずは無いと思う。でも次の言葉が聞こえるということは、むむむ……。
「マイケル、次の三叉路で止まってよ。マフィアの車を待ち伏せするからさ。」
「おいおいバケツは持っていないだろう、どうする。」
「簡単よ。魔法で飛ばして流れ星にするのよ、いいでしょう?」
「あぁ、我が女房ながら凄いと思うよ。もう俺はこいつの尻に敷かれたのと同じかい、喧嘩は出来ね~……。」
ラフィーナに帰り着くまでに数台のベンツが空き地に転がる事になった。明日には部品取りとして倉庫に入るだろうて。
「ねぇ、途中にピザ屋さんが在ったよ。行きたい。」
「オーケーもう追跡は無くなったから行くか。」
「うんユーターンして。それからお酒飲まないでよ。」
私は高速で走るバイクでも景色はと言うか、看板だけは見逃さない。どうもマイケルも同じ様だった。お店の場所を私に聞かずに行き当てたのよ、驚いたな。勿論、オーダーは私がするんだよ楽しいな。
「どうだい、スピードが怖かったかな。」
「ううん、面白かったわよ。でももう出さないで欲しいな。」
「え~いいだろう?」
「よくはありません、寒くて風邪を引きそうです。」
「あちゃ~……、わりい。」
「マイケルは青森で地吹雪と喧嘩でもしていたのかな。こんなに寒いのが平気だなんておかしいよ。」
「いや普通……。」
「タバスコ、掛けちゃうぞ!」
Michael・城南。Michaelと同じスペル。




