第166部 退院、そして日常は……
1972年7月7日 東京
*)退院の日……
「亜利沙、退院したら何処か遠くへ行こうね!」
「ァ~イ、」
私が自由に動けるようになるまでは一ヶ月を待たなくてはならない。それから徐々に運動量を増やして身体を慣らす必要があるのだとか。子供だって直ぐには動かせないのは当然だろう。産まれたら亜利沙を北海道の麻美お義母さんに預けると言っていたのだけれども、もう可愛いから出来ない。
「これからどうしよう、亜利沙を産んだのが悪かったかな。眠れない……。」
晴れて退院となった。まだ通院の必要はあるけれども、これで病院とはおさらばが出来て清々した。大地と言えばこれが本当に役立たずで、何も出来ずに家ではオロオロとしていたらしいのよ。でもね、とっても可愛いと思うの。
隠れた父からの血液分析が終わったというので結果を聞いた。んで、な~んも巫女のDNAは無いと言われた。いつもの気持ち悪い笑い声が聞かれなかったのは良かったのだが、以外や以外で己の予測と結果が離反していたのでガッカリとしたのだと。……アホかいなクソ親父は。
「バカ親父。これからどうするのよ。亜利沙に魔法が無かったら私は偽物だって直ぐにバレてしまうわね。」
「ふ~ん……どうしたものか。前に採血した血を全部輸血すれば、あるいは、」
「え”……ホント、出来るの!」
「……あるいは天国にやるのと同じ、勿体ない。」
「親父、一度天国ツアーに行ったらどうよ。」
「それでギリシアで殺した亜衣音を探してくるかの~。」
「あの時、間違いなく息の根を止めたよね。でも死体が消えたって、本当は何処かに隠したんじゃないの? あるいは生きていると考えたらどうなのかしら。」
「探させたが見つからなんだ。かといって第三者が入り込む隙は無かったというしな。ミコノス島……ここが天国の入り口かもしれん。」
「私はもう嫌よ、人殺しなんて。今でもあれの幽霊が出て眠れないのだからね、産後の鬱には早すぎるから仮病も使えない。」
「お前、対峙していた時にあやつから何か聞かなかったかな。」
「大して、大した事は無いわね。もう覚えてもいないわよ。」
「祭壇は壊したからあちらからは幽霊として出てくるしかないだろう。もう帰れ。」
「はいはいそう致します。健康診断は終わりよ!」
「?……。」
バカ親父がどうしてこうも簡単に病院に入れるのかが不思議なのよね。その度に顔形が変わるのも慣れたとはいえ、気持ちが悪いものだわ。もう来ないとどれだけ叫びたかったかしれはしない。
「クソが!……死ね!」
「ウワ~ン・・・、」
「あ~よしよし、良い子だから泣かないでね。」
「ウワ~ン、ギャイ~ン……。」
「ゴラ! しばくぞ!」
「グシュン、」
「ほ~ら良い子が出来ました。」
「この後の展開どうしようかしら、もう逃げ出したいわよ。」
私が帰宅したら阿部元教授がね、母親の三人を縁側に集めるのよね、何だろう。答えは、
阿部元教授が庭に出てアジサイの花と格闘していた。それが花開く。小雨に濡れて咲いた花が、どうしてか丸くなっていないのだ。五個の花がハート型に整えてあったのだ。一番目立つ場所に咲いたアジサイが、この世に誕生した五人にお祝いを演じていた。
退院した母親たちが縁側に三人並んで競い合う、何を?
「澪、左の大きいのが霧よ、」
「沙霧、あんたこそ左の小さい花にしなさいよ!」
「澪、右から二番目は霧香のよ。」
「いいえ、心々……望がいいわ!」
「私はねぇ~、」
「あんたは残った花にしなさい!」x2
「ウキョ~……!」
「寛、ま~た問題を起こして……ダメだべさ。」
「すみません、ホロお婆ちゃん。」
私と亜利沙が遅れて帰宅すると既に退院祝いと出産祝いの準備が整っていて私の帰宅を待っていたとか。ちょっとそんなに沢山、これでは亀万に奉仕し過ぎではありませんかね。
「お爺ちゃんのお金だからいいのよ。子供は心配しないでお腹いっぱいに食べていいからね。」
「それにしては……おいなりさんが多いようですよ?」
「あら、そうだわね。途中ですり替わったのかしらね~。」
もうお母さんにはすり替えの心当たりがあるようだね。
宴会は二カ所で開かれている。自宅のお座敷ともう一つは、杉田家が隠れて行っていたとか。あ、あれよ、ほら、亜衣音オリジナルの探索でギリシアに飛んだ人たちが帰って来ているのよ。それで私には内緒だ~って亀万のお座敷に集合しているのよね。意味ないのにね~……亜利沙。
その亀万のお座敷では……、お婆ちゃんのご機嫌をとる女将さん。
「お婆ちゃん、随分とお若い衣装ですね~。」
「あら~そうかしら。あちらではこれが普通でしたわ。」
「もうババァの西洋かぶれには参ったぜ、酒よりも衣装だと言いやがって、俺にはビールの一本が出されただけだったぜ。」
お寿司と小鉢をテーブルに並べる女将さんはしっかりとご機嫌取りは忘れないとか。
「カムイコロさん、口が過ぎませんか?」
「文句言ってもバチは当らないよ、なんてたって俺がカムイだからね。」
お婆ちゃんは至って冷静なのだ。神……カムイがどうしたと言っているのと同じだよ。女将さんはウフフフと笑いながらビールを置いて行く。
「鼻の効かないクマには蜂蜜酒なんか飲ませるだけ無駄というものです。」
という事は慰労会だよね、結果ボウズのただの海外旅行に終わったらしい。お金を出す者が一番偉いときたもんだ。一番楽しんだお婆ちゃんに乾杯!
「俺は杉田家の主としてだな頑張って調べたんだよ。でもなんも話せなくて無理だったわ。」
ただ単に出番が無かっただけである。出番が無ければひと言も話す場面は無いのだからね。暗に案が無かった……のか。
ギリシアのミコノス島なんて、探査項目には上げもしていない。あの島に行けたらもしや~……。でも時間軸が異なっているので会えるはずはない。それにアテネでのマフィアたちの掃討作戦も今の時間軸では起きていないのよ。係争はあったけどね。
で、お話は自宅に戻って、
いなりの寿司桶を前にして食べたいとは思わない。少しダイエットを行うと決めたからには、こんな甘いでαデンプンの塊なんて食べられない。レタス巻きにお箸を伸ばそうとしていたらお母さんがね、
「亜衣音ちゃ~ん、お友達から電話よ~。」
「は~い、今行きま~す。」
こんな退院の日に電話なんて掛かる訳がないのよ、これってもしや?
「はい、亜衣音です……。」
「お~ワシじゃ、あのな……、」
クソ親父……だった。
お父さんだけが亀万と自宅との掛け持ちしたらしくて、家にはあまり居ないようだったよ。こんなつまらない情報をあのクソ親父が届けてくれるって、少しも親切ではないのだからね。堂々と何処かの女に頼んで電話してくるあたり、もう勘弁して欲しいわよ。その女が私の妹だったら容赦しないからね。
「これって暗に私が家の情報を聴き耳たてて盗めっていう事だよね、やだな~。」
それで私は役には立たないだろう大地を斯く斯く云々と説明して、亀万のお座敷に派遣した。
「亀万のお座敷を調べてきて!」
「いいよ、それでなんとする。」
「用件よね、そうね、ガリが無かったから下さいとでも言えばいいわ。それでお座敷に上がってお話の内容を覚えてきなさいよね。」
「分った、行ってくる。」
で、大地は帰ってきた。
「亜衣音~お座敷には客を入れて無いってよ。だから何も無いって。」
「それは逆。誰も入れませんという意味よ。も~バカバカバカ大地。」
「え~心外だな~。」
「実際は本家のお婆さまや智治お爺ちゃんらが宴会しているのよ、お父さんも往復して参加しているのだからね。あ~私には関係無い、もういい!」
「そう怒るなよ、もう一度行くからさ。」
「無駄だからいいわよ。大地、行かせてごめんなさい。」
「いいよこれ位。」
シュンとなる大地が可愛くて、つい謝ってしまった。こんな大地と別れて自分一人いや亜利沙も居るのだが、家出するには思い切りが出来ない。大地に相談して家族で家出をする方がまだましのような気がしてきた。
うら若き夫婦が家出しても暮らせる保証は何も無い。大地が何処かでその日暮らしの日銭を稼いでくるとか、想像しただけでも身の毛がよだつようだわ。
う~ん、まだ時間は一月もあるのだから落ち着いて考えることにしようか。大地にはそれとなく相談をして最終的には付いてきてもらう、これでいいのよね。
クソ親父によって与えられた暖かい家庭の雰囲気は、それはそれで捨てがたいのだが、私の実家に戻ってもその実家が何処に在るのかさえ教えて貰っていないのだから。妹はどうしているのか、そもそも妹って居たのかな。可笑しい……記憶が子供の時の記憶が思い出せないし、姉が居たような気もしてきた。私の母はあの人で間違いないのか、それさえも思い出せない。
うわ~……どうしよ~。
ワイワイと騒ぐお座敷の雰囲気に酔ったようで途中で中座した。部屋のベッドで横になれば眠っていた。目が覚めたら目の前には亜利沙も寝息を立てている。お風呂も済ませてあるらしくてシャボンの良い香りがしていた。
「起きたらお乳上げなきゃ。大地は……未だに大人に混じって食べているのかな。 早く戻ってくればいいのにな。」
亜利沙が空腹で泣いていても私は疲れて爆睡ちゅ~……。それで大地から起こされてよやくお乳を飲ませるのだった。亜利沙が満腹して眠ると同時に私も直ぐにベッドに倒れて寝てしまったらしい。
私が退院してきたというのに、我が眷属たちは家事と子供たち五人の世話で私は放られたままだったのよ、くそが~……。
「こんだけ家族が増えたらお風呂の増築を考えておくべきだったか。」
「もう、そんな気も無いくせに穣さんは~。」
と大きな声で父が話していた。徹さんが競馬で長期出張の時は澪お姉さんがこちらの家にきて、子供たちの食事とお風呂を済ませて帰っていく。一人で赤ん坊の四人は……そりゃないわ~。黒川家は家族が多すぎて崩壊しちょるばいな。
「いや、クロでシコタマ儲けた徹くんが居るだろう。」
「ダメです、あのお金は子供らの教育資金に寝かせております。定額貯金に置いていますので、十年後には倍にまで増えるのですよ? お風呂の増改築は必要ありませ
ん。」
「うわ~……もうこんな家は嫌だ~……。」
私のいる場所は赤ん坊の世話で無きにも等しい。藍だってもうすっかり母親みたいになってしまっているし、夕霧だって澪お姉さんの世話係になっている。もう私の相手をしてくれるのは大地だけになってしまった。
私にとってはこんな惨めな日々が続く。夕霧は勿論のこと今は藍ちゃんだって大学の授業料は援助して貰うしか無い。ならば家庭奉仕は必須なのだから私がとやかくは言えないのよ。そう……「もっと私を構って!」なんてね。
「何だか私、寂しくなったかな!」
そろそろ、亜衣音の不思議な国のありす……β世界線(仮)と合体させる必要
が出て来た。
人狼と少女で世界線を無理に分けて書いたので苦労した、それで二つに分けた
のだが、今後の展開はどのようにしましょうかね、酒を飲まないで考える……
考えなければならないが、どうしてか女房が買ってきたノンアルのビールが床に
転がり落ちていた。先ほどの大きな音がそうだったのだ。このノンアルを飲まな
いで……明後日は苦痛に満ちた出張へ……イザ! ゆかん!!




