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人狼と少女 垣根の上を翔ぶ女 亜依音  作者: 冬忍 金銀花
第二章 親子(父と娘)……

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第15部 開かずの間


 私には母の面影すら記憶には残っていない。母と別れる前は自分が自分では無かったらしいのだ。母に向かってとても冷たい仕打ちをしていたと、麻美ママから聞いた事があった。


「お父さん、ママの事たくさん話して!」

「そうだね明日に話すとするか。」

「うん、」


 潤んだ瞳が赤く光るのだった。



*)廊下の突き当たり……開かずの間


 私には入れない部屋があった。父の穣からは入らないようにと言われたあの奥にある部屋だ。この家には床の間が無いから、きっとあの部屋には床の間と仏壇があるのだろうと予測している。


 父の留守の間に入れない……開かずの間、それが明日に開く。



「亜衣音……ちょっといいか。」

「なぁにお父さん。」


 その部屋を今日になって開けるのだと父は言った。夕方に買ってきたビールを父は一本しか飲まなかったのだ。私が味を占めたケーキを食べるから控えた訳ではなかった。いやいやお昼に届いたお父さんの荷物を片付けながらワインを飲んでいそう。


「……そうだな、亜衣音と同居もできたし沙霧の遺品を亜衣音に受け継いで貰おうか。」

「なんで、」

「なんでってそりゃ~そうだろう、俺はいくら女房の持ち物と言えども女の物には手を付けたくはないのだよ。」

「恥ずかしいとか?」

「いいや……そうだね個人への侵害? とでも思えるのだな、これまた。」

「お母さんのこと、とても大事にしていたんだ。なんだか嬉しい。」

「そっか亜衣音にもその内に判るさ。」

「そうだといいけれども。……私にもお母さんの持ち物をさわれるのか分らないよ。」


 お互いがお互いを尊重するから、丁寧に言葉を選んで話すから、どことなくぎこちない会話が続いた。



 私は父の言葉を聞きながら昔の事を思い出す。


 遺品……母の遺品。そう言えば麻美お母さんからは何も受け取っていない。母が遠く旅立つ前はとてもでは無いが母娘おやこという関係では無かったという。私は何度も何度も母を泣かせたというし、最後は桜子お婆ちゃんに『もうあの子は育てることが出来ません。』とまで母には言わせていたという。麻美お母さんも随分と悩んだと思う。


 麻美ママの記憶がよみがえる。幾つの時だったかな~……。


「亜衣音、もう言ってもいいかしら。貴女はねママに『もうあの子は育てることが出来ません。』と、桜子お母さまに泣いてすがらせたのよ、覚えていなよな?」


「ううん覚えているよ。でもね私にはどうしてあのような事を言ったのか、どうしても分りませんでした。今でも理解は出来ていません。」


 二歳の娘が覚えているはずはない。恐らくだが幼児時代は他人から言われた事を昔から知っているよ、という傾向があるのだ。何処かで聞いた覚えがあるからだろう。


 例えばであるが「**ちゃん、ピンクのバッグは持っていたよね。」「持っていないよ、」と答えるのだ。少ししてから同じ質問をするとしよう「**ちゃん。可愛いピンクのバックは何処にあるの?」「うんお家にあるよ。」と、答えるのだ。明らかに事実に反する事を言う傾向がある。これと同じ。



 中二の夏休みの時だったかと考えた。この時、麻美お母さんは泣いていた。この時は他にも言われたが覚えてはいない、何を言われたのだろうか今になって気になりだした。口を衝いて出た言葉が物語っていようか。


「私、お母さまの遺品は何一つ持っていません。いいえ、麻美お母さんからは託して頂けていないのだと考えていました。理由は分ります、私が悪い娘だったからだと。」


 私の頭は想い出に逡巡していて、ようやく父の声が耳に届いた。


「そうか、そうだったのか。俺に北海道の時の沙霧の遺品を全部寄越すと言われて疑問に思っていた。『詳しく教えて下さいと』お願いしたんだが断られたよ。つい最近のように思い出す。」


「うん……ごめんなさい。全部私が悪いんだ。だってお母さんを、だってお母さんを………うわ~~~……、」


 私は思わず大声で泣き出したのだ。母が死んだと頭の中に感じた時は泣いていたけどもね、別れる時だって泣いてはいないしその後も。いいや今まで泣いた記憶すらない。


 沙霧の遺品を全部寄越すという意味は、「亜衣音には何一つ持たせません」という意味だった。でもそれでは亜衣音が可哀想だと父が言っても麻美お義母様は答えずに済まされたのだろう。



父も顔を歪めて泣きそうな顔をしている。


「お父さ~ん、私、わたし、薄情者なのよ。今まで泣いた事はないのよ、うわ~~、わたし~どうしたらいいの、ねぇお父さん。わたし~……、」

「え、でも……それは……、」


 父は私が今まで泣いた事が無いと言ったのを過去に遡って思い出そうとしたのだろうか。私が泣いたのはママが死んだ時だけで、その他は喧嘩して負けたふりをしてウソ泣きをしただけだった。どんなに悔しくても泣かなかったのだから。


「いいよ、泣きたい時に泣けばいいさ。天国の沙霧も『それでいいのだよ』と言うに決まっている。もしかしたら『泣くな』とでも言うだろうさ。」


「うん、ありがとう。」

「どうだ、遺品を見る心構えは出来たか。」


明日あしたでいいかな。今日は涙で何も見えないと思う。お父さん、お母さんの写真を見せて下さい。白鳥の家に写真は無かったのよ。」

「そうだったね、麻美さんは色々と考えての事だったと思う。良く今まで我慢ができたな……偉いぞ。」

「ううん、ちっとも偉くない。だって、だって……あまり考えた事は無かった。お父さん、私可笑しいよね。笑っていいかな。あれ? 自分で自分を笑うのってどうするんだっけ。」


 きっと父は悲しくなって私を見られないからだろ、すぐに席を立ってからの一言は……後ろ向きで言うのだった。


「写真を持ってくる。」


 必死な思いの亜衣音を見ていると、穣さえも目に涙が浮かびそして流れてきた。穣はかすむ目を見開いていつもの机の引き出しに隠しておいた写真を探した。そして沙霧と亜衣音を写した一枚の写真を私に渡すのだった。


「綺麗なお母さん。この子、とても不細工。」

「おいおい可愛いじゃないか、どこが不細工なんだ。」

「……笑っているね、お母さん。」

「可愛い娘を抱いているんだ、当然さ。」


「うんお母さんは……とても可愛い、」


 私は流れる涙を必死にこらえる為に食い入るように写真を見つめた。きっと写真の赤子のように今の私は不細工な顔をしているのだろう、それを父から指摘されたように聞こえた一言は、


「亜衣音……今日は休もうか。お風呂に入って顔を洗っといで。」


「うん、そうする。少し早いけれどもお休みなさい。」

「あぁ、お休み。」


 私はお風呂に入るも、身体を洗う余裕が無かった。お湯を身体に掛けて湯船に入りそのまま湯船で顔を何度も洗った。髪は伸ばしたままだった。そして……頭が少しぼやけるまで風呂桶に入っていた。


 お風呂から上がりパジャマに着替えて窓を全開にしてベッドに横たわる。遠くに聞こえる電車の走る音、それは夜にしか聞こえない音、憧れの音だった。


 部屋の明かりを消した。


 大きめの枕を顔に押し付けた。


 息苦しいからと枕をベッドから落とす。


 濡れた髪を拭いたタオルで目を覆うのだった。


 私は、泣く、泣いた。どれくらい泣いたかは分らない。


 開け放った窓から母が入ってきたような感覚に陥った。


 だから、穏やかに……眠れた。


 穏やかに……。




 翌朝、父が起きてこない私を起こしにきた。今日からは一緒に電車に乗る約束の初日なのだが、今度は私がその約束を反故にしてしまった。お相子でいいのかしら、いやこれは八対二で私が悪そうだな。


「わ~お父さん。やっちゃったよ約束守れなくなった。」


 小さく呟いた、ごめんなさいと。


「なんだ目がトロンとしているな。俺も今日は休むか。約束だものな。」


「うんお願い。初めて風邪を引いたみたい。」


 「約束だものな」私のたわいない願いを重く受け止めてくれるお父さん、あまり私に優しくしてくれたら出世しちゃうぞ!


 父は開け広げられた窓を閉めて階下へ降りて行き、今度は洗面器とタオルを持ってきて頭に濡らしたタオルを置いてくれた私の王子さま? いや違うか。そうして小声で、


「久しぶりに、特異料理を作ってやるか!」

「え~やだ。まだお母さんに会いたくないよ。」

「牛乳とパンを煮込んでくるよ、すぐに元気になるさ。」

「うん……。」


 と言ったものの待ちきれずに眠りについた。親子の関係がこんなに穏やかな感覚をもたらしてくれるのかと、初めて理解した瞬間に眠りに落ちた。麻美お義母様とは違う安らかさに戸惑う私。


「なんだ寝たのか、これは俺が頂くよ。せっかく白ワインを入れたというのに残念だね。」


 卵酒ならぬ牛乳とパンに白ワイン、お父さんはきっと沢山のワインを入れたに違いない。


 穣も昼過ぎまで寝てしまった。ワインまで飲んではそうなるのかも知れないが、炬燵で寝ているから亜衣音に起こされた。


「お父さん……まさか死んだの?」

「バカ言え、朝作ってやったのに寝やがって、俺が美味しく頂きました。」

「ワインの瓶は隠して言ってね。どうしてか良く寝ていたのよね。」

「そうか俺も腹減った。何を作ろうかだがもうパンは無いぞ。」


「熱も下がったから私が作る。聞きたいのですが、ねぇ、私の学校に連絡してくれたのかな。」

「うっ、……やべ!」

「ドジ!」


 病気の時の弱者は優位に立てるものだ。あれが欲しい、これして、背中掻いて等々……。そんな冗談交じりのか細い声での会話が続いている。


「心配してくれた藍ちゃん達が来たじゃないの、どうしよう。」

「俺~が出迎えるから亜衣音は厚着して寝てくれ。」


「タヌキ!」

「ばかやろう!」


 父は玄関へ行き私は二階へ上がり着込んでベッドに横たわる、勿論狸寝入りでだよ。


「ピンポーン!」

「え”? 今チャイムが鳴っていのだが亜衣音は窓から見たのかな。いや、居間で話し込んでいたよなどうしてだ?」


「はいはーい、ごめんなさいね。ついうっかり学校へ連絡を忘れてしまって心配をお掛けしました。」


 お父さんが軽すぎるよのね、玄関の引き戸を開けながら言うものだから訪問した級友も面食らう。


「私たち、そのう亜衣音さんの学校の者です。初めまして、」

「あ、はい、いつも亜衣音をありがとう。貴女が藍ちゃんですね。」

「はい、苫小牧で一度お会いしておりますが、あの時は声も掛けておりませんでした。雨宮藍と言います。そして後ろが明神さんと立花さん姉妹。」

「あ、立花さんは覚えております、あの時はありがとうございました。」


「あのう……自己紹介は後でお願いします。それで亜衣音さんはどうして?」

「バカな風邪を引いて寝ております。」

「あ~やっぱり。そうではないかと思っていました。(バカなの?)」

「藍ちゃん後でなら何とでも言えます。それでお父さま亜衣音さんは大丈夫ですよね。」


「はい二階でタヌキ寝入りしていますので、見舞ってやって下さい。」

「まぁ、タヌキを飼ってあるのでしょうか。」

「二階に聞こえるようにもっと大きい声でお願いします。」

「まぁ、可笑しいお父さま!」


 穣は亜衣音が来たことにより性格が円くなってきたのだろうか、こんな馬鹿な冗談を言えるのだから。いや逆に変だと考えたがいいのではなかろうか。


 トコトコと四人は二階へ上り私の部屋にやってきた。


「タヌキさんは寝ていますか。」(藍)

「もう~お父さんは私をタヌキ扱いにして~また熱が出たらどうしよう。」

「お父さんはお外へ出て行かれました。」(未来)

「亜衣音さんどうしたのよ。」(碧)

「バカねぇ~どうして風邪引くの。」(翠)

「う~言わないで! バカだから。」



 声かけが終わると、所謂、通過儀礼が始まるのだ。


「やめて~お願い私のお部屋を見ないで。」

「う~ん……これは殺風景な、」(藍)

「だめだよ、これは通過儀礼なのよ。黙って寝ていなさい。」(未来)

「そうよそうよ、大人しくからかわれなさい。」x2


「病人に向かってそれはないでしょうが、うつしてやる……私の風邪はねちっこいのよね。」

「杉田先生と同じだね、田中くんからも預かってきたの。ねぇ亜衣音ちゃん田中くんに色目を使ったの?……気になる~。」(未来)


 笑いながら立花姉妹は階下へ行き、藍はしきりに目を廻しているのだった。何も無いのにね。


「バカ言わないでまた熱が出るわ。」


「はいこれ、田中くんからだよ。」(未来)

「え”、これってただの先生からの通信だよね、んもう、からかいやがってこのう妙ちくりんが!」

「なんだと~頭をこうしてやる、どうだ。」


「うぐうぐ~グシャグシャにしないで。ごめんなさい、もう言いません。」

「それでよし。二度と言わないでね。」


「お皿を借りてきたわよ、」x2

「序でにフォークもね。亜衣音さんは食べられるかしら。」

「コップを借りて来たわよ。ジュースは飲めるかしら。」


 起こされていた小さな円卓を部屋の中央に据えた藍。これに立花の姉妹がお皿とケーキを置いていいき続いてジュースも置かれるのだった。



「朝からな~んも。大歓迎よ、もっと持って来てよね。」

「あら、お台所にはお鍋とお皿が置いてありましたわよ、夜から置くとかないよね~。」

「あ、あれはお父さんが~、」

「病人は催促禁止。あ、亜衣音さん明神さんにお礼を言いなさい。亜衣音さんが来ないのを見越して杉田先生に病欠の連絡をしていたわよ。」


 とすると私の情報を漏らしたのは杉田先生なのか。だってさ、私はこの家でまだ四日位しか過ごしていないと言うのに、もう友達に家を知られてしまってあ~早すぎるわよ~。それにしても四人のチームワークは良すぎませんか? 言い出しっぺは誰よね。


 おっとここは営業スマイルを発揮させる場面だわよね、可愛い声を出さなければ、 


未来みく~ありがと~最高のお友達よ。」

「えへん、私は偉いのだ。もっと感謝なさい。」

「はい、謹んでケーキは頂きます。」


「ねぇ亜衣音ちゃん。今日の授業のノートは必要かしら。」

「藍ちゃんありがとう~でも後が怖いから要らない。」

「まぁ薄情な、怒ります。」

「私と一緒だね。昨日は自分も薄情だと気づいたのよ。」


「人情も薄くなれば薄情という。その心は温かみが薄くなる。」

「うぷ、」

「どお、熱いコーヒーを飲みたくなったでしょう。」

「ううん、汗をいっぱい掻いたので水がいい。」


「うぬは、人の好意に水を差すのか!」

「座布団は押し入れに在るから勝手に使って!」

「ジュースは私が頂~、」

「わ~未来~それ私の~、」

「もう寝てなさいよ、」

「よくも押し倒したな~。」


 小さな丸いテーブルを囲んで四人も座れば私の席は無くなる。私は笑いながら寝返りをうった。そこに父の穣が部屋に入ってきたのだが?……手に抱えたのは大きな丸い容器の亀万のお寿司だった。


「これ食べて亜衣音の事を教えてくれないかな。」


「お父さん、もうやめて~~~!!」

「いいじゃん亜衣音。全部ばらして帰るね。」


「イ、ヤ~~!!」


 上級公務員が娘の友人らを買収するとは何事ぞ! それにだ、私を呼び捨てにして秘密をバラすのは誰だよ。



 開かずの間が遠ざかる。


「私、どうして風邪を引いたのかな。今まで病気はしなかったのに可笑しい。」


 昨晩の母娘の写真には裏面に書かれた文字があって、


「亜衣音と名付けました、風邪を引かないで元気に育ってね。何処に居ても亜衣音の声が聞こえますように。」 1953年6月8日


 と。私はまだ気づかないのだ亜衣音の意味は、


 天命を以て大河の水の如く力強く、悲運を克服して将来は幸せになりますように。吉凶が糾える人生を送る相が出ているという。


 怒濤の魔力が開花するのはまだ先のことであって目先には嬉しい初恋が覗いているというのに、将来の幸せなんて……永遠に訪れることなく私の人生が始まる。


 何処に居ても亜衣音の声が聞こえますように……天にいる母に私の声が届くのもそう遠い未来ではなかった。


 亜衣音と穣の親子の会話……私には少し重たすぎだった。

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