第135部 亜衣音改造計画……眠れない……
1971年7月20日
*)渡米に向けて……
私は熱を出してしまった。それでも気になるのが夕霧さんとお母さんはなにをお話しているのか、想像は出来るが本当かどうかは分らない。
「大人しく寝ていろ!」
「うん、大人し・音なし。」
「ケッ、バカ言ってろ!」
「うん、お寿司食べたいよ。」
「とびっきりの唐辛子をワサビの代わりに入れてやるよ。」
「ギャバ!」
カムイコロさんがお座敷に戻っていく。淋しいよね、大地。あのお祭りの時は力を振り絞って大地の下までたどり着くのが精一杯だったんだ。脚の痛みはその時は感じなかったよ、でもね、とにかく足が動かないのがね、とても、もどかしくて、そうして自分の足を見たんだよ。真っ赤な私の鮮血が昔の記憶を呼び覚ましてね、それから大地の顔を見て、今、自分は大地の横に居るんだ、と、安心したら気が遠くなってそれから起きるまでの三日間もの間、寝ていたのよ。
どうして毎日毎日麻酔を打たれておたのか気になるな。脚が痛むだけではないような気がしてきたんだな、右足が無くなっていたのもショックだったよね。
そう言えば薄れながらも意識が戻った時は、私の周りが騒がしかったような気もするのだけれども、大地が居る感じがしなかったのはどうしてかな。
「どうして今になって大地を思い出したのかしら。もう泣けてきたわよ。」
「大地……、」
「コンコン……ドン!」
「イテ!」
「藍ちゃんなの?」
「そうよ、淋しいかなって思ってね、口を塞ぎにきたよ。」
「口が淋しいって、なによ。いくら食いしん坊でもね、最近は食欲も無くてもうどうでもいいやと考えてしまうのよね。」
「そうなんだ、だから痩せてきたんだね。」
「そうかな、何処かに巫女の力を吸われているんだよ、きっとね。」
「で、何が食べたい。桶ごと持ってきたわ。」
「うん、藍ちゃんが食べていいよ。」
「それはいくらなんでも出来ないわ。あ~……お口に入れて貰いたいんだね。」
「ロシアンルーレットではないよね、さっきカムちゃんがワサビの代わりにね、唐辛子を入れてやる~と言って出て行ったんだからね。藍ちゃん先に味見してくれないかな。」
「ほほぅ~どれに入っているのか、食べんと分らん。」
「いいよ、残りでいいんだよ。」
「では頂きます。アワビ、」
「ぎゃ、」
「次はサザエ、」
「ギャボ!」
「鯛、うに、イクラ……、」
「ギャボ……もういい。私にも一口頂戴。」
「はい、イワシ……。」
「ギャボボ!……骨……ぎゃ~・・・水、お水頂戴。」
「あ、当ったんだ、良かった~、」
「藍、知っていたよね。」
「当たり前じゃん。見れば判るよね?」
「うぐぅ~……、」
たくさんのワサビを藍によって食べさせられてしまった。亀万のお寿司は鮮度がいいという評判なんだ。ワサビだってね、回転寿司のようにね、容器に上から注ぎ足すような事はしないよ。某有名店の回転寿司、瓶の底には古~いワサビしか残っていなくてね、店員に文句言ったよ。ワサビの半分が腐ったような味よ、分るかな。
せめて別な容器に移して混ぜてまた瓶に詰めろとね。でも店員は混ぜております、と言うんだよ。でもその方法、小瓶にワサビを入れたら混ぜる事はできないよね、だって零れるし全体にはかき混ぜる事は不可能だと思うよ。あんな小さい容器でね。
大地が小さい心の私をかき混ぜてくれた。物事の本質を見極める事が出来る私だったら、こんなに涙なんて流していないのか? とも考えてみたの。
ううん、違うよね大地。女の本質ってなんだろう、男に恋するだけが本質だとも考えられる。小さな心を大きな大地が、グルグルと何度も何度も私をかき混ぜて、そうして私の元から離れていった。
ワサビが原因ではないよ、大地を想っていたからこんなに涙が流れるのだよ。あれ、あれれ、私どうしたのかな、私は今まで泣かない強い子だったはずだよ、可笑しいよ。私じゃないよ、……止まらない……。
「亜衣音ちゃん、……もう落ち着いたかな。凄い涙だね。」
「ごめんなさい。自分の世界にどっぷりと落ち込んでいました。」
「そうなんだ、大地くんの事、忘れられないよね。」
「うん、思い出してはとても悲しくなる。私が寝ている間に大地、どのような扱いにされたのか、とても気になるの。それに私の右足、きっと大地と一緒になって火葬されたのだと信じたいの。」
「うん、その気持ち……分る気がするな。悔しいよね、自分が居ない間に何でも終わっていたなんて、それはイヤだよね。」
「うん、大地とお別れも出来なかった。最初は足が痛むので大地を思い出す事が少なくて助かったかもしれない。でもね、日が進むにつれ、両親にね訊ねる事が段々と出来なくなってしまったわ。」
「そうね、機を逸して訊ねることが出来なくなったのよね。」
「お父さんが教えてくれるのかと、期待したけれど……元気になっても、その教えて貰っていないの……うぅ……、」
「・・・亜衣音ちゃん、泣きたいよね、私も付き合うから泣こうか!」
私はこみ上げる嗚咽で涙も、大粒の涙を惜しげもなく流して藍の涙さえも流させてしまった。本当に優しい女の子だと思うわ、藍ちゃん。
私は藍に背を向けて泣く。藍はいつまででも優しく私の背中をさすってくれて、それが一層の涙を誘って泣き止む事が出来なかった。こんなに泣いたのは初めてだと思う、そう言えば泣いた記憶が無いや。
「藍、大地は何を思って死んだのかな。海斗くんに私を頼むって聞いたけど、それってどういう意味で、本当なのか分らないよ。」
「うんうん、そうよね。私にも分らないよ。でもね、海斗くんはウソを言う人で
はないよ。」
「うん、私もそう思う。でも、大地の気持ちは、気持ち……は・・・え~~ん、」
「亜衣音ちゃん、」
「少し独りにしてくれる?」
「そうね、うんと泣けばいいよ、そして元気になってね。」
藍が出て行ったら余計に涙が溢れてきた。藍がいたから我慢したんじゃないんだよ、大地。……ねぇ大地、最後はどうして私ではなくてあの女を選んだのかな、もう焼き餅も焼けないから教えてくれてもいいじゃないのかな、ねぇ……大地。
あの大きな女の何処に惚れたのかな。……答えてよ、大地。
部屋の前にはお母さんが立っていて、藍にお礼を言っている。藍はドアから出て直ぐにお母さんの顔があったから驚いたみたいでね、
「あ……、」
「ありがとう、」
「いいえ、お母様。……もしかして亜衣音ちゃんは今まで泣いた事が無いのでしょうか?」
「はい、そうだと思います。私たちも腫れ物に触るのが怖くて、放置してしまいました。藍ちゃん、亜衣音を泣かせてくれてありがとうございます。」
「いいえ、お母様。うんと泣かせれば落ち着くかもしれませんね。」
「……はい、」
いや、ドアの外にはお母さんだけでなくてお父さんも一緒に居たなんて、私の泣き声を聞かれて少し恥ずかしい。
「沙霧、いいのかい?」
「はい、このまま泣くだけ泣かせてみようかと思います。」
「そうか、分った。」
「俺も貯金をはたく時が来たかな!」
「お父様、よろしくお願いしますわ。」
「おう、任せろ、全員を連れていく。」
「お父様、ドッキリではないですよね。」
「もちろんさ、休暇願いも出すぞ!」
「引率という名目がいいと思います。」
「夕霧さんの案がいいな、校長……旅費出してくれるよね。」
そんな時に夕霧さんが来たみたいで、藍と何やら言い争うの? 実はお母さんと一緒になって最初から居たのかも、私の泣き声を聞かれてしまったな。
「うんと泣いてね、バカ亜衣音。」
「夕霧さん、それってどういう意味でしょうか。何なら私が亜衣音に代って受けて立ちますが、」
「藍ちゃん。もう私の負けでいいわよ、それに亜衣音ちゃんとも今後は仲良く致します。」
「私はどうなのよ、」
「どうしようかな~……、」
「やい、表に出るか!」
「そうね、今宵は月も綺麗だと思うよ。」
「うきゃ~……バカ夕霧!」
「アハ~……私の勝ちかな。」
「うぐぅ~……、」
「それ、藍音だよね?」
「こら! 造語を創るな!」
「二人纏めて……藍音だよね?」
二人の騒がしい声が聞こえてきたな。仲が良くなってくれたんだね、嬉しいぞ。
私、このまま寝かせて下さい、なんだか大地をいっぱい思い出せる、そんな夢を見られそうだわ。大地……今日は脚が痛くないよ、どうしてかな。
「お前、元気になって俺の元に来いよ。」
「うん、お寿司をいっぱい食べて元気だすよ、大地。」
「おやすみ、大地……。」




