第127部 これが……私の日常なんだ……ね
そんなこと、できる訳ないわよ。私は一人で生きていきます。
仏壇前には座る事が出来ないのでお父さんが小さいながらも、椅子を買ってくれていた。丸い木製の椅子、背もたれの無い本当にお尻だけが収まるような小さい座面の椅子。まだ一人でというのか、左脚だけでは立ち上がれない脚力なのだから私は、
「ごめん、海斗……くん。」
「いいよ、俺は待つから。」
「いいえ手を引いて欲しいだけなの。まだ一人で立ち上がれないだけよ。手すりや背もたれが在ればいいのだけれどもね。」
「あぁ分った、」
海斗は私が差し出した右手を掴まずに左手の方を強引に掴んでくれた。
「左手の方が立つにはバランスがいいだろう。」
「そ、そうかな、お願いするわ。」
「ゆっくりな、……。」
「もう抱き上げないで頂戴。家族の前でも恥ずかしいわ。」
「でも動けないから、問答無用で……ごめん!」
「う……そ、そうよね、一人では這いずるしかないよね。」
「いいから任せろ。」
「……うん、……。」
私は短い会話でしか話せなかった。大地の前だとどうしてこうも緊張してしまうのか、しどろもどろの私に寄り添ってくれている海斗だった。
「お母さん、椅子を引いて下さい。」
「海斗くん、重たい荷物をありがとう。」
「お母さん……酷い言い方ね、娘をなんだと思ってるのよ。」
「アハハ……そうかしらね。でも私には出来ないから助かるわ。」
「うん、そうだね。義足は本当に一年もかかるのならば、この先大変だな。」
「亜衣音、辛抱強く待ってくれ。親父からは催促させるからさ。」
それから少しお茶を飲んでお寿司を食べた。あまり飲み過ぎたら、その、おトイレが困る。二階が私の部屋だと降りるのも上るにも這いずるしかないのは明白だ。どうせ太ったままだし、この際ダイエットしよう。
入院中は楽しみと言えば三度の食事だけ。身体がブクブクと大きくなって行くのがよく分った。対して、細る一方の左脚。動かさないとこうも身体が変化するのかと思い知らせれてきた。もう……入院は嫌だな……。
「亜衣音ちゃん、今日は沢山汗かいたでしょう。お風呂、行こうか!」
「イヤ~、澪お姉さま、少しは場所を考えて下さい。まだ……居ます。」
「あら~いいでしょう? 仲のいいお友達ですもの。この子たちも付けるわよ。」
「澪お姉さま、今日もお願いします。」
「お姉さま、私が一緒しますから任せて下さい。」
「藍~……まだお話していていいわよ。私が早く休みたいだけだし、ね。」
藍が私の家に来てくれてどんなに助かっているだろうか。でも、男の子の強い腕……心が少しふらっとしたのも心地良かった。
「私、大地を追い求めているのかな。今でも忘れる事が出来ないよ。お休み……バカ大地。」
この夜、私の右足が、無い右脚が痛んで眠れなかった。痛いところは足首なのだからどうしてよ……、と苦悶してうなって藍に迷惑を掛けてしまった。
一晩中も付き合ってくれたであろう、藍ちゃんに申し訳ないな、私。
「亜衣音ちゃん、……。」
「起こしたね、ごめん。」
「いいわよ、また足が痛むのね。どうしたらいい?」
「藍ちゃんを私の専属介護人には出来ないよ、お願いだからさ、頼んだ以外は私を放置してくれないかな。」
「亜衣音ちゃん怒るわよ。どうして放置が出来ますか。その、義足が出来るまではお世話するからさ、何でも言っていいよ。」
「うん、……でも、」
「でも、禁止。……電気点けようか。」
「うん、お願い。少しの間付き合って、」
「いいわよ、お姫様。何を飲みたい? ウオッカかしら。」
「直訳したほうだよ、お水を下さい。」
1971年4月14日
*)朝の日常……
昨日は初の登校だったから大いに疲れていたはずなのに、藍まで巻き込んで寝不
足だよ。
夜警明けのカムイコロさんとすれ違った今朝の事。私はカムちゃんと部屋の交換を申し出た。何時までも藍にすがるのが申し訳ないからだ。カムちゃんは学校の仕事は辞めてしまい、元の自宅警護に就いて貰っている。昼に休むのだから家でも一番奥で静かな処だ。
「そうかい、俺はいつでもいいぜ。」
「うん、助かる、ありがとう、」
「藍も下りてくるよな、少し狭くはないかい? 一人で決める前にさ、相談はしておきなよ。」
「そうね、はい、そういたします。」
「トイレかい?」
「うん、聞かれたかな、」
「目の前だし、出てこれらないだろう。」
トイレの中からノックの音が三回聞こえてきた。私がする筈の合図を藍がするなんておっかしい。
「俺が先だ!」
「あ、……ま、いいか。」
「聞いたわよ、そうね一階が良いよね。私も引っ越すに決まっているわ。いつから?」
「今度のお休みに、みんなにお願いするわ。」
「ごら~、どけ!」
「あ、はいはい、今立ちます。」
藍に左手を引かれて私は立ち上がった。トイレの前の廊下に腰を下ろしていたんでは私の脚が邪魔よね。一本だけでもね。
「あれの荷物は置いていてもいいぞ。俺は気にしないからな。」
「はい、お願い。」
あれとは大地の事だが、大地の荷物は多くはないが本や教科書も在る。これらを処分なんて出来る勇気は生憎と持ち合わせていないよ、大地。
私がトイレを済ませたら藍ちゃんの代わりにカムちゃんが待っていた。
「ほらよ、お姫様、お食事でございます。」
「よ、よよよしてよ、でも、お酒のお手伝いが出来なくなって寂しいな。」
「いいよ、気にするな。スルメを焼いてくれるだけでいいぞ。」
「それっておんなじじゃんかよ。」
「まぁな、横に座ってるだけでも俺は嬉しいよ。」
「ひや~!」
「大声だすな、俺が抱っこして運んでやるよ。」
「はい、シシャモ……や、焼きます。」
「思い出したか? もうシシャモは買わないよ。」
大地は何故かシシャモが好きだった。訊いたことは無いが思い当たる節は何も浮かばない。
「お、良い匂いだぜ、卵焼き。」
「あ~藍ちゃんが台所に立っている!」
「どぉ? このエプロン。買って貰ったんだよカムイコロさんにね。」
「藍ちゃんがカムちゃんに取られてしまう。」
「獲りはしないよ、使うだけだ。いいだろう?」
「同じよ、やらないからね。」
「カムイコロさんにも今日から私が御弁当を作ります。味に文句は言わせませんから黙ってて下さい。」
「うひょ~、いいねぇ……文句なんて言わないよ。」
いつもの朝食の用意は澪お姉さまだ。
「亜衣音ちゃん、ほら食べて、」
「ありがとうございます、澪お姉さま。」
台所の食卓で新聞を広げるのが好きなお父さん。今では居間に追いやれているのだ。邪魔で仕方ないのだとお母さんが追い出していた。そんなお父さんの目の前で熱燗を揺らせるカムイコロさんが、にこりと微笑んでいる。
「おい、良い匂いを俺に流すのは止めてくれないか。」
「俺の楽しみだ、邪魔するな。それとも付き合うのかい?」
「だったらワシが飲んでもいいのかえ。」
ホロお婆さまもお父さんをからかいに参加してきた。お父さんの視線はお母さんを探しているのはなぜ? 身重となったお母さんはまだまだ学校へ行くのだと、只今絶賛お化粧中……。
そこに私と藍ちゃんがお化粧室に入っていく。
「あ~もうこのスーツともお別れが近いわ。」
「お母さん、まだ着れるでしょう?」
「亜衣音、済んだわよ、二人で綺麗になってきなさい。」
「亜衣音ちゃん、行くわよ、女の戦争よ!」
今ではすっかり家族の一員となりさがった?……藍の姿がたくましく見えてきた。この家にいたら鍛えられるのは間違いないよね、藍ちゃん。
トイレの奪い合いも日常、お化粧するのにも、あ、ここだけは年功ですよ。お化粧と一緒に私は藍から下半身をムキムキにされてしまい、今では手早く見かけだけの義足を装填してもらう私がいる。
今の高校が私服通学で御の字だ、だから前の高校への転校が中止になった。
これも運命だったんだろうか、考えて分らないならば考えない。
「藍ちゃん、そのスカート……、」
「てへへ、いいでしょう。亜衣音ちゃんとお揃いにしたんだよ!」
「もしかして……上もなの?」
「そうよ、お母様の発案でございました。今日からはペアルックでいつも一緒に過ごすわよ。」
本当に母が考えたのかは不明だ。いつも二人で同じ格好をしていたら、その、私が身体障害者だという認識がね、少しは薄れるのではないかと言う考えらしいのよね。
誰にだって? それは学校の生徒たちにだよ、同じ姿ならば何時しか私と藍が同化するのだとか、良い考えだと思ったわ、大地。
クラスに入って一番に視線を送ってくれた夕霧さん。そう言えば昨晩にお母さんと夕霧さんが話していた時があったな。もしかしたらこの服の事は言い出しっぺが夕霧さんかしら……。
私と藍に男だけではなくて女子の注目も集めた。
「あら……あの二人……。」
「ペアルック……だわ、」x?
「おはよう、昨日はありがとう。」
「おはよう、うん、私こそありがとうだよ。学校が楽しみになりそうだわ。」
「良かったわ、うん……。」
「オハー委員長……。」
「藍ちゃんまで私を委員長呼ばわりするのね。」
「いいじゃん、委員長だし。」
「私の名前、もしかしたら呼びにくいのかしら?」
「そうね、だっらさ、……ゆう……でいいよね。」
「う……いいわ、妥協してあげる、藍……。」
「え~なになに、もうそんなに仲良くなったんだ、いつからなのよ。」
「ね~、」x2
「委員長……、私は今後も委員長と呼ばせて頂きます。」
やはり私は夕霧さんのことを名前で呼べないな。私の胸を石川くんに披露させた夕霧さんは、私のした悪魔の行いを未だに許してはくれないよね。
「亜衣音さん、おはよう。」
「うん、おはよう海斗!」
「今朝は遅れてすまない、藍。」
「きゃ~……。」x?
「もう呼び捨ての関係よね、」
「きゃ~……。」x?
「三角関係よね!」
外野が騒がしい。
私は思わず石川くんを名前で、それも呼び捨てにしたものだからクラスの女子の注目を集めて……紅くなってしまった。どうしよ……大地。
私は前の学校のように窓側を背もたれにして座っていた。そして教室を見渡すと、バカ大地が今にも教室へ入って来そうな感じが抜けてない。
大地が座る予定の机が横にある。今では藍が座るのだが授業時間は空席のままだ。
これが日常なんだ……ね。昔のように私の周りに集まってくれるクラスメイトたちがまぶしく見える。春の日差しが差し込む時間だからかな。
「昨日のテレビドラマ、見た~?」
「誰も見ていないでしょうが、」
「あ、そういえば昨晩は一緒だったね。」
「寝ぼけてますか?……美保さま。」
「昨日は遅かったからね、うちの旦那がね……、」
私と大地の会話が、今では美保がしているって、どうなのよ。私もつい、
「え~欽ちゃんがどうしてそうなるのよ……、」
後ろの席で黙っている海斗くん。大地のように女子のお尻を眺めて何想う。
……始業式から一週間が過ぎていた。
足の痛みで投稿順を間違えていました。
どうも……しーませ~ん!




