第124部 狂気の大地と……ひかる……その2
1971年1月29日
*)白銀の花嫁さんみたい……
「あ、そうか心配かけたな。落ちた焼き鳥を食って二人でゲリして雪隠にこもっていた。見てみろ、ひかるの痩せた姿を!」
「ギャバ!」「バッコ~ン……。」
「親父、……、」
「あぁ後で二人にも見張りを付けてやる。」
「頼むぞ、親父、」
「任せろ、穣。」
大地の言うことなんて信じられる内容ではないよ、もっとマシなウソがつけないかしらね。そんなことを大地に言えば……ビェ~、「俺にラブホに行っていたよと、答えて貰いたいのか、」って言うんだ、私は轟沈ものよ。
もうこれから可愛いお化粧を済ませてスクエアダンスに行くのよ、これでは人前に出るのが恥ずかしいわ、大地。
「ばぁろう……。」と言う大地。私に向ける、ニコッと笑う顔が……うん、とても懐かしく思えた。大地だってカントリースタイルが良く似合ってるよ。ひかるちゃんがこれまた随分とホッソリとしてきた。「なんでよ、」と、隣に居る美人の珠子に聞けば、
「昨日と今日はね、ひかるちゃんが食べたものはね、お野菜だけだったよ。」
「そうよね、あんな大きい体格にキャベツボールが一つだったら、地獄の折檻と同じよ。」
「夕霧さん、それは本当なの?」
「昨日の露店でも沢山食べたとも思うけれどもね、それだって推測の域よ。特に亜衣音ちゃんの予想が、だね。」
「そこんとこ強調はいらないよ。ひかるちゃんが恋する乙女になったんだ。」
「あんたこそ恋した乙女で、だからかな、やけ食いでブクブクと太ってきたのは!」
「いや~それを言わないでよ。私、夕霧さんに何かしたかな。」
「いいえ何にもだよ。もっと何か頂戴よね。」
「へ~物で釣られる性格なんだ、夕霧さんの手に持ったのが衣装よね。」
「もう白銀の花嫁さんみたいに真っ白だね。」
「うん、これが私の衣装なんだって。昨日の衣装に代わって届いたようなのよ。少しゴワゴワとする生地で作られているわ。」
そう言えば私の衣装も夕霧さんが言うようにゴワゴワしているな。だったらこれも国宝級のドレスかな。裏地がシルクだから着ごごちは最高にいいよ。
すると全員の衣装は最新のケブラー繊維で作られたんだ。
ケブラー繊維とは、1970年代初期になって商業に使用され始めたもの。1971年ではまだ研究室で試験開発中に違いない。将来は宇宙エレベーターに使われる事が確定しているような、最高の強度を持っている。
宇宙エレベーター……。国際宇宙ステーションの高度が静止衛星なみだったらどうだろうか。赤道上空約3万6000kmの軌道が絶対的条件なのだから、行くだけで時速100キロだとしても三百六十時間……半月もかかってようやく到着だよ。
無理だとは思うが太陽で火あぶりにされる前までには叶うといいな惑星移住。あと、六億年だったけ……な、地球に人類が生息出来る環境がね。
「亜衣音ちゃん、ありがとう。貴女の事が好きになれそうだわ。」
「何がよ、」
「鈍感、もういいわ、私、今日は花嫁よ!」
「なんだ、そのことか。」
「ブ~……。あんたは悪魔の色よね。そうよ、ゴリラよ。」
「どうしてよ、」
「ゴリラと書いたスペルが、ゴスペルよ!」
「文字を省略しないで可愛くないわ。で、花婿は誰かな。」
「うん、白川大地くんにお願いしよっと。」
「ギャビ!……殺す……。」
私は夕霧さんの衣装の着替えを手伝う。
「ねぇ夕霧さん、これはブラを外すデザインよ、」
「え~……大きすぎるからポロリはイヤだな。」
「大丈夫よ、ぜっつたいにあり得ないわ。」
「うん、任せる。」
私は裏生地のボタンを二つ外していたわ、これならば夕霧が踊れば直ぐにポロリだよ、間違いない。ウッシッシーこれぞ悪魔の囁きよね。あらあら、私が悪魔って本当のようだわ。翌日にも私は夕霧の着替えに手を抜いた。
いやボタンを抜いたのだ。
「亜衣音ちゃん、出来たかな……。」
「はい、もちろん、よ!」
今日のスクエアダンスは、午前が一般部門に混じって私たちも参加する。で、午後からは一般部門と私たちだけの二部門になっている。明日は午前が一般部門で午後は私たちだけの、オンリーワンを決める大会だという。
明日の午前の部が終わってから、秘密兵器を投入するのだと意気込むお父さんと杉田先生なのだ。どうか、それまで何も事件は起きませんように。
「みんな、汗をかかない程度で踊ってくれ。風邪を引いたら強制で参加取り消しだからな。」
「は~い、」x30
「返事しない奴は、ま、風邪引くなよ。」
「はい、」x20
「少し増えていないか!」
この初日は、
「あ~やっぱりだよ、頭にコブ作りが多いな。」
「あら、お尻には焦げた餅跡があるわ。」
「ようやく地固めが済んだか、午後から撒きましょうか。」
「杉田さん、明日のお楽しみにしやしょうや……。」
転倒続出で開催が危ぶまれる。これなら最初から撒いておけば良かったか。
撒く……いったい何を撒くのだろうか、水で無い事を願うわ。夜の夜中になって粗塩が二トンも撒かれていた。雪……氷温になるか、マイナスの十度だからさ、アスファルトと同じに接地摩擦が上がっていた。午後には直前にも多くの粗塩が撒かれていた。
*)二人のゆくえ……
「穣、すまん。」
「逃げられたんだね、何処に行ったんだか心配だよ。」
「ダンスには来るよね、穣さん。」
「あぁ参加して貰いたいよ。」
午前の部には参加しなかった大地とひかる。昼食のお休み中に探して貰ったのだけれども、見付からず仕舞いだった。午後に期待を込めても現れない。とうとう夜になってもホテルには帰ってこなかった二人だ。
「も~大地はきっとラブホよ。」
「亜衣音、バカ言うんじゃないよ。穣さんだってカムイコロさんだって一生懸命になって探しています。」
「お爺ちゃんはすすきので探しているとか?」
「だから~ラブホはあり得ません。」
「事実なんだね、お母さん……。」
「飲んでいるだけよ。亜衣音はもう寝なさい。」
もうすっかり夜になっている。ヒグマのお鼻では役立たずだったのね。
私は妹たちと寝るのは警護の一環で全員が集められている。昨晩と同じように六人の寝息に包まれて「ふん、大地、知らないわ。」と、心穏やかに眠れた。
夢を見た。大地がグラサンどもと喧嘩をしていて大地は優勢だった。全てがひかるちゃんパワーが炸裂していたよ、大地、ひかるちゃんを守るのではなかったの? そんなこんなでは守られている方だよ、ばか大地。
夜明け前になって大地が私の部屋の前で眠っていて、ひかるちゃんは自室のベッドを占拠していた女を落として寝ていたという。落とされた女の子は、あら残念ね、スクエアダンスには参加させて貰えなかった、とさ。
その女の子は友達からコートを借りて、それも三着を着込んで見学だったな。
午後からの私たちは、もう最高だったわ。盤上に広がって踊って飛んで跳ねて、会場からは大きな拍手喝采……。
私たちの組と大地たちの組以外が最初だった。それから黒の衣装の私たちは雪以上にカメラのフラッシュの光が降り注いでいたわ。これが後々に流行る衣装へと変化するのね。
最後がクラスで一番上手い夕霧さんの出番なのよ。最後の最後で夕霧さんを私たちの組から引き抜かれたのよね、悔しいわ。だって私以外の巫女たちがね転倒しすぎたのが原因なのよね。
そう言えば転ばないステップを教えるのを忘れていたわ。ということは全部私が悪いのね。
「悔しいよ、亜衣音さん。」
「うん。とても上手よね。だって今まで転んだ事がないのよね。」
「指を咥えて見学とは、本当に残念でならないわ。」
「優勝は間違いないね、……いいの? 相手の旦那が大地くんで。」
「良いわけないでしょう、はらわたが煮えくりかえる想いよ。」
「もっと穏やかに言えないのかしら。」
「言えないわよ、大地、死んじまえ!」
「亜衣音ちゃん、偉いね、夕霧さんを攻撃しないなんて。」
「うん、だってあの花嫁衣装、とても素敵で似合っているもの。殺すなんて出来んしょ。」
「……ポロリ、大成功だわさ!」
悲しい顔をして近くの級友に衣装の着付け直しをして貰った夕霧、
「貴女、これは誰から着付けのお手伝いを?」
「うん亜衣音ちゃんだよ。」
「そう……二つのボタンを留めていないのよね、委員長、あれから恨まれたのね。」
「え……二つのボタンを留めていない? やってくれたわね~一遍殺したろか!」
「夕霧さん、全国中継……おめでとう~。」
「目狐は殺す……。」
*)狂気の大地と……倒れたひかる……
ダンスの時間は十分だ。最後は全員が交代していくダンスが踊られていた。そうして時間を計るようにしてそれは起きた。
「いや~~、大地、逃げて~!……ひかる~~~、」
私たちの願いも虚しく事件は起きた。大地と踊っていた大きなひかるから狙撃が始まったのだ。鮮血ににじむダンス衣装が人々を恐怖へと導く。昨晩の恨みがひかるちゃんを狙った一撃目だったのか。二撃目は当然、大地と予想がついた。
でも大地はひかるを守るべく、ひかりの上に覆い被さる形をとった。
「きゃ~~・・・、」x全員
「ひかる、大丈夫か!」
「おい、……ひかる。」
銃撃の音は私にだけ聞き取れたが、見えるような距離からの狙撃ではない。スコープを使えば一キロ先だってあり得るのだから。次々に撃たれるクラスメイトたちが逃げては盤上に倒れていくが、直ぐに起き上がり建物の裏に隠れていく。
「きゃ~、痛い、痛いよ、お母さん……。」
「うぉ~~~、なんだ、どうして俺らが狙われる。」
「きゃ~~~!!!」x?
脚を打たれた女の子は他の男子によって可愛そうだが引きずられていく。私たちのグループにも容赦なく弾は飛んできた。主に私を狙っているのか、私の周りから弾が当るようだ。でも、お爺ちゃんの仕立てたケブラー繊維の衣装が私たちを大いに守ってくれた。わ~、ひかるちゃんが……動かないよ。
「ひかる、おいひかる、」
必死になって大地はひかるを呼ぶ声が、私の耳にだけ届くのだ。群衆は騒いでいるから大地の声はかき消されるばかりだ。半端ない弾が大地を狙うのだから、ひかるを守りたい一心の大地は立つことさえ許されない。
狂気じみた大地の声が、うなる声が私の耳にこびりついて離れない。
この間、三十秒……だった。ほんの僅かなその時間で多くのクラスメイトたちが撃たれて横たわる。
「大地~~、」
「亜衣音ちゃん、ダメだよ、逃げよう。」
「イヤ、大地を守る、守りたいのよ、行かせて頂戴、……大地~~、」
大声で泣き叫ぶ私は、勿論お父さんやお母さんからも制止させられて一歩も進めない。
「いや、お母さん……行かせて。」
「亜衣音、お願い、避難して、アッ……」
「え”……お母さん……、」
「亜衣、逃げて……、」
「お父さん!お母さんが撃たれたよ。」
「おい、沙霧、しっかりしろ!」
いくら防弾服でも着ていない処に当れば死ぬ可能性が高い。ましてや頭部に命中となれば即死は免れない。
撃たれ続ける大地は脚や胴体に当っているようで、都度に身体をピクピクとさせている。ひかるにだって当っているよね、でもひかるはもう動かない。
四方に散りばっていた警官たちが盤上に上がるまでの、その三十秒がとても長く感じられた。盾に身を隠す警官の横をすり抜ける一人がいた。警官の盾を三枚も力任せに奪い取って大地を守ってくれた、……そう、石川海斗だった。
「石川……海斗くん、」
石川くんは盾を覆いにして大地の上に更に覆い被さる。
「石川くん、逃げて、お願い、」
私は大地を守りたいからお父さんの制止を振り切る。丁度お母さんが撃たれて跪いたので父の腕が外れたのだ。
「お嬢さん、危険です、」
「いや、大地……、邪魔しないで、」
一人の警官が放り投げられた。私も撃たれて転びながらも叫んだ、
「エアー・ドライヴ……」
私は両手を上に挙げる。最大の風魔法、強い風が渦巻くバリアの巫女の魔法だった。銃撃が終わるまでは更に四十秒……私は必死になって耐えた、そう、大地の名を呼びながら、石川くんを見ながら、ひかるちゃんに涙しながら、
私も撃たれた後だったから力尽きて倒れた。これが私の最後の巫女の魔法だった。私は大地にすがり涙を流しながらも……、大地も死んでしまった。
大地の死を聞かされるまで数日はあった。
「ねぇ大地は、」
「うん、大丈夫よ、生きているわよ。」
と、言う澪お姉さま。看護には澪お姉さまが付いていた。母には父が付いているのだと聞かされた。でも、この内容は……そうだよ、大地には誰も付いてはいないよね。父は最初だけ顔を見せていた。
入れ替わり立ち替わりに見舞いに来るクラスメイトたち。誰もが腕に包帯を、脚は松葉杖を使うから負傷したのだと判断される。
「亜衣音ちゃん、集中して狙われたのよね。脚の一本で済んで良かったね。」
「え、私は脚を失ったの?」
「だめ~……。あっ……、」
「麻酔が効いているのね、膝から下が無いのよ。」
「う……そんな、そんな事はないよね。布団を取って見せて、」
「亜衣音ちゃん、しっかりしてね。」
「……、」
澪お姉さまはゆっくりと布団をあげてくれた。そこには右足が途切れていて膝には大きく血の滲んだ包帯が巻かれていた。
「や、やだよ、そんな~……、」
「亜衣音ちゃん、」
私は布団を被ってみんなを追い出した。それからというもの、夜になっても泣き続ける、大地の名前を呼びながら……。
回診の時間も泣いていた。包帯を取り替える感じが脳に伝わらない。もうこの世は終わりよ。
それから一週間が過ぎて、退院や転院をしていくクラスメイトが順次、お別れの挨拶にきた。その都度……私は、
「ねぇ大地はもう動けるの?」
「うん、大地くんはね、亜衣音ちゃんの名前を呼んでいるわ。」
「もう大変よ、俺を亜衣音の横に置いてくれ、と、叫んでいるのよ。」
「そうよね、可笑しいのよ。」
でも、いくら待っても大地は私の処には来なかった。ひかるちゃんの事を訊いた。
「もう転院したよ。大丈夫だってよ、亜衣音ちゃんはまだ寝ていた時よね。」
この前に聞いた内容と違う。でもみんなは転院したのだと言ってくれた。
私は巫女の力と同じくして、右足をも失っていた。そう言えばホロお婆さまやカムイコロさんが見舞いに来ないとは。あら? 桜子お婆さまだって来ない。
それから十日が過ぎたかな、麻美お義母様が見舞いに来てくれた。黒い喪服が物言わぬ目が潤んでいたんだ。
「麻美お義母様……、そうですか、ありがとうございます。」
「うん、しっかりしてね、まだ若いのだし。きっと良いこともあるわよ。」
私が招いた無謀な行動が大地を守る事も、自分さえも傷つけただけで終わった、全てが無意味だったと思い知らされた。
「ひかるちゃんは転院だってね、でも本当はどうなの?」
「ごめんなさいね、ひかるちゃんも葬儀は終わったわ。亜衣音も退院したら行ってあげてね。」
「もしかして、合同葬儀なの? 見舞いに来なかった友達も居たようだけれども他に亡くなった友達はいるの?」
「二人だけよ、それはウソではないよ。他は観光客と地元の方が数名ね。それよりも命があった事を喜んで。」
「う……ん、恨むわよ、許せないわ。」
この時点で藍は意識不明の重傷だった。頭部に被弾してそのままだと学校に行って初めて聞かされた。
「穣さん、もう入っていいですよ。」
「……亜衣音、すまん。」
お父さんがお爺ちゃんと一緒になって病室へ入ってきた。お父さんの口から大地の死を伝えることが出来なかったという。
「ねぇお母さんは無事よね。」
「あぁ脚に怪我程度で済んでいた。今は子供の世話で手が外せないからな、自宅で過ごしているよ。」
「そっか、無事ならいいよ。私も退院したいな、妹たちに囲まれて眠りたい。もう痛くて眠れていないんだ。」
「亜衣音は弱音を吐かないよな、良く頑張った、偉いよ。」
「違うよ、今からでも死んで大地を追いたいくらいだよ。」
「動かせるようになったらいつもの病院へ行こうな。」
「うん、いつでもいいよ、我慢は出来るよ。」
「明さん、」
お父さんは明さんの名前を呼んで病室へ連れてきた。それから父は私に向き直って大地の位牌を私に差し出して、この場の全員を外に連れ出してくれた。
「大地、……大地、やっと会えたよ、大地。意地悪な大地はこんなに軽かったなんてしらないぞ、バカな大地……。ひかると仲良く……だね。」
すみません、大地は殺してしまいました。亜衣音は右足を無くしました。
この後の展開はどうなるのだろう。巫女の力で何も無かったとか、出来ないかな。




