第119部 私の巫女の力が無くなる日……その四
1971年1月24日
*)クラスメイトの同情を引く……御弁当とは?
あれから十日が過ぎて、未だに通学を続けている。さっぽろ雪祭りに行って反省会をして、お別れ会もして……いやいや、試験を受けて退学になる点数を取って転校とか、誰だろう……こんな段取りを考えたのは。点数だけならばさ、先生の方で零点を付ければいいだけだよね。
でも、事実は……転校組の者だけが、大学入試レベルでも解けない問題がね出されたんだ。これでは本当に零点だよ。
麻美さんと明さんに合流するのが凄く楽しみなんだ! 昨晩私が連絡したのよ。それから明美さんと替わって、桜子お婆さまでしょう、その後に智治お爺ちゃんもなのよ。あ、ホロお婆さまも替わったな。その頃は私、寝ていたかもしれないな。でね、電話口からは会話以外の会話が聞こえたとか、も~あり得ないのよ。
「おう麻美、ホッケが焼けたぞ。」
「明さん、お醤油取って!」
「塩辛くなるぞ?」
「いいのよ、お味噌汁も運んでね!」
とかなんとかだって。麻美お母様……玄関は寒かったよね。
「もう我が娘ながらも、食事前に電話を寄越すんだから困ったわ。」
「俺が言ったことをしていれば、昨晩は楽で暖かだったろうに。」
「そうね、今日にも電話の線を居間まで延長してもらうように連絡するわ。」
「だな、風邪は大丈夫か?」
「……明さん、お願い。」
「おう、また食事を運んでやるよ。」
馬の体温で体温計の目盛りを38.5度に上げた麻美さん、それをいかにもキツそうに亭主に差し出すのだった。できるだけ、申し訳なさそうに……。
俺は飼い猫で体温計を三十八度に上げて母に見せるも、母は俺のおでこに手を当てる。はい、学校……行きます! だったわ、アハハ……。
「ありがとう……ゴメンね明さん。」
私の方はね、交代だから同じ玄関に電話を置いていても問題なかったよ。夕食だって交代でしたし、でも麻美お母様に会ったらお叱りを受けるかな。だってさ、明さんから風邪を引かせた、どうしてくれる! とか言われたらね。
「智治、熱燗のお代わり、」
「はいはい、ここは寒いですよね。火鉢も持って来ますね。」
「だったらスルメを頼むよ。」
だったらしい。だって学校へ行くときに玄関に火鉢が在ったもん。訊かなくても五徳に焼き網ときたらスルメだもん。でもね、こんなに大きい陶器の火鉢を誰が玄関まで運んだのさ。
「亜衣音、俺のシシャモ知らないか。弁当に入れる予定で買っていたんだが、何処にも無いんだよ。」
「あ~・・・シシャモ、知らない。もう出来た?」
シシャモはホロお婆さまの腹の中なんだ。
「出来たぜ、」
「うん、ありがとう。」
お昼になって、ルンルンと御弁当の蓋を開けたんだよ、そしたらね、
「へ~亜衣音ちゃんの御弁当……焼き餅なんだ、それも黒く醤油浸けかな。」
「うぐぅ~……、堅いお餅でご飯を食べろってか! 大地め~~~~!!」
「そうね大地くんの御弁当は、今日もカラフルだよね。」
「亜衣音ちゃん……」
「可哀想~……。」x6
「んも~、ホロお婆さまの所為だわ。」
「亜衣音ちゃん、私のおかず、少し分けてあげる。」
「あ、私も……、」x6
「うん、みんな~ありがとう。」
この会話……大地にも聞こえているよね。視線を送ると大地は、ケケケッ、と、笑っていやがる。対してひかるちゃんがね、申し訳ないような笑顔でね私を見たんだ。可愛いな! と思ってしまった。
「ヒャッ、イテ!」
「なに考えているのよ、あれは恋敵だよね。」
「うぐぅ~……、」
藍ちゃんが私にデコピンして笑っていやがる。持つものは友達だね。私がよそ見している間にお餅が二つも無くなっていた。でも、いいんだ、こんな事が日常ならば、私は幸せだよ、大地。
放課後のスクエアダンスは大いに混乱してしまう。私が昼の恨みを大地にぶつけたら大地がどうしてか怒ったんだよ。もう喧嘩だよね。最後には、
「亜衣音、お前が悪いんだ。俺とひかるはこの組から出て行く。」
「おう出て行けや、二度と来るな。」
「せいせいするよ、二度と戻るものか!」
「もう貴女たち、少しは仲良くできないのかしら。」
「お母さん……。」
「お義母さん、こいつが悪いんだ。俺の弁当を間違えて持って行って、そんで俺に不味いだのと文句言いやがる。」
あ、待って大地、お餅入りは大地の御弁当だったの?
「あら亜衣音、そうなの?」
「うん、憎らしいので大声で文句言ったわよ。でもお母さん、御弁当箱は私のだったんだよ?」
「あら……どういうことかしら大地くん。」
「餅と飯ならば……小さい弁当箱でも俺は良かったんだ。それをこいつは……、」
「亜衣音、仲直りしなさい。」
「大地がウソ言ってる、お昼にお弁当の蓋を開ければ判る事だよ。」
「あれは……ひかるちゃんがさ、褒めてくれたから言い出せなくて……、」
「なによ、非タコと目にはひかるちゃん、ひかるちゃん、と言うくせに。」
「非タコ……?」
「あら、緋タコが良かったかしら、や~い、茹でダコのアンポンタン!」
「う~……俺は種なしかよ! 事実だがよ、」
「きゃ~……、」x?
全校生徒に大地が、アンポンタンと知れ渡る。直ぐにお母さんから大きく頭を殴れらたんだ。非タコと目とはね、口がまめらないので言い間違えたんだよ。本当はね、二言目、なんだ。まめらない……方言かな?
「亜衣音、アンポンタンとはね、フランス語でね****と言う意味なのよ。直ぐに大地くんに謝りなさい。」
「べ~……、オタンチン!」
第二頭目のげんこつが降り注いだ事は言うまでもない。大地が言うことが本当だったのならば、シシャモの事だって、御弁当の事だって全部私が悪いに決まっている。でも、悔しいから謝ることなんて出来ないわよ。
「こら! 亜衣音!」
「お母さん『安本丹』と書くからね、語源は越中富山の薬の名前からだよ。や~い、あんぽんたん!」
「亜衣音、ここに来なさい。頭に瘤を幾つ作ればいいのかな。」
「だったら大地、浮気の大地を殴ってよ、……あかんべ~・・・。」
「キー・・・ッ!!!」
「ヤン……!!」
私は始めて母を怒らせていた。これでは家に入れて貰えないかもしれないな。今晩からは馬事公苑のクロと一緒に過ごすしかないかな。これが母娘喧嘩というやつか、私が小さい時に母が居たならば数える事が出来ないくらいには、喧嘩をしたかもしれないよ、お母さん……。
「沙霧、そう目くじらを立てるな、皺になるぞ!」
「だって穣さん、亜衣音がね……なのよ、悔しいわよ。」
「沙霧さん、もう亜衣音には敵わないのだと、悟っただろう?」
「えぇそのようですわ、この私に御先棒を担がせるとはいい度胸だわ。いいわよ、娘の奸計に乗ってやろうじゃないの。」
「あの二人、少し話してみるか。」
「そうね……。」
*)子供じみた夫婦には……親も敵わないのか
私はお昼にではなくて、母がいる放課後になって大地に喧嘩をふっかけたのだ。この方が両親への説明が省けるものよね、大地。
「俺が、いったい何処が悪い!」
「浮気もだけれども、顔も十二分に悪いわ。序でに性格も破綻者なみに悪いわ。」
「それだけか!」
「もって言って貰いたいようね、いいかしら……、」
「いや、もういい。俺が家から出て行く。」
「あ、そう、私も家から出て行くつもりよ。大地はお母さんの事、好きよね。」
「そうだが、別に問題ないだろう。」
「いいえ、大ありよ、他の女の尻ばかりうを追いかけるなんて、男の方でももう最低だわ! フン!」
「焼き餅女はみっともないぜ。浮気は男の甲斐性だからな。」
「だったら私も浮気……してもいいのよね、お相子だよね。」
「いいぜ、相手も居ないくせに、どうやって浮気が出来る。」
「で、出来るわ。いいわよ、今から相手を連れてくるから。」
「バカだな~、ここに誰がいるやら……な?」
「うぐぅ~……、」
悔し紛れに私の負けを認めた一言を大地に言い残して、私は気になる石川海斗くんへと近づいた。
「大地くん、それにひかるちゃんもいいかしら。」
「はいお義母さん。」
当然のことのように石川くんにはあの岩野夕霧さんが付いているのだった。あの二人のスクエアダンスは観ていても楽しいものだ。そう言えば夕霧さんは、いとも簡単に石川くんから振り回されている。私はまだそんなに簡単には振り回されることはないのよ。夕霧……さんは、巫女ではないのかもしれない。
「石川くん!……、」
「なんだい、お前……えらく元気がいいな。」
「うん、とうとうね、堪忍袋の緒が切れたのよ。それでお願いがあるんだ。」
「あいつらと替われってか! ここでもグループは出来ている。他を当ってくれないか。」
「それは……そうだけれどもね。いいの?……それで、私が欲しいとか、思わないわけ?」
「まぁ~亜衣音さん、大胆だわ。夫婦喧嘩の後にもう新しい相手を誘惑するのかしら、それも私からね奪うの?」
私と大地が夫婦とはこの学校で知る者は元クラスメイトたちだけなんだよ。夕霧さんはそれをどうやって知ったのかな? でも、兄妹の関係には見えないかな、大地。そうね、知らないのは私だけかもね。
「うん、だって石川くんの事、好きだもの。体格は大きいしね、もう私……喉から手が出ているくらいだよ。」
「……、」
顔が真っ赤になる石川くんは……可愛い! 紅くなるのだから石川くんも私の事を好きなのよね。
自己都合による解釈が飛躍すしぎかしら。
「へ~……海斗、亜衣音さんから言い寄られて、どんな気分よ。私ならばいいわよどうする?」
「ふん、二人して俺をからかうのかよ。夕霧よりも亜衣音さんがいいよ、俺は、」
「きゃ~……、」x?
講堂中から黄色い声が起きた。これでは私たちはピエロ扱いだよね。
「わ、ごめんなさい、海斗さん。」
「うわ~もう下の名前で呼ぶんだ、」
「あ、……石川くん!」
「おい夕霧、あんまり亜衣音をからかうなよ。」
「んもう海斗まで亜衣音さんを呼び捨てかいな、あっきれた!」
方々で女の子たちが隣の者とヒソヒソと言い合っているわ。もう恥ずかしいわよ。それよりも気になるのが両親よね、未だに文句の一つも言ってこないよ。
なんだ、大地とお話してたんだね。四人して戻ってきたよ。離婚が成立したのかな、大地。
「亜衣音さん、お母様が来ますわよ。」
「うん、もういいんだ。あんな親とも絶交よ!」
「あらあら亜衣音、いい度胸しているわね。母親に向かってそんな事言ってもいいのかしら?」
「いいわよ、もう家には帰りません。」
「そう言わないで、寂しいわよ。大地くんとはこれから別居をお願いしたわ。貴女もそれでいいわよね。」
「……はい、お母さん……。」
「それと、お二人にはお願いがあるのですが、聞いてくれると嬉しいかな。」
「グループ入りでしょうか、それとも転校の中止とか?」
「いいえ転校はお願いします。亜衣音とね仲良くして貰いたいのよ。親としてもね、ぶん殴って放り出したいのだけれども育児放棄は出来ないわ。ホント、不良娘ですがお願いできないかしら。」
「亜衣音さん、お、お、お母様ですわね、うらやましですわ。」
「……?」
夕霧さんがどもっていた。どうしてなのかな、あんなに優等生だよね。石川くんも不思議に思っているのか、首を傾げている。それに、意味も不明だわ。
「夕霧さん、お願いよ、石川くんの事は奪ったりしないわよ。」
「そうね、奪われるのは勘弁して欲しいわよ。でもね、海斗に捨てられたらねその時は諦めます。」
「お、お~れは、二人仲良くにだな付き合ってもらえればいい。」
「贅沢よ!」x2
私と夕霧さんが仲良く重なった。二人して同じ言葉だけれども意味が違うと思うよね、夕霧さん。
「いいわ。今日明日でスクエアダンスで海斗と踊って、海斗に決めて貰いましょうか。亜衣音さん、それでいいわよね。」
「はい、文句もございません。よろしくお願いします。」
「はいはい、決まりました。さぁ練習に入りますよ。」
講堂の横に机を配置していて、音楽担当は勿論他のクラスの人にお願いしてある。母は手を振って音楽を流すように促すから直ぐに音楽が鳴り出したが、
「夕霧さん、石川くん、行きましょうか。あの大地が来る前にね。」
「はいはい判りました。」
私は思い切って夕霧さんの右手を引いてみた。急ぎたいという意味もあるし、一番の理由は石川くんの手を握るのが恥ずかしかったんだ。と……?
「キャ!」
「イヤ!」
「なに、どうしたのかしら。」
私が夕霧さんの手を握った瞬間に電流が流れたような感覚が走ったのだ。同じく夕霧さんにも同じ感覚が走ったようだわ。
「亜衣音さん、貴女って電気女なの。」
「ううん違うよ。着ていた服が静電気を起こして、それでバチッとしただけだよ。」
「そうね、階段の手すりでよく静電気で驚いているから、そうでしょうね。」
「って、なによ。私、電気ウナギの生まれ変わりじゃないわ。」
階段の手すりは金属や木ではないのだ。ゴムのようなエボナイト製の手すりだから、多くの生徒たちが奇声を度々上げている。手すりには等間隔で鉄の支えがあるから、これに触るとイチコロで驚くのだ。慣れたらもう手すりに触ることさえ無くなる。私をバカにしたような言い方、苦情を言ってもスルーされたわ。電気女ってなんでよ。
「あれ、思いがけないショックだから驚くよね。もう一度触るね。」
「う……ん、でも怖いな。」
冬に何度もバチバチとくれば、金属に触れなければならない時とか、本当に臆病になるものだ。
「俺は全然平気だぜ。手すりなんか毎日掃除しているようなものだ。」
「これって体質かな。」
「石川くんは平気なんだ。どうしてだろうね。」
「う~……そぉっとだよ、そぉっとよ。」
「うん、判ってる……。」
「ワ!!」
「キャッ!」x2
「アハハハ、驚いたか。」
「んもう、海斗、驚かさないでよね。」x2
私たちが恐る恐る手を差し伸べて二人の手が触れる瞬間になって、石川くんが大声で驚かしてくれちゃってね。
私、なんだかこの二人と仲良くなれそうだわ。そういう感覚が身体の何処かで起きたようだった。でもでも、夕霧……さんは、海斗に手を上げているわ。
「この~バカ海斗、成敗してやるわ。」
「わ~勘弁してくれ、俺は亜衣音を驚かすつもりで、わ~~夕霧さん……。」
夕霧さんの右手が海斗くんの左手を掴むと石川くんはひっくり返るのよ。見ていても判らない位に素早かったのよね。でも近くにいた女の子のスカートが揺れていたのを私は見逃さないよ。
「あ、これ簡単なのよ。逃げる方向に力を送ればね、ああなるのよ。」
「へ~そうなんだね。でも私には出来ないな。」
「亜衣音さんもやってみたら?」
「え~出来ないし、石川くんの事が可愛そうだよ。」
「俺か、心配はいらない。どうだ亜衣音もやってみるか。」
「石川くん、自分から転がるだろうからやらないわ。ね、そうでしょう?」
「……いや、そ、そんな事はしないよ。」
「どうだか、怪しいわ。」
それからは皆で楽しくスクエアダンスを練習したな。で、夕霧さんの手に触れてもなんともなかったわね。でも意地悪な石川くんは、私をブンブンと振り回すのよね。最後に私は巫女の力を使って大きく飛ばしてやったわよ。
「なんだい……。」
「うん、お母さんたちが行ったスクエアダンスと同じ事をしたまででだよ。どう? 驚いた?」
「夕霧以上に驚いたぜ。お前、強いな。」
でもね、あんなに飛んで行くことはないよね、絶対にだよ。だとしたら夕霧さんの巫女の力が加えられたとか?
「へ~……凄いのね、亜衣音さんは。」
家に帰って今日の電気女の事をお父さんに話したらね、意味不明な答えが返ってきたのよ。
「あ~俺も若いときは車に触れる時は怖かったよ。でも、博多の焼き鳥屋で豚足を食ったら収まったよ。」
「なによそれ、独身の時は乾燥肌だったとか?」
「そうだろうさ、でもな、あの豚足……旨いぞ~。」
「ヤよ、豚の足でしょうが。」
「足で何が悪い。旨いからいいんだ。スーパーでは七百円もするんだ。」
「ゼラチンがいいのかな、私も乾燥肌かな。」
「一度食ってみろ。」
「お父さんの、ゲテモノ食い……。」
「あ、カエルを食った時は流石に夢に出てきたな、沢山のカエルがピョンピョンと跳ねて俺に向かってくるんだ。怖かったよ。」
「イヤ~……お父さん、嫌いよ!」
「アッハッハ……。」
「穣さん、娘相手にお酒を飲むのは止めて下さいな。」
「沙霧さんも、一度食べたよな?」
「……? 知りません。」
「三秒ルールで床に落とした、あの肉を食ったよな。」
「……、……。」
「あ、あ、あ、沙霧さん、」
「ホロお婆さま、一緒に飲みましょうね。」
「旦那はいいのかえ?」
「いいのですよ、あんなふしだらな男なんて知りません。」
「沙霧、俺の好物……食べるかい?」
「いいですね、スーパーで七百円とは高価過ぎるでしょう。」
離れた処から見ているお父さんは、クククッと声を押し殺して笑っていた。
「亜衣音、あれこそが、トンソク、なのだよ。」
「ギャビ!」
もうあり得ないよね、こんな作り話はね。
「事実は小説よりも奇なり!」
貴方の奥様、買ってきてはいませんか? 一升瓶を下げた父は杉田家へ旅立っていった。大地の非難先だよ。




