第116部 私が変になっちゃう……1月の満月「ウルフムーン」
1971年1月13日
*)ウルフムーン……
今晩は大きな満月……。女房が教えてくれた一月の名月? いや、明けての最初の満月をアメリカに渡った人たちが農事に利用した呼び名だ。
数年前に見たとても大きくて赤い満月……これが「人狼夫婦と妖精ツインズの旅」を生み出した。この日は満月でも紅くはなかったが、翌々日は紅かった。
「私の月よ!」と、言っては葉っ茶蹴る私だった。っを付ける事にした私をバカにするのは勿論大地なのだが、当の大地も大きな満月を見る為に隣の公園の木に登りに行った。私はこいつ程はバカではないわよ!
滑り台に寝っ転がって大きな、ウルフムーンを鑑賞してきたという。私は帰ってきた大地に向かって……、
「大地、獣臭いわ! 何をハッスルしてきたのかしら。」
「準備運動に、腕立て伏せに腹筋の鍛錬、それに……、あ?」
「もういいわ。分ったからもう聞かない。ホント、臭いからお風呂に入ってよ。今晩は別々だからね。」
「亜衣音、ひで~な~。」
「酷くないモン! これが浮気する亭主への報復よ。離婚がいいかしら!」
「う……はい、今晩は外で寝ます。」
「公園の土管がいいわね。前後に土を掛けて塞いでおくわ。」
「俺を殺す気か! あんまりだろう。」
「煙突があるからいいじゃん。そこから首を出せば!」
公園の土管には煙突は無いが窓となる明かり取りが開いている。その穴から首を出せば……どうなるのか、勿論大地の予想は「モグラ叩き!」だ。
「残念ね、石を投げて遊ぶのよ。」
「お前、今日は可笑しいぞ。頭を叩かれて壊れたのか?」
「そうよ、大地が浮気はするわ、私をひかるから守ってくれないわ、で、頭がはっちゃけたのよね。」
「なんだ、何時もと同じじゃんか。」
十日の日曜日は600円を払って映画を観てきたが、寅さんの何処がいいのか分らない。数日過ぎて文句を言う程に私は機嫌が悪いのだよ、大地。
「亜衣音、何を言っている。お義父さんにソックリだろうが!」
「いやよ、私のお父さんはハンサムなのだからね。」
大地は車さくらの、女優さんを好きなようだ。何が原因で好きになったのかは訊いてみても、どうしても話してくれなかった。
*)雪像の準備が進む……さっぽろ雪まつり
今朝届いた新聞の一面の記事だが、一地方のお祭りイベントがどうして新聞の紙面を飾ったのか……、お父さんの意見だがね。
「お!……さっぽろ雪まつりか! 懐かしいな~。」
「はい、穣さん。とても懐かしいです。姉妹の四人で踊ったスクエアダンスは、それはもう印象に残っていますわ。」
「へ~お母さん、結構目立ちがりやだったんだ。」
「違います、私は控えめで、その、妹たちが優先して参加したのです。」
頬を赤らめているからどういうふうに判断したらいいのかと、考えていたら? そう、姉妹の澪お姉さまが口を挟んできた。
「そうね~、また行きたいですね。懐かしいし、同級生に会えるといいのですが。」
私は母姉妹に恐ろしい事を、躊躇う事無く言ってしまった。
「故郷の人たちはお母さんたちが生き返ったって、知らないわよ?」
「う……この親知らず!!」
「まだ生えていません。」
「亜衣音、死んだとも発表してないぞ。」
「でも、お墓もどきがあるのよね?……お父さん!」
「うぎゃ……、沙霧……さん?」
「いいのよ、生き返った私が悪いのです。澪、二人でさっぽろ雪まつりに乗り込むわよ、また、お転婆全開よ!」
「いいわ、沙霧。二人が小さいので四人とはいかないけれども、早速参加に申し込んでおくわ!」
「へ~、さっぽろ雪まつりの参加は飛び入りだとしても、妹姉妹が言い出しっぺではないようだね。」
「う~、」
「るさい! 亜衣音は連れて行けません。」
澪お姉さまが、う~と言い、それに続く言葉をお母さんが言うなんて、なんて素敵なコンビかしら?
(a=亜衣音 d=大地 s=母 m=父)
「大地、二人で行くわよ、戦争よ!」a
「ヤダよ、俺、戦争は嫌いだ。」d
「だ・い・ち~・・・。」a
「はい、お供致しますです、はい。」d
「よろしい、今年は雪像が何時もと違うのよね。大地は直ぐにスキーの特訓を始めないといけないな。」a
「亜衣音、アルペンスキーのあの競技は滑れなくても滑れるぞ。」m
「そうね、一番高い雪像から一直線だから、大地も大丈夫だね。」a
「亜衣音、それ……なんだ?」d
「滑空……よ、別の言い方では、ジャンプ……70メートル級かしら。」a
「俺を殺す気かよ、お前だけで滑って死ね!」d
「大地くん、私……お願いしましたよね。そういう事は夫婦の二人だけの時に言いなさいと。ここには穣さんも澪も居ますのよ?」s
「……すみません、お義母さん。」d
「大地は、笠谷スタイルだけで飛べるのを知らないの?」a
「平賀源内の寺田さんとか、知らない。」d
「そうね、知らない方がいいかも。あの人は着地で腰を打っていたわね。」s
もしかしたら? ご存じの方もあるかもしれない。最後の方のドラマでは大臣だったりしたような……? 当時は笑いをとるコソドロさんだったか。
「今年は来年の札幌オリンピックを盛り上げる為に、多くの競技を模した雪像が造られるそうだ。」m
「へ~そうなんだ。」a
「亜衣音、お前も来年参加したらどうだい。いい卒業旅行になるだろう。」
「国体の馬術で十分よ。」
「なんなら大学の札幌キャンパスに留学とか、どうだろう。」
「お父さん! 転校したばかりだよ。無理だよ今の高校ではね。」
「新しい巫女を見つけたら、また関東農業大学付属高等学校に戻すからな。」
「うん、いいわよ。今だけは私と大地を飼育して頂いていますから、言うことを聞きます。」
「……飼育ねぇ……。」x2
擦れた性格に育った私に両親の感想はいかに。複雑怪奇に聞こえたかもしれない。澪お姉さまは無口で波風を立てない。大地は私の為に台所で只管に卵焼きに専念している。逃げたな……大地。
ともあれ朝は時間の余裕も無く、私と父が目玉焼きを口から飛ばしながらの熱戦も直ぐに終わる。卵焼きが出来たのだ。タコさんウィンナーも添えられた。
「行ってきま~す。」x5
定員五名で新しい車に乗って出勤と通学だ。なんだか可笑しく思える朝の風景だね、大地。
「あ~近所がね、」
「大地、近所の目が気になるのね。」
「当たり前だろう? 俺は節穴からも覗かれるような、ド田舎で育ったんだ。もう気が狂いそうだったよ。それに引き替え東京はいいよな。」
「うん、そうだね。死人が生き返っても誰にも気づかれないね。」
私は大地がどうやって生きてきた……いや、生き延びてきたのかはまだ聞かされてはいない。きっと壮絶な苦悶があったに違いないが、この車の中では大地、違う意味で苦悶していた。両親とクマちゃんの居る空間で大地の右手が行き場を失っているのだった。「そりゃ~苦悶するよね!」
私はスカートの大きくてヒラヒラした物を着用している。大地の右手を隠す為にだ。でもでも、両親は前に乗るから、横は必然的に造詣と理解が深いクマさんだから一応大地は自由だよ?
「お前の顔で直ぐにバレるから!」
至極真っ当な返事が返ってくる。
「亜衣音、お前は中央に座ることを命じる。」
「もうお父さん……嫌いよ!」
「そうでもしないと亜衣音が見えないからね、ウッシッシ……。」
前の車で通学中の事が、しっかりと父にバレている。私、お行儀が悪かったから仕方なか~。
夜になり、今度はお座敷で全員が揃っての夕食となった。ミニ宴会だよ?
「杉田さん、どうだいさっぽろ雪祭りに行きたくはないかい。」
「子供が二人も居るからね~。」
「桜子さん、それは私たちも同じですよ。」
「徹さん、それもそうね。亜衣音と大地くんにも育児を担って貰えればいいね。」
「桜子お婆さま、いいですよ。私と大地でしっかりとお守りいたしますから。」
智治お爺ちゃんとお父さんは向き合って酒を酌み交わしている。火鉢で一生懸命にお燗をつけるのがホロお婆さまだ。きっとホロお婆さまも札幌が恋しいにいない。
火鉢からいい匂いが立ちこめる……スルメを焼いている。そう言えば麻美さんとホロお婆さまは母娘だ。苫小牧では良く焼いて食べていた思い出がこみ上げてきた。
北海道の麻美お義母様、お正月に来ていたのだが、すっかり無視されていて、帰宅のきの字も書かれていなくて拗ねているはずだ。
「お父さん、霧お婆さまのお墓参りが随分とご無沙汰ですよね。」
「あ~娘の事も報告していなかったな、桜。」
「そうね、あなたの奥様でしたわね。あの子がもしも生きていたら、今は無いのですね。」
私の一言が杉田夫妻の郷愁を誘ったようで、この後にはさっぽろ雪祭りへの旅行が決まった。
「澪、映写会の機材を滑って転んで壊さないでね。」
「沙霧、スクエアダンスはハッスルしてたわね。お陰で何人転んで怪我をしたのか忘れたとは言わせないから。」
「もう二人して……可笑しい。お爺ちゃんにお願いしてスクエアダンスを復活させて貰おうかしら!」
「亜衣音ちゃん、お願い……。」x2
「お~れも、参加かよ。」
「大地、お願い……。」x2
「大地くん、私たちが教えてあげる。亜衣音を上手に踊らせる方法があるのよ。」
「はい、お義母さん。僕、頑張ります!」
さて、私には心当たりがないのだが、なんだろうか。
火鉢ではスルメが焦げている。それにつれて不思議な匂いが……? ホロお婆さまだ、霧の名前が出たので涙腺が緩んで大粒の涙が熾きに掛かりジュ、ジュ……と音も聞こえてきた。
「智治、俺も連れていけや……。」
「はい、お義母さん。一緒に行きましょうや。」
「うん、うん、う……、」
その後は一升瓶が転がり出すのがとても早かった。お父さんは仕事なので途中でリタイアしたのだけれどもね、私と大地であやす双子……。杉田家では涙を流しながら、今は亡き霧お婆さまのお話で尽きることが無かった。酒豪の桜子とホロ、間の智治……。お酒の匂いで酔い潰れていた。
「新年から幸せな光景だね? 大地。」
「あぁ、お前の乳房が観られて俺も幸せだ。」
「なに鑑賞しているのよ。大地が、もしも小さくなってもお乳はあげないよ。」
「いいさ、奪いにくる。」
今宵は双子を相中に寝かせて四人で寝たのだ。これが家族なのかと、妙な感覚に襲われる私。今までの夢では私、子供が居なかったのだけれどもね、今宵は三人も産まれた夢を見たわ、大地。
「三つ子だよ?……大地、どうする?」
「一人は俺だよ……むにゃむにゃ……。」
「まさか……ね!」
この夜、お父さんの夢に私が出た……。何でも私と大地は学校だから行けないから「修学旅行に出来ないかな?」と……。
「天恵……!」
1971年は1月13日が月齢の15.6日だ。今宵がウルフムーン。
「私には、ワイフムーンがいいな!」
「お前、オオカミに変身するのか!」
「そうよ、悪い?」
「いいや……。」




