4p目
◯◯
夕暮れにさしかかる。ネフェルーベは仕事だと影から帰った。他の生命も次々と解散した。世間話が尽きたらしい。
残された4人は、卵を囲んでいる。今はみなみの手にある。目を見開き、舐め回すように見る。もう十分近く経つ。3人は様子を見守る。
「なあ。お前、茜高校の生徒だろ? なんでこんなところにいるんだ?」
プリシラはももを見る。普通の生徒なら今が放課後だ。
「なんでって。早退した帰り道に、ちょっと休憩してて」
「どこか具合でも悪いの?」
「ううん。よくしてる。授業が退屈で」
予想に反したアインを端に、プリシラの目が光る。
「お、なんだお前。見かけによらないな。名前は?」
「さっきも言ったけど、ももです。夏宮もも。茜高校二年の」「二年? 同学年じゃないか」
プリシラの表情が明るくなる。わざわざももの前に立つ。
「あたしは朽葉高校二年のプリシラだ。よろしくな」
握手を求めた。応じる。朽葉高校には角を生やした生徒がいるのか。ももは隣校を評価した。プリシラの手は絹のように滑らかだ。
「んで、こっちがアイン。コーリング教徒だ。珍しいよな」「さっき聞いたよ」
アインは気を取り直して話す。
「ごめんね。ももちゃん、でいいよね? プリシラちゃんってせっかちだから、許してね」
「うん。もう察してる。大丈夫。私もアインちゃんでいい?」
「どういう意味だ。何を察した」「人は見かけによらないなぁと」
すでに、ももはプリシラに慣れた。ネフェルーベの言う事は正しかったようだ。
「わかった!」
みなみが顔を上げた。卵を掲げる。三角帽子が落ちそうになる。
「おぉわかったか。んで、その卵はなんだ?」
「わかんないことがわかった」
三人は呆れる。しかし、みなみの顔は真剣だった。
「これは未知で間違いないよ。この世界にはないはずの、ありえない存在。唯一の謎に違いない」
声に合わせ、三角帽子が動いた。中に何か入っている。みなみが帽子を外した。それは小さなカメラだ。夕日のように赤い。くるくると宙を回る。
「えぇ。間違いない。さっき、お師匠様にも確認したわ」
カメラから声が産まれた。低く響く声。驚くももに、アインが「物言うカメラ、アスリっていうの」と説明する。
「アスリの言う通り。お師匠様が知らないって言ってた。つまり、これは未知で確定ってことだね」
「あの、お師匠様って?」
ももの問いに、カメラが答える。「全知全能の一人、東の大魔女よ」
東の大魔女。ももでも聞いたことがある。この世界に四人のみ、人の身で全知全能に辿り着いた者たちがいる。その一人だ。歴史の授業を思い出した。
「大魔女って、あの大魔女?」
「うん、そうだよ。わたし、大魔女の弟子なの。ほら、ぽいでしょ」
みなみは箒を見せた。よく見ると、ももが知る箒とは違う。棒は金属だ。赤い線が流れている。枝の部分は光で出来ていた。後ろの空が透けている。
「修行の一環でさ。色々と旅してるんだよ。アイちゃんの観察もそう。プリちゃんだって、黙示録の獣の子孫だし」
「観察って……」
アインは目を伏せた。プリシラはなぜか得意気だ。
「それで、あなたがこの未知を見つけたんだよね? 詳しく聞きたいんだけど、時間、大丈夫?」
ももは端末を起動させた。時間を確認する。そろそろ門限だ。普通ならば帰っていてもおかしくない。
「今日はちょっと、これ以上は。帰らなきゃ」
「なんだぁ? 授業サボるくせに門限があんのか」
「そのくらい厳しい家だから、授業もサボりたくなるの」「なるほどな」
「そっかそっか。じゃあまた後日、暇があったら連絡してよ。すぐ行くからさ」
みなみは名刺を取り出した。そこには『なんでもお悩み解決します』と書かれている。
「これ、こっちで預かってもいいよね?」
卵――もとい未知は、変化し続けている。当然、ももの手には余る。「お願いします」
「じゃ、また後日。アイちゃん。プリちゃん。帰りましょ」
「おう。またな」「ばいばいももちゃん」
アインの顔が暗い。みなみは箒を振った。生物のように箒が伸びる。三人は並んで跨ぐ。魔女の弟子らしく、箒は空を飛んだ。
「……」
夕焼けに消えていく三人を見ていた。今日は良い早退だった。少なくとも退屈ではなかった。
また晴れた日に、ももは抜け出すことを決めた。
○ミナミペディア○
茜高校:共学。スカートは長め。体育館の設備が整っている。
朽葉高校:共学。スカートは短め。ぎりぎり進学校。学食が人気。
未知:未だ知らずではなく、未だ知られず。
アスリ:物言うカメラ。宙に浮くのは、自信家だから。
東の大魔女:全知全能に至った人間。