2p目
陽は傾き始めていた。ももは鉄塊の上で座り込む。腕を組んで悩む。
卵の正体がわからない。端末の機能は散々試した。検索結果は出てこない。
手に取り、二つの太陽にかざす。その時、ももの影が伸びた。針ほど細く伸びた影。中心から顔が現れた。
「あら、夕暮れの神様ね。久しぶり」
影が沼のように泡立つ。異様に痩せた体躯。漆黒のローブ。地面まで伸びた髪は、夕焼けの空と同じ色をしている。
夕暮れの神ネフェルーベがももに声をかけた。
「良い昼下がりね。夏宮もも」
ネフェルーベはしなやかな腕を伸ばした。折れてしまいそうな指で卵に触れる。
「神様のものなの? どうしても正体がわからないの」
「いいえ。ネフィも気になってね。こんなもの、神々の海でも見たことがないわ」
ネフェルーベは首を伸ばした。綺麗に吊り上がった眼で卵を見る。
「うぅん。ネフィはまだ五千と二歳だから、知らないこともあるわ。知恵を呼びましょう」
針の指先で、宙に二つの七芒星を描いた。図形が光る。前に聞いたことがある。七芒星は瞳を意味する。ネフェルーベは、誰かの瞳を描いたのだ。
「それでわかるの?」
「普通なら。でも変ね。答えが返ってこないわ」
七芒星の瞳は光ったままだ。しばらく変化は見られない。
「友人を呼んでみましょうか」
「神様って友だちいるんだね」
「いないももがおかしいのよ」
ネフェルーベは口笛を吹いた。素人の耳でも、この音色が高貴だとわかる。音は風に乗り、草原を抜け、富空地区の果てまで届く。
最初に現れたのは聖霊だった。子供の姿をしているが、三星統一世界の太古より存在している。彼らにもわからない。聖霊は水を生み出し、地面に染み込ませた。
次に現れたのは鬼だ。聖霊の呼び水に誘われた。死者の国の住人である彼らでもわからないという。
空からは宝石が舞い降りた。七色に輝く石には、それぞれ人格と感情が宿っている。中でも一際大きなダイヤモンドが答えた。
「穂積みなみに会うといいよ」
「誰なのそれ」
「ちょっと変わってる子。今、この近くでコーリング教徒の観察をしているよ」
そう告げると、ダイヤモンドは輝きを失った。他の宝石に意識を移したのだ。
「コーリング教徒ってなに」
ももの呟きに、草原から土が形を成して答えた。これも聖霊の一種だ。
「星を打ち上げる教団さ。統一世界の夜に星はなかっただろう? それを憂いた教祖コーリングによって創設されたのがコーリング教さ」
「ふぅん。ロマンチックな教えね」
ももは端末を取り出す。コーリング教について検索する。すると背後から声がした。
「教徒ならば、私がお呼びしましょうか。見かけたことがありますので」
現れたのは鳥の姿をした結晶生命体だった。透き通る青い身体からは、冷気が漏れている。
「時間がかかるようなら、無理しなくていいよ」
「この翼ならば大丈夫です。お任せを」
結晶の鳥は空に羽ばたいた。待つ間も、ネフェルーベの友人が現れ続けた。
口が二つある蛙。一つで食事を、一つで言葉を話す。しかし、知能は蛙程度だった。
東の森の賢者たち。樹の意思そのものだという。小人ほどの彼らは、集まったはいいが、その場で踊り始めてしまった。
龍の角を持つ牡鹿。背には鱗を持っている。草原を住処にする彼らでも、卵を見たことはなかった。
雨が降るまで暇だからと、雷に潜む甲虫が卵に止まった。やはり知らないという。
ネフェルーベと交代し、休んでいた昼の神リーズアップルは、「明日になれば解決しますよ~」と煽った。
「おや、どうやら来たようだ」
蛙が話す。結晶の鳥が戻ってきた。後ろに少女を連れている。少女は個人用飛行ユニットで飛んでいた。通販情報で安売りされているのを見た。
「お待たせしました。彼女がコーリング教徒の、アイン・コーリングです」
「えっと、こんにちは?」
降り立った少女は、ももと大差ない年齢に見える。肩までかかる白髪に青い瞳。まだ暑いというのに、様々な刺繍の入った修道服で身体を覆っている。
「ご紹介に預かりました。アイン・コーリングです。それで、あの、匿ってくれるのですか?」
「え?」
アインの瞳は、なぜか潤んでいた。
○ミナミペディア○
ネフェルーベ:夕暮れを司る神。実は社交的。朝陽が苦手。
神々の海:多くの神がいる場所。住処ではない。男神と女神で時間が分けられている。
七芒星:誰かの瞳となれる図形。綺麗に描くほど効果が上がる。離れていても状況を確認できる。
聖霊:物質を生産できる存在。太古からいるせいか定義が曖昧。お節介な気質がある。
鬼:地底にある死者の国の番人。時給制である。世間話が大好き。よく死者と駄弁っている。
空飛ぶ宝石:人格と感情を持つ。話してしまうと別の石に移る。飛んでいる間は話せない。
コーリング教:星空を作るための組織。入団希望が後を絶たない。教団を名乗っているが、特に教義はない。
結晶生命体:構造は空飛ぶ宝石と似ている。動物を模しているが、気分によってよく変える。
二つ口蛙:話す内容に身がない。しかし話し相手にはもってこい。鶏肉味。
森の賢者:森がある場所によって性格が違う。基本は友好的。決まって踊りが大好き。
龍角牡鹿:その昔、龍と鹿が交わった子孫。角は脳髄にまで達し、活性化させている。
雷甲虫:見た目もギザギザ。滅多に捕まえられない。地区によっては採取禁止。
リーズアップル:昼の神。おおらかな性格。触ると熱い。