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少女、夏宮ももは驚いていた。ある卵を見つけたからだ。
それは高校を早退した昼過ぎ、いつものように雲魚を追い、行く当てもない寄り道をしていた時のこと。
雲魚は空を泳ぐ小さな生命体だ。群れを成す。透明で、先頭の尾びれが薄く赤い。晴れの日にはよく見える。ももは決まって、晴天の昼に早退していた。
市街を離れる。途中で空中に浮遊する港を見た。今日の雲魚は東の森まで導いた。やがて、木々の葉で隠れて見失ってしまった。
森の奥は、鉄柵で区切られている。鉄柵には、立ち入り禁止の看板が無数にかけられている。空間が歪んでいるのだ。学校でもよく話題にあがる。ももは構わずしがみつき、乗り越えた。これで五回目。もう慣れている。
制服についた錆を払う。奥に進む。地面に赤い線が引かれていた。その先の空間が歪んでいることを示している。躊躇わず歪みに触れた。圧力はない。空間が波打ち、視界が霞む。
次に目を開けた時、そこは広大な草原だった。
二つの太陽が眩しい。風が緑を撫でている。爽やかな香りを胸一杯に吸い込む。思わず靴を脱いだ。
草原はなだらかに隆起している。見渡すと、点々と黒い鉄塊がある。あるものは大きく、あるものは鋭い。
ももは手頃な鉄塊を探し、腰を下ろした。四角形のテーブル状で、座ると、日差しの温もりを感じる。
制服の内ポケットから端末を取り出す。宙に画面を展開させた。項目の中から高周波ラジオを選択する。流れだす聴いたこともない旋律と共に、仰向けで寝た。
空を見る。はるか先に大きな腹がある。雲影クジラという。この辺の主だ。一度だけ潮吹きを見たことがある。右には空中艦隊が航行している。もうじき、駆動音がここまで届くだろう。左には何もない。
豊かな空だ。富空地区というのも頷ける。ももはここで、十七年生きている。
不意に左手が触れた。目線をやると、一つの卵があった。置いてあったのだろうか。なんの生き物だろうか。無視するとまた触れた。
起き上がり、確かめる。卵は揺れていた。色も変化している。赤と思えば青になり、瞬きをすれば黄色に変わる。その間も小刻みに揺れている。かと思えば制止する。
思わず手に取った。重量も変わっているようだ。時には重く、時には軽い。
ももは再度、端末を起動させた。現れる画面から撮影の項目を選択し、卵の様子を一通り撮る。その映像を検索の項目に入力した。これでどんな卵かわかるはずだ。
しかし、結果は無かった。表示されるのは全く関係のない情報ばかり。撮り直しても変わらない。ももは首をひねった。
授業をまともに受けていないももでもわかる。これは異常だ。
取りあえず卵を置いた。追求するのも面倒なので止めた。脳裏には、うろ覚えの教師の言葉がよぎる。
(この世界に、もう未知はない)
端末の検索結果が、この卵が未知であることを示していた。
○○
世界に神々が降臨したのは、もう気が遠くなるほど昔のことだ。
神々は言った。
宇宙から可能性が溢れ出ている。何重にも渡る銀河系は、もう無限の未来に耐え切ることができない。新たな世界の仕組みが必要である、と。
神々は、あらゆる知的生命体の前に現れ、その神秘を公開した。
世界の真理は公にされた。神羅万象は誰もが手に取れる知識となった。神秘は解明されたのだ。
全生命と神々は協力し、膨大な宇宙は閉じられ、恒星も、銀河も、並行世界でさえも、三つの星にまとめられた。
上球、中球、下球と呼称される三星は、悠久の会談と闘争の果て、あらゆる種族が共同体を形成して生息することとなった。
新たな生態系を維持するため、神々は全生命と共に、一から世界の真理を作り上げた。その工程は、今でも公開されている。
この世界に未知はない。
新たな生態系も、それによって産まれる可能性も、悠久の会談と闘争も、それ以前の宇宙時代であっても、全てが平等に開示されている。全ての現象に理由がある。全ての問いに答えがある。
それが、三星統一の常識である。なのに
「どうして結果が出ないんだろう?」
諦めの悪いももが検索を繰り返して、もう一時間が経とうとしていた。
○○
○ミナミペディア○
夏宮もも:女子高生
雲魚:10㎝~20㎝ 交尾の時のみ地上に降りる
雲影クジラ:900㎝~1500㎝ 潮は空気中の水分である
謎の卵:???