嵐の前の追試
私立の学校の夏休みは早い。
7月の初旬には期末テストが終わり、終業式まで自由登校日というわけのわからない期間が続く。
この時期、受験期の3年生は学校で集中合宿が組まれるが、1、2年生には夏休みと変わらない。
しかし、俺には追試という重要な祭事がある。
追試といっても期末で出た問題を8割以上正解すれば赤点ギリギリの成績がもらえる。
模範解答を丸覚えするだけだ。
大学の推薦を狙っている連中以外はこの追試で辛うじて高校を卒業する仕組みになっている。
この日も自由登校日に半強制的に登校し追試を受けていた。
俺らのグループの中で受けていないのは貞二だけだった。あいつは基本的に頭がいい。
いつも俺らと一緒にいるのに要領よく勉強しているみたいだ。
最後の教科の数学で、数字まで覚えたとおりに書いている時、貞二からメールが来た。
その場で見るわけにもいかず、速攻で書き終え教室を出た。
「今日、真央ちゃん達とカラオケ行くけど何時ごろ来れる?」
こいつのメールはいつもこうだ。俺に予定がないと決め付けてやがる。
実際、何にも無かったが悔しいので
「今日は馨とバイクのパーツ直す予定になってるけど。」
女関係の予定にできないのが寂しい限りだ。
「マジか、聞いてないぞ。俺も直したいパーツあるんだけど。」
馨は俺らのエンジニア的な位置づけで、しかも最安で手を加えてくれる貴重な存在だ。
「あぁ、残念だな。今決めたんだ。お前が真央を落としたいなら、自分の力でやれよ」
「そんな事言うなよ。お前来ないと無理だよ。まじ頼む。」
中村真央は俺の小学校の同級生で卒業以来疎遠になっていたが、
高校に入り地元の奴らも電車で通学するようになると、駅で会う事が多くなった。
最初はたまにしか会わなかったが、そのうち俺の乗る電車の時間に合わせるようになってきた。
俺に気があるのかとヤキモキした時期もあったが理由は別の所にあった。
最近変な男に付きまとわれているらしく、登校する電車で待ち伏せされる事もあったみたいだ。
そんな時俺とたまたま一緒に通学した時これは安全だと思ったらしい。
なんせ次の駅では馨が寝ぼけ眼で乗車してきて、次の駅では貞二がという具合に続々と仲間が合流するために、俺らの周りはどんな満員電車でも半径3メートル以内には誰も近づいてこないからだ。
まぁ、ボディーガード的な意味合いが強かったが、そのうち貞二が惚れてしまった。
真央がバイトで遅くなった時はバイクで家まで送ったりしているらしい。
真央も薄々は気付いているみたいだが、輪を崩すのがイヤなのか、他に好きな奴がいるのか知らんが、態度をハッキリさせていなかった。
多分この日も「みんなと一緒ならいいよ。」と言われてるようだ。
取り合えず、貞二のメールを放置して馨を待っていた。
しかし続けて貞二から送られてきたメールを見て心が動いた。
「今回はいつものメンバーじゃないってよ。」
いつものメンバーとは真央と一緒に登校する女の子達の事だ。
でも、その子達の中から彼女を探そうと思う気になれなかった。
しかも毎日会っている為今さら遊ぼうとも思わない。
中でも鹿取夕子は俺の携帯番号を聞いてきたり、今度一緒に遊びに行かないかと言ってきた。そういう時もやんわり断ってきた。
なぜなら基本的に俺は女の子を本気で好きにならない。
が、何となく付き合うという事は今までもしてきた。
だがここでそれをやってしまうと、イヤでも毎日顔を合わすわけだし、真央と夕子の関係にも影響するだろう。
そうなるとめんどくさい事になるのは目に見えている。
しかし、違うメンバーと言われれば話は違う。
多分、貞二もそのことを見越して真央に頼んだようだ。
どうしようか悩んでいると馨が追試を終えて合流してきた。
他の奴らは開放感いっぱいであるのに対し浮かない顔をしていた。
「どうした?しくったん?」
「いや、キャサリン夏休み中はアメリカに帰っちゃうらしい…。」
相変わらず、キャサリン命だ。
「別に個人的に会えるわけもでもねーべ。そんなに落ち込む事じゃなくね。」
「いや、偶然街で会う事も無理じゃん。」
「そりゃそうだけど、それって関係あるか?」
「いや、街で会えば違った感覚になるかもしれないじゃんか。俺も制服じゃないんだし。」
「そっか、チャンスだったのに残念だったなぁ。ところでさ、貞二がカラオケ行かないかって言ってるけど、どうする?」
バカらしくなって馨の言葉を否定するのはやめ、本題に移った。
「カラオケって、また真央ちゃん達とだろ?金かかるし、俺パス。」
「真央も来るみたいだけど、他はいつものメンツじゃないんだって。」
馨の顔色が変わる。さっきの俺がこんな表情をしてたと思うと何か恥ずかしくなった。
「貞二も俺らが行かない事は想定してなかったらしく、もう誘っちゃったんだって。どうする?」
「しょうがねーな。今月金ねーのに。」
「ホントにしょうがねーよ。」
そうぼやきつつ、ウキウキしながらいつものカラオケに向かった。




