VIP席にて
古いエレベーターが怪しげな音を立てながら6階に向かう。
俺たち3人は無言で階数表示を見ていた。
米倉さんが少し困ったような表情で俺に話しかける。
「相変わらず、忍は血の気が多いなぁ。中に入ったら大人しくしてくれよ。店の人には未成年なの内緒で入れてくれる事になってるからさ」
「はぁ、すいません」
俺がふてくされ気味に答えると、ガシッと肩を掴まれた。
「なぁ、舐めてんの?分かったかって聞いてんだよ」
「わかりましたよ。自分からは喧嘩売らないようにします」
「チッ、おい!あんまガキみてーな真似すんなよ。何イラついてんだよ。人生はもっと楽しまないと」
「うるせぇなぁ…、そんな気分じゃねぇよ」
俺はそう言って掴まれた肩を振りほどく。
が、その瞬間、米倉さんはもう片方の手で俺の髪を掴み、エレベーターの壁に後頭部を叩きつける。
「あ?口の利き方、気をつけろよ?」
久しぶりに米倉さんの氷のような冷たい目を見た。一瞬で背中にいやな汗が流れ、言葉に詰まる。黙って睨み返すだけで精一杯になった。
その時、エレベーターが6階に着き、扉が開いた。米倉さんは俺の髪を掴んだまま引きずるようにエントランスへ出た。
「あの、すいません‼︎」
慌てて降りてきた瞳ちゃんがそう言いながら米倉さんの腕を両手で掴む。
「あの、忍くんは私が絡まれてるのを助けてくれたんです。ごめんなさい、私のせいなんです」
涙目で訴える瞳ちゃんに米倉さんはびっくりした表情をし、不意に髪から手が離れる。さっきまでの雰囲気が嘘のように少しおどけながら、
「ゴメン、ゴメン。怖がらせちゃったね。忍もすまん。女連れなのに恥かかせた。うわぁ、何か俺、ものすげーやな先輩だったよなぁ。まじカンベンなー」
「あの、忍くんの事、あまり怒らないでください。ホントは米倉さんに迷惑かけて申し訳ないと思ってるはずなんですけど…、そうだよね、忍くん?」
そう言って瞳ちゃんが困ったように俺を見る。俺自身、面倒くさい奴になってしまってるのには気づいていたけど、この空気に馴染めない自分がいるのはわかっていた。ただ、少し冷静さを取り戻し考えてみると、別にここには楽しむ為に来たわけではなかった。そう思うと少し冷静になれた。
「米倉さんに舐めた口聞いたのは謝ります。すいませんでした。でも俺、正直この空間、あんまり好きになれそうにないです。周りの奴らが何が楽しいのか、なんでそんなに浮かれてんのかイマイチ理解出来ないんす」
どっかでサークル入りの件を俺自身考えていたのかもしれない。
米倉さんは俺を見据えククッと笑った。
「忍の日常は刺激が溢れてるからなぁ。それも意図的に作り出す類のものじゃないことの方が多いだろう。そんな奴からすれば一生懸命、周りにテンションを合わせて盛り上がるのは違和感があるのかもなぁ。まぁ今夜は我慢して付いてきてくれよ。忍がどんな目的でクラブに来たかは知らんけど、でかいサークルを動かしている奴らがどんな奴らなのかは見てみるのもいいと思うぞ」
「はぁ…、わかりました」
そうして微妙な空気のままクラブ内に入った。
薄暗いフロアを抜け、人がギュウギュウのダンスホールをやっとの思いで通り抜けた先にコの字型のボックスシートが4つほど並んでいるエリアに着いた。一番奥のボックスシートへ米倉さんと共に行くと、誠さんと榊さんがいた。
「遅かったなぁ、何かあったの?」
「いや何も。ちょっとエレベーター混んでで入るのに手間取った」
米倉さんが誠さんにそう言いながら、テーブルに山積みにされているドリンクチケットを何枚か掴む。俺たちが突っ立っていると米倉さんが声をかけてくれた。
「とりあえずココ座んなよ。何飲む?ショットガンでいい?」
「はい。ありがとうございます。何でも大丈夫っす。瞳ちゃんは?」
「私も同じので」
「OK。持ってくっから待ってな」
俺と瞳ちゃんはコの字型のテーブルの一番手前に並んで座った。誠さんが正面に奥には榊さんがいた。
誠さんがニヤニヤしながら聞いてきた。
「で、何があったん?」
「あ、えっと、店前でちょっと揉めまして…」
「ははは、噂通りの火の玉ボーイじゃん。さっき女の子達が話してたのは君のことか。相手をガードレールに叩きつけたんだって?」
「いや、投げたらそこにあっただけで狙ったわけじゃないんですけど。お騒がせしてすいません」
「お、いいねー。喧嘩自慢しない奴、俺は好きよ。ただ、まだホントにケンカが強い奴って感じじゃないねぇ」
「そうっすね。何となく皆さん見てると分かる気がします」
俺は榊さんを見る。浅黒い肌に坊主頭、サングラスを頭にかけ、イベントチケットの雛形の様な紙を見比べ、真剣な表情をしている。
ふと、俺の視線に気付き顔を上げる。意外とつぶらな瞳で驚いた。
「え、俺はケンカなんて嫌いだ。なるべく絡まれないようにこんなカッコしてる。だいたい黙ってるだけで勝手に勘違いして逃げてくから楽なんだよ」
「榊はホントにヤバい奴しか相手にしないもんね。智也みたいな」
「あー、あったなぁ。そんなことも。ウキウキした目で殴りかかられるってのはなかなか怖いよな」
「米倉さんとそんなことあったんですか?」
「あいつがまだ高校生の頃にな。あれ?そー言えばあいつも昔、火の玉ボーイって言われてなかったか?」
「ははは、確かに。最近だよなぁ。そーいう牙を隠せるようになったのは。まぁキレたと時の凄みは変わらないけどねぇ」
俺はエレベーターの中の出来事を思い出していた。ただ、店前での米倉さんとのギャプにも戸惑っていた。昔はあからさまに薄っぺらい奴には無関心を貫いていたのに。
「でも、昔より米倉さんチャラくなった気がするんですけど…」
「そー見せてるだけなんじゃないの?あいつのサークルもデカくなってきて守るものが増えたからな。一匹狼の様にトンがってばかりいたら、勝手に付いてくるような奴らしか守れないけど、100人もメンバーいたらそうもいかないんじゃない」
「そんなに抱えて、我慢して意味あるんですか?」
「意味?知らんがな。やりたいようにやるにはどうすればいいのか、誰かを真似してもそいつにはなれない。そう自分が分かってれば迷う事も少ないしな」
「あー、何か同じような事を米倉さんにも言われた気がします」
「俺がどうしたって?」
いつの間にか米倉さんが飲み物を持ってテーブルに来ていた。そして座っている俺の前を通り、滑るように奥の方に座った。誠さんが笑いながら答える。
「忍くんが昔の智也に似てるなって話し」
「こいつに?どこがよ」
「少ない頭であーだこーだ考えてるトコだよ」
「ふーん、まぁそういう時期なんだろ」
「拗ねるなよ。忍くんと話してるとな、智也と同じように惹きつけられるものがあるのに、それを自覚できずに色々と気苦労してるところとかな」
「うるせー、お前らと違って俺らは繊細なんだよ。なぁ忍」
「え、俺は結構無神経だと思いますけど…」
「おいぃ、そこは素直に頷いとけよ」
その時、榊さんが吹き出してしまい、チケットのサンプル用紙が吹っ飛んでしまった。それを拾いながら、
「あまのじゃくな所も似てんだな。まぁだから支えたいと思う奴が多いんだろうけど。それより今度のイベントのチケットをどれにするか決めてくれよ」
「悪りぃ。そうだった。でも今度の主催は榊くんのところで俺らは協力参加だし、榊くんが決めろよ」
「いや、お前は一応総代表なんだから、その辺ちゃんとしてくれって」
「だったらみんなで決めよう。ところで哲は?」
誠さんと榊さんが無言でホールを指差す。
そこには、女の子しか上がっちゃいけないお立ち台で、全力でトラパラを踊る哲さんがいた。