初めてのケンカ
俺達は学校を抜け出した。
校門を出るとき遠くから教師に呼び止められたが、米倉さんは後ろ手で手を振り悠然と歩いて出ていった。
学校の近くの小さい歩道橋が見えた。
人通りの少ない場所に架けられた、あまり意味を成していない歩道橋だ。
そしてその下に1台のバイクが置いてある。
しかし、何人かの男達がそこにたむろっていた。
米倉さんがささやく。
「なぁ、あの中で一番強い奴って誰だと思う?」
「え?バイクに跨ってる奴ですかね」
俺は一番ガタイのいい男を指差した。
「ん~まあまあだな。でも一番強ぇのはきっとあいつだ」
そういって米倉さんは、歩道橋の階段に座り携帯をいじってる男を指差した。
そいつはパーマがかかった金髪にカチューシャをつけ、携帯を持ったいる腕は制服をブレザーごと肘まで捲り上げその隙間からタトゥーが覗いていた。
確かにバイクに群がっている奴等とは少し雰囲気が違っていた。
「じゃぁ、俺は階段の男に行くから、バイクに乗ってる奴はお前に任せる」
俺は最初何を言われてるのか全く分からなかったが、米倉さんの目を見て気づいた。
ケンカか…。マジかよ…。したことねぇよ…。しかも相手高校生…。
そんな不安が広がり、米倉さんに聞いた。
「さすがに5人はヤバくないですか?俺、ケンカなんてしたこと無いですよ?」
そういうと米倉さんはさらに楽しそうに
「マジか、デビュー戦か。おめでとう、白星スタートだな」
「いやいやいや…、どう考えてもデビュー戦の相手と違う気がするんですけど」
「でも見つけちゃったし、しょうがなくね。それに5人なら豪勢なメシが食えるぞ」
えぇぇ!?この人カツアゲまでしようとしてますけど…。
俺が不安そうな顔をぬぐいきれないでいると
「ははっ、お前いい顔してんなぁ。さっきまでとは大違いだぞ」
そういわれて気づいた。
今までこんなにいろんな感情が湧いたことなんてなかった。
どうなっても、米倉さんの言う通りにしてみようと思いはじめた。
「じゃぁ、どうすればいいんですかね」
「お、ちょっとはやる気になったな。そうだなぁ、最初は蹴りだ」
「蹴り?」
「で、次も蹴りだ。でまた蹴り。さらに蹴り。いいか足しか使うなよ」
「何でですか?」
「最初は殴ろうとしても腕に力が入らないからな。下手に殴ると手も痛いし、リーチも短いから。それから…」
「はい」
「バイクの奴一人だけを徹底的にやれ!他はシカトでいい。躊躇すんなよ、思いっきりいけ!」
「はい!」
俺が返事したときには米倉さんは走り出していた。
慌てて追いかけた。
一直線に階段へダッシュする米倉さん。俺は言われたとおり歩道橋の下の4人組に向かった。
走るにつれてどんどん4人が視界に大きく映る。
最初に気づいたのはバイクの左隣にいた男。
しかし事態がつかめず、そのままこちらを見ている。
そのタイミングで右隣の奴もこっちをみる。
まだバイクに跨っている男と、俺達に対して後ろ向きにしゃがんでいる男は気づいていない。
その二人はバイクのタンク部分をいじっている。
左の男が何かを叫んだようだが俺には声は聞こえなかった。
後ろ向きの男が立ち上がりかけた時、俺はその集団に突っ込んだ。
その間、5秒も無かったはずだ。
俺は後ろ向きの男の肩に手をかけ、大きくジャンプ。
そのままバイクに跨っている男をドロップキック。
バイクごと男が倒れる。勢いあまった俺がその上に乗っかる。
立ち上がりながら、バイクに挟まれ動けない男の顔めがけてキック。
ヤバイ、ちょっと躊躇した!
引き際の足を掴まれる。
俺はもう片方の足でそいつの腕を蹴る!蹴る!蹴る!
掴まれていた足が離れた。
もう一度、今度は上から顔を踏み潰そうとした。
次の瞬間、後ろから羽交い絞めにされる。
横から誰かに殴られる。痛くは無い。力が全然入ってないのがわかった。
羽交い絞めされたまま持ち上げられそうになった。俺はがむしゃらに頭を振り運よく後ろの男の顎にヒット!
力が緩んだ隙に踵で後ろの奴のスネを蹴る。
身体が自由になる。
しかし、バイクに乗っていた男も立ち上がり、口を血だらけにしながら俺の髪を掴む。
そのまま倒れたバイクのハンドルとハンドルの間に俺の顔をぶつける。
目の前で火花が散ったようにチカチカした。
もう一度顔を持ち上げられた時、遅れて顔に激痛が走る。
かろうじて片目だけを開ける。
すると男の拳が目前まで迫っていた。
やべぇっ!
そう思った瞬間________
俺の髪を掴んでいた男の顔がゆがむ。
横から米倉さんの跳びヒザがめり込んでいた。
一瞬そいつの首がありえない方向まで吹っ飛んだあと、また戻ってきて白目を剥いてその場に倒れた。
俺はそのまま後ろに下がり、尻餅をついた。
後はもう見てるだけでよかった。
残り3人を米倉さんがあっという間に倒してしまったからだ。
階段の方を見るとうつ伏せで倒れている金髪の男がいた。
歩道橋の下に正座する5人組。
その前に米倉さんと俺が立っている。俺は右目の上が切れ血が流れるのを押さえながら5人を見た。
最初に米倉さんが相手したいた金髪男はしきりにアバラを押えて苦しそうに息をしている。
鼻も折れているようだ。
バイクに跨っていた男は首を押えている。下を向いたまま泣いていた。
他の3人はビビッて震えながら正座していた。
米倉さんがしゃべりだす。
「俺のバイクで何してたの?」
あぁ、米倉さんのバイクだったんですね…。
「いゃ、あの…」
と、バイクに跨っていた男が何もいえないでいると米倉さんはおもむろにそいつの顔をトーキックした。
そいつはそのまま土下座するように倒れた。
「バイクの修理費ちょうだい」
と米倉さんが言い、手を差し出す。
おとなしく5人は財布を出した。
お金を抜き取りながら
「もうこの辺うろついちゃだめだよ。見かけたらどうなるかかわるでしょ」
「は、はい…」
「じゃぁ、行っていいよ」
「すいませんでした」
そういってすごすごと去っていった。
「あぁ~、メーターにヒビはいってる。血も付いてるし」
「あ、すいません。それ俺の血です」
「あ、そうなん?まぁ気にしなくていいよ。修理費貰ったし。ところでどうだった?デビュー戦」
「…痛かったです」
そういって笑った。本当に久しぶりに笑った。
その後、米倉さんのバイクの後ろに乗せてもらい、メシ食いにいった。
俺は思った。
学校の先輩と話したのも、学校を抜け出したのも初めてだった。
バイクに乗ることも。
そしてケンカをしたことも。
なんかすべてが新鮮だった。人生をつまんねーと思って生きてきた自分がバカらしかった。
いろんな感情を忘れたまま、ずっと生きてきたことに気づいた。
この人といるとちょっとは人間らしく生きれるかなと思った。
まぁ、デビュー戦は白でも黒でもなくグレーだったけど。