思わぬ展開
結局、病院には入らずに帰った。
今の俺には会う資格がないと思った。
いや、ただ勇気がなかったんだ。
次の日から権藤探しが始まった。
俺は米倉さんに連絡を取り、会うことにした。
場所は渋谷のロコモコ屋。
美波さんとのデートを思い出す。
あれ以来連絡を取っていない事に気付いたがそれどころじゃない。
俺が店に到着した時には米倉さんは一番奥の席で待っていた。
他のテーブルの女の子達がしきりに米倉さんの方を見ている。
俺の姿に気付いた米倉さんは手を上げ俺を呼ぶそぶりをした。
その時の笑顔はどこかのモデルのようだ。
久しぶりに見る米倉さんは高校時代よりもさらにかっこよくなっていた。
米倉さんの視線を追うように、他のテーブルの女の子達が俺の方を見る。
が、すぐに視線が米倉さんのほうへ戻る。
ちくしょう、この違いは何だろう。
俺は複雑な思いで周りの女の子を見ながら席についた。
「久しぶりだな、背伸びたなぁ」
「いきなりイヤミっすか。まぁちょっとは伸びましたけど」
180センチくらいはある米倉さんにはチビの気持ちは分かるまい。
「はは、そんなつもりじゃないけど。で、話ってなんだ?」
「9Love6って知ってます?」
「知ってるも何も、よくそこでイベントするけど」
米倉さんは自分でイベントサークルを立ち上げ色々なグラブでイベントを主催している。
俺も何回か呼ばれて参加した事があった。
1000人規模の集客ができる米倉さんは各CLUBのプラチナカードを持っているらしい。
「今度の金曜日、俺を9Love6に連れてってもらえないっすか?」
「俺のサークルに入りたいのか?おまえ興味あったんか?」
「いや、全然そうじゃないんすけど、ちょっと色々あって。ダメっすかね?」
俺は真剣な眼差しで米倉さんの回答を待った。
少し考えている風だった。
そしてアイスコーヒーを一口含み一呼吸おいてから口を開いた。
「俺に近づいて来るやつは大抵二通り。俺に取り入りたいか、俺の名前を使ってイイ思いをしたいか。でも忍はどちらでもなさそうだな。何があった?」
「言えないっす」
考える間もなくハッキリとそう言ってしまった。
米倉さんは驚いた顔をしたが、ふいに嬉しそうに笑った。
「そうか、わかった。連れてってやる。ただし条件がある」
この際たいていの事なら何でも聞く覚悟はあった。
「…何すか?」
「サークルに入れ」
「は???」
「そしたら連れてってやるよ」
そう言って米倉さんはいたずらっぽく笑う。
なぜ俺がビックリしたかというと、入りたくても入れないサークルとして有名だったからだ。
何せ、サークルメンバーは都内の殆どのClubにフリーパスだし、一緒に行く奴でも500円で入れる。さらにドリンクチケットは貰い放題。
なので入りたがってる奴らがわんさかいる。
メンバーも有名人ばっかりで雑誌モデルやDJや引退したほかのサークルの代表が入りなおしたりと、それぞれが何かしらの集客力を持っていないとメンバーに入れないのだ。
そこに、俺みたいな何の取り柄もない16のガキが入っていい訳がない。
「え?でもさすがにそれはまずくないっすか?」
「入らないんだったらこの話は無しかな〜」
「わ、わかりました。入りますよ。そして恥をかけばいいんでしょ!」
「ははは、心配ないよ。お前だったらすぐに周りにも認められるよ」
「絶対そんな事ないと思いますけど。まぁ、米倉さんとまた遊ぶのも面白そうっすね。でも半月程待ってもらえないっすか?」
「何だ何だ?逃げる気だろ?」
「はは、逃げる気なら今言わないっすよ。そんなんじゃなくて、今やらなきゃならないことがあるんす。その事でサークルに迷惑かけたくはないんで」
今回の事をおおごとにしたくなかったし、なるべく一人で動きたかった。
その時、米倉さんの携帯が鳴る。俺と会っている間中もひっきりなしに着信が入っていた。
殆どは着信画面を一瞬見ただけでシカト。だが初めて電話に出た。
一体この人を必要とする人は何人いるのだろうか。まぁ俺もそのうちの一人なんだが。
そう考えると俺と会ってくれている米倉さんに感謝した。
なにやら今度のイベントの打ち合わせの電話みたいだ。
俺はアイスカフェオレを飲みながらタバコに火を付け電話が終わるのを待った。
話の内容は協賛がどうだとか費用対効果がなんちゃらとか俺にはまるで縁のない話をしている。
米倉さんは完全に仕事としてイベントサークルを運営しているようだ。
そんな姿をぼんやり見ていると、ふいに電話をしている米倉さんが一瞬俺を見て不敵な笑みをする。
「そーか。じゃぁそれで進めてくれ。後で合流する。それから今VIP接待にもってこいの奴を見つけたから何とかなりそうだ。結構面白い奴だからたぶん大丈夫。じゃ、また後で」
そう言って電話を切った。
「何かすいません、忙しいのに時間作ってもらって」
「いや、大丈夫。それより、金曜の夜11時30分に渋谷で合流な。それからその次の日の夕方にも手伝ってもらいたい事がある。時間あるか?」
権藤を探し出すのには少しでも時間が惜しい所だが、あまり米倉さんの要求を断るわけにもいかなかった。
「わかりました。時間あまりないですけどそれでよければ」
「よかった。助かるよ。ま、そんなにかからないはずだから。3時間ぐらいだと思う。それとメンバー入りの話もそっちが落ち着いてからでいいからな」
俺らは店を出て、センター街を歩き駅の方へ向かった。
途中、色々な人に声をかけられる米倉さんのおかげで30分くらいかかった。
その度に「こいつ誰?」という視線が俺に向けられた。
米倉さんは「後輩」という説明のみ。
これから先、しばらくこんな光景が続くと思うとちょっと悲しくなった。
そんな俺の気持ちを察してか米倉さんが口を開く。
「まぁ。最初だけだ。そのうち普通になって誰も何も聞かなくなるよ」
「そんなもんすかね。だけど会話が薄っぺらく感じるんですけど。何か疲れそう」
「はは、そりゃぁ、何千、何万人にも会えば殆どはうすっぺらいだろ。だけどそんな奴らだからイベントに参加してその色に染まりたいんだと思う。同じような格好して同じような行動。さらに同じような口調、話題、恋愛。俺はそいつらのスタンダードを作り上げる。だから色んな奴らの話を聞いて求められているイベントを提供する。だから俺にとっては大事な奴らさ」
「俺にはまだわからないです。たぶんまだガキなんすよ。だって周りに合わせてる余裕なんてないっすから」
「その気持ちを忘れるなよ。常に少しずつ違った色を提供していかなかったら飽きられるからな。ってまだそこまで考えなくてもイイか。まぁ俺について来い。違った景色が見れるかもしれんから」
俺にはその景色が楽しいものなのかは全然わからなかったが、米倉さんが作り上げる世界には興味があった。
そして駅に着き米倉さんと別れた。
その日の夜俺は瞳ちゃんに連絡をし、一緒にCLUBに行ってくれないかと頼んでみた。
いくら米倉さんが一緒に行くとはいえ、絶対色々な人と話すだろうし途中でどっか行くかもしれない。
正直、そうなったら俺自身が右往左往しそうで何となく不安だった。
権藤たちを探し出すという目的ははっきりしていたが、自分の居場所が確保できなかったら行っただけで終わりそうな気がした。
その点、瞳ちゃんならそんな場所も行き慣れているだろうと思ったし、今回の事情も知っている。恥をしのんで頼んだ。
意外にも二つ返事で了解してくれた。
女同士で行くとナンパされるのがウザいし、男と行くと何かされそうで不安らしい。
その点、忍君なら安心して楽しめるねって、男として喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない了解のしかただったけど。
電話を切ると馨からメールが来ていた。
真央の容態が回復して、来週にも退院する予定だそうだ。
貞二も足の手術の日が今度の日曜日に決まったそうだ。
そして最近俺が一人で動いている事を気にしていた。
最後に「無茶はするなよ」と入っていた。
俺は「大丈夫。心配するな」とメールを返し眠りについた。