夜風に吹かれて
「どうしてそこまで危険をおかせるんだ?」
近くの公園のベンチに寝そべり聖矢くんは聞いてきた。
俺は緊張で固まった筋肉をほぐすように鉄棒にぶら下がっていた。
「途中から緊張とか恐怖とかの感情がなくなってたから…。でも聖矢くんがいて助かった」
桜の木が青々とした葉をゆるい夏風になびかせている。
「助かったって、何もしてないけど…」
そう言いながら身体を起こし俺を見た。
俺は身体を揺らして助走をつけ、大きく跳んだ。
一瞬の開放の後、重力に引き込まれるように着地した。
「でもさ、何で俺みたいなガキに付き合って、やくざ相手に突っ張ったの?しかも今日会ったばっかじゃん」
「なんでだろうなぁ。最近、何やっててもつまんねーんだよ。周りは俺の顔色を伺う奴ばっかだし。それに…」
サッパリとした笑顔を俺に向ける。
「そんな奴らに囲まれてるうちにいつの間にか俺まで誰かの顔色を伺うようになってたんじゃないかって。自分の力が大きくなるにつれてもっと大きな力に恐れを感じるようになたり、下の者が俺に持つイメージに合わせようとしてたり。でも今日忍くん見て思い出したんだ。縛られてどうするんだって」
「俺だってそんなたいそうな奴じゃないよ。上に立った事もないし、誰かを仰いだ事もない。経験がないだけだよ。だから聖矢くんみたいな苦労や葛藤を知らないだけだと思うけど」
「いや、たぶん忍くんは変わらないよ。まぁ、俺のカンだけど。それに流一さんと対峙してる時、こいつおもしれぇって思った。初めてダチになれるかもって思った。そんだけ」
まっすぐ俺を見る。くさいセリフなのにそれを感じさせない雰囲気に戸惑った。
照れもせず、取り入ろうともせず、ただ自分の本音を飾らずに言っている。
俺はこんな言葉を発した経験があっただろうか。カッコイイと思った。
「この件が全て終わったら遊びいこーよ」
「あぁ、楽しみだな。俺も全力で協力するわ。何かあったら連絡くれよ」
いつの間にか敬語ではなくなっていた。
俺は聖矢くんと連絡先を交換して別れた。
真央のいる病院の前まで戻った。
タバコをふかしながらこれからについて考えた。
俺ができる事って何なのか。
今は権藤を見つけ出す事しか考えられない。
だけど見つけ出してどうする。仇をとるのか。
それは誰が望んでる事なのか。俺の自己満足なんじゃないのか。
これから先、ずっとこんな事を繰り返すのか。
街でカツアゲをし、パー券を売りつけ、物をパクっては売りさばく。
そして新たに敵を作り、恨みを買う。
巡り巡って俺の大事な誰かが傷つく。そして報復し新たに敵を作る。
自分らのやりたいことをするには力が要る。邪魔されない為にも。
だけど全てを守りきる事ができるのか。
今日だってただ運が良かっただけだ。一歩間違えればどうなっていたか分からない。
じゃぁ、全てを守りきる事ができないからっておとなしくしているのか。
そして縛られた生活や、無難な道を選ぶのか。
何一つはっきりとした事なんてわからなかった。
だけど何もしないのは耐えられなかった。
あんな事もあったねなんてそんな簡単に片付けられるほど軽いもんじゃない。
先のことを考えて生きれるほど器用じゃない。
今から俺がしようとしてる事は決して楽しい事じゃない。わかってる。
だけど後悔はしたくなかった。誰かがやらなくちゃいけないことなら俺がやってやる。
誰かに任せた人生なんて意味がない。そう思った。




