木庭興業
貞二の地元の駅のロータリーに着きバイクを止めた。
左手には細い路地があり飲み屋街になっている。
その通りを100メートルほど進み、右に曲がるとキャバクラやスナックなどの看板がづらりと並んでいる。
客引きをシカトしてさらに奥へと進む。
聖矢くんがあるビルの前で立ち止まった。
緊張した面持ちで俺を見る。
「一番上が事務所です。他のフロアは全て企業舎弟です。さぁ、行きますか」
そういって聖矢くんはにっこり笑った。
その笑顔に俺も少し気が楽になった。
エレベーターを上がり最上階へ。
途中聖矢くんが監視カメラに向かって挨拶する。
扉が開いた。細い廊下が続く。
意外にも受付にはサラリーマン風の男が立っていた。
名前を言い奥へ通してもらう。
「応接室」と書かれた部屋へ案内された。
待つこと5分。
扉が開き、グレーのスーツ姿の男の人が入ってくる。
慌てて聖矢くんが立ち上がる。つられて俺も立ち上がった。
「聖矢、久しぶりだなぁ」
穏やかなトーンなのにやたら迫力のある声。
アクのない涼しげな風貌をしているが、スキの無い動作がその筋独特の匂いをかもしだしている。
「お久しぶりです。今日は突然無理言ってすいません」
「固い挨拶はその辺でいい。ま、座れよ。で、会わせたい奴とはこの子かい?」
そういいながら正面奥のソファーにどっかりと座った。
正面から見るとやはり貞二に似ている。
続いて俺らも腰を下ろした。
「半村忍と言います」
俺は短くそれだけ言った。
その態度に何かを感じたのか、膝に腕を乗せ前のめりの体勢になった。
しばらくの沈黙の後、ソファーに寄りかかると、おもむろにタバコを取り出す。
斜め後ろに控えていた若い男がすかさず火を付ける。
ピリピリとした緊張感が部屋の中を包んでいく。
「俺の名前を知っているかい?」
タバコをくゆらせながら鋭い目つきで俺を見る。
「はい。木庭流一さんですよね」
「ほう、俺がどうゆう人間か分かった上でここに来るとは大した度胸じゃないか。なぁ、聖矢」
「はい、その辺のガキよりは肝据わってると思います」
貞二の兄貴はその言葉になぜか満足げに頷くと急に柔らかな口調になった。
「で、話って何だい?」
「権藤春樹の処遇についてです」
俺の言葉にまた表情が険しくなる。
「君は友達の命乞いに来たのか?」
「いえ、逆です。俺は貞二と同じ学校のダチです。自分が敵を討ちます。お兄さんには手を出さないでいただきたいのです」
貞二の兄貴は驚いた顔をした。その後太い声で豪快に笑った。
「そうか、君は貞二の友達かぁ。あんな坊ちゃん校にもこんな子がいるもんなんだなぁ。どうりで最近帰ってこないわけだ。でもなぁ…」
目の前のテーブルに置かれたクリスタル製の灰皿にタバコを消すと乾いた目で俺を見据える。
「こっちの世界の掟は絶対だ。権藤がどんな人物かは君も知っているだろう?例外はない。うちの怖さを知らない奴には容赦はしない。それだけだ」
いつの間にか自分の感情が乾いているのが分かった。あの時の感情に似ていた。
「権藤がどんな人物かは関係ないです。ただ邪魔されるのは御免です」
木庭流一はソファーに寄りかかると同時にテーブルを蹴った。クリスタル製の灰皿が虚しく床に転がる。
俺はそのテーブルを両手でおさえる。
隣を見ると聖矢くんもテーブルを抑えていた。
「おい聖矢!このガキ連れてさっさと帰れ!」
聖矢くんは下を向いたまま
「コイツの助けになるって決めたんです。お願いです、コイツの好きなようにやらせてやってください!」
しばらく沈黙が続く。流一はまたタバコを取り出しくわえた。
すかさず付き人が火を付け灰皿をテーブルに戻す。
ゆっくりとタバコを吸いながら乾いた目で俺をじっとっみる。俺も目を逸らさなかった。
「お前ら、今何をしているのかわかっているのか?そうか、本当の恐怖というものを知らないんだな」
そういうとおもむろにジャケットのポケットから拳銃を取り出した。
俺のすぐ目の前に銃口が突きつけられる。
さっきまでとは比べ物にならない程、緊張感が高まる。
「ガキの遊びじゃないんだ。もう時間だ。さっさと帰りなさい」
それでも俺は引かなかった。いや、引けなかった。
真央が一生引きずるであろう感情がこんな黒い物体に負けちゃいけない。
「遊んでるわけじゃない。遊びでこんな所まで来ないですよ」
最後まで流一を見据えたまま静かにそう言った。
次の瞬間、
「パン!」
乾いた音が室内に響いた。
俺は横にいた聖矢くんにタックルされたような形になり、ソファーに横向きで倒れていた。
その銃口は天井を向き、微かな煙を出している。
天井からはパラパラとコンクリートの破片が落っこちる。
バタバタと駆け足をしてくる音が近づくと勢いよくドアが開いた。
「カシラ!大丈夫ですか!」
ガタイのいい男が駆け込んできた。
「心配ない。ちょっと遊んでただけだ」
勢いよく駆け込んだものの状況がつかめないその男はその場で固まり、俺らと流一を交互に確認する。
「俺が撃たないと思ったかい?命のやり取りをそう簡単にしちゃいけないよ。でもまぁ、16のガキにしては上出来だ」
そういうと俺に優しく微笑んだ。
流一は立ち上がり、入ってきた男に拳銃を渡すと
「このガキに権藤に関する情報を渡してやれ。それから…」
周りを見渡した。
「お前らももうちょっとあのガキを見習え。テメーより弱い奴ばっかり相手にしてると目が死んでいくぞ。久々に面白いガキに会った。今回はそいつに花を持たせてやってやれ、いいな」
そして何事も無かったかのように流一は事務所を後にした。
残された俺達はまだ動く事ができなかった。
今までに経験した事が無いほど心臓がバクバクと波打っていた。
しばらく呆然とし辛うじてソファーに座り直した頃、さっきのガタイのいい男が飲み物を持って入ってきた。
俺らは一気に飲み干した。やっと落ち着いてきた。
「カシラに気に入られたみたいだなぁ」
そう言いながらさっきまで流一が座っていた場所にその男はどっかりと座った。
「気に入られたって…。あの、俺ら撃たれそうになったんですけど…」
「ガハハハ、そうだったなぁ。でもあの人が面白いガキに会ったなんて言うのめずらしいからな」
そこまで言って真顔になり、
「でも二度と怒らせるなよ。死ぬぞ?」
ヤクザの顔でそう言った。
その後、その人から権藤に関する情報を教えてもらった。
帰り際、その男と連絡先をなかば強引に交換させられた。
何か分かったら教えるからというが、もっと違う意味が込められているのはバレバレ。
そして俺らは無事外へ出た。
夏の夜風が涼しく感じるほど、びっしょりと汗をかいていた。