金崎聖矢登場
俺らは昨日の現場に向かった。
あたりはすっかり暗くなっていた。
ライトに貞二のバイクが照らされた。
俺らは昨日と同じようにバイクを横付けする。
建物には「立入禁止」と書かれた黄色いテープが張られていた。
バリバリと剥がしながら中へ入っていく。
3階に着いた。
昨日の光景がフラッシュバックする。
俺は無言で貞二達が倒れていた場所に手を付いた。
あいつらがどんな絶望的な心境でここにいたか。
そう思うと胸が痛かった。
馨が置きっぱなしになっていたランプに火を入れた。
そのあたりがだけがボウっと明るくなる。
馨がランプを置こうとした時気になるものが目に入った。
俺はランプの底を見た。
「9LOVE6(クラブシックス)」
そう書かれたステッカーが貼ってあった。
俺はそのステッカーを剥ぎ取りポケットにねじ込んだ。
「パリン!」
いつの間にか馨が窓際まで移動しガラスを殴った。
そして壁のほうを向いたまま座り込んだ。
「うっ、うっ…」
声を殺して泣いていた。
みんなやるせなさでいっぱいだった。
ガキの俺らにできる事なんて何にも無かった。
俺はランプの火を消し、馨の隣に壁を背にして座った。
マルボロに火を付ける。
何も言わず黙って吸い続けた。
暗闇に馨のすすり泣く声だけが響いていた。
二本目に火を付けたとき馨が向き直った。
勢いよく壁に背中を押し付けて座り直し、大きく深呼吸した。
俺は付けたばかりのマルボロを手渡した。
馨は無言で受け取り吸い始めた。
もう泣いてはいないようだった。
俺は暗闇を見つめたまま、
「貞二の家に行ってくる」
そう言った。馨が俺を見るのを感じた。
「それはさすがにまずいんじゃねーか?」
「だから一人で行ってくる」
「そーゆーのやめろよ。…俺も行く」
「いや、一人で行かせてくれ。馨は真央の様子を見てきてくれないか?」
俺は馨のほうを見た。俺の眼差しに馨の表情が変わる。
「…わかったよ。そんな顔すんなよ。忍にそんな顔されると何も言えないじゃん」
「悪いな。…頼む」
俺らは現場を後にした。
馨は真央の病院へ向かった。
俺は貞二のバイクにまたがりアクセルをふかした。
何故か貞二と共にいる気がした。
俺はまた貞二の地元の町に戻ってきた。
しかし貞二の家といっても場所が分からない。
直接貞二に聞く訳にもいかず、どうしようか迷った。
タバコが切れていたのでとりあえずコンビニに向かった。
コンビニにバイクを止めて入ろうとした時、駐車場にたむろっている3人組と目が合った。
一人はつなぎの袖を腰に巻きTシャツ姿の大男でもう二人は族っぽい服を着ていた。
服の腕の所に「流聖会」という刺繍がしてあった。
俺は気にせずコンビニに入っていった。
コーヒーを持ってレジに行き、店員にタバコの番号を伝える。
私服だとタバコが買いやすい。
店を出ると
「オイ!」
と声をかけられた。
さっき目が合った3人組だ。
俺はそのままバイクに乗った。
「シカトか?コラ?」
族っぽい一人がポケットに手を突っ込んだまま近づいてきた。
「めんどくせーなぁ…」
そうつぶやいて俺はバイクを降りようとした。
跨いでいた足を降ろす振りをしてそのまま水平にそいつの頭を蹴り倒した。
俺の回し蹴りをこめかみに受けたそいつは、足元にあった縁石につまずきそのままコンビニのゴミ箱に突っ込んだ。
続いて突っ込んできたもう一人も払い腰で投げ捨てた。
その時、俺の裏ももに衝撃が走った。
大男のローキックが俺の裏ももにめり込んだ。
まるで金属バットでぶったたかれたような衝撃だった。
一瞬動きが止まった俺の顔の前にドでかい手のひらが迫ってきた。
「バチコーン」
耳の奥まで鳴り響く音と共に俺は後ろに吹っ飛んだ。
そのまま一回転して立ち上がる。
しかし膝が笑っていうことを聞かない。
そのまま前のめりに膝をついた。
何が起こったか一瞬わからなかった。
顔の痛みで張り手を食らったのは分かった。
しかし張り手というよりは、まるで岩で殴られたみたいだった。
やっとの思いで立ち上がり睨みつける。
その大男はタバコに火を付け一服していた。
「おっ、意外と根性あるじゃねーか」
タバコをくわえたまま近づき俺の胸ぐらをおもいっきり掴んで凄んだ。
それは予想外の言葉だった。
「なんでテメーが貞二くんのバイク乗ってんだよ、コラ!」
言葉を理解するのに一瞬かかったが、反射的に
「ダチだからだよ。テメーこそ誰だ、コラ!」
と返した。
その大男のタバコの先が俺の目に当たりそうだったが構わず睨み続けた。
しばらく睨み合いが続く。ふいに大男が
「オイ、押さえてろ!」
と残りの二人に指示した。
そのわずかな隙に俺は袖を掴み投げようとした。
が、その時には俺の腹に大男の膝がめり込んでいた。
鈍い衝撃がはらわたを締め付ける。
息ができない。
すかさず脇の二人が俺を取り押さえた。
大男は俺から手を離し、ポケットから携帯を取り出す。
そして誰かに電話しだした。
少しの間の後、相手が出た。
「あっ、貞二君?久しぶりっす。流聖会の聖矢です。何か貞二君のバイク乗り回してる奴捕まえたんすけど…、え?名前?」
携帯から耳を離し名前を聞かれた。
俺はぶっきらぼうに「半村…」と言った。
「何か半村って言ってます。え?あっ、はい。いやそんなことないっすよ。うっす。わかりました。失礼します」
携帯を閉じた。
そしてもの凄い勢いで近づくと俺を抑えていた二人を立て続けに蹴り倒した。
弾みで俺も倒れそうになる。
「失礼しました!」
その大男は深々と頭を下げた。
俺は何がなんだか分からずきょとんとしてしまった。
「いゃ、あの…」
状況が飲み込めず言葉に困った。
大男は顔を上げ、さっきとは別人のような笑顔を向けた。
「貞二君のダチなら最初から言ってくださいよ〜。すいません、大丈夫っすか?」
結局この大男は貞二の知り合いだった。
名前は金崎聖矢。年は今年18歳。俺の2コ上。流聖会というチームのヘッドだった。
どういう繋がりかというと、貞二の兄貴の木庭流一が6年前に作った「流星会」というチームがあった。
しかし木庭流一が抜けた後、内部分裂が起こり消滅。その後この金崎聖矢が「流聖会」と名前を変え復活させた。
その際貞二も一役買ったらしく、なぜか金崎聖矢は年上にも関わらず貞二に敬語を使っている。
「じゃぁ、今貞二くん入院してるんすか?」
俺は差し支えない範囲でこれまでの事を話した。
「ってゆーか、金崎さん敬語やめません?俺年下だし」
俺はさっきからの態度の変わりようについていけてない。
「あ、そうっすね。あれ?まぁそのうちに。俺の事は聖矢でいいっすよ」
さすがに呼び捨てにはできないので聖矢くんと呼ぶ事にした。
そして貞二の家の場所を聞いた。
聖矢くんはさすがにとまどったような顔をしたが、俺の決意が固いと見るとどこかへ電話してくれた。
「もしもし、お久しぶりです。金崎聖矢です。あのー、これからお時間空いてませんか?ちょっと会わせたい奴がいるんすけど…」
電話の相手は貞二の兄貴の木庭流一だった。聖矢くんは終始緊張しっぱなしだった。
ちょっとなら時間があるということで会うことになった。
しかし、呼ばれた場所は事務所だった。
俺はありがとうと礼を言い、バイクに跨った。
「俺も行きます」
聖矢くんが意を決したように言った。
俺がいいよいいよと手を振ると
「貞二くんからも力になってくれって頼まれたんで…」
そう言って引かなかった。
結局事務所まで案内してもらう事になった。
一緒にいた二人は悪いので帰した。ホッとした顔をしていたのが印象的だった。
まぁ、普通に考えてヤクザ事務所に喜んでいく奴なんていないよな。
そして俺は聖矢くんと共にバイクで走り出した。