眩しい関係
「ガチャ」
病室のドアが開いた。
「よお」
馨だった。
「なんだ、元気そうじゃん。どしたの?怖い顔して」
さっきまでの緊張感を知らない馨はそう言いながらヤンマガを置いた。
馨の革ジャンの胸にはしっかり「面会者」と書かれたバッチをつけている。
「お前よくそんなのつけられんな」
「あれ?何だよつけてねーの?」
馨はいそいそとバッチを外しながら
「ってゆーか、めっちゃ巨乳のナースがいたんだけど、見た?」
つくづく俺らの思考回路って低レベルだと思う。
でもそんな馨になんか救われた。
「ふっ、俺らが真面目な話してる時に、空気ぶち壊しだよ」
貞二が鼻で笑いながらそう言ったが、馨はすぐに言い返した。
「そんなもん読みながらマジな話って、どんな状況だよ」
馨が貞二の手元を指差す。
そこには俺がプレゼントしたエッチな雑誌の、それはそれは卑猥な写真が写っていた。
俺も乗っかる。
「いや、貞二にとっちゃ深刻な問題だよ。何せ右手が使えねーからな」
馨が納得したような顔をして
「確かにそーだな。だけど左手でも他人のような感覚で結構新鮮らしいぞ」
貞二は、こいつらバカだという顔をしたが、
「いゃ、ぶっちゃけお前ら早く帰らねーかなって思ってる。早く試してーんだけど…」
と、結局貞二も乗っかってきた。
それから俺らはいつものように馬鹿な話を続けた。
何故かすげー幸せに感じた。
しばらくして馨が
「じゃ、俺帰るわ」
と言い出したので俺らは揃って帰ることにした。
帰り際、貞二が俺に何かを投げてきた。
慌ててキャッチした。バイクの鍵だった。
「礼だ。お前にやるよ」
ものすごく真面目な顔をした貞二がいた。
貞二がこのバイクをどんなに大切にしているか俺は知っている。
なぜなら、いつも部品の細部に至るまでピッカピカに磨き上げられているからだ。
「礼ってなんだよ。別に何もしてねーし」
そう言っても貞二は黙っている。
「…しょーがねぇ。お前が治るまで借りといてやるよ」
「いゃ、貸すんじゃない。お前にやるんだ」
俺は少し考えた後、
「あんなヘッポコバイクいらねーよ。借りるだけだ。それより…」
ヘッポコと聞いて貞二はちょっと怒ったような顔をしたが俺は構わず続けた。
「今度何かおごれよ」
貞二も気付いたみたいだった。
ふっと表情を和らげ天井を見た。そして
「…あぁ、今度な」
そういって天井を見続けていた。
俺は早く治せよと言って病室を出た。
歩きながらバイクの鍵を見つめ、思った。
俺らに恩や貸しなんて存在しない。
それぞれがやりたいようにするだけだ。
誰かにこう思われたいからじゃなく、俺がこう思うからやる。
それでも分かってくれる奴がいる、それだけでいいんだ。
病院を出ると馨が待っていた。
「早く乗れよ。貞二のバイク取りに行くんだろ」
でっかい夕日が馨の後ろに沈んでいく。
なんか涙が出そうになった。
「あぁ、そうだな」
俺は眩しそうなふりをしながらバイクの後ろに乗り込んだ。