木漏れ日の中の病室
馨からだった。
俺は流れる汗を拭きながら電話に出た。
そして貞二が木庭組の息のかかった病院に転院していることを聞いた。
まだ全ての精密検査が終わっておらず、あまり動かしてはいけない状態だったが半ば強引に転院したらしい。
俺はその病院に行こうと誘ったが、馨は置きっ放しのバイクを取りに行ってから向かうと言った。
仕方なく俺は一人で行く事にした。
シャワーを浴び家を出た。
7月の空はとてもきれいな青だった。
遠くから入道雲がホイップクリームのように縦に広がっている。
貞二の地元の駅に降り立ち病院を目指した。
途中、コンビニに立ち寄り、バイク雑誌などを買っていく。
病院の前に着いた。結構でかい。
最後に会った時、微妙な感じで別れたっきりだったから何となく会いにくい。
俺は喫煙スペースに移動し一服してから病室へと向かった。
ナースステーションで貞二の病室を訪ねた。
病室の前には強面の人が2人立っていたが、「学校の友達です」というとすんなり通してくれた。
個室のドアを開ける。
貞二は眠っていた。
左足をギプスで固め天井から吊っていた。
右手も三角巾で吊っている。頭は包帯と網をしていた。
ベッドを少しだけ起こしマンガが読みかけの状態でおなかの上に置いてある。
そっとそのマンガをどけてやると、貞二が目を覚ました。
「よお」
俺が声をかけると貞二はバツが悪そうに窓のほうを見た。
窓際に置かれた花瓶にはきれいな花が飾られていた。
水面には太陽の光がキラキラと輝いている。
俺は近くのイスに腰掛けた。
なんとも言えない空気が流れる。
「おまえさ…」
外を眺めたままふいに貞二が話した。
「ちゃんとナースステーション通ってきたんか?」
「あぁ一応。面会の紙書いて、変なバッチ渡された」
「めっちゃ巨乳のねーちゃんいなかった?」
そういうと貞二は笑ってこっちを見た。
「いたいた。すげーな。あれ絶対、前世牛だよな」
「ははっ、牛って。そりゃ言いすぎだろ」
二人して笑った。
おれはコンビニで買ったバイク雑誌を取り出す。
すると貞二は目を輝かせて「ありがとう」と言った。
「いや、これは俺の。貞二のはコレ」
2冊目の雑誌を取り出した。
その雑誌は表紙に看護婦が写ったエッチな雑誌だった。
俺はその雑誌をテレビの前に飾った。
「おおぃ、勘弁してくれ。俺動けねーんだよ」
「ばっか、俺だって買うのめっちゃ恥ずかったし。しかも店員おねーさんなんだもん」
「じゃぁ、買うなよ」
「しょうがねーじゃん。でもちゃんとその店員に、温めてください、人肌で。って言っといたかんな」
「こいつアホだ。しょーがねーな、受け取ってやるよ。んで温めてもらったん?」
「さすがに無理だったわ。だから代わりに俺が温めといた」
そう言って俺はその雑誌を手渡した。
「それじゃ意味ねーし!」
そういいながらパラパラとページをめくった。
「ところでさ…」
俺がそういうと貞二は顔を上げた。
「いきなり病院移ったからびっくりした。しかもお前の家って…」
貞二は浮かない顔になった。
「あぁ、ヤクザだよ。表向きは木庭興業なんて名乗ってるけどな」
「全然知らなかったし。でもまぁ俺の親父の職業だってみんなに言った事無いけどな」
ぽかーんとした貞二の顔があった。
「フッ、結局…、お前にとっちゃその程度なんだよなぁ。なんで俺バレたくないって思ってたんだろ」
「態度が急変する奴もいるからだろ。でも親は選べないからなぁ。うちだって最悪だよ」
「…、やっぱお前は変わってるよ。…ありがとな」
「なんだよいきなり。気持ち悪りーな」
そのあとは貞二の容態について色々聞いた。
左足複雑骨折に半月盤損傷。右腕と小指も骨折していた。全治3ヶ月。
頭の傷は深くは無く、切れていただけですぐ治るそうだ。
「真央ちゃんの容態はどうなんだ?」
貞二はずっと聞くタイミングを伺ってたんだと思う。緊張した表情をしている。
「昨日ずっと病院で待ってたけど、結局会えなかった」
「そうか…。やっぱ最初に忍に知らせるべきだったのかなぁ」
「んなもんわかんねーよ。ただ俺が現場見たとき、お前死んでると思ったぞ」
そういって貞二が気を失っている間の出来事を説明した。
すると貞二も話し始めた。
「俺は昨日の昼に瞳ちゃんから連絡あって、ちょっと引っかかってたんだ。前々から権藤の事はマークしていた。だけど最近は真央ちゃんが俺らとよくいることもあって姿を見せてなかった。でも一昨日あんな事もあって油断していた。連れ去られたって聞いた時はまさかと思ったよ。俺が駆けつけた時にはもう遅か…った…」
貞二が泣いた。一番見たくない光景だったに違いない。
俺は窓のほうに移動して、景色を眺めていた。
しばらくして貞二は、
「あいつら許せねーよ…。でも俺もこんなんなっちまった。もうどうする事もできねー…」
悔しそうに呟く。
「どうするか、いゃ、どうなるかなんてまだ諦めんじゃねーよ。」
俺は外を見たまま静かにそう言った。貞二があせった顔をする。
「ばっか、もうこれ以上無理だよ。木庭組まで敵に回す気か?権藤は暴力団にも出入りしてたからな。うちの組の面子もかかってるんだ。邪魔する奴は容赦しないんだ。それに警察だってヤクザに先を越されるわけにはいかないから本格的に捜査し始めてるだろうし…」
「うるせー!ヤクザや警察の面子の為に引けるかよ!あいつら真央の気持ちや貞二の悔しさなんてこれっぽっちも頭にないだろう。そんな奴らに任せられるかよ!」
俺は何故か耐え切れなくなり、部屋を出て行こうとした。
「待てって。気持ちはありがたいけど…、忍はヤクザの本当の怖さを知らないんだ」
俺は振り向き、
「俺は真央やお前に後ろめたい気持ちを持って顔を会わせる事のほうがよっぽど怖えよ…」
そう呟いた。
貞二は俺を見つめたまま黙った。沈黙が走る。
すでに日が傾き西日が室内を赤く染めていた。
貞二の顔は影になりその表情が掴めない。
「…わかったよ。忍に任す。やりたいようにやってくれ。俺の気持ちはお前に預けるよ」
俺は「あぁ…」とだけ言った。心の中で、お前らの気持ち全力で守ってやると誓った。