真夜中のサイレン
俺が階段を上がっていると、おぼつかない足取りで降りてくる奴がいた。
馨に鼻を潰されたあいつだ。
俺に気付くとその場で座り込んで許してくださいと泣いていた。
俺はそいつの首を締め上げるように引きずりながら3階の部屋に戻った。
部屋に着くと俺はそいつを投げ飛ばした。
そしてあたりを見渡す。
俺に背負い投げされ、気を失っていた奴が頭を押さえながらハイハイで逃げようとしている。
俺はそいつの襟を掴み壁に押し当てた。
足でそいつの身体を押さえながらケツポケットから財布を抜き取り、免許証を確認する。
「真央を付けまわしてたのはお前か?」
すごい勢いで首を横に振って否定する。
結局首謀者は逃げた奴の一人だった。
名前は権藤春樹。高校を中退し、地元の暴力団に出入りしている。
ヤクの売人のパシリのようなことをしているチンピラだった。
俺はもう一人の奴からも財布を出させ中を確認する。
学生証が出できた。
俺は「逃げたら殺すぞ!」といって部屋の隅に捕まえた二人を押し込めた。
改めて部屋を見渡す。
馨が壁にもたれながら胃液を吐いていた。
俺は暗澹とした気持ちで貞二の方へ近づき跪いた。
貞二は辛うじて息をしていた。
真央はひたすら泣きじゃくっている。
俺は優しく涙を拭おうとした。
その瞬間、真央は身体をビクッとさせ恐慌の表情した。
俺はその時氷のような表情をしていたんだと思う。
真央とこんな形で再会するなんて夢にも思っていなかった。
やるせなさが全身を覆う。
忘れていた「感情」という感覚が戻ってくるのを感じた。
俺はなるべく穏やかに言った。
「今、救急車呼ぶからな。貞二は大丈夫。気を失ってるだけだ」
真央がやっとの思いで頷く。
俺は携帯で119をダイヤルし場所とケガ人の数を伝えた。
電話を切り、貞二の頭を押さえていた血まみれの真央の手をそっとはずした。
固まった血が張り付いてなかなか離れなかった。
そうして真央の手を握った。
何の言葉もかけられなかった。
二人を見つめたまま
「馨ー。へーきか?」
と聞くと
「おう、なんとか」
と返ってきた。俺は馨のほうへ顔だけ向けた。
「あーもー、俺かっこ悪すぎだよ…」
と馨は天を仰いだ。
「そんなことないって。俺だって最初の不意打ちができなかったらヤバかったかもしれない」
「そーなんだよ。俺だって不意打ちできりゃもうちょっとやれたのになぁ。何せ、俺が突入した時は全員身構えてて、しかも貞二達を盾にしてたから何もできなかったし」
「まぁ、そんな日もあるよ」
「ってゆーかさ、お前のせいだよ。鉄パイプ引きずってあんな音だしてたら誰だって気付くし!」
「ごめん、なんか盛り上がっちゃって」
「ばっか、盛り上がっちゃってじゃねーよ。あのまま2人で行ってたら最悪だったぞ。もっと頭使ってくれよぉ」
「わりぃ…」
そんな話をしていると遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
その時、ガタガタと震え小さくなっていた奴らが逃げ出した。
馨は「おい、待て!」と言って追おうとしたが、
俺は「ほっとけよ」と言ってあえて追わなかった。
しばらくしてサイレンの大音響がすぐ近くで止んだ。
俺と馨が外まで出て救急隊員を誘導した。
救急隊員が現場を見た瞬間、事件性を確信したらしく警察を呼んだ。
貞二と真央は先に搬送され、俺らはパトカーが来るまで待たされた。
パトカーと追加の救急車が到着すると、あたりは赤色灯の渦になった。
とりあえず俺らも救急車に乗りパトカーを引き連れ病院に運ばれた。