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空色の約束  作者: 吉乃
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米倉智也という男

世の中を知らないというのは怖い。

大学を卒業し、一般的な企業に就職しないと最悪の人生になると、

親や学校から教育され、それに順応できない自分への恐怖。

レールを外れる事への恐怖。その価値観に感化されたクラスメート。

誰にも相談できなかった。暗黒の中学時代だった。


クラスで孤立し続け、中学3年になった。

いじめられていた訳ではなく、表面的な友達付き合いはあったが親友と呼べるような奴は居なかった。

ただなんとなくその時を生きていた。


そんなある日学校の自販機の前で財布を拾った。

確か1万円ぐらい入っていた気がする。

何を思ったか届けようとした。

当時の俺にはその金を使うアテがないほど人生がとてもつまらなく感じていたからだ。


しかし、それが俺の人生の転機だったと思う。


カード入れのところに学生証が入っていた。

見ると米倉智也という人で高校3年生だった。

ウチの学校は同じ敷地内に付属の中学と高校がある為、休み時間に届けに行った。

高3のフロアーにいき、教室の中にいる人に、

「米倉って人いますか?」

と訊ねた。

ドア付近で談笑していた人が気付き、

「ん?米倉さんに何の用?」

と聞いてきた。

俺は一瞬間違った学年のフロアーに来たと思ってドアの上の看板を見たが、確かに「3-A」と書いてある。

何でさん付けなんだろうと疑問に思いつつ、

「落とし物を届けに来たんですけど…」

と聞いた。すると、

「米倉さん達なら昼休みはいつも屋上にいるよ。だけどあそこは鍵がないと入れないから、会えないと思うよ」

と教えてくれた。

俺は

「そうですか。ありがとうございます」

とお礼を言い、その足で屋上へと向かった。


実は俺も屋上の鍵を持っていた。

なぜならゴルフ部の練習は屋上で行う。

ある日部活の後、鍵を返し忘れ、次の日から何日か学校を休んだ事があった。

その間に鍵の所在がうやむやになり、俺も言い出すのが面倒でそのまま持ち続けていたからだ。


「ガチャ…」

屋上の鍵を開けると、

「やべぇっ!」

という声と共に何人かの高校生達がざわついていた。

しかし俺の姿を認めると、一人が近づいてきた。

「オイ!何だお前?ん?チッ、中坊かよ。ガキが何しに来たんだよ、コラ!」

俺はケンカ腰のその態度がなんとなく気に食わなくて黙っていた。

「あ?何お前?調子乗ってんの?」

そういって俺の髪を掴んだ。

その瞬間、財布の事など忘れてその男を睨み返した。

ただ黙って睨み続ける。

俺の予想外の反応にその男は少し及び腰になった。

「チッ、何なんだよコイツ。オイ!ここの事は誰にも言うんじゃねーぞ!」

そう言い捨て、ぞろぞろと高校生達は屋上を後にした。


しかし、一人だけ残っている人物がいた。

タバコをふかしながら、何事も無かったかのように座って雑誌を読んでいた。

ふと、顔を上げ、今初めて俺の存在に気づいたかのような表情をした。

「ん?何してるの?何か用?」

さっきまでの人達とは違い、穏やかな口調だった。

俺はその人のそばまで近づき、

「あの、米倉って人知りませんか?」

と聞いた。

「ん?俺だけど、どうしたの?」

俺は改めてしっかりとその人を見た。

不思議な感じがした。

モデルのような涼しげな顔立ちなのに何故か目だけはオオカミのような眼差し。

つかみどころの無い雲のような表情で俺を見ていた。

「財布、落ちてました」

「あぁ、ありがとう」

何も焦ったような表情も見せず、受け取り中身を確認する。

ふと、手が止まる。

「あれ?全部入ってるよ?」

普通は安心するか喜ぶはずなのに、何故か困ったような顔をしている。

カード入れの所を確認しながら、

「なぁ、なんで何も取らなかったの?仲間にでもなりたいの?」

と、予想外の言葉を言ってきた。

「別に…、金あっても使い道なんてないんで」

そういうとその人は俺を改めて見る。

ぽか~んとした表情を今でも覚えている。

その後、爆笑された。

それまで全然表情が掴めず人形のようだったのに、その変わり様に驚いた。

「そーかぁ、何か変わってんなぁ…。ところでお前さ…」

そういうと柔らかな表情をし、

「人生つまんねーんだろ」

と言われた。

普段の俺だったらまたいつもの様に睨みつけるはずなのに、何故か頷くしかできなかった。

初めて誰かに負けたような感覚に陥った。

それがすごく恥ずかしく思った。

そんな俺を興味深そうに見ると、

「お前面白そうな奴だな。なぁ、これから一緒にメシでも食いに行くか?」

と言われた。遠まわしなカツアゲかと思った俺は

「いや、金なんてないですよ」

といったら、

「大丈夫、俺に任せとけ。じゃぁ決まりな。いくぞ~」

と言って立ち上がりスタスタと歩いていく。

俺はなんとなく後を追っていた。

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