宅飲みの夜
馨の家に着くと、ジャージとスエットに着替え、コンビニで酒を買い、飲み始めた。
馨は明日香ちゃんからメールが入ってきたのでテンションが高い。
いつも以上にガンガン飲んでひたすらアホな事を言い続けていた。
馨は酔うと勝手な行動が多くなる。
今日もやたら陽気に「めっちゃ楽しい!」を連発しながら飲みまくっている。
会話の途中でおもむろに、
「ロン、三色一通イーペーコー、多牌!」
と言いながら、腹を抱えて一人で笑ってたりする。
そんな風にして飲んでいるといきなり、
「明日香ちゃんにメールするわ」
といってベッドでメールしてたと思ったらすやすやと寝てしまった。
嵐のようだった空気がすっと静かになった。
「ほんとこいつアホだなぁ」
と俺は馨の方へ目を向けた。
すると貞二が
「まぁ、でもいい奴だよ。こうやって俺らに話す時間と場所を自然と持たせるために、明るい空気作ったりさ」
「そーかぁ?そこまで考えてんのかな?」
「だってまともにシラフで話し合えよって言われてもそんな気になれないだろ」
確かに、公園で話してる時は言いたい事も言えなかったが今なら言えそうな気がする。
こうゆう時、馨も貞二も大人だって思う。
「やっぱ俺は鈍感だな。そーゆー事に全然気付かないもんなぁ」
「いゃ、多分忍はそーゆー事意識しなくても自然とできるから気付かないだけだろ。俺はいちいち考えないと行動に移せないんだよ。だから人のやることが見えやすいだけ」
「まぁ、お前頭いいしな。追試組とは違うよ」
「別に勉強できるからって頭いいとは限らないだろ!」
貞二はちょっと怒ったように言った。
学校の成績を引き合いに出されるのは嫌いらしい。
でも、勉強ができない俺にとっては心底尊敬してるんだが、それを言うと誰に対しても自然体で好かれるお前のほうがよっぽどうらやましいと返される。
「しかも、頭がよかったらこのタイミングで真央ちゃんに告ったりしないし」
いきなり本題に話題が移る。
「俺も聞いた時びっくりした。それよりどうしてこのタイミングでなん?」
「それは…」
貞二の言葉が詰まった。いつも冷静に物事を説明する事に長けてるこいつにしてはめずらしい。
「ホントは忍には言いたくなかったけど」
ポツリと言った後、言葉を選ぶように続けた。
「真央ちゃんと話してても忍の話題ばっかりなんだよ。俺は夏までが勝負だって決めてた。たぶん俺の気持ちも伝わってたと思うけど、あの子なりに俺と忍の関係を考えてくれてたと思う。だけど真央ちゃんのことで俺らの友情がこじれることは無いって分かってたから、これ以上真央ちゃんにあれこれ考えさせるのは悪いと思ったんだ」
俺はバカだ。結局みんなを振り回していたのは俺だった。
こーゆー時、どうしたらいいか全然わかんない。
「何でかな。俺そんなに思わせぶりなことしたかな」
「そうじゃない。人を好きになるって相手がどうこうじゃないだろ」
「俺、そうゆう経験が無いから分からない」
「おまっ、恋愛した事無いのかよ。誰かを好きになった事ねーの?」
「本気で好きになった事ってないんだよな…。」
「それって…。ちなみに女と話してて異性と会話してるって意識はあるだろ?」
「別の生き物だって感覚はあるけど、ん〜あんまり…。」
「…、忍が何でモテるのかなんとなく分かる気がするわ」
「勝手に納得するなよ。結構悩むよ。付き合っても愛が感じられないって言われて別れたり…。もっと想ってよって言われたり。俺、嫉妬心とか独占欲とかってあんまり感じないんだよね…。」
「そりゃそうだよなぁ。結局そこまで好きじゃないって事だろ?もしかして忍自身が自分で自分を好きじゃないだろう?」
「好きじゃないかも。まぁあんま考えた事無いけど。でもそれって関係あるんか?」
「大ありだよ。だから忍は自分の事より周りを大切にするんじゃないか?それは男とか女とか関係なく。それを壊してまで誰かに対して突っ込んで好きになるてゆーのを避けてるんじゃないかなぁ」
「お前すげーな。たぶんそう。仲間内で恋愛しようと思わなければそれができちゃう。んでも、俺の大事な奴らがピンチだと恋愛とか友情とか関係なく全力を傾けられる」
「確かに見ててそんな感じするわ。どんな時も利己的に振舞うってゆーのが皆無だわな。忍って不思議だよな」
「俺は不思議ちゃんですか?」
自分のコンプレックスを晒すのは恥ずかしい。
だけど貞二は妙に納得した顔をしている。そして何かを決心したように話しだした。
「やっぱ、真央ちゃんをお前に惚れさせておくのはやめた。いや、惚れさせるのはいい。ただ恋愛対象にさせるのは可愛そうだ。だからこれからもガンガンアタックしていく。俺は自分大好きだし、利己的だしな。ただ、忍が作りたいフィールドは守っていくよ。今まで居心地が良かったのは忍がずっとそーゆー気持ちでみんなを取りまとめてたからなんだよな。確かにみんなが好き勝手やっても、まとまってこれたのは忍のおかげだよ」
貞二はいつもの感じに戻っていた。
「やっと、気付いたのかよ」
いつの間にか馨が目を覚ましていた。そして話し続ける。
「だいたい女は最初は、こいつにホレんだよ。んなもんこいつ見てればわかんじゃん。だけど女だってバカじゃないから、コイツと付き合ったら大変だってそのうち気づくんだよ。だってメールはたまにしかしないし、常に女の噂が絶えないし。俺にはあえて軽い奴にみせてんのかと思うくらいだよ」
「平気でデートすっぽかして俺らのケンカ混ざりにくるしな」
貞二が思い出したように言う。
馨が続ける。
「そうそう。だけど逆にケンカになった時、俺らが誰かと待ち合わせしてる事知ってたらどんなに数足りなくても呼んだりしねーよ。カッコイイ事言う奴はいっぱいいるけどカッコイイ事できる奴なんてそんないない。誰だって自分が可愛いし。特に女なんて自分を一番に想ってくれる奴を最終的には選ぶじゃん」
「でもそんなんで対等な友達とはいえなくね?」
馨と貞二の立場がいつもと逆転している。
俺のことを言われているのに全然実感がわかず、ただそのめずらしい構図を眺めていた。
「だ~か~ら、忍はすべてを犠牲にできちゃうんだって。だけど俺らには無理だろ。だからって友達やめるんかよ。要は使い分けだよ。自分の都合を優先する時としちゃいけない時。その見極めをしっかりすればそれでいいんだよ。ただし、絶対忍を一人ぼっちにはしない。どんな時も誰かがいてやる。そして必ず忍の元に戻ってくる。それさえ忘れなけりゃそれでいいんじゃねーの?なぁ」
そういって馨は俺の方を見た。
「う、うん。よろしくお願いします」
俺はゆりかごで守られてる様な気がしてそんな言葉が出てしまった。
「なんじゃそりゃ。ま、そーゆーことなんじゃねーの」
「ん~、わかった。じゃぁそれで」
俺は何の話をしてるのかも、これから真央達とどう接すればいいのかも一向にわかんなかったんですけど。
そんな話をしていると鳥の鳴声が聞こえてきた。
夏の朝は早い。すっかり夜も明けていた。
気付くと焼酎の空き瓶が1本転がり、2本目も残りわずかだ。
ぐでぐでになりながら、さっきから同じような話をもう何度も繰り返しているような気がした。
そしてそのうち寝てしまった。