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彷徨える命脈  作者: 小倉紀能
9/14

第九章 逃がした魚は大きく育つ

    1


「殺せ! こやつを殺せ!」

 動揺は信長の理性を狂わせた。自分がすべての処刑をする、他の者は手を出さずその場面を写せと厳命しておきながら、いま助けを求める叫び声を上げた。困惑は小波のように周囲に広がった。この「殺せ!」の叫びも演技なのか、と。

《いまよ、サトル! 逃げるの!》

 尚子が、元の声でサトルに言う。

(え!?)

《殺されちゃう! 早く!》

 突き動かされるようにサトルのカラダが跳ね上がった。ピョンと立上がり、重い鉄の甲冑を脱いでいく。自分の動作のように思えないが、確かに自分の手で鎧を脱いでいる。疲労感もなく、軽々と一連の動作が瞬時に行なわれ、サトルは脱兎のごとく一目散に駆け出した。

 途端、凍りついていた信長に自由が戻った。

 生霊である尚子の抵抗が解けて、急速に力が漲った。その勢いで振り上げていた大刀が地面に叩きつけられた。ザックリと切っ先が大地を切り裂く。周囲の者たちはまだ様子が飲み込めていない。

 映画スタッフの撮影カメラマンはそのまま写しつづけていた。他のスタッフも同じだ。

「あのガキ!」

 まず黒田がサトルの存在に気づき、スタッフ用のマイクロバスに慌てふためいて転がり込む。

「社長!」

 猪首を肩に乗せた井原が振り返る。

「ガキが!」

「なんだ、騒々しい」

 手にした週刊誌を無造作に座席に放り投げると、面倒臭そうに応えた。

「ガキが、逃げた!」

「どのガキ?」横着そうに質す。

「写真を撮ってたガキですよ、デモのとき」

「なに?」井原の表情が変わる。

「騎士の中に混じってやがった」

 井原の心臓が、マグニチュード七の激震に襲われ、脈のリズムを狂わせた。血圧が急カーブを描いて上昇し、頭から血の気が引いた。右手で心臓の辺りを押さえると、天を仰ぐように白目になる。

「と、と、殿は・・・?」

「ガキの前にきたら急に静かになっちまって・・・術が効かなくなっちまったみたいで、その間にガキは鎧を脱いでトンズラです」

 気が遠くなりそうだった。しかし、修羅場を何度もかいくぐってきた身だ。打つべき手は心得ていた。

「慌てるな。警備につたえろ。広報にはわしが連絡する」

 井原は携帯電話を取り出して本社広報室を呼び出した。

「・・・井原だ」

 森尾が電話口に出ると、額の汗を拭いながらが早口で捲し立てる。

「困ったことが起きた。撮影現場を見られた・・・・・・いや、相手はわかっている。あの浅井という例の小僧だ・・・どうせ行き先はわかっている・・・」

 それにしても、と井原は思った。またあの小僧だ。今度ひっつかまえたら・・・。殺気走った目を窓の外に向けた。スタッフが右往左往しはじめている。映画の責任者は自分だ。しかし、今日の撮影は社長が自分ですべて仕切るといったのだ。今日の撮影にシナリオはなかった。戦をありのままに撮影し、最後の捕虜の刑のシーンでは賀茂信長社長が自ら手を下すと知らされていただけだったからだ。

 そんな井原の耳に、信長の叫び声が聞こえてきた。

「これはわしの演技ではない! あの小僧を追え!」

 尻を蹴飛ばされたように、信長の重臣たちが一斉に立ち上がってサトルの後を追った。

 信長は青筋をたて、腹に据え兼ねたように肩で息をしている。なにしろ自分の妖術が遮られたのだ。そのショックが信長の思考回路をショートさせていた。

 これまで戸惑っていた撮影スタッフも、やっと信長のただならぬ様子に気づき始めた。困惑と動揺が、ざわつきとなって広がっていった。


    2


 サトルは鎧武者たちが立ちつくす間隙を無心に走り抜けた。誰も止めるものはいない。むしろ道を空けてくれる。人の波を割ってサトルは走った。

《アレに乗ろう!》

 すぐ近くに竜馬が繋がれていた。駆け寄ると意外と大きい。碧色の鱗が、光を浴びて虹のように色を変えていく。首に手を回し、鐙に足をかけると、サトルは跳ね上がるようにして鞍に跨がった。

 一段高い場所から眺め下ろすと、転がり落ちそうな気がした。一度も馬に乗ったことのない自分が、得体の知れない生き物に跨がっている。

《アフリカで、ラクダに乗ったことがあるからね》

 そうか。尚子の記憶や経験がサトルの体感として生かされているのだ。一つのカラダを二人が共有しているのだ。手綱を引きしぼる。だが、動こうとしない。

《暗示をかけられてるのかしら? 大人しくしてるようにって》

(そりゃないよ!)

 振り向けば、追っ手が迫っていた。

《手を頭に翳して!!》

 サトルはいわれるままにした。右手を竜馬のふわふわとした金色のたてがみの上に置く。右手が熱をもったように熱くなった。何かが掌から放たれている! 力強く、逞しく、精気を送り込んでいた。ブファッ! と激しく鼻を鳴らすと、竜馬は勢いよく足を踏み鳴らして躍動しはじめた。

(凄っ! これ、念力?)

《そんなのに感動してないで。早く!》

 鱗で覆われた腹を蹴ると、竜馬は跳ね上がって走り出した。

 黄金のたてがみが眩しい。空駆けるように竜馬は疾駆した。上下運動がほとんどない。舞うように、飛ぶように走る。蒼々と晴れ渡った空に浮かぶ雲が、瞬く間に背後に消えていった。

 コーヒー色の大地が背後へと流れていく。彼方には緑の森が待っている。振り返ることなく、鐙を操った。上下にかすかに揺れながら森がぐんぐん近づいてくる。梢の一本一本、一枚一枚の葉さえも見分けられそうだ。

 警備の連中が正面に数一〇人立ち塞がっているが、竜馬なら簡単に飛び越せそうに思えた。

「イヤッホー!」

 快感がスッと頭の上から喉元に落ちていく。すべてのわだかまりや重圧から解放されたような気分だ。警備の人垣が竜馬を避けるように裂けた。

 森はもう目前というとき急に衝撃が走り、サトルは下草の生え際に放り出された。

 振り向くと竜馬が横たわり、折れた翼と四肢を大きく震わせている。腹からは黄色い体液がドクドクと流れ出ていた。

《バズーカ砲ね》

(バ、バズーカぁ!?)

《驚いてないで走れ!》

 竜馬が倒れたのを見て、ガードたちが駆け寄ってきた。

 サトルは樹木の密集する森へと駆け込んだ。方角は当てずっぼう。でも尚子が右、左と指示を出すので、その指示通りに進んだ。短時間に森を抜け出せたのは尚子の指示が的確だったからだ。

 一〇数分でクルマを隠した場所に辿り着くと、車体を覆っていた枯れ枝や下草を払ってクルマを道路に出し、アクセルを思いっ切り踏んだ。

 バックミラーに追っ手は見えない。

 しばらくすると、ゆく手に車止めが見えた。すでに連絡がとどいているのだろう。だが怖くなかった。今日一日の、あの気違いじみた修羅場を味わった身には怖いものなしだった。アクセルを踏み込む。道路を塞ぐように二台のワゴンがセンターラインで鼻を突き合わせるように置かれている。

(蹴散らしてやる!!)

 勢いを増すサトルのクルマが、二台のワゴンの鼻先に突っ込む! 数人の警備員が慌てて路肩に逃れる。

 ぶつかる! サトルは衝撃に備えてハンドルを強く握りしめ、筋肉をこわばらせて突っ込んだ。突っ込みながら、「浮かべ!」と、思わずそう祈った。衝撃が、全身につたわってくるはず、だった。しかし、感じたのは微かな抵抗だけだった。おそるおそる目を開ける。目の前に、路面が見えない。道路をはさんだ両脇の木立ちも消えている。フロントガラスは暮れゆく空に満たされていた。

 クルマは本当に宙を疾駆していた。

《やったあ!》

 開いた口が塞がらない。クルマは障害物を超え、羽毛が落下するように軽やかに着地した。

 驚いたのは目の前でクルマが地面を離れ、シャーシの底を見せながら滑空するのをまのあたりにしたガードの連中だ。ジャンプ台があったわけではない。にもかかわらず、鉄の塊がふわりと円弧を描いて跳び越えていったのだから。全員、声も出ない。

 凍りついていたひとりが無線機に手を伸ばすまでにはかなりの時間を要した。

「飛んでいったんですよ・・・空を・・・」

 ・・・寝ぼけてるのかコノヤロー!

「嘘じゃありません・・・こう、ふわりって・・・」

 ・・・追え! 追うんだ!

 黒田の腹立たしげな叫びに、ようやくワゴンを発車させたが、もうすでに遅かった。


    3


「姉さん、どういうこと?」

 東名高速を駆け抜けながらサトルが訊いた。

《私にも信じられないこと、いっぱいありすぎ!》

 興奮して胸をドキドキさせているのがつたわってくる。

《守護霊の初心者から、ちょっと中級コースへレベルアップしたっていうところかな》

「もしかして、まだ無免許の守護霊なんじゃないの?」

《免許なんてなくたって、ちゃんと護ってあげたんだから、感謝しなさいよ》

「そりゃあまあそうだけど・・・」

《でもね、少しずつわかってきたところ、あるよ。ほら、欲界の魔王に身も心も売り払った信長、見たでしょ、さっき》

 魔王の守護を得て、邪悪な野望を抱いた信長の姿が、眼前にまざまざと蘇ってきた。尚子が感じ取った異界の出来事を、サトルも同じように全身で感じとっていたのだ。

《いろんな霊感に感応できるようになってきたんだと思うよ》

「それで?」

《力も、コントロールできるようになってきたみたいだし》

 尚子の意思がサトルのカラダに染み入るようにつたわってくる。

 尚子の思いが、サトルに《感応》してきていた。



 なぜ戦わねばならないの?

 アフリカでの体験・・・為政者の気紛れではじまる戦争・・・子供たちまでが銃をもって殺し合う。なぜ止められないの? どうやったらこの哀しみが人々につたえられるの?

 自分ができること。それは、ファインダーから覗いた事実を、より多くの人に見てもらうこと・・・。でも、その思いを果たすことなくこの世を去ったのは、辛い。

 その未練が、尚子を霊界に漂わせ、彷徨わせていた。これもまた生霊であり、怨霊だ。

 信長にも未練が残っていた。天下を目指して戦国の世を駆け抜け、志し途中果てた。その尚子と信長が霊界で遭遇していたとしても不思議ではない。

 尚子の霊がこの世に戻ったのは、サトルの身に危険が襲いかかろうとしていたから。でも、守護霊としてサトルの身体に憑いたとき、尚子は霊界の記憶を消失していた。

 その記憶を甦らせること。

 そして、霊として力をつけること。それは、霊としての試練なのではないか? 霊といえどもはじめから万能ではない。守護するために必要な力を身につけていく。それでこそ、悪霊に立ち向かうことができるはず。力を与えてくれたのは、この世に生命が誕生して以来支配者に虐げられ、虐殺され、抑圧されてきたものたちの「怨」の集合・・・。

 多くの「怨」をもつ生霊たちによって尚子の力は引き出されたのだ。

 いま、尚子の力は自分だけの力だけではなくなっている・・・。



 これが、サトルが感じたことだ。

 尚子が《感応》したことを、いま、サトルが《感応》している。

 夕闇が迫る東京に、クルマが飲み込まれていった。


    4


 サトルは話を納得してもらうのに苦慮した。何しろ自分でも信じ難いような出来事の連続だったのだから。まずは見たこと、体験したことをありのままに話した。

 しかし、話が進むにつれ島田のオバサンは怪訝というより不審な表情を浮かべはじめた。一緒にいた「日本の自然を守る会」のメンバーたちも、顎に手を当てて首を捻ったり、腕組みをしたり、驚きよりも話の信憑性を疑ってかかっているように見えた。つい二、三日前に初めて会に顔を出した若造、というのもサトルの信頼の薄さの原因かも知れない。

 決定的だったのは、フォトジャーナリストを標榜していながら、写真という証拠がなかったからだ。

「カメラを持って帰るゆとりなんて・・・」

「そうね。本当に殺されそうになったらカメラどころの騒ぎじゃないと思うわ」

 市恵だけは真面目に聞いてくれているのが救いだった。そうはいっても、説得力がないのは十分に承知していた。

「そんな殺人みたいなことがいまの日本で起こって、誰も気がつかないなんていうことがあるかね?」

 会員のひとりが疑問をぶつけてきた。

「報道は一切シャットアウトされてて・・・」

「でも、映画のロケなら警察や消防署に一応届けとか出しているんじゃないの?」

「いまのユニバーサル商事の力なら、警察にも消防にも・・・きっと、国会の中にも息がかかっている人間がいるに違いないって思いますけど」

 サトルの反論に、「想像じゃあね」と冷たく突き放す。

「それにあの男・・・」

 サトルは欲界の魔王の守護を得た信長の邪悪な霊力に思いを馳せた。だが、見たこと体験したことさえもそのまま信じて貰えていない。なのに、霊のことなどを話せば異常者扱いされるのは間違いない。

《状況はサイテーね》

(まったくだ)

《事実を発見するしかないわね》

(どうやって?)

《虎穴に入らずんば虎子を得ずってね》

(虎穴って?)

《あの巌岳っていう警部に訊いてみるってのはどう?》

 ぼさぼさ頭が脳裏に甦ってきた。殺人事件を追っていたら、ユニバーサル商事にたどりついたといっていた、あの警部。そういえば、唯一の証拠といっていいあのデビルの写真を彼に渡してあった。

「証拠の写真、ありますよ!」サトルは衝動的に立ち上がって、声をうわずらせながらいった。

 周囲の目がサトルに集まった。

「あのとき、ほら、デモで爆発があったときの写真に、今日見たのと同じ生き物が写っていたんです」

「それでその写真は?」

「家にあります。それに、警察にも」

「警察ぅ!?」

 うさん臭い言葉を聞いたときのような声がメンバーから上がった。

「警察なんてな、われわれの活動の邪魔ばかりしているんだぞ」

「あんなやつらに証拠の写真を渡すなんて・・・」

 非難めいた声が次々に上がった。

「待ってください」サトルは制するように両手を前に広げた。

「あの人は信用できると思います」

「君がそう思ってもねぇ」冷やかな笑いが広がった。

「待って。とりあえず聞きましょうよ。人を信じることも必要だと思うわ」

 困惑したサトルに、市恵が救いの手を差し延べてくれた。

「そうだよ。こっちが不信感ばかりもってちゃ、相手からも信用されなくなっちまうよ」

 島田のオバサンも救い船を出してくれる。

「いま連絡をとってみます」

 サトルは巌岳から貰った名刺の電話番号を押した。

 しばらく呼びだし音が鳴りつづけ、受話器を置こうとしたとき、澄んだ女性の声が応答した。

 ・・・はい、こちら警視庁捜査一課。

「巌岳警部補をお願いしたいんですが・・・」

 ・・・警部補とどういう関係でしょうか?

「浅井といいます。巌岳さんに写真を預けてありまして、捜査のお役に立ったかどうか知りたくて電話したんですが・・・」

 受話器の向こうで大きなタメ息が洩れた。

 ・・・浅井・・・浅井サトル君ね?

「はい」

 ・・・君のことは知っているわ。警部の報告書に名前が出てきていたから。ユニバーサル商事の爆弾事件のときになかなか気骨のあるところを見せたみたいね。

「あ、いえ・・・」

 ・・・写真のことも知っているわ。でも、その写真は消えてしまったのよ。

「え? 消えた?」

 ・・・そう。

「で、巌岳さんは?」

 ・・・亡くなったわ。

 思いもかけぬ返事に、サトルは全身から力が抜けた。

「ま、まさか?」

 ・・・本当。今日の夕刊にも出ているわ。

 サトルは島田のオバサンに夕刊を取ってきて貰った。社会面の下の方に「刑事溺れる」というベタ記事が載っていた。

 それによると、巌岳の溺死体が今日の未明に北区赤羽の岩淵水門近くで発見されたという。近くには巌岳のクルマがあって「捜査中の事故と考えられている。岩淵水門は改築されたばかりで、足元を滑らせて転落した可能性がある」としていた。

 島田のオバサンが新聞をひったくるようにしてテーブルの上に広げ、メンバーたちと食い入るように読んでいる。

「まさか!?」声が震えた。

 ・・・本当なのよ。

「でも」といいかけたサトルを電話の向こうの声が制した。

 ・・・報告書を読むと、いろいろと妙なことが書かれているの。でもね、まったく証拠がないのよ。だから、君の連絡を待っていたところなの。写真のネガはそちらにあるんでしょう?

「ええ」

 ・・・ぜひ見せて欲しいわ。

「はい。わかりました」力なく応えた。

 ・・・自己紹介か遅れたけど、私は笹森といいます。それじゃ連絡、待ってますから。

 事務的で硬質な声でそういうと、電話が切れた。

 受話器を置くサトルの手が震えていた。巌岳が死んだなんて、寝耳に水の話しをどう信じればいいんだ?

「あんたのいってる警察官っていうのは、この溺死したっていう警部なのかい?」

 島田のオバサンに向かってサトルは小刻みにうなずいた。

「あれまー、どうなってるんだか」

 信じられないというように、首を何度か横に振る。市恵も他のメンバーも、ことの成り行きに以外そうな顔をしてサトルを見ていた。

《しっかり!》

(だって・・・)

《ショックは私も同じなんだから!》

 巌岳のぼさぼさ頭と人懐っこい笑みがまた思い浮かんだ。最後にこういっていた。

「また、なにかあったら頼むよ。僕も連絡するから」

 連絡・・・。そうだ。巌岳から連絡が入っているかも知れない。自宅の電話番号をプッシュすると、暗証番号をつづけて押した。留守番電話はメッセージが残されていた。想像通り、巌岳からのメッセージが昨日の夕方に吹き込まれていた。サトルはオンフックのままメッセージを聞いた。

 ・・・あ、巌岳だ。あれはどうもただの殺人事件とは違うようだな。赤羽にファーストエレクトロニクスという会社がある。ユニバーサル商事の関連会社なんだが、本業はコンピュータソフト開発らしいんだが、業務に関係のない化学薬品も大量に仕入れているようだ。君のあの写真だが、どうも関係がありそうでね。それはそうと、俺もマークされているみたいなんだ。写真のネガは安全な場所に移した方がいいかもしれない。じゃあ、また連絡するよ・・・。

 その場にいる面々の顔が強張っていた。サトルの脳に霊感が走った。尚子が敏感に感じとった危機感が、サトルにつたわってきたのだ。

《帰ろう! ネガが、危ないわ!》

「帰ります」

 投げ捨てるようにいうと、事務所から逃げ出すように走り出た。

「浅井くーん!」市恵が追ってきた。

 それに構わずサトルはタクシーをつかまえ、乗り込もうとした。市恵が追いついて、窓を叩く。サトルは窓を開け、

「急がないと。あとで連絡する」そういって運転手を促した。市恵が了解したように深くうなずいた。


 深夜のせいか経堂まではタクシーでアッという間だった。ところが、表通りでクルマを降りて家に向かおうとするのだが、足が急に重くなっていうことをきかない。

(早く、早く行かなきゃ)

 心の焦りとは別に、思うように足が進まない。

(姉さん?)

《ごめん、ちょっと気分が悪いの》

(ええっ? 姉さんの気分が悪くなると、僕のカラダが反応しちゃうわけ?)

《どうやらそうみたい。ごめんね》

 足を引きずりながら、やっとの思いで家までたどりつき、門扉に手をかけたときだ。

 閃光とともに耳をつんざく大音響がして、地面が揺れた。

 よろめいて腰を落としたサトルの目に、火柱の残滓が見えた。白い煙が黒い空にゆっくりと立ち上がって行く。近所からパジャマ姿の人たちがでてくる。

「ガス爆発だ」

「消防だ、電話、電話!」

 周囲にいる近所の人たちの会話が遠くに聞こえる。

(これって・・・もしかして姉さんが気分悪くなんなかったら・・・)

《死んでたかもね》

 二階建ての家の上半分が、まるっきり消えていた。そこから、焼け焦げた臭いが爛れたように染み出している。消防車のサイレンが次第に近づいてくるのがわかった。


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