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彷徨える命脈  作者: 小倉紀能
6/14

第六章 さて、その背後に控えしは

    1


 ダンプが襲ってきて爆発があって、空が悪魔のように嗤っていた。いやな夢だった。寝るのが苦痛になるような夢は見たくない。

 うつらうつら。まだ寝かせてくれ。身体のあちこちが痛い。遠くで電話のベルが鳴っている。現実なのか夢の中なのかよくわからない。うっすらと目を開けると天井が恐ろしいくらい遠い。まるで、双眼鏡を逆さに見ているようだ。手を伸ばしても底無し沼に引き摺り込まれてしまうような寂寥感と虚脱感とが、一緒になって全身を萎えさせた。疲れていた。ベッドから出たくなかった。手を動かすのさえ億劫だった。顔を掻いた手のひらに目がいく。なんだ傷だらけじゃないか。なんだこれ。そう思ったら急に痛さと記憶が戻ってきた。

 あれは夢じゃない。ダンプの暴走も爆発も、空が嗤ったのも、あれは実際にあったこと。

 昨日、気がついたら病院にいた。軽い打撲ですんだけれど、よりにもよってダンプが豪雨の中をサトル目がけて暴走。その上爆発。またもや路上に叩きつけられた。警察はただの偶然の事故だというが、やはり悪霊に祟られているとしか思えなかった。

 ベルが鳴りつづけている。間延びした時間の中で、ベルはひどく間欠的にのろのろと鳴っている。

《《《起きて》》》

 木霊のように耳の奥に声が響く。

《《《きっと大事な電話よ》》》

 尚子の声だ。

《《《さあ、元気を出して》》》

 力を振りしぼって身を起こした。少しカラダが揺れているが、動揺はない。次第に自律神経が安定し、呼吸も脈搏もゆっくりと落ち着きを取り戻した。

《しっかりして!》

 はいはい、と思いつつ受話器を耳に当てる。

「もしもし・・・」

「ぁあ、はい、浅井です・・・」

 まだ頭がぼんやりとしている。でも聞き覚えのある声だった。

「わたし、浅井です。一昨日のお昼に会った『日本の自然を守る会』の」

 天使だ。

「あ、はい。わかります」

 サトルは時計を見た。十二時を過ぎている。

「あのぉ、突然ですいません。お願いがあるんです」

「お願い?」

「ええ、大切なことなんです」

《おいおい、この色男!》

(るせーな!)

《照れるな、コイツ!》

 市恵の声には、サトルを頼りにしているという気持ちがにじみでていた。哀れを誘う口調さえあった。

 お願いとは、ユニバーサル商事が企画している映画『戦国の野望』のロケの取材だった。傘下のファースト・エレクトロニクスが販売しているゲームソフト『戦国の野望』は、歴史を超越したオモシロサがあり、荒唐無稽さとアクションの派手さで海外でもかなり売れた。その経験から経営陣は、戦国時代を扱ったアクションたっぷりのスケールある映画を撮れば必ずヒットすると確信し、膨大な予算とスケールでハリウッドを超える大作を製作すると宣言したのだそうだ。興味深いことに、映画にはユニバーサル商事の社長である賀茂信長が自ら出演するという。その戦闘シーンが明後日の朝から御殿場で行われるが、ユニバーサル商事は取材陣をシャットアウト。一切非公開にしている。あのユニバーサル商事のことだ。なにか隠しごとがあるに違いない。だから、潜入して尻尾をつかみたいのだ、という。

「浅井さんがカメラが得意なんだって思い出して、きっと手つだってくれるって思って、それで電話したんです」

 サトルがいい返事を聞かせてくれると確信しているかのように市恵がいう。

《断る手は、ないか?》

「秘密を暴くっていうのは、面白そうですね。相手が相手だし、先日の仇も打ってやりたいし、その話、乗ります」

 一も二もなくサトルは承諾した。


    2


 電話が終わると、急に空腹なのに気づいた。近所のコンビニで買って、冷蔵庫に入れっぱなしだったがちがちの弁当を食べていると、壁に無造作に貼った例の妙な生き物の写真がどうしても目に入る。一体何なのだろう?

《ねえ、あの警部さんに見せたら》

 何かあったら連絡してくれといっていたけれど、この悪魔はイタズラかも知れない。

《判断するのは、あの警部さんでしょ》

 まあ、いいか。姉も勧めるのだ。何でもヒントになるかもしれない。サトルは名刺を取り出すと巌岳警部に電話した。

「はーい、イワタケ」

 いかつい顔とは裏腹に、妙に軽い口調だ。電波が弱いのかノイズが混じってる。きっとクルマの中だろう。

「もしもし。あの、浅井ですけど」

「あさい? どこのあさいさん?」

「ユニバーサル商事で会った・・・」

「おう、あのときの正義感あふれる青年カメラマンか。で、何か用か?」

「見てもらいたいものがあるんです」

「暴行シーンが写ってたという話かな」

「残念ですけど、そうじゃないんです。あのときの写真の中に妙なものが写ってるのがあるんです」

「ふーん。妙なもの、ね。君の家はどこだっけ?」

「経堂です」

「じゃあ、二〇分ぐらいでいけるだろう」

「はい、待ってます」



 巌岳警部補は、きっかり二〇分後にサトルの家のドアチャイムを鳴らした。ずぼらに見えて結構几帳面なところがあるのかも知れない。

 写真を見ると、巌岳は眉間に縦皺を刻み、しかし、すぐ首を捻った。サトルはすべてのカットを順番に巌岳に見せていった。

「これは一連の写真です。最初はずっとデモの様子で、突然この人が叫んで」と立ち上がっている女の人の写っている写真を指差す。「それで写したのがこの妙な生き物の写真なんです。このあと僕は爆発で吹き飛ばされたんです」

「ふーむ」

 巌岳はぼさぼさ頭をしきりに掻き、何度も首を捻っては考え込む。

「ハリボテじゃなさそうだけど、いまは精巧な素材もできてるからなあ」

「すいません。やっぱり、誰かのイタズラですよね」とサトルの声が小さくなる。

「いや、気にしなさんな。いまは分からないけど、さのうちきっと分かるだろう。あの爆発と関係があるかも知れないしね。まずは疑ってかかるのが身についてしまっていてな。・・・うーむ、ユニバーサル商事と不思議な動物か」

 口を半開きにしたまま指で頬をポリポリと掻いている。

 しばらく言葉を発せずじっとしていたが「とりあえずいいかな、これ借りていって」といって立ち上がった。

「差し上げます。僕はいくらでもプリントできますから」

「また、なにかあったら頼むよ。僕も連絡するから」

 人懐っこい笑みを残して去っていった。


    3


 クルマに戻ると、ワイパーに警告書が挟んであった。

「これだからな、日本の警察は」

 そういうと警告書を無造作に鷲づかみにしてポケットに入れ、シートに座ってエンジンをかけずに背凭れに身を委ねる。サトルから手に入れた妙な生き物の写真をフロントガラスの前に立てかけてジッと見る。組んだ手を頭頂にのせて暫く考えていた。それぞれのモザイクの断片が、次第に輪郭をつくり始めていた。

「まさか、そんな!?」

 めぐらせた想像の可能性を自分から打ち消すようにつぶやくと、静かにクルマを発車させた。

 その様子をじっと見つめている目があった。

 黒のセダンの後部座席に、短く刈り上げた髪を深い帽子で隠した森尾蘭がいた。手のひらに収まる双眼鏡を使って、巌岳のクルマを見る。ユニバーサル商事で面会したとき、用心ならざる警官だと直感した。しかし、何を知っているのか、どこまで感づいているのか、証拠があるわけではない。巌岳がサトルの家を訪ねたときは、思わず声を上げそうになった。まだ疑惑だけだが、巌岳は事実に近づいている。巌岳がフロントガラスに立てかけた写真を双眼鏡の中に捉えたとき、森尾はその確信を強めた。発車した巌岳のクルマを追うよう、森尾はゆっくりと運転手に告げた。


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