第五章 悪魔が来たりて雨が降る
1
「私たちは市民の自由意思による、営利を目的としない団体よ。ほとんどみんながボランティア。ちゃんと他に職業をもっている人たちばかり」
サトルの目をじっと見つめながらしっかりとした口調で話す。さて、これからが本論よ、とでもいいだげに、舌で下唇を湿らせた。
「地球はいまとっても危険な状態にあるわ・・・フロンによるオゾン層の破壊、熱帯林の消滅。それから、エネルギーの過剰消費からくる地球の温暖化。アフリカでは砂漠化が進んでるわ」
市恵の大きな瞳が憂いに覆われて曇って行く。
(純な子だな)
サトルはとぎれとぎれに話す市恵の、握りしめる拳の震えや噛みしめる唇に、しばしば見入った。
「それだけじゃない・・・河口堰の建設は、稚魚が川を溯上を阻害しているし、自然との戦いなんていう名目で自然破壊そのものの自動車ラリーが行なわれていたりする・・・。それなのに、自然を破壊して得た電力で深夜まで遊び惚けてる人が多すぎる!」
「そのお先棒を担いでいるのがユニバーサル商事っていうわけさ」
ポットと急須をもってきた島田のオバサンが、逞しい腕を鳴らしながらつづけた。
「フロンはモントリオール条約で一九九六年までに生産を中止することになってるんだけどね、その前に製品にしちまえばいいってんでフロンガスを買い占めているのさ、やつら」
市恵があとを受けて説明する。
「紙パルプのために熱帯林の伐採を煽り立てているのも、世界中の漁場でカツオを取り尽くそうとしているのも・・・」
「ユニバーサル商事ってわけ」無造作に茶碗を置くと、島田のオバサンはサトルに恨みでもあるような顔つきになってどぼどぼとお茶を淹れた。
「あいつらあな、人殺しと同んなしなんだ!」
背後から男の声がした。振り向くと、安西が顔に包帯を巻かれた痛々しい恰好で、憤りをぶちまけている。
「ちょっと擦っただけだ! 矢でも鉄砲でももってこいってんだ!」
「まあまあまあ・・・落ち着いて、安西さん」
島田のオバサンがなだめすかそうと肩を抱えると、
「あ痛たたたたたたた・・・」
腫れ物にでも触られたようにガクッと膝を折ってしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
市恵が同じようにすると、
「ああ、そこを擦ってもらうと一〇年若返るよ・・・」と相好を崩す。
「この爺さんったら、あたしじゃ不満なんだよォ。若い子にさわってもらいたいのさ」
「あんたはのは力が入り過ぎるんだ!」
「二人とも大人気ない・・・」
毎度のこと、とでもいうように市恵は肩を竦めて苦笑する。
「安西さんは漁師なの。でも、産業廃棄物の不法投棄で生き物が住みにくくなった上に、東京湾の埋め立て工事やベイサイド開発計画、海浜の買い占めにあって、先行きが立たなくなっちゃったのよ・・・」
「市っちゃん、その後は自分にいわせてくれ」
安西は割り込むようにして座を占めると、島田のオバサンが淹れたお茶をズルッと一口すすり、話しはじめた。
安西の家は、昔からの漁師だ。東京湾でもまだかなりの水揚げがあり、江戸前のアナゴやシャコは高級寿司屋に卸されていく。だから、現状のままならそこそこの暮らしも成り立っていたし、将来への不安もなかった。ところが、バブル時代に東京湾を埋め立てて東京の中枢機関をもってくるというプランが発表された。それに群がったのが、土地を転がして利潤を上げようと企んだ金融機関や商社だった。「もう東京湾でサカナを捕って暮らさなくてもいいから・・・」と擦り寄ってくるそのスジの連中が引きも切らなかった。しかし、安西は金をいくら積み上げられても「うん」といわなかった。しびれを切らした連中は、船に細工したり安西の家族にまで脅しをかけた。たまらず安西は交渉に応じた。ところが今度は足下を見たかのように提示額はかつての数分の一になっていた。「バカにするな!」そういってももう遅かった。漁業権と土地家屋と、すべてむしり取られるようにして放り出された。誰に訴えることもできない。自分の我慢が足りなかったということもあるだろう。その鬱憤を競馬や競輪に注ぎ込んだ。儲かるはずがない。いつしか家族は離れ、ひとりぼっち。頼るにも当てなく彷徨っているときに、市恵の参加している「日本の自然を守る会」のデモ行進に出会った。
「大企業の横暴を許すな! バブルのつけを市民に押しつけるな!」
ベイサイド開発計画のお膳立てがユニバーサル商事だということはわかっていた。安西は汚れた衣服のまま、いつのまにかデモ隊の一員として拳を振り上げ、怒りの声を上げていたという。
「情けねえ話よ・・・オレさえしっかりしてりゃこんな惨めなことにならなくて済んだんだ・・・。いまごろ、女房や子供はどこでどうしていることやら・・・」
膝頭を握りしめた手の甲に、ぼたぼたと涙の滴がたれた。
「あれあれ、また泣いちゃったよ、この人。この話になると、すぐこれなんだからね。湿っぽいのはアタしゃ嫌いだよ!」
すくっと立ち上がって勝手の方にいく。
「島田のオバサン!」
市恵が目で追いながら呼びかけた。安西の話は下町の人情芝居のような話だが、それでも身につまされ、もう聞いていられなくて立ち去ったのだろう。
「こんな安西さんみたいな例もあるのよ。そういう仲間が集まって、少しでも大企業に自覚をもってもらいたいから私たちは活動しているの」
市恵が真摯な目でサトルを見た。
2
『日本の自然を守る会』からの帰り道、サトルは今日の出来事を反芻していた。
すでに午前中の青空は消え、ゴジラが出てきてもおかしくないぐらい重く険しい雲が立ち込めている。新宿の高層ビルの先端は完全に雲の中に埋もれていた。
あの島田のオバサンと呼ばれる彼女も、ユニバーサル商事の子会社が勧める「投資」とやらに引っかかって、それまで貯めた虎の子の一千万円を騙し取られたという。いや、法律的には合法なのだそうだ。取られた側にとっては騙されたとしか思えない手口だが、法の網の目を潜ったやり口にグゥの根も出ない。
「法律なんて信じない。信じられるのは自分と、この会の仲間たちだけよ!」
島田のオバサンは、もっていきどころのない怒りを『日本の自然を守る会』に注ぎ込むことで燃焼しようとしているらしい。しかし、彼女の被害も自然破壊と縁のないことではない。吸い上げられた資金でフロンの買い占めやパルプの買い付けなどが行なわれるのだから。そんなことを漠然と考えながら、サトルは伯父と伯母の住まいのある小田急線の経堂駅に降り立った。
いま、サトルはひとり住まいだ。伯父の海外勤務に伯母も一緒についていってから、もう半年たつ。初めての一人の生活は、多少戸惑いもあったが、慣れれば気楽なものだということがわかった。
家のドアを開け、スイッチを入れる。電気が明るく灯る。この、当たり前のことに何の疑問ももったことはなかった。蛇口をひねると、水もお湯も出る。暑ければエアコンに頼ればいい。でもそれが少しずつ地球を蝕む行為だということに、思いいたらなかった。そのことを今日、市恵たちに改めて教えられた。
3
漆黒の中に赤いランプだけが点っている。暗幕を張り、目張りをした自分の部屋の簡易暗室にサトルはいた。現像液に純白の印画紙を浸すと、陰影が次第に濃く浮かび上がってくる。
デモ隊の姿が浮かび上がってくる。プラカードが高らかに掲げられ、威勢がいい。市恵の姿もあった。立ち上がって叫ぶ女の人が写っている。
ふと思い出す。そういえば最後の数カットで、妙な生き物を写したのだった。印画紙にその姿がだんだんと浮かび上がってくる。最後のカットはピントがブレている。吹き飛ばされたときのカットだ。その前のカットはピントが合っていて、あの生き物が半身を下水口に入れている後ろ姿がはっきりと捉えられていた。
最後から三番目のカットは、全身を捉えていた。悲鳴を聞いてカメラを向けた直後だけあって、ちょっとブレていたが、十分にその動物の姿を写しだしていた。
なんと驚いたことに、角が生えている。しかも、背中から二枚の翼が生えていた。全身は短い体毛に覆われ、ヤギのような顔つきだ。下水口と比較すると、ネコよりふたまわりほど大きい感じがする。
《姿カタチといいバケモンだね、こりゃ》
「うわ!」
思わず、手にしていたプリントを落としてしまった。暫く聞こえていないと思ったら、突如の幻聴で慌てたのだ。
《どうした、サトル。そんなに驚かなくてもいいじゃないか》
「・・・まだ聞こえる! 一体・・・ううう」
耳を塞いだがそれでも声は聞こえてくる。髪をもみしだくようにして、壁を背に腰をずるずると落とした。
「ちょっと待て・・・ちょっと待てよ・・・」心を落ち着けようとした。「俺がおかしいのか、空耳なのか・・・」
《何度もいわせない。私は尚子。アンタの姉よ》
「だって・・・」
《信じろっていうほうがムリなことはわかってる。実をいうと私も混乱しているんだ》
「?」
《私がサトルのカラダの中に入ったのはね、サトルが気絶しているときよ・・・・・・それまで、アタシ海の中を漂ってた・・・。キラキラ光る星が上にも下にもそこいら中に見えるところ。海・・・・・・でも水があるわけじゃない・・・密度のある粒子の海・・・太古の鼓動が聞こえてたわ・・・・・・すべての流れがゆるやかで時間も空間もない・・・・・・幸せな気分に満たされて、波間を漂う小船がたゆたうに任せていた感じかしら。自分が死んでいることなんか、すっかり忘れてた・・・・・・》
サトルは暗闇の中で、暗室用の赤いランプをぼんやりと見つめながら話を聞いていた。
《なのに、突然心が急いて、護らなきゃならない人がいる、って、そんな気持ちになったのよ。それが何かわからないうちに、気がついたら足下が裂け目になって・・・・・・奈落の底に落ちてった・・・・・・気が遠くなりそうだった。あんなに気持ちよかったのに・・・・・・なんの気遣いも思いも要らなかったのに・・・・・・引き戻されるのは嫌! どうして!? でも何の応えもなかった・・・・・・気がついたらサトル、あんたの目で現実を見てた・・・・・・そう、あの子が目の前にいた》
サトルは意識を取り戻したときにぼんやりと見えていた市恵の輪郭を思い浮かべた。
《そう! それそれ。その顔!》
ドキッ! っとした。自分の秘密の引き出しを遠慮会釈なしに覗かれたような気がした。
《事故の現場だっていうことがわかって・・・・・・アタシ俄然元気ついちゃって、まるで自分でカメラをもって写してたみたいな気分だった》
(そういえば・・・)
サトルは奪われたフィルムを思い出していた。
現場の全景・・・警備員たち・・・玄関の黒いスーツの男たち・・・群衆・・・傷ついた人たち・・・我ながら手際がいい撮り方だ。しかも、信じられないくらい機敏に動いた。まるで、だれかか乗り移って、その指示にしたがっていたような・・・。
そう。声の指示通りに撮っていた!
「本当に姉さんなの?」
サトルは「声」に問いかけていた。
《信じてくれた?》
記憶の中の尚子の笑顔が、脳裏に投射された。
「どうして僕を護らなきゃならないんだい?」
《それも・・・まだわからない。でも、あの子を見ていて、私には、まだ思い出さなきゃならないことがあることに気がついたわ》
「なに、それ?」
《うーん・・・よくわからないのよ、霊界から来たばかりの新米だから》
「霊界? じゃあ、守護霊みたいなもんか」
《そうか。ハハハ、アタシってサトルの守護霊なんだ。でもそれを思い出さないとサトルのことが護れないみたいだよ》
頼りなさそうな守護霊だ。実際、その焦りが肌に染みるようにつたわってくる。
「じゃあ早く思い出してくれよ」
姉の困惑は、まるで自分の困惑ようにカラダに反射されてくる。
(なぜだろう?)
ついいましがたまで拒絶していた姉の存在と声・・・それを、わずかだけれど信じようとした瞬間から、波動のようなものがつたわりはじめた。体温が上がったように思えた。熱というのではない。やさしく護られていることのやすらぎ・・・温もりと安心感が、サトルの体内に送り込まれているかのようだ。それは、他の存在からつたわってくるのではなく、自分自身の中からふつふつと湧き上がってくるような熱情だ。
一体感ゆえの交感。
血を分けたもの同志が感じられる、限りなく深く絆に深く結ばれていたのだろうか。
4
翌日、サトルは近くの区立図書館に足を向けた。
初夏のような陽射しを浴びて、新緑が匂い立っている。その緑に包まれ、図書館は静けさを保っていた。図書館は、自由に使える小遣いが多くないサトルにとって手頃な情報収集の場所になっていた。新聞や週刊誌をぺらぺらめくったり、ときにはCDを借りてみたり。それに何といっても本の匂いのする空間でうとうとするのが好きだった。
「こらぁ・・・図書館は居眠りする場所じゃないぞ」
そんな風に笑顔で声をかけてくれる司書の本田さんとも顔馴染みだ。彼女は子供を保育園に預けながらこの図書館に非常勤で勤めている。離婚歴ありのバツイチっていうやつだ。
「公害問題について知りたい」っていっただけで、華奢なカラダにもかかわらず、ドン! と数一〇冊も本をかき集めてきてくれる。頼りになるオネーサンだった。今日もサトルが「動物図鑑はどこ?」と訊くと「三列目の下から二番目の棚に直行!」ってな具合に即座に教えてくれた。
哺乳類の項目を見る。でも、四本足なのに翼の生えた小動物などどこにも見当たらない。それじゃあ鳥類で四本足は? と探したけれども、こっちもノー。落胆して図鑑をカウンターにもっていくと、本田のオネーサンがこめかみに人差し指を当てて、しかめっ面をしている。
「どうしたんですか?」サトルが心配そうに顔を覗き込んでいった。
「ちょっとね」
「感じるの?」
本田のオネーサンは黙ってうなずいた。彼女は霊感がとても強くて、こんな風に感じたりするときは飛行機事故や列車事故なんかが必ず起こるらしい。サトルは自分に尚子の霊がついているからかもしれない、と思ってひやりとした。でも、守護霊なんだから本田のオネーサンが不愉快になったりはしないはず、とも思った。でももし自分が原因だとしたら申し訳ない気分になる。
「大丈夫?」サトルが心配声で言うと、さあ、どうかしら? という風に小首を傾げた本田のオネーサン。精一杯の笑顔をつくって「すぐ治るわよ」といった。でも、やっぱり顔色は冴えない。
「それより、捜しものは見つかった?」
サトルは両手を広げ、首を振った。こっちの顔色も冴えない。
「あら。ネコにそんなイタズラしちゃ可哀相じゃない」
サトルが手にしている写真を見ていった。
「僕じゃないよ」と言い訳する。「でもこれ、作り物じゃないと思うんだけどなあ」
オネーサンは写真を受けとるとまじまじと見つめた。
「君が写したの?」
うなずくサトルに、こうアドバイスしてくれた。
「オカルトの棚にいってごらんなさい」
早速「オカルト事典」をもってくると、本田のオネーサンは使い慣れた手つきでページを繰って、一枚の銅版画を示した。そこに描かれていたのは、角を生やした羊の顔と人間のような上半身をもち、足が蹄で、背中に羽を生やした奇怪な生き物だった。
「そっくり・・・」
サトルは驚きと困惑で本田のオネーサンを見た。でも顔色はさっきよりも蒼白い。なぜって、その銅版画のタイトルは「デビル」だったのだから・・・。
5
デビル、つまり、悪魔。そんなものが、この世に実在するなんて、信じろっていうほうがムリだ。やはりだれかのイタズラなんだろうか?
図書館を出ると、さっきまでの陽射しが薄れ、青空は雲の向こうに隠されていた。一直線に伸びた道路の歩道を、思いにふけりながら歩いていた。プラタナスが碧々と茂っている。
一瞬のつむじ風。冷気が頬をかすめ、大気が震えた。
「ア・サ・イ・サ・ト・ル」
呼ばれた気がして空を仰いだ。
電柱の上に、白い影。長い髪を後ろでまとめて垂らした痩身の男が、首から下をマントで覆った姿で睥睨していた。稲妻が走る。男の影は瞬く間に消えた。空気の波動が、細いムチのようにサトルの頬を打った。痛みを堪え、声の主の行方を追う。しかし、上空に広がる黒雲が見えるだけだ。
(幻?)
《アタシも見たよ》
(じゃあ?)
《アイツ・・・見たことある》
(え?)
《霊界で・・・》
おいおい。霊界で、だって? 空気が一瞬にして凍りついた。その変化は霊界という響きのせいだけではない。はるか彼方で、まるで緞帳のように雨が叩きつけられているのが見えた。雨の緞帳は灰色のアスファルトを黒々と塗り替えながら急速に近づいてくる。瞬く間にサトルは緞帳に飲み込まれた。
豪雨だ。
視界がほとんどなくなるほど凄まじい降りだ。雨音以外なにも聞こえない。あわてて近くのプラタナスの幹にしがみついたが、まるで雨よけにもならない。雨が遠ざかるのを待つ。新緑の葉が雨に打たれてもげ、歩道に叩きつけられていく。雨が痛いものだと初めて知った。
(悪魔のたたり?)
いつのまにかスニーカーはあふれた雨水に没している。その足下を見つめ、サトルは恨めしげにつぶやいた。
《顔を上げて!!》
(え?)
《急げ!! バカ!!》
慌てふためく尚子の声が頭の中で響いた。首をもたげ、両手で目を覆うようにして前を見る。すぐ近くに黄色い目玉の怪獣が吠えながら近づいてくるのが見えた。腰が抜けそうだった。足にも身体にも力が入らない。
《避けて!!》
黄色い目はダンプのフォッグランプだと分かった。豪雨で視界を失い暴走したダンプが、道路から突っ込んできたのだ。雨の音が激しすぎて、エンジン音も聞こえない。
《早く!!》
しかし足が動かない。できたのは横転ぐらいで、たまった雨水のなかに倒れ込んだ。耳元でダンプがプラタナスに激突する音が聞こえた。ダンプは樹木をなぎ倒しながら歩道に乗り上げ、付近の住宅の壁を擦りながらなおも走りつづけ、やっと停止した。
なすすべもなく仰向けになったまま車道でノビているサトルの上を、勢いの弱まった雨がゆっくりと通り過ぎていった。
(あ。ど、どうなってるんだ?)
《危機一髪!》
尚子の安堵の声に重なって、「ちっ!」という舌打ちが中空から聞こえた。
サトルの目に、空が嗤ったような気がした。急速に雲が移動して行く。その雲が、瞬間的に人の顔を描き出した。広い額と鋭い目。尖った顎をもった男の顔。顔が、雲の動きにつれて嗤ったように見えた。嗤いの余韻だけを残して、急速に青空に変わっていた。
《爆発する!》
え? のんびり余韻にひたっている暇はなさそうだ。尚子の声でサトルは慌てて起き上が、ついでに路肩に乗り上げたダンプの運転席を遠目に見るが、運転手の姿は見えない。もう脱出したのか? 首を捻りながらサトルがダンプから離れようとした刹那、背後で強烈な炸裂音がした。爆風でサトルはのけぞるように吹っ飛んだ。全身雨水でびっしょりと濡れていたのが幸いしてか、火傷は負わなかったものの、またもやアスファルトにダイビングだ。