第三章 信じちゃいけない大企業
1
天使はなりふり構わず、髪を振り乱しながら老人をこずく黒スーツの男につかみかかった。
(ど、どうすれば? どうすればいいんだ? この場合?)
《・・・うーむ。とりあえず、事件を記録する方を選択かな・・・》
(そんなぁ!)
《私情を抑えるのも修行のうち!》
彼女は男たちの敵ではなかった。
たちまち少女は降り飛ばされて床に這いつくばった。それでもなお黒スーツの太腿にしがみつき拳をひっきりなしに打ち付ける。
「やめてよ! この人、なにもしてないんだから!」
「うるせえ!」
「冗談じゃないわ! この人の生活を無茶苦茶にしたのはそっちなのよ!」
「知るか!」
「頼むから、もう手荒なことしないで!」
抗議から哀願へと、少女は唇を噛みしめ、頬を濡らしながら訴えた。黒スーツたちは、それに気圧されたかのように手を弛める。
「一応容疑者だ。殺しはしねえが預かっとく」
忌々しそうにいと、猫の子をつまむように老人の襟首をつかみ、玄関の中に引き摺っていった。見送りながら放心してうずくまる少女。サトルはその様子をフレームにおさめ、シャッターを押した。
シャッター音に気づいたのか、肩まである髪を傘のようにふわりと翻して天使が振り向いた。潤んだ目が哀願しているように見えた。
(どうして? どうして助けてくれなかったの? 写真がそんなに大事なの?)
気圧されたまま凍りついたサトルを後に、天使はひと言もなく去っていった。
《ときには冷酷非常残酷無比・・・自分で選んだ道よ》
見殺しにするつもりはなかった。助け出そうとはした。でも状況が変化して、むしろ変化を記録すべきだと声がいった。はたして正しい行為だったのか? フィルムを詰め換えながら躊躇と戸惑いと反省が脳裏を瞬間的に掠めた。
《くよくよするなって!》
(だってぇ・・・)
フィルムを交換し終わったとき、背後から声がかかった。
「そのフィルム、預からせてもらえませんか」
振り向くと、胸元に手が突きつけられていた。
身長はサトルと変わらない。年は三〇を少し過ぎたぐらいだろうか。口許を慇懃に緩ませて微笑みかけてきている。だが、レイバンのサングラスの奥の瞳は笑ってはいない。蛇が鼠を射すくめるような目に、サトルは呑まれた。威圧的で有無をいわせない冷酷さが臭った。
《気をつけて!》
(わ、わかってる)
心を落ち着けるように自分にいい聞かせた。
「そういうの、勝手に写してもらうと困るんですよ」
低く絡んだ声で、首を左後方に少し傾げ、顎を突き出すようにしていう。男は、サトルが握りしめているフィルムケースに手を延ばした。
逃れるように反射的に後ろ手にしたその手首が、強い力でガッシリと固定された。上目づかいで見ると、背後に壁のような男がはだかり自由を奪っていた。抵抗しようとしたが、一分も動かない。
「しゅ、取材だ・・・」
自由にならないカラダで、サトルはそういうのが精一杯だった。
「坊や、どこのプレス? 腕章は?」
わざとらしく聞く。
「フ、フリーだから・・・」
「ほおぅ、素人さんね」
男は目を細めると、口許にしわを二三条深く刻み加え、わがままな子供をあしらうように笑みをつくった。軽くいなされている。
(こういう場合は、どうする?)
《な、なりゆき次第・・・》
(そんな!)
《人にばかり頼るな! それも修行だ!》
頼りないアドバイザーだ。とはいえこの場をなんとかしなくちゃならない。簡単に屈するのは癪だった。
「報道の自由を妨げるなんて許されると思いますか」とかいったものの、何の役にもたたなかった。むしろ、後ろに回した手の締め付けが強まったぐらいだ。
「お連れしろ」
背後で手首を締め付けている大男に顎でしゃくるようにいうと、サングラス男は背を向けた。
「待て! こら。警官を呼ぶ・・・」
語尾が発せられる前に、背後の男の右手がサトルの鳩尾につき刺さった。手にしたキヤノンが跳ね落ちて、硬化プラスチックボディがコンクリートの上でパカパカパカパカと踊った。サトルは胃が反転するような苦しみを初めて味わった。
「ケガ人を運ぶなら、お巡りさんも俺たちを褒めてくれるさ」
男はサングラスのブリッジを人差し指でわずかに持ち上げると、笑みを浮かべてサトルの耳元で囁いた。
2
サトルが連れ込まれたのは、バスケットコートが優に一面とれるほど広い応接室だった。観葉植物があちこちに置かれていて、革張りのソファーセットもムダに豪華すぎる。角部屋になっていて、二面は腰板をのぞいてすべて嵌め殺しのガラス張。そこから春の陽光が室内に差し込んでいる。たったいまロケット砲の爆発騒ぎがあったなんて信じられないくらいののどけさだ。ガラス窓に、後ろ向きの影がひとつ。背中を丸めるようにして下界を眺めやっていた。
「坊や」
がっしりといかつい肩を微塵も動かさずいった。
「上にいると世の中が手に取るようにわかる」
サトルは右手をがっしりと固められたままだ。まだ、鳩尾の辺りが苦しかった。
(だれだ? あいつ)
《私にわかるわけないでしょ》
(頼りないの)
《・・・・・・》
影の主が振り向いた。
滴るほど油をこってりと髪につけてオールバックで押さえつけている。険しい目つきの脂ぎった中年の男だ。鼻がコンドルの嘴のように尖り、途中で段をつくっている。ぬかりのない老獪さと有無をいわせぬ無謀さが同居しているような面立ちだ。
「東京も昔はのどかな街だった・・・」
郷愁に満ちた視線を、再び窓の外の遥かかなたに送った。しかし、見えるのははるか彼方までつづくコンクリート色だ。
「それがどうだ。この発展ぶりは。東京はいまや世界一の国際都市だ。つい昨日まではニューヨークがくしゃみをすれば日本が風邪を引くといわれていたものが、立場は逆転した」
この男、どうやらコンクリートだらけの街がお気に召しているらしい。右手の拳を腹の前でぎゅっと握りしめ、得意満面に小さく動かしている。
「これを進化と呼ばすして何を進化というつもりか!」
ガッツポーズをつくっていた拳の、その人差し指をサトルの鼻先に突きつける。頬がわなわなと痙攣している
「君らは身勝手すぎる。やれ公害反対だ、自然を返せと綺麗事を並べ立てるが、君らは日本の発展のために何をした。何もしていないで、少しでも問題が起きるとみんな企業や国の責任にする。君が手にしているフィルムだって近代文明が生んだ科学製品じゃないか。だがな、フィルムには有害物質も入っているんだぞ、知っているのか? 夏に冷めたいビールが飲めるのは冷蔵庫のお陰だが、冷蔵庫が冷えるのはオゾン層を破壊するフロンがあってこそだ。大気汚染だ? 文句があるならクルマに乗るな。宅配便も使うな。トラックで運ばれるスーパーの食品を買うな! 電気を使うんじゃない! こういう矛盾には口をつぐんで、ただ闇雲に自然を返せという。恩恵を被っておきながら、いったん悪者扱いされると親の仇敵ように憎み、毛嫌いするのはおかしいと思わんのか?」
腹に据えかねる思いをすべて吐き出しそうな勢いだ。もの凄い剣幕で捲し立てる。こめかみに浮いた青筋が、ミミズのようにぴくぴくとのた打ち回っていた。
(何なんだよ、このオッサン・・・?)
《理解不能》
(ちょっと。撮れっていったのはそっちだろ。少しは責任ぐらいとってくれよ)
《・・・・・・》
(またノーコメントか・・・都合のいいやつ)
《うるさいわね。姉のいうことぐらい信じなさいよ!》
(さっきから姉さんみたいな口ぶりだけど、あんただれ?)
《だから、あんたの姉の尚子よ》
(だって・・・姉さんは・・・もう・・・)
《死んでるわ。それは私も認める》
(・・・・・・げ)
《でも、いま私はここにいるのよ》
(ここって?)
《あんたの中》
(中って?)
《うーん・・・。私にもよくわかんない。さっき気がついたらいたんだもの》
サトルは不安に陥った。
頭の中に響いている声と自分はいま対話している。でも、人間が、それも死んだ人間の意識が甦って、会話をはじめるなんて信じられるか!?
3
オールバック男は口をぱくぱく動かしていた。
企業側の論理とかいうやつを延々としゃべってでもいるのだろう。サトルは頭の中に響く尚子の声と話していたので、ほとんど聞いてなんかいなかった。
(オレ、頭がおかしくなっちゃったんだ! これって、独り言? さっきの爆発とショックで幻聴が聞こえるようになったのかも知れない・・・あわわわわ、気が狂っちゃったのか?)
《空耳でもないし狂ってもいない。わ・た・し・・・尚子。ちゃんとサトルに話しかけているんだから・・・。わかんないやつだなあ》
(信じろっていうほうがムリ)
《勝手にすればあ》
会話不成立になって、オールバック男の声が飛び込んできた。
「写真は買おう」
(買う?)
《ダメ!》
(わかってらい)
《絶対ダメ! 一度カメラマンの良識を売り払ったら元には戻らないわよ》
自称フォトジャーナリストとはいっても、実績があるわけではない。まだ修行の身。それが、世間でも悪評高い企業の事件現場にたまたま居合わせて、撮った写真を事実隠しのために潰されかかっている。
正義感がどっと湧き上がった。
「嫌だね」サトルが皮肉っぽくいう。「表現は自由のはずだもん」
《そう、その意気!》
(るせーの)
「ははははは、表現の自由ときたか。それならいわせてもらおう。我々にも行動の自由があるとな」
「公害を垂れ流して人に危害を加えるのが自由なのか?」
手首をがっしり固められていても、口にカギはかかっていない。
《その調子!》
(何がその調子だ!)
「君が売らんといっても、いずれ置いていくことになる」
余裕しゃくしゃくで鼻を鳴らす。
「手荒な真似はしたくない。黙っていう通りにするのが利口なやり方だ」
したり顔でいい、背後の大男に目配せをする。手首の締め上げが少しきつくなったようだ、と思ったとき、背後からこもったように低い声がした。
「折レル前ニ放シタタホウガイーヨ」
栄養がカラダにばかりいってしまって、脳に行き届いていないような声だ。
「ジョーのいう通りだ。手が折れるだけ損というものだ」
後をつづけたのはさっきの銀縁サングラス男。いつの間にか部屋に入ってきていたようだ。
「黒田・・・おまえが連れてよこしたお客さんが強情で困っている」
「すみません、会長」
(会長?)
《やっぱりアッチの関係ね》
(わかってら)
黒田は会長の傍らに歩み寄り、軽く耳打ちをした。
《怖じ気づいた?》
(うるさい!)
《私はあんたの心が読めるんだから虚勢を張ってもムダよ》
(心が読める?)
会長は黒田の話を聞くと、意外な顔をして下唇を尖らせた。ものごとが上手くいかないときに見せるような仕種だ。そして、釣り上げた魚を放さなければならないような、残念そうな表情でサトルを見た。黒田は、その気持ちは十分わかるが・・・という目をして同意を求める。
(痛ててててて・・・)
サトルはそれどころではなかった。フィルムケースをもった手の痛みが限界に近づいてきていた。ジョーと呼ばれた男の力も、少し強まった気がする。歯を食いしばって耐えるのももうこれまで・・・。
手の感覚が消え失せ、指に力が入らない。指が痺れを切らして一本、また一本と力なく開いて行く。ぽろり、とフィルムケースが掌からこぼれ落ちた。
「渡シテクレタ」
ジョーのウスバカ低音の声がした。
「放してやれ、ジョー」
会長のひと言で、万力に締めつけられていたようなサトルの手首が急に自由になった。見ると赤く跡がつき、感覚がない。すぐに動かすと折れそうな気がして、そうっと左手を添えた。
「渡したんじゃない! ムリやり手首を締め上げられて放してしただけだ!」
《そうよ!》
怒りを込めて振り向くと、二メートルを超す背丈の、額と顎が異常に盛り上がった男が、紫色の歯茎と黄色くなった歯を見せてニヤッと笑った。
窪んだ眼窩の奥に、ビー玉を貼りつけたような目玉があった。
(デカ!)
猫背の肩口から、電柱のように太い首が生え、蜂の巣のように膨れた縮れっ毛を載せた顔を支えている。
「用は済んだ。帰っていただけ」
そっぽを向いたまま会長がいう。
「病院代だ」
黒田が無表情で封筒を差し出す。人を人とも思わない傲慢さと冷酷さが漂っている。
「罪悪感などもつな。裏では誰でもやっていることだ。正義感などをふりかざしても一文の得にもならん」
サングラス男が、奥の瞳をキラッと光らせて子供を諫めるようにいう。
「黒田のいう通りだ。黙って取っておけ」
窓の下をうかがっていた会長がいった。
「騒ぎもどうやらおさまったようだ」そういいながら額に噴き出た汗をハンカチで拭っている。「私は汗かきでな」
あながち嘘ではなさそうだが、それだけでもないようにサトルには見えた。
「そろそろお家に帰る時間だ。ママが心配してるぞ。金を受けとって早く帰りなさい」
会長はサトルを子供あつかい、というより、幼児をたしなめような口振りだ。
「両親はいない」
「・・・そうか、それは悪いことをいったな。それじゃあなおさら金が要るだろう。黒田、もう少し病院代を弾んであげなさい」
「要らない!」
サトルは封筒をもつ黒田の手を払い除けた。さっきまで締め上げられていた手に衝撃が走った。それは、フィルムを奪われたサトルの心の痛みでもあった。
4
サトルは伯父夫婦を両親だと信じ込んで生きてきた。両親のことを正面切って聞かされたのは中学生になったときのことだ。
「お前も明日から中学だ。もう、大人の仲間入りをしたも同然なんだから知っておいたほうがいいだろう」
経堂にある伯父の家で、といっても、それまでは両親の家だと思っていたのだが、伯父は普段みせたことのない神妙な顔つきでお茶を啜りながら話はじめた。
「お前は僕の子供じゃない。実は僕の弟の子供なんだ。このことはもうお前の姉さんは知っている。尚子には中学に入ったときに話したからね」
うすうす感づいてはいた。しかし、正面切っていわれるとその事実が鉛のように胃の辺りに止まって、簡単には消化できそうもないような気がした。
「お前のお父さんとお母さんは、まだ君たち姉弟が小さいときに事故に巻き込まれてね・・・」
伯父の話は要約するとこういうことだ。
サトルの両親は買ったばかりのクルマで空港に向かう途中、事故に巻き込まれてクルマごと炎上した。二〇数台の玉突き事故だった。最初に事故を起こしたクルマのブレーキの欠陥がすべての原因だ。問題は、そのクルマと両親が乗っていたクルマが同じ車種だったということだ。やはり、ブレーキがかかりにくかったらしい。規模の割には少ない死傷者の中のたった二人の死亡者がサトルの両親だった。運が悪いとしかいいようがない。だが、それは運だけでは片付かない問題だ。なにしろ欠陥車だったのだから。
メーカーは車種の全面回収に踏み切った。一日でも早く回収が行われていればサトルの両親は死ななくても済んだはずだ。だがメーカーから発せられたのは「まことに遺憾に思っております」という陳謝の言葉だけだった。
あとは見舞い金と称して幾許かの金銭が支払われたが、それ以後、サトルと尚子の二人の姉弟は伯父夫婦に引き取られて育てられた。
もちろん新車の発表前には、あらゆるテストが行われる。しかし、それでも販売してからポツリポツリとわずかな欠陥が、全国の修理工場やディーラーを通して本社の設計部につたえられるという。そうしたミスは公にされることなく工場につたえられ、次から生産されるクルマで改善される。いわば、ピカピカの新車を購入した人々は、路上を走るテストドライバーなのだ。メーカーは欠陥車と知っていた可能性もある。そんなことを知ったのは、随分後になってからのことだった。悔やんでも遅かった。そうした思いが、大人たちへの不信感と、きれいごとを並べ立てる大企業への怨嗟につながっていたのかも知れない。サトルが環境問題に関心をもったのも、理由がなかったわけでもないのだ。
5
「もうたくさんだ! 金で口を封じようっていうのか!? そんな手にはのらない。そんな卑劣な手段で騙しつづけられるると思っているのか! 人間はそんなにバカじゃないぞ。心を金で売ってしまうような、そんな軽率な人間ばかりじゃないぞ!」
手首の痛みを押して、サトルは会長や黒田に向かって声をしぼり出す。
《よくいった!》
殴られた方がまだ気が楽だ。人の弱みにつけ込んで証拠を湮滅する。金の威力で抱き込もうとする。その手段に、反吐が出るほど腹が立った。他の人間ならこれで何もなかったことにできるかもしれない。しかし、サトルにはできなかった。死んでもできることではなかった。
「帰る! フィルムを渡せばそれでいいんだろう!」
そういってドアを目指して歩いた。
ジョーが、どうします? という顔をする。会長は、もういい、というように首を横に振った。サトルは思いついて振り向くと、右手の人差し指を立て、捨て鉢でいった。
「フィルムはくれてやる。どうせ証拠はいつかつかめる!」
睨みつけるように会長、黒田、ジョーを見た。口先と腹の中が一八〇度違う悪人たち。サトルは扉を蹴破るようにして開け、エレベーターへと向かった。
淡白な笑みと会釈でサトルを送り出した黒田の胸のポケットから呼びだし音がした。携帯電話を広げ、耳に当てる。何度か相槌をうち、通話が終わると会長に「後始末がありますので」といって応接から出ていった。黒田が視界から消えると、会長はデスクの受話器を取った。呼吸を整え、ゆっくりと慎重に内線番号を押した。前屈みで、相手を懼れるような顔つきになった。
「井原です」
それまでサトルに見せていた威圧的な態度とはまったく逆に、まるで腫れ物にでも触るような口振りだ。椅子から半身を乗り出して、まるで目の前に話し相手がいるかのようにいちいち頭を下げながら話している。
「・・・申し訳ありません。とっさのことで的が外れたようです。・・・せっかくここまで連れ込んだのに・・・」
といった途端ビクンとカラダを強張らせ、半身を硬直させ直立した。
「は、はい。・・・はい。必ず事故というカタチで・・・間違いなく・・・」
緊張で額に脂汗を浮かべたまま受話器を置いた。胸に手をあて、鼓動を確かめながらタオル地のハンカチで額を拭った。いくらハンカチがあっても乾く暇がないほどの汗の量だ。
「殿にはかなわん」
畏怖のタメ息とともに思わず愚痴がもれた。ハタと顔を上げると部屋の隅にジョーが突っ立っている。
「まだいたのか。バカヤロー。さっさと黒田の手つだいにいかんか!」
デスクの上の灰皿がジョーに向かって飛んだ。それを機敏にかわすと、ジョーはほうほうのていで去って行く、があまりこたえている様子でもない。
「うどの大木めが!」と、会長こと井原がいまいましげに吐き棄てる。
井原は再び受話器を取り上げると短縮ダイヤルのボタンを押した。
「・・・広報室か? 井原だ。R13の件だがな・・・なんとかならんのか? あんなものにウロチョロされたんじゃ計画も台無しだ。わしらの首もいつ飛ぶかも知れん。はやいところ引っ捕まえて檻の中に閉じ込めて置け。わかったか!」
殿に怒鳴られた腹いせのように、会長が黒田に向かって怒鳴る。眉間に刻まれていた皺がさらに険しくなった。