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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

灰色の世界と虚構 1

ずっと前に書いて、投稿を忘れてたもの。


『俺さあ、恵美子の事好きなんだよねえ。だからさあ、もう話すのやめてくれないかなあ? ハク君』


『……』


『なあ! 友達の俺が頼んでやってるんですけどッ! 無視は無いんじゃないのッ?」 


『死ねよハク!』


『お前のせいで俺達まで迷惑を被ってるんだぞッ!』


『―――やめて。分かったから。やめて。お願い』


『……大体お前、考えたことは無いのか? 恵美子はお前と会話していいような奴じゃないんだよ、てめえみたいな根暗野郎なんかとは関わるべきですらねえんだ』


『だけど恵美子は優しいから、お情けで話しかけてやってるんだ。それも分からずに鼻の下を伸ばしやがってこの―――糞がッ!』



 僕に何の非があったの? 僕は悪くない。僕は君達に一体何をしたの?



『近寄らないでよ変態! アンタが私のパンツを盗んだんだって事、他の男子から聞いたんだから!』


『……僕じゃない。僕はその日、プールを休んでた。先生に聞けば分かるよ』


『ハク君……信じてたのに。最っ低。もう私に近づかないで』


『ハクは人間の屑よ屑! 先生に言いつけてやりましょう』


『ま、まあほら。パンツが消えて、ハクの鞄から出てきたのは事実なんだし……真実はどうあれ、取りあえずハク、謝ろう? クラスメイトとは仲良くしないとね』




 僕じゃない。僕は何もしていない。何も出来る筈がない。そんなの先生が一番よく分かっている筈なのに。先生は解決したことにして問題を収束させた。関わりたくなかったのかもしれない。




 それは小学校の頃から始まった、所謂いじめ。クラス内で一番弱い人間をターゲットに、精神的な攻撃から直接的な攻撃まで。多種多様に渡るいじめの手段。

 先生に言っても信じてくれない。それどころか先生は、僕に問題があるのだと言ってくる。『クラスの皆と仲良くしよう』。その言葉は僕にとって、苦痛でしかない。

 『いじめられる側は抵抗をしないから悪い』なんてテレビでは言われてた。そんなのいじめられた事がないから言えるんだ。いじめられっ子は抵抗をしないんじゃない。抵抗できないからいじめられている。そんなの少し考えれば、分かると思うのだけれど。

 いじめのきっかけはきっかけとすら言えないような些細なモノだった。ただ昼休みの時間、一人で過ごしたかったから一人で過ごした。それだけだ。二十数分間、一人でいただけ。それだけ。

 この時標的となった僕は、中学、高校と進学してもいじめられ続けた。いじめっ子のリーダーが付きまとうように同じ中学、高校に進学してきたからだ。リーダーが居るならメンバーは違えど取り巻きは集まる。取り巻きが集まればいじめが成立する様になり、僕が被害を受ける。僕みたいに被害を受けたくないから誰も助けてくれないし、それどころか加担する事も。先生は世間体を気にしてるのか知らないけど、取り合ってくれない。道徳教育の授業で『いじめはいけない事です』『もしもいじめられている人が居るなら、僕/私は絶対に助けたいと思います』なんて発言が飛び出た日には、思わず笑ってしまいそうになる。僕に目を背けて、何処で起きてるかも分からないいじめは助けようとするなんて都合が良すぎる。

 退屈で虚無的で苦痛でしかない世界は、僕には灰色に見えていた。だってそうだろう。こんなのおかしい。誰も助けてくれないなんておかしい。『世界は手を取り合って動いている』らしいが、では僕は誰と手を取り合えばいいのだろう。親は家にすら帰ってこない。友達は論外、教師は世間体を気にしてばかり。いつもいつもいつもいつもいつも損は僕に回ってくる。

 だから僕は、誰にも期待しない。誰も信じない。誰も好きにならない。助けを求めるだけ無駄で、信用するだけ無駄で、信頼するだけ無駄で、好きになるだけ無駄。動くだけで無駄で、謝るだけ無駄で、生きているだけ無駄で、死ぬだけ無駄。

 それでも痛いのは嫌だ。だから僕は今日も生きていく。灰色の世界を生きていく。現実に溺れて生きていく。





「…………」


 冷蔵庫の中に置かれている弁当を食べるが、味がしなかった。いい加減な味付けだったのか、僕の舌がもう機能しなくなったのかは定かじゃない。

 最低限の行為を済ませた後は部屋に籠る。そして読書とか、ネットサーフィンとか、ゲームとか……暇を潰して一日を終える。一日が終われば学校に行く。クラスメイトに会いたくないから、勿論最低限だが。そして家に帰ってくれば―――仮に家から出なくても―――冷蔵庫を開けて、弁当を食べて、部屋に籠って……この繰り返し。

 つまらない? 楽しい? どっちでもない。只そうしなきゃいけないからそうするだけ。理由なんてそんなものだ。

 書籍の中で語られる引き籠りなんかは、こういう時に虚無や孤独感を感じるそうだが、僕は違う。いつまでも苦痛、いつまでも苦痛。

 虚無になれるのならそうなりたい。何も考えないでいられるのならそうなりたい。

 孤独を感じられるのならそうなりたい。孤独感とは『一人でいる事に慣れない人間が、一人でいたくない』から感じるモノ。いつも一人の自分はそれすらも感じられないのだ。

 それは変わる事無く続き、続き、続く。だから『そうなりたい』だけで、そうなるかもしれないとは微塵も思っていない。


「ど、どうもお邪魔してます!」


 ……誰だろう。このヘアバンドからフリルスカートに至るまで黒色で統一した少女は。一般常識で考えて不法侵入者だが、信用できない警察を頼る理由もないので、通報する理由はない。弁当を食べている間に入ってきた所を見るに、相当部屋に入り慣れていると見たが。


「……誰?」

「え、私。私は……死神ッ!」

「そう」

「う、うん……ええッ?」


 驚くところだったのかもしれない。僕の反応はどうやら彼女からすると意外極まるモノだったようだ。


「驚かないの? こういう時って大抵、驚くと思うんだけど」

「驚いてほしかったなら僕の所に来ない方が良かったね。驚くというのはそこに何かしらの希望を持ってるって事だ。でも限りなくありえない事は知ってるから、それ故にあり得た時にリアクションがある。でも僕には希望は無いから」


 更に言えば興味もないので、僕は今日もパソコンと向き合う。特に何か目的がある訳じゃないけれど、暇を潰せるなら何でもいい。


「ね、ねえ。私死神なんだけど、ほら。こういう時って何かするべきだと思わない?」

「死神……ああ、もしかして願いを聞きたいの? どういうの?」

「どういうのって言われても……何でも! 死神に出来ない事はないんです!」


 総じてこのような話には裏があるモノだが、彼女の正体が死神であるのなら『裏』の相場は決まっている。取りあえず考えなくてもいいだろう。


「―――じゃあ、僕を虐める奴らを殺したい、と言ったら?」

「うん、いいよ!」


 少女からは意外な反応が帰ってきた。


「少しも動揺しないんだね」

「死神は人のネガティブな感情が見えるからね。そもそも私が来たのも、君のその感情が見えたからなんだけど」

「僕は別に怒ってないよ」

「でも恨んでる」


 ……僕は物事をとても根に持つ性格だ。今までにやられたいじめを全て覚えている。良い性格じゃない事は分かってる。けれども、直す気は無い。

 直した所でいじめが無くなる訳ではないから。


「普通人間はある程度まで感情を貯めると、勝手に忘れていくんだけど、君は全然忘れないんだね」

「忘れたら僕は復讐の機会を永久に失ってしまう。だから僕は忘れないよ。絶対に」

「……復讐の機会を窺っていたんだ? 今の今まで復讐しなかった理由は?」

「生きているだけで苦痛で、とても退屈だけれど。それでもこの暇つぶしをしている時間は悪くない。本を読んでいる間なんかは、自分という存在を忘れられる。復讐をしたら、僕は法律の力によってこの生活を永久に失ってしまう。だからしない」

「この世が退屈と言ってる割には、自分を大切にしてるんだね」

「痛いのも怖いのも嫌いだから死ぬわけにも行かないでしょ、でも生きているだけで苦痛。だったらせめて、生きている間の苦痛を少しでも和らげようとするのは自然な事だと思うけど。僕が僕である限りね」


 政党の支持率が…………


 32歳男性、浮気疑われて…………


 ○○市で放火…………


 面白いのはなさそうだ。


「死神に法律は通じないよね?」

「勿論! それどころか痕跡や証拠も一切残らない! 記憶操作や多少の現実改変も出来るよ!」

「だと思った。それで、僕の願いを叶えるために、君は一体何を提供してくれるの?」


 椅子を回転させて、死神の方を振り向く。仮に嘘だったとしてもそれはそれで構わない。デメリットを考えて踏み切れなかった復讐を行えたというだけで、それだけで充分だ。


「……んー。じゃあちょっと私の手を取って」


 言う通りに手を取った―――直後。全身に僅かな違和感。気づけば僕は、全く別の場所に立っていた。壁には幾つもの凶器が掛けられている。


「ここは?」

「地獄の一室。ここは処刑部屋でね。ほら、これとか今から数百年後の兵器だったりするんだよ!」


 部屋の広さは二十畳ほど、扉は一つ。外に出ようとしたが、何故だか扉は開かなかった。後未来に興味はない。


「あ、その先は死者の世界だから、生者は絶対に入れないよ。ごめんね、ここしか貸せなくて」

「……いや、いいよ。ここを貸してくれるだけで十分だ。感謝してる」

「―――じゃあ、早速行く?」

「うん」





 一人目の名前は茂上直志。クラスメイトの恵美子の事が大好きな至って健全な普通の高校生。所謂いじめっ子のリーダーで、僕は彼に何度も鉄パイプで叩かれた事がある。そのほかにも、体操服を纏める袋に大量に虫を入れられたり、椅子に釘を打たれたり、トイレに泥水を撒いてその犯行を僕に押し付けたり―――数え上げればキリがない程の事をされた。

 中立? そんなものはない。


「そういえば自己紹介を忘れてたね。僕の名前はハク。椎平伯シイラハクだ、よろしく」

「あ、ごめんなさい! 私の名前はレイニ。よろしくね……それで、手始めに誰を狙うつもりなの?」

「茂上直志。主犯格って奴だね。僕が一番恨んでる人間を挙げるとするなら、それは多分彼だよ」


 タイミングは重要だ。学校から茂上が出てくるまで待ち、且つ一人になるまで尾行。その後はレイニの力を借りて先程の部屋へとジャンプする。


「その茂上って子には彼女とか居るの?」

「彼女どころか大勢の友達がいるよ。両親もお金持ちで、権力持ちだ。僕とは住む世界が違う」

「じゃあ茂上って子が死んじゃったら、大勢の人が悲しむのね」

「僕には関係のない事だ」


 放課後を告げる鐘が鳴る。暫くすると、昇降口から少しずつ人が出てきた。その中にはターゲットである茂上直志も……いた。友人とじゃれあっている。その隣で彼を見つめているのはクラスメイトの恵美子。僕を何かと気にかけていた彼女は、いつの間にか茂上の彼女になっていた。それは別にいい。僕なんかを好きになるような酔狂はこの学校に居ないし、何より僕はもう人を好きになれない。

 問題は、僕を不幸にし続けたアイツが、幸福になっているという事だ。何の罰も受けずに、それどころか寵愛を受けて。


「中々一人にならないね。このままだと家に着くまで一人にならないんじゃ」

「それはないよ。茂上君はそのいじめっ子のリーダー特有の恐怖で人を従わせてるに過ぎないからね。皆彼に深入りはしたくない。彼に言われない限り何処かで別れると思うよ」


 僕の予想通り、家に帰ろうとする道中で、彼の周りからは徐々に人が消えていった。『用事があるから急いで帰る』らしい背中は、まるで逃げているようでもあった。そうして人が消えて、彼を含めて残り二人。残っているのは恵美子である。


「何か会話してるね」

「最後の会話になるんだけどね」


 二人は何かしらの会話をした後、軽くキスをして別れた。冷める様子のない二人。その様子はラブラブという他なく、見ているだけで殺意が湧いてくる。

 ここが動きどころだ。僕は恵美子の背中が見えなくなったのを確認した後、茂上直志の肩を掴んだ。


「やあ、茂上君」


 その言葉が、レイニへの合図。彼に僕の痛みの十分の一にも満たない痛みを与えるきっかけ。









「な―――何処だよここは!」


 気づけば僕も彼も、先程訪れたばかりの地獄の一室へと移動していた。彼は僕という存在よりも、壁に掛けられた様々な恐怖に恐怖しているようだった。


「久しぶり、茂上君。学校には最低限しか来ないから、こうして会うのは久しぶりだよね」

「……ハク。てめえか、こんな訳分かんねえ場所に俺を連れ去ったのは」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「ふざけんじゃねえ! てめえ自分が何をしてんのか分かってんのか? 犯罪だぞ、犯罪! 何考えてやがる!」

「何考えてるも何も、君は分かってるじゃないか。犯罪だよ。僕は犯罪をしようとしてる」

「そんな事を言ってんじゃねえよ! ……その犯罪の対象に俺を選んだのはどういう理屈だ。勿論、タダで済むとは思ってないよなあ!」

 

―――まさか逆に脅してくるとは。只監禁されただけとでも思ってるのだろうか。


「タダで済むと思ってるからこうして君を誘拐したわけで―――まあいいや。一応聞いておこう。何故僕を虐めたの?」


「あ、何だ? そんな事が聞きたくて誘拐したのか―――なら教えてやるよ。根暗の癖に俺らとの付き合いを悪くした。それだけだ。お前も分かってるんだろ? 昼休みにせっかく遊んでやろうとしたのに、てめえは何処かで一人で過ごした。それは俺らに対する侮辱でしかない。お前は自分の方が上だと俺達に言いやがったんだ。だから虐めた」


「僕はそんな事を一言も言わなかった。勝手に下になったのはそっちじゃないか」


「根暗の癖に口ごたえすんじゃねえよ! 俺を縄で縛りつけて尋問なんざ男のする事とも思えねえしな。俺に口ごたえしたかったら、まずはこの縄を解く事だ!」


「君の言う事に従う筋合いはないよ。僕は君に聞いてるだけだ」


「大体な。こんな方法で俺に仕返しする所が根暗なんだよ。だからお前は仲の良かった奴にも裏切られんだろ? 李里奈、佐富、隼人……昔はよく一緒に帰ってたよなあ? お前に嫌気が差して、皆お前とは絶交したみたいだけどな」


「そうだね。裏切られた。一緒に虐められるのが怖くて、皆僕を見捨てたんだ」


「違うな! お前は根暗だったから虐められたんだ。つまり虐められた原因はお前にあり、裏切られた原因もお前にある。全部お前が悪いんだ! 大体な、虐められるのが嫌だったら少しでも抵抗すりゃ良い。でもお前は抵抗しなかった。だから俺達は続けたんだ」


「僕みたいに弱い人間が、君みたいな強い人間に太刀打ち出来ると思ってるの? 大体虐められた時点で抵抗できる人は心の何処かに強さを持っている人だ。でも僕は抵抗できなかった。心の何処にも強さが無いからね。虐められても何処にも相談できず、仮に相談しても信じてもらえない。それ所か自分が悪役にされてしまう。僕みたいに本当に弱い人間は、たとえ足掻いたところでいい結果は生まれないんだよ」


「何被害者ぶってるんだよ。そもそもお前が調子に乗ったのが始まりなんだろうが」


「調子に乗ったつもりはない。そう勝手に捉えたのは君達だ。大体そのきっかけだって小学校の頃の話。中学高校まで虐めが続いていい理由にはならない」


「は? お前を虐めるのに理由が居るかよ! 小学校の頃にたまたま理由が出来たから虐めたら楽しかった。だから中学高校でも楽しいから虐める。当たり前だろッ?」


―――成程。



「で、お前はこの俺を誘拐した時点で既に犯罪者な訳だが、どうするんだ? 気の済むまで俺を殴るのか? それもいいかもな? だけど覚えておけよ。俺がここから出たらすぐに俺は親に連絡してお前を―――」

「殺すんだよ」

「……は?」

「聞こえなかった? 君はこの部屋から出られない。僕は君を生きて帰すつもりはない。君は殺される。僕の恨みを受けてね」


僕は壁に掛けられた鉄パイプを取り、掌の上を軽く叩く。重量はそれなり、持って振る分には何の問題もない重さだ。心なしか、触り心地も良い。


「は……殺す? ギャハハハハハハハハハ! てめえにそんな度胸がある訳ねえ―――ガッ!」


 ぐちゃぐちゃ煩いので一発殴ってやると、茂上直志は嘲笑をやめて、顔を青ざめさせた。


「うぅ…………おいおい。痛ぇじゃねゴフッ!」


 もう一発。今度は腹部に振り下ろす。殺されることに実感がまだ湧いてないようなのでもう一発。更にもう一発。もう一発。もう一発。もう一発。

 敢えて頭は外している為、彼の全身は度重なる殴打で元気な悲鳴を上げている事だろう。


「や、やめて…………おね、お願いします……! 謝る―――から!」

「人は本当に殺されるまで死の実感が湧かないってのは本当なんだね。君にはまだ余裕がある」

「よ―――余裕アグッ………!」

「余裕があるじゃないか。命乞いをする余裕が」

「わ、悪かった! お願いだ、許してくれ! 何でもする! 何でもするから……!」

「……そうか。じゃあ僕に忠誠を誓って、僕の言う事は何でも聞くと誓える?」

「誓います誓います! 俺はハク様の犬です、従順な奴隷です! 貴方様の望みは何でも聞きます!」

「じゃあ僕の為に死んでくれ!」


 渾身の力で直志の頬を殴打。骨が折れたような音が聞こえた気がする。


「都合が良いんだよそんな言葉。そんな言葉が信用できる訳ないだろ。こんな機会に恵まれなければ君は君の罪を自覚する事もなく社会に出て、僕は痛みを抱えたまま生きていた。君の謝罪はこの場凌ぎに過ぎない。だってこの場を凌げば君には幾らでもやり返せる手段があるからね。そもそも君が最初から自分の行いを悪いと思っていたなら、最初からやらなければ良かったんだ。早い内に辞めてくれればよかったんだ。少なくとも、謝罪をする機会は幾らでもあった。……こんな状況にならないと出ない謝罪の言葉に意味はないよ。加害者は覚えてなくても、被害者は覚えてる。被害者が許した瞬間、加害者の謝罪なんて意味がなくなる。今の状況がそうだ。君は何処かで自分が助かると思ってる。だから言葉を取り繕ってる。そもそも悪い事をしたなんて、微塵も思っちゃいない癖に……今更どんな言葉を取り繕おうと無駄だよ。僕が事前に理由を尋ねたのは、君の言葉がどんな風に変わるのか、見たかったんだ」

「……死ね」

「……何」

「……言い分、きいて……分か、た…………てめえ、やっぱり―――死んだ、方、いい。死……ね」

「そうか。僕も死にたいから、死んだ方が良いというのは賛成だ。でも痛いのも怖いのも嫌だし、君にそれを言われる筋合いはないよ」


 頭部に思い切り鉄パイプを振り下ろして、終わり。散々僕を虐めたその手は、散々僕を罵倒したその口は、二度と開かれることは無い。


「すっきりした?」

「言いたい事は言った。恨みも多少晴れた。けどまだ足りない。やっぱり全員に復讐しないと……今日はもう疲れた。戻ろう」






 家に戻った時、既に周囲は暗かった。


「ね、ね。私の力って役に立った? 信じてくれた?」

「うん。レイニの力が無かったらこんな機会はきっと一生訪れなかった。でも君の事は信じている訳じゃない。僕は飽くまで君の力を利用しているだけだ」

「む……じゃあどれくらい経ったら信じてくれるの?」

「さてね。でもレイニの事は嫌いじゃない、素直だからね。だからそんな風に気にしなくても、時が経てば自然と仲良くなれるんじゃないかな。それは必然的に信用にも繋がるとは思うけど」

「本当ッ? じゃあお互いの事で、お話ししない?」

「それはいいけど、ちょっと待って。電子レンジが鳴った」

 

 コンビニまで弁当を追加で買いに行かなければならなかったのは面倒だったが、死神でも腹が減るらしいので仕方がない。貴重な話相手なのだから、失う訳にも行かない。


「ビーフシチュー。美味いかどうかは保証しないけど、どうぞ」

「有難う! ――――――美味しいわ! 人間界の食べ物ってこんなに美味しかったのねッ」

「コンビニ弁当ごときでそこまで喜んでくれると、悪い気分はしないな。地獄には碌な食べ物が無いんだね」

「……そう、ね。人間的に言えば、食べ物らしい食べ物は一つもないかな」

「……そういえば、ネガティブな感情が見えたから僕の所に来たって言ったけど、よく考えたらおかしいよね。まさか僕以外の人間が全てポジティブで幸せだとは思えないし。何で?」


 仮に僕以外の全ての人間がポジティブで幸せな人生を歩んでいるのだとしたら、僕は迷わず自殺するだろう。


「ん~……似てたから、かな?」

「似てた?」

「私は怨恨を司る死神だから、やっぱり似た性質を持ってる人を契約者にしたいよね」

「契約……そういえば、代償は『命』でいいんだよね。或いは『寿命』? どっちでもいいけど、出来れば痛みを伴わせないでね」

「そんな! 代償なんて貰わないよ! だってハクは私にとって初めての……」

「友達?」

「……うん」

 

 そんな風に頷いたレイニの顔は、いじめられたばかりの頃の……僕だった。寂しさを感じ、孤独を手放したいと思っているその表情は、見ているだけで気分が悪くなるくらい、僕によく似ていた。





 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きが読みたい。 主人公が悲惨な目に遭うのは確定なんですかね? 最初は恵美子がなにか裏でやってるのかと疑いましたがそういうわけではないんですね。なぜかそう感じたんですが、なぜでしょう?
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